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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
8/30

プライベート

 HMDを外す。

 そのあと通常の四角い画面でネットの海を散策し、めぼしいニュースや贔屓のブログやサイトを息抜きに見ていた。素人が撮影した――いや、作成した未確認生物(UMA)の動画、見逃したニュース番組――

 それからPCの電源を切る前にメールボックスを確認すると、一通だけ受信した。

 差出人を確認――中身を閲覧する。


『――件名、お話があります。


 ――新作が出来たんだけどリアルで感想が聞きたいです。明日空いてますか? 

 ――それと、もしよかったら、一緒にプレイできるまで待たせてください。           』


 彼女から来た、とても簡素なそれに返信して電源をオフにする。

 そして翌日の夜、ドアの呼び鈴が部屋に響いた。

 そこを静かに開けると、

「こんばんわ――いらっしゃい」

「こんばんわ……夜分にお邪魔します……」

 隣の住民に気を遣い、一応小声で。

 板一枚のそれを広げて一人の女性を引き入れる。

 彼女の名前は白崎しらさきつぐみ、アバター名は『白鷺』で、昨日のギルドメンバーだ。

 夏の某イベントで自分の友達から紹介された、大学の後輩だ。新作というのは彼女の創作物である漫画の事で、たまにサブカル仲間として感想を求められるのである。

 石鹸と洗髪料の匂いがする。

 ちなみにその友達とは、永遠の十七歳を語ったコスプレイヤーの陽菜乃雲雀ひなの ひばりだ。彼女は別の学科だが、二人は小中高と学校が同じだったらしい。先輩後輩の仲で友達を名乗れるくらい、小さい頃からの付き合いだという。

 そして、

「あの……本当にいいんですか?」

「うん? 別にいいのいいの」

「その、じゃあ、一緒にプレイできるまで待つのは」

「それもいいの。それならそれで色々とやることも出来るし」

「そう、ですか? ……でも」

「いいの。恋人らしいことなら、他に一杯あるでしょ」

「……はい!」

 相手の趣味に合わせるだけではない、《《二人から》》始められることを探せばいい。

 それに一緒に何かしたい――というのは、何もせずとも一緒に、とも同義である。

しかしそれとは別にまた彼女は何かに耐えかねたように、

「……それでなんですけど――βテストはどうだったんですか!? ていうか、なんでもう帰ってきてるんですか!?」

「本当に聞きたかったのはそれか」

 彼女もゲーマーだ。中毒度は低いが生活の一部として嗜む。

 気になるだろう、本来ならあの施設で一月近く缶詰で試験をする予定だったそれが初日にとんぼ返りでMMOにログインしていたのだ。

 企業が持つ大規模実験場に招いてのスマホも携帯電話も預けてのテストでは、まだ参加者からの情報すらネットに上がらない現状――貴重な情報源である。

 その守秘義務と抵触事項を思い出しつつ――

「βテスト自体は不参加になったんだよ。手続きで問題が起きてさ――でも、たまたま入口のところで開発者の人にあって、今後のアップデートを見据えた別枠のテストを一日だけ手伝うことになった」

