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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
9/30

チュートリアル

 早速彼女にメールした。しかし既にゲーム中なのか、なに没頭しているのか――

 連絡が来ない。

 一時間、準備をしながら待つだけ待った。するべきことはしたと見なそう。あれだけ気を遣ってくれたのだから、もう二、三時間は待つべきかもしれないが、いたしかたない。

 取り扱い説明書を読み、unison:worldと刻まれた筐体との配線を済ませたPCを起動して、ログインのパスワード設定やらなんやらを済ませる。それからゲーム内設定で屋内のセキュリティーと筐体を繋げ、呼び鈴や電話をゲーム内で受け取れるようにする。もちろん火災警報や地震速報での緊急ログアウトを設定する。

 トイレも既に行った。ゲーム内でも現実の尿意はそのままに感じるようになっているので、極力休憩を挟みたくない。それらを済ませてベッドに横たわる。理想はエコノミー症候群や床ずれを防止する専用シートだが。

 手動で筐体、それからヘッドセットのスイッチを入れ、眼を閉じた――

 テストの時のように、意識を集中した。

 現実の音が途切れる。

 すると、その世界は広がった。

 

 地に足が付く感覚が来る。

 真っ白な部屋の中に降り立った。目を開ける。まっしろな服を着ていた。

 開発テストの時とは違う場所だ。

 そこまで確認すると、音が響いた。

 それは白い部屋全体から響いているようだが、ある一点から音源を感じる。

 一体いつからそこに存在していたのか、視界の隅にある小さな扉――人の膝程度のそれがある。

 開き、プルプルと床を跳ねてゼリーが出て来た。

「――ようこそ、鷹嘴明人様。これからこのゲーム内でのアバターの操作、その他の情報についてご説明させて頂きますが、宜しいですか?」

「……ええっと」

 女性の声だ。以前は普通に杦田さんやスタッフが指示を出していたが、これはAIか? いや、ぷるんぷるんのゼリーだが。

「これは申し遅れました。この度、この世界の狭間にてプレイヤーの皆さまをご案内役する――見てのとおり、ただの名も無きスライムです」

「あ、スライムですか。……初めまして」

 ぷるんとお辞儀され、こちらも丁寧にお辞儀をした。

「……おや? 鷹嘴様は、βテストは参加しておりませんが、開発室での経験がおありのようですね? それでは説明は世界観だけになさいますか? それとも、アバターやスキルの操作についても全てご説明いたしますか?」

 操作周りの環境については一通り体験しているが、ちゃんとしたチュートリアルは知らなかった。

 何かが違うかもしれない。βテストから時間も経っている。

「あ、じゃあ、全部お願いします」

「かしこまりました。では、これから、プレイヤーの皆様方が往く世界、【七色に煌めく鏡(カレイドスコープス)】ついてご説明させて頂きます」

 スライムがそう口にした瞬間、白一面の世界が割れた。

 鏡を砕いたように散らばる部屋の破片が、それぞれ何かを映し出し、次いでそれが円筒の中へと吸い込まれていく。

 万華鏡――

 名前から察するに、それがこれから往く世界の概念図なのかもしれない。

「――この世界【七色に煌めく鏡】は現実と幻想、時間と空間、現世と幽世の狭間にあり、全てが曖昧になった世界です。それ故に、奇跡と魔法、生と死、過去と、現在と、未来とが交錯し、ありとあらゆる事象と可能性が存在し、神や悪魔さえ存在する夢幻の世界です。その大地は延々と地平の彼方まで存在し、それどころか、今後プレイヤー様の活動に寄り、更なる未知の領域が、海の向こう、空の彼方、地の底を越えて広がり続けることになるでしょう――」