「……えっ?! それ、βテストより貴重な体験なんじゃ」

「まあね。だから内容についてはほとんど話せないけど――ごく単純な感想でいい?」

 彼女はこくこく頷いた。催促されている。

「――すごかった。あれはもう本当、別物――これまでのVRゲームじゃない」

「具体的には!?」

「現実そのまんま――画面の映像っていうんじゃなくて、本当にゲームの中に居た感じ」

「わぁ……っ!」

「楽しみ?」

「――これでファンタジー世界の体験取材が出来ます!」

「え? そういう発想?」

「はい。臨場感やスケール感って大事ですよ? でも旅行とかそう簡単には行けないですから」

「へえ~、なるほどね~。じゃあ今度どこ行こうか」

「えっ。いや、その――そういうつもりじゃ」

「日帰りで行けるところだよ、そんな大げさなところじゃないから」

「……じゃあ、その、はい。行きます……」

頬を染めながら、ゆっくり肩で寄り掛かってくる。

「――あ、ところでメールの新作は?」

「……あ、はい、ここにメモリーがありますけど――本題は、」

 気遣わし気な上目遣いの横顔がこちらに向けられる。多分と言わずそれはもちろん、

「うん、気持ちはすごくうれしかった。でも、人の楽しみを取って自分が楽しいのは嫌だし」

「でも――」

「ゲームはみんなで楽しむもの――それは同時に、一人一人楽しむものでもある、ってことでもある」

「……いいんですか?」

「じゃあ聞くけど、それはゲーム仲間として? それとも恋人として?」

「……同じゲーム仲間でも、他の人ならするつもりはないですから……恋人として?」

「恋人らしく何かをするなら、他のことでも十分だよ」

 隣に座った彼女の腰に手を伸ばす。

「……寝顔を、見る気なの?」

「もう見たけどね」

「……そうじゃなくて」

「……いい?」

 お互い割と率直に聞き合う。付き合うまでが長かったのでそれが始ってからは常に遠慮が無くなった。特に欲の部分は気を遣うことはあってもそれを躊躇うことはなかった。一線を越えてからは、彼女も女として女を見せることに躊躇いが無い。

「――どうしたいんですか?」

 石鹸の匂いはしていた。ここへ来る前に肌を磨いていたのだ。

 それ以上に今は、くすぐるような甘さの彼女の匂いが強くなっている。

 あとは何も言わずに、お互い甘えあった。

 

 そして、一緒に寝た。

 その後の事である。

「……ごめんなさい、言うのを忘れてました……」

「何が?」

「雲雀ちゃんに、明人さんと付き合ってること、昨日追及されて……」

「……ああー、そういえば……言ってなかったっなあ……」

「はい……」

 初めての恋人、というのもある、意図して隠していた訳ではなく二人して素で忘れていた。

 お互いに、一人の時間でやりたいことが多すぎるのもある。付き合い始めたけど、割とそれ以前のいつも通りの日常を送っていたというか、二人が二人である時以外は普通のままだったというか。

 報告を怠った。ネトゲにプライベートは逆に持ち込まないのはエチケットだとしても、リアルでもだ。

 何故か――

「恋は盲目、を、本当に体験することになるとは思わなかったです……」

「つまりそういうことだよなあ……それに、あまり隠すつもり自体が無かったことが災いしたかな……」

「すごく今まで通りでしたもんね……」

「うーん……でももうちょい独り占め? したかったみたいなところも、ないとは言わない」

「……ええー?」

「ニヤニヤするな」

 お互いプライベートで色々とやりたいことがあるが、その一つが増えた、という感覚だ。

 恋人だからという理由で割とためらいなく人目も憚らずに隣に着いたり、こうして部屋で二人きりの時は遠慮なくもう膝の上に頭を置いたり置かれたり、抱いたり抱かれたりしている。

 ――でも、それは特別なドキドキ感とか高揚感ではない。むしろ、不動の安定感のように感じる。ただの定位置というか、セリフにするなら「ああうん、そうそう、ここ」みたいな感じで、特別な事をしても「えっ、わあっ嬉しい!」ではなく「あ、普通に嬉しい」なのである。

 割と抑揚が無い。しかし、じんわりと来るのである――何気ない感動が。

 それを伝えろと言われても――いや、そんなこと言われていないが、分るだろうか? 何気なさすぎて伝えられないのである。

 ついでに、同じネトゲ仲間のリアルカップル成立なんて、割とパーティー崩壊の呪文である。役割は在れど横並びである筈の仲間が『特別』と『その他』に隔てられてしまうのだ。