その言葉通りの光景が、割れた鏡の中に映し出されていく。

 それはまるで幾つもの宇宙が次々と生まれながらに歪んで、混ざり合い一つに溶けあっていく。

 それこそ万華鏡のように、煌めき、重なりながら、回転し、展開しては、消えていく。

 その内に、その万華鏡自体が消え、一枚の地図が目の前に落ちて広がった。

 真っ白な地図――そこに一つの大陸が、白い靄の海に囲まれあらわれた。

 ……これは、惑星ではなく、ファンタジーの世界観――平面世界なのだろうか。まあなんであれ、きっとアップデートでどんどん世界を拡張していくのだろう。

 そして――

「――ここに。プレイヤーの皆さまは降り立つわけですが、そこでの生活は基本的に自由です。冒険をしてもしなくても、のんびりファンタジースローライフをして頂いてもよく、また、ただの異世界旅行記を満喫して頂いても構いませんので、それこそ平穏な村人から勇者に英雄、賢者や一流の料理人、稀代の名工になられても構いません。――この世界に、特定の物語という物は存在致しませんので」

「え?」

 特定の物語が存在しない……。

「それって……」

「従来のRPGにおけるイベント、MMOにおけるグランドクエストのような、システム的なクエストは存在しない、ということです」

「……えええ?」

 それで、ゲームとして成立するのだろうか?

 漠然とした不安を感じる。

「でもご安心ください――この世界にはちゃんと冒険者ギルドなどは存在し、そこで常に流動する依頼が発注されています」

「……えー、ってことは?」

 主人公プレイヤーが追い掛ける物語が無いという事か? 

「――この世界におけるイベントは、全て現実準拠と考えて頂けるとお分かりになれると思われます。例えば、現実では資源、物流、生態系、様々な人間関係などが絡み合い、日常、事件、平和、紛争、戦争、災害と――ありとあらゆる出来事が起こり得ますね? それと同じです。これまでのゲームではどうしても同一のイベントを、難易度の調整や乱数で幾度となく繰り返すのみでしたが、このゲームではそれを廃するために、運営側だけでなく、皆様の行動すべてがこの世界にイベントとクエストを呼び込む仕様となっております」

 いや、いやいやいやいや……。

 そんな無茶な。

「……うそでしょう? それってゲームとして終わりが無いってことじゃないの?」

「うまく運営すればそうなりますね。しかし、この世界が破滅するような出来事が起こり、それを防げなければゲームオーバー、この世界自体にリセットが掛り、全てのデータが初期化され、条件を満たすまで封印されるワールド・デスペナルティとなりますのでご注意を」

「おい!」

「ですがその辺は、人の悪意が無ければ問題ない様に調整されていますのでご安心ください」

「あ、そうなんだ」

 なら大丈夫か、多分大規模なレイドクエストにでもなるんだろう。一人ソロの英雄とか一組の勇者パーティーとか、それだけのイベントになるわけがないよな~。

 ……そんな問題じゃねえ!

 なんだこれ、このゲーム……本当にゲームなのか?

 そんなレベルの気がする。

 そういえば、このゲームのシステムは、確か、環境シミュレーターが元になっていると言っていた。大規模な、自然の変化を観測する――きっと動物、植物それらの生息や死の過程まで。

 ……そういうことなのだろうか。

 だとしたら、

「ゲーム開始時点の初期の段階である今は、こちら側からイベントを用意しておりますので退屈することもございません。でもいずれは、この世界は我々の創造――想像の幻想を越え、現実世界を越えて、この世界だけの物語が独りでに紡がれていくことになるでしょう」

「いや……それは……!」

 通常、プレイヤーの行動はゲーム世界の設定そのもの――プログラムで組み込まれたイベントやクエストの成果によって物語を遂行していくものだ。プレイヤーがその中で何をしようと、それはあくまで用意されたシナリオには何の反響も及ぼさない。

 イベントは運営が用意したものしか存在しないものだ。

 やはり――しかし、このゲームはそれらがプレイヤーの行動によって《《自然に》》起こるということだ。自主的な縛りプレイやタイムアタック、アイテム、スキル収集とは違う。

 このゲームにグランドクエストは存在しない――それはつまり、いままでゲームという制約に縛られていたイベントやシナリオがプログラムから解放されているということではないのか。

 もしそれで、全てのプレイヤーの行動次第で『何かが起こる』としたら――

「……うおぉ……!」

 予測がつかない。そうであるなら想像以上に――これまでの単なるMMOを、それどころかRPGを越えたRPGではないか。

 やばい、面白そうだ―― 

 ぞくぞくした。そして、わくわくした。

 これはもう単にゲームの中に入れるゲームではなく――もしかしたら本当に、ゲームなどではなく一つの世界に入るのかもしれない。

 そう思った瞬間だった。

「――ですので」

 スライムは何かを憂慮するように静かに揺れている。気を取り直させる様に。緊の字に発せられたその声に、傾聴する。

 それは、

「――できればNPCをNPCと思わないように心がけてください。そしてプレイヤーの皆様についても同じです――このゲームは現実に準拠しております。そうでなくとも、プレイヤーはアバターを通したそこにいる、生きた人間であることをお忘れにならないように、ご注意くださいませ」

 なにかと思えば、

「……なるほど」

 それは――怖い。

 想像する。完璧な仮想世界――それはNPCに至っては、このVR世界の中で《《生きている》》という事かもしれない――

 たとえばゲーム内での殺人は、そこに住む人達にとっては本当にただの殺人になるのかもしれない。

 人工知能と命の括りは――いや、そこはプログラムというかAIというか、難しい、意思と生命の定義に入ってしまうので考えたくはないが。

 でもスライムの本当に言いたいことは、言われるまでもなく分った。

 通常、誰にでもある意識の防波堤を、あえてここで警告しているのだ。

 既存の映像が進化し続けたMMO、そしてVRゲーム同様『ゲームをプレイしている』という感覚から、そこを失してしまう可能性があることを懸念され、画面が平面のそれより年齢制限は厳しくなっている――このゲームも最低でも18歳以上の身分証明が必要だ。極端な話、何か起こしても刑務所に入れられる年齢である。

 意訳するなら、ここで一度考えて欲しい――

 ということなのだろう。

「……分りました。十分、気を付けます」

「……この世界に関する重要な部分の捉え方に関しては以上です。が、その上でもう一つ留意して頂くことがあります」

「ん? ……なにを留意すればいいの?」

「それはこの世界の物語は、一度失敗したらやり直しが利かない、ということです」

「……プレイヤーの死亡や失敗で、イベントとして未達成でも、事態の進行は止まらないってこと? バッドエンド後にそれでも世界は動き続けるみたいな?」

「はい。その通りです。失敗は失敗として数えられ、同じ依頼やイベントをこなしたとしても――」

 そんな世界観についてのチュートリアルは続いた。

 それは本当にゲームとは思えない現実と遜色ない仕様で――

 もう一つの現実で、もう一つの人生を持ち、もう一つの体を持つ、と説明された方が分りやすいくらいだった。

 なんというか本当にゲームらしくない世界だと思った。

「……では、次の説明に移ります――ゲーム内でのステータス、各種スキルの役割、起動法、そしてゲームモードについてですが。引き続き説明をご希望なさいますか?」

「はい、お願いします」

 するとスライムはまたぷるぷる説明を始めた。

ここは基本、全てのRPGと同じだった。

 STR《力》やVIT《体力》、AGI《敏捷性》などについての説明、ゲーム用語的なそれはこれまでのゲームと同じだった。装備品はステータス適正値が設定され、それ以上のものを使用するとパフォーマンスが軒並みダウンするとかもはや定番である。 

 ただ、それらの数値の引き上げについてだが、これは少し変わっていた。

「ステータスですが、モンスターを倒して経験値をためレベルアップ時にその数値が上がる――というそれではありません。基本としてステータスは、ゲーム内での『実際の経験』によってその値を上げることとなります。