 お互いに、である。気を遣ってしまうのだ。恋人側は今まで通りにしようと、その他は二人きりにしようと。そうして気を遣ってしまっていることが嫌になるのだ。

 ただし、これが全員リアルで顔見知りであれば特に問題はない。ネトゲではあるがただのリアルの延長だ――ただしゲーム中にデートの予定とか話し出すとアウトだ。

 そのどちらにも言えることは、見ず知らずの人間がが繋がった、アバターの距離感の中に。

 楽しいゲームの時間に――現実が現れるということである。

 そこの何が問題かと言うと、ようするに、ゲームの時間はゲームしろよ、である。

 だが、

「雲雀ちゃんは『友達なのに……くすん』って」

「それツグミ向けだよな、こっちは? リア充爆発しろとか?」

「友達の友達に手を出すとか信じられない――だそうです」

「……うぉおお、そう言えばそういうことになるのか……」

「あと『抽選外れざまあみろ、ばちが当たったんだよ、ケッ』だそうですよ?」

「……後で一緒に改めて報告しに行こうか――都合の良いのはいつ頃?」

「あ、明日の三コマめが空いてます」

「ん。じゃあそれ位に大学行くから――いや向こうの予定は?」

 素っ裸なのに色気もへったくれもなく普通に会話している。ピロートークの雰囲気ではない。お互い、ただの枕、それ以上ではない。

 世間的に見ては非常にバカップルなのだろうが。

 この世にドッキドキなんて実は存在してないんじゃないかと思う。

恋人って、こんなさっぱり味だっけ? と疑問に思うほどだ。

 ――とはいえ。

 恋人は『誰かと一緒に居ること』の延長上にあるだろうから元々それはごく普通にありふれたただの生活の一部であったのだろう。

 そこに何を観るのか――ということは、つまり生活観である。であるなら――むしろこの意外なさっぱり味がすごいしっくり来る。恋愛ってただのこうした日常に寄り添った出来事なのだ。

 恋愛ゲームの大半は、見る者の主観――プレイヤーによって昂奮やら切ない感情を感じさせているが。あれはやはり人を楽しませるためのエンターテイメントに寄っている、ということがよく分る。

それはともかく。

 友達の友達へのアポを取ったところで、

「……はあぁ、……本当に辞め時かな」

「えっ」

 ふと、それとはまた別の現実に帰るのである。

 それは目の前で否応なしにちらつくデカい出来事で、

「いやさ……せっかくまとまった予定が空いたわけだからさ……この際色々な見積もりをし直そうかなって」

 将来の目標である。

 ……フリースクールの運営は良心であれ金が要る。

 運営側にもそこへ通う生徒側にもだ。

 なにせ公立の学校ではないのだから無料にはならない。慈善めいているが、それには活動を維持するための経営が必要になる。

 当然ながら、親御さんから授業料を貰うことになる。それならば生徒の数が安定して集まるかどうかが問題だ。今では一つの学校に五、六人は必ず出るくらいだが――それだけで教師は生活できない。

 なら数を多く――遠隔地からも集めるなら生徒たちが生活をする寮や下宿が必要になる、ということは場所の問題も出て来る。職員もそれなりの数が必要で、初期投資の回収の為その給金はまた薄くなるだろう。

 更に肝心の中身――日本におけるフリースクールの基本は不登校時の学業の支援だが、それをどんな形にするのか。ただ元の学校に復帰した際に授業に遅れないようにか――それとも卒業認定試験のそれか。または、許可が下りればだが、フリースクールでのそれを元の学校の授業と同等のものとして単位を与え卒業資格に含められるようにするのか――

 もういっそ、そういう形態(フリースクール)は止めて、バイト先や就職先を斡旋し、共同生活の中で生活基盤や精神的な支柱を作り、社会への帰属を目指させるか――

 公務員としての社会事業か、それとも民間の慈善事業か――個人での奉仕活動か。

 将来自分が歩く道筋の探し方だ。考えておかなければならないことは色々とある。小中高のどこでも、なりたい職業を探したとき、どうすればそれになれるのか調べたりしなかっただろうか?

 そこで距離感をみつけられないだろうか? 話はずれたが。

 学習塾やらでバイトをしているのは、運営の経営面での組み立てを見ておくためでもある。現段階で一番足りないのは経験とコネだ。

 あとは、何より……、

「あのVRシステムが使えればなあ……」

「? フリースクールの事?」

 距離と、手間と、時間の問題である。

「うん。あれなら遠隔地からでも触れ合えるし、保護者にも負担が少ない。わざわざ子供の為に転居、転職してってかなり無理があるからね。生徒も通うって過程が無い分、最初の精神的な障壁が少ないだろうし」

 よく「転校すれば?」なんて言う人間を見るが、住んでいた場所を捨てて、再就職して――

 何の保証もなくそれをするのはただの無謀である。先に見つけるもんだろ? と、言われればそうだが。それまでの収入や固定資産――家や土地を購入して借金ローンがあったらどうなるのか。

 子供の命と心の方が大事――というかもしれないが。

 むしろ不登校のまま卒業認定試験の方が、家族として失う力が少ない分、親としても子供が社会に復帰するまでの資金的な算段が付けやすい。

 新しい土地で幸せが待っているなんて保証はない。

 事情があって来た人間を何の分け隔てもなく優しくする人間ばかりだと思っているのか――悪意のある人間がそれを見逃すと思うのか。実際には、移住したその先でまた同じ目に遭う可能性もあるのだ。

 はっきりいってそれらは、親の愛で解決できる問題ではない。

 子供の将来を鑑みた時憂うのは――むしろキレイな学歴かどうかだけだ。不登校の一番の問題はそこだろう。転校するメリットといえば、その可能性が継続される、ということである。

 それこそ、子供の命の方が大切――にはならないのだろうか?

そこで、学業の支援と復帰を目的としたフリースクールのメリットが活きて来る。もちろん精神的な復帰と言う部分も多大にあるが。

 そこに通い易いか――不登校というごく少数に対する事業という難しさに付いても。

「土地や設備投資も要らないから、運営側にも負担が少ないしね」

ある意味で理想的なツールだ。あとは暇と金のある引退した教師辺りがボランティアとして参加してくれるのであれば慈善としてもある程度いける。

 教材は電子書籍扱いになるのか手製のテキストを作るのか。学校で使っているものを取り込むのか。別の地域から来るのであれば、その辺は都合に合わせてだろう。

 実社会への復帰も考えなければならないので、そこは逆に大きな課題となるかもしれない。

 というデメリットもあるが、

 括りとしては通信教育になるので、母体の教育機関が設立をする必要もあるが。

「けどなあ……」

 悪い意味で時間の問題なのである。法的にもそうだが、あのシステムはまだあの会社だけで実用、そして運用されている――それも巨大な設備と維持費が必要な、最初期の段階である。

 サーバーにその隙間があるとは思えないし手軽に増設できるとも思えない。手を出してくれるならイメージアップにはなると思うが。

 ……ようするに先の問題なのである。あと十年かそれより先の。

「……」

「……ごめん、せっかく気を遣ってくれた、っていうか、こんな時に」

「ううん。優しい明人さん好きだから、いいの」

「……そう言われると、弱っちゃうなあ……」

「……何に?」

「――ツグミさんに」

「ふふっ、……そう言わせたかったの」

 うん、幸せである。

そのまま、夢のように微睡んだ。

 

 

 でも、やっぱり。

 予約の抽選に外れたことは悲しい。

 そしてやはり辞め時なのかもしれない。そういう時期が自分にも来たのだ。

 建設的に将来の事を考えると、そう認識させられる。

 ただ最後に、純粋に、夢のゲームを出来ない事だけは残念なわけで。

 

 ――そう諦めていた夏が始まった。

 お互い趣味人なので恋人としての時間以上に一人の時間も尊重する。

 なんとなくただの世間話や無駄話に見えるであろうやりとりをしているが、暇を見つけては一緒の時間を過ごしている。

 でも、それだけでは時間の空白は埋まらない。空けてしまったバイトを改めて探すのは既定路線として。教授に言われた通り卒論の手直しをするべきか――

 しながら、夏期限定、短期の募集をしていた植物園に入った。ただでさえ暖房が効いている温室の中、そして炎天下の渦中を回り清掃をして、売店の調理場《裏》で野菜の皮むきをして、パートのおばちゃんにセクハラされたり、カップルや夫婦の仲睦まじい姿を眺めた。並行して学習塾の高校受験対策・夜間夏期講習――その臨時職員の募集に伝手で入る。