 例えば『訓練』――敵を倒さなくても戦闘行為や生産行為でも数値は上がります。そして『実践』これは戦いの中でのプレイヤー様の対処、反応を評価しての成長基準です。この二つ以外ですと、特殊なアイテムの使用のみとなります。そしてレベルアップは神殿でそれまでの『経験』を元にステータス限界値を引き上げる儀式となり、極端な話魔物を倒さなくても出来ます」

 戦闘終了後にラッパが鳴り響いて――ではないわけである。

 ちなみに設定的には、この世界を構成する霊素を吸収して体を作り変えるということだ。

 そしてスライムは各種スキルの説明に入り、スキルは基本としてその訓練所や道場、もしくは隠れ里やどこかに住む達人や職人に【型】を教わるか、偶然、その型を自分で発見する――編み出すしかないということを教えてくれた。

 どうやらスキルの使い方はテスト時に聞いたそれのままのようだ。

 そして、

「――それから、ゲーム内での操作感覚や五感の仕様の変化についてです」

「……例えば?」

「Easyモードは従来のゲーム通り、操作性は半自動でスキルは音声で全て起動されます。Normalモードは先程ご説明した通りの仕様で、Hardモードはそれに使用スキルの制限が幾つか付きます。そしてそれぞれ、五感に限らない体感覚、現実の体のように疲れや息苦しさ、痛覚や目眩、嫌悪感などの生理的現象などの制限が付けられておりますが、一段上に進むごとにそれらが解放されていくようになっております」

 納得する。

 全てのユーザーが気軽に楽しく遊べるならシンプルなゲームにすればいい。

 でもそれでは出来ることが限られてしまうし、簡単過ぎても難しすぎてもダメ――でも、どのみちゲーム初心者やベビーユーザー、廃人でゲームの評価は割れる――

 それぞれに、ちょうどいい遊び易さを作ったということだ。

 仮想現実らしく、さりとてゲームらしさを残して、仮想世界をとことん追求して。

 どのモードで遊ぶか悩んだ。どうせだからゲーム的な動作ではなく自分の体を自由に動かしたい。

 Hardにしよう、そう思った時だった。

「……そして鷹嘴様にはそれらとは別種のゲームモードが解放されています」

「え?」



疑問した。それは、

「……どんな?」

 まだあるの? と思いつつ頭の中を捻る。

 なにか、優遇されてるっぽい。関係者と知り合いになったからだろうか。もしそうなら、辞退しようかと思う。

 それとも、なんかフラグが立つような会話でもしてたかな?

 と思うが。

「――Realモードです。このモードは現実の能力全てがゲームに反映され、そして『ゲーム内の経験』だけでなく『現実での経験』も合わせてゲーム内で作成したアバター能力が上昇する仕様です。そしてゲーム内に存在する攻撃スキル、生産スキルに相当する技術を現実で習得した場合、それがゲーム内に反映されることとなります」

 その説明を聞いてまず思った。

 うん……おかしい。

 それってつまり、

「なんだそりゃ……つまり現実そのままの自分のステータスを、ゲームアバターにするってこと?」

「はい。その通りです――反面、ゲーム内でのシステム的な補正――ダメージ増減、成否確率の上乗せ、職業ごとのステータス補正、登録されているスキルなどは一切無しになります」

 いや、いやいやいや。なにその苦行、美味しい所なんて――あるにはあるけど。

 そんなことより、そんなことどうやって? と思う。

「……いや、現実での成長って、それをどうやってゲーム内で判定するの?」

「体に定着させたナノマシンから肉体の情報を収集し、蓄積されたデータをゲーム内に反映させます。本来はプレイ時間の少ない社会人や学生への救済措置で、ゲーム外でのキャラクター育成システムです。そして同時に、熱狂的なゲーマーに対する廃人防止策でもあります」

「……あー、なるほど……」

 人間は忙しい、ゲーム時間と勉強時間、社会生活との両立――それはゲーマーにとって永遠の課題だ。

 それが解消される。

 単純に考えて、ゲーム時間より日常の方が長いのは当たり前だろう。

 その中で、健全ひたむきな生活を送れば送るほど経験値が溜まりレベルアップする。

 そしてリアル職業スキルや趣味がゲームスキルになるという事だ。剣道や武術、格闘技、物作りや商売のそれがそのまま――

 なるほど、確かにRealモードだ。

 ……しかしニート殺しなシステムである。

 ゲーム外でもレベリングが出来るなんて一見ゲーマー垂涎のシステムなのだが。現実で何もしない、そして何も出来ない人間は何も成長しない――ということだ。

 リアルが充実していない人間には何の意味もない。いや、ニートや引き籠りでなくとも、現実でゲーム以外に趣味が無い人間にはむしろ足枷になる様な……。

 脱☆ゲーム推奨! みたいな?

 しかし、次の言葉に自分はまた唖然とさせらえれる。

「加えて、このモード限定ではゲーム内の全感覚が現実と全く変わらなくなりますので、このゲーム内で身に着けたスキルも現実に反映することが可能でしょう」

「……いやあ、それは誇張表現なんじゃないかと」

「いえ、他のゲーム性を残したモードとは違って、全感覚が現実と同一規格となります。なのでこのゲーム内で覚えた体の動かし方や職業技術に現実との差異が無くなるということです。例えば【料理人】の味覚、【鍛冶士】の火入れの技術、指先の感覚――メイドや執事であれば各種立ち居振る舞い、それら全てが現実の体にも【感覚】として身に着きます」

「……マジで?」

 信じられないのだが、

「はい。マジですよ?」

 そりゃすごい――

 とんだリア充限定システムかと思いきや、これはニートの就業、社会復帰支援システムにもなるのではないか? いや、彼らが拗らせるのはそんな能力の問題ではなく、概ね対人能力もあるのだが。

 でも、ゲームファンタジー世界定番の、中世のような古い時代の技術では身に着けても意味がないような――マナーは別だが。

(――あ、いや)

 それれは自分の勝手な妄想だ。

 そして、このゲームモードにはそれとはまったく別の目的が含められている。

(杦田さんが言っていたバーターか?)

 歴史的文化、技術の保存――それを思い出す。

 先に述べられたように、ゲーム内で現実の技術を身に付けることができるのなら。仮に、商売や生活で役に立たなくても、趣味や生きた知識としてそれが人の中に保存されることになる。

 仕事として、文化として受け継がれない、ただ必要ないから廃れて残す価値の無いそれらも、ゲームの中では有効――

 ――遊び、として人の中に生き残る。

 博物館や歴史書、はたまたそれにすらならない喪失技術にせずに済むのだ。

 現実と遜色なく、人の記憶の中に確実に残るだろう。

 多分、ゲームバランスの調整だけでなく、それも兼ねられているのだろう。

 どこまで詰め込んだのか。

 会社としての都合もある――クリエイターとしての我儘もある。

 それをこじ付けや、やっつけで広告を入れ込んだのではなく、ちゃんとゲーム組み込んだ。楽しめるように作ったのだ。

 ゲーム屋としてのプライド――

そんな作り手の本気を見せられたら、感嘆とするしかなかった。改めて、凄いクリエイターなのだと思う。

 ゾクゾクする。モテる発想と技術を全てつぎ込んだ、《《それと》》どこまで遊び尽くせるのか。

 しかし同時に、

(……いや、あれ? このモードだけ?)

 別に、そこは他のモードもこれと同じでいいのではないかと思う。バーターなら不自然なまでに前に推すものではないのか。ひょっとして、ゲームとして気に食わないから隅に追いやったとか?

 でも、面白そうだよな。いや、ゲームっぽい方が遊び易さとかはあるけど……。

 と、そこで疑問を思い出す。

 そもそもである、そんな特別な設定にしたゲームモードが、どうして――

「……どうして、現時点で俺は、それが解放されたんですか?」

 かなりおかしい、不自然だ。そう思ったのだが。

 スライムは淡々と語る。

「鷹嘴様の疑問はもっともです。このモードは本来ならゲームを開始してからしばらくしたのち、各スコア、プレイ内容を吟味して優良プレイヤー様に送られるものですが。βテスト参加者や、購入時の調査票に記入して頂いたゲームスコア、そして他者からの推薦などで既にこのモードが解放されたプレイヤー様はおりますのでご安心ください。ちなみに鷹嘴様の場合、開発者様から直々の許可が降りていました」

「――ああー、そういえばそう言う項目もあったか……」

 テスト参加時の書類の、アンケート調査だ。ざっと流し読みしながら急ぎ書いた時に、そんな項目があったことを思い出す。

 だが自分の場合、開発者との直接的なこねなので、いいのかなーと思うが、いいよねー、と言い訳をする。

 だって面白そうだから。

「操作性などの説明については以上ですが、もう一度ご確認なさいますか?」

「あ、大丈夫です」

「では最後にアバタークリエイト、ゲームアバターの外観についてですが、これは主に懸案事項についてのご説明になりますのでスキップすることは出来ません」

「……特別、何かあるの?」

「はい。まずは体格の大幅な変更をする場合についてですが、それはアバター五感や現実の感覚に影響を与えることになります。具体的にご説明しますと、アバターの見た目相応の視界や手足の長さ、視覚、触覚などですが、現実とあまりにかけ離れたそれに設定するのであれば、ログアウト直後――ベッドや椅子から立ち上がる際の転倒など、ゲーム内との間隔の差にご注意ください」

 確かに、このVR環境に置いてアバターは脳と自分の体の感覚で動いているのだから、アバターによっては現実と差異が出るだろう。

「――ただし、それとは逆に、顔に関してはご自身のそれから出来るだけ離れるように設定してください。ゲームではプレイヤー同士の諍いも想定されます。リアルのままにすることも出来ますが、ネット上に晒される個人情報が何にどう影響するかを鑑みた上でのご決断を推奨いたします。――そうした犯罪抑止の一助として、プレイヤーの皆様にはゲーム購入時に厳密な身元確認をさせて頂いておりますが、それでもゲーム外での行動の拘束までは事実上不可能ですので」

「まあ、そうですよね……」

 複雑だなあ……。

 身元――本名や住所を抑えているとしても、犯罪にならず絶対に罰せられない抜け道なんて幾らでもあるのだ。

 匿名性があるからこそ守られる部分と、危険性が伴う部分が存在する。それはネット社会がVR世界になっても同じ――いや、対象の人間を見定めやすくなる以上、より顕著になるのかと思うとせっかくの楽しいゲームも台無しである。あーあ、幼稚でいいから『悪いことはしちゃダメ』なんて単純な理由で止められないのかね。

 そんなことを思いながら、続けてスライムにこのゲームをプレイに際するリスクの発生や行動の責任はプレイヤー自身が各々負うことを直々に明言されそれに頷きを還す。

「――では、ここまでで何かご質問はございますか?」

 そこで性別の変更について尋ねた。通常では出来ないようである。ゲーム中には女性専用エリア――女湯やトイレもあるらしい。

 夢と幻想の世界だから法律の適用外――という理論は通用しないようだ。ゲーム内で実際に生理的現象まで再現出来る、というわけではないが、現実へのトイレ休憩用の簡易ログアウト場所となっているほか……それ以外にもNPC用の衛生設備として存在している。

 どちらにしても精神的な公序良俗のためだそうだ。体は男、心は女、の人の公共施設の利用についても現実に準拠されるらしい。

 もしくは厳密な審査――

 現実での医師の証明を確認の上で、ご希望の性別を提供するということである。

 なんにせよ、悪質なネカマ行為は禁止らしい――ただし男アバターで女装するのは純然たる趣味だから何の問題もないということである。

 まあ、確かに、それはただの趣味か。

「――ご質問は以上でよろしいですか?」

「はい。もう大丈夫です」

「それでは、これからアバタークリエイトに入ります」

 

 まず顔を設定した。これは自分より一回り上――三十代ぐらいにした。

 自分と同じ顔だが、老けている。まったく同じではなくさりとて自分自身のそれだ。これならいいだろう。

 口調に多少のロールプレイは必要だろうが、そこは普通に丁寧語で話していれば年齢に関係ない。体重は変えずに若干筋肉を盛り腹筋は割れさせた。体格に関してもほぼ自分のままだ。

 ただ、顔も髪と目の色を黒から出涸らしの紅茶色な赤毛にして――多少各部の輪郭を弄り西洋ぽく――アニメっぽくした。

 そして初期職業は在り来たりだが【旅人】である。というかこれは最初はみなそうらしい。それをゲーム内で自分で『装備』や『技能』を整え『就職』するとのことだ。

 まず最初の街には【剣士】【弓術士】【格闘家】【狩人】【鍛冶師】【運び屋】【薬師】【農家】【漁師】【裁縫士】【雑用女中】などの職業組合があるらしい。

 初期装備に――簡素な布の服にブーツ、ナ唾付きの日除け帽子、大きめのバックパックを選ぶ。

 アイテムはシステムによるインベントリではなく、こうしたただの袋かリュック――大量に持ち運ぶなら単純に大容量のそれらを使うそうだ。しかしちゃんと、物理法則を無視する魔法の小袋マジックポーチも売っているそうだ。ちょっとシビアである。

「この世界での名前はどうしますか?」

「じゃあ……【ホーク】は出来る?」

 漢字の頭文字を直訳した、他のゲームでも以前からよく使っているものだ。

「――既に登録されているようですね」

「出遅れたからなあ」

 ぱっと思いつくのはそれぐらいだったのだが。

(まあありがちだしな。うーん、ならいっそもう一周回った安直さで……)

「……じゃあ、【鷹】は?」

「――可能です。登録なさいますか?」

「お願いします」

 あとは旅の初期資金を受け取り、

「それでは最後に、ゲームモードの設定は如何いたしますか?」

「――Realモードで」

「かしこまりました」

 設定する。すると、これまでも現実と同じ体の重みを感じていたが、それが増した気がした。

 しばらく現実は暇だが、単純にVR世界を十全に味わいたかったのだ。それに、ゲーム屋がプライドを掛けたそれをこれまでのゲーム性で台無しにしたくない。

 そしてこの真っ白な空間に、何もなかった其処に、ふわり、と、白布を押したように宙が歪み、透明から実体を帯びる古びた木のドアが置かれる。


 新たに扉が現れた。

「では、準備は宜しいですか?」

「――はい。大丈夫です」

「それでは扉をお開き下さい」

「――あ、」

「何かお忘れの物がございましたか?」

「ううん――いままでチュートリアル、ありがとうございました」

 スライムだが、その向こうにあるものへ接する。

「――いえいえ。当然の事をしたまでです」

 ぷるん、と嬉し気に震える、もしかしてお辞儀を返されたのだろうか。

 そんな気がする。

「それじゃあ、行ってきます」

「はい。いってらっしゃいませ」

 最初の幻想世界の住民に見送られ、自分は念願の幻想世界への扉を開けた。

「――良い旅を」

 


 そこはにぎやかな街だった。

行き交う人々、石畳の路面を転がる馬車、そのわきに露店が並べられて、空は青く、古い石と左官で出来た建物がパッチワークのように連なる屋根に区切られている。

 どうやら自分と同じように――初めて扉を開けて来た人達は、そこに確かに空気が存在していることに驚くよう息を吐き、吸って、さまざまな方法で仮想世界に来たことを確かめているようだった。

 時間はもう深夜――しかし、この世界では昼のようだ。

 既にこの世界での目的を見つけてどこかへ向かって歩んでいる人も居れば、まだ浮足立って、熱を上げた視線で周囲を見渡すばかりの人も居る。

 

 さて、自分はどうするか――。


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