 中学生レベルの連立方程式、あらすじを流し読みしたような歴史と地理、理科を抜け出たばかりの科学と化学、赤ちゃんに言葉を覚えさせるより酷い英語の教科書の内容、感想文に毛を生やす現国の努力――あくまで個人の感想だが。

 勉強はその先に、そこにいる人間が――人と社会や心の繋がりが知識に見えなければつまらない。ただ、受験勉強は新しい知識を仕入れるそれとは別種の能力開発だ。多大な範囲の反復学習は記憶の要領と容量自体を、絶え間ないプレッシャーを受けながら努力を続けるメンタル面は必ず役に立つ。

 そんなたかだか五、六年前にした勉強が懐かしい。

 あのころはゲーム時間を削ってよくやった――嘘だ。本当は受験日前日であろうと平然と三時間はゲームをしていた。

 それももう終わりか……。

 やはり、ゲームを卒業する時期が来たのかもしれない。そんな気がする。

 これからも一番の趣味でも、優先順位としては低くなる。何においてもという訳にはいかなくなる。

 前向きに考えれば、ゲーム以上に大切なことが出来たということだ。人生として豊かになったと言える。

 しかし、そう単純にはいかない。

 

 ゲームには重さがある。その内容にではない、人との関わり合いにだ。

 それは他者に対して向けられているそれだけではなく、己自身にも向けられている。

 それは、これまでの自分の、およそ半分を占めていた。

 残りの半分は彼女だ――つまり、自分のほぼ全てに関わっている。

 それを失うことになる、ということに、言いしれない恐怖を覚える。

 他に大切なことが出来るとか、そういうことではない。

 自分を構成するおよそ半分を失うのだ。確実に、これまで通りにゲームが楽しめなくなるのだろう。

 無難に、自分の中で比較的楽にこなせる仕事に就いて、これまで通りにゲームを満喫したい、という思いはある。

 でも、それをしても……本当に楽しいと笑い続けられるとは、思えない。

 それは欲求だ。自分はもうゲームだけがしたいのではない。ゲーム外の目標を――欲求を見つけた。

 欲求は満たさなければ、喉が渇き、やせ細り、やがて骨が折れるような気さえしないだろうか? そしてその欲求は、これまで培った好きでも友達でも努力でも人間関係でもない。

 叶えられない欲求、叶えたことのない目標は、まだ見たことが無いものを見たい、未知を求めるというそれと同じかもしれない。

 ゲームと同じ。それと比肩して――優先すべきはどちらか?

 現実の重さとゲームの重さは、それを大切にする者には大きく変わらない。

 やらなければいけないことも、ゲームを楽しんでいる自分も、どちらも現実に存在している。

 だからこそ、簡単には決められない。普通はゲームと就職、将来の目標を天秤に掛けて何バカなことを言っているんだと思うだろうが。

 それはもう、いくら前向きに検討しても、内心ではテンション駄々下がりである。


 そんな悶々とした時間が過ぎた――

《今日は発売日か――)

 もしかしたら自分もゲーム機を手にプレイしていたと思うと――無性に寂しい。

 自分の彼女はもう購入しただろうか。電源を入れゲームの中に入っているのだろうか。

 他のギルドメンバーはどうだろうか? 楽しんでるのかな? 学校をさぼるか職場を有休して平日昼プレイだろうか? みんなゲーマーだがその辺は真面目だからないと思う。

 きっと自分のやるべきことをしっかりやってから――やや早足で店まで心臓はバクバク、そして家に入って人の目が無くなってから全力ダッシュで部屋に向かうことだろう。

(ふぅ……羨ましい)

 冷房の効いた教室で板書しながらそんなことを思う。

 でも、外れたのだから仕方がない。先にプレイしている仲間を全力で応援しよう。

 ――でもそわそわする。

きっと今ここに居る学習塾の生徒たちもその一人か二人くらいは居るだろう。

(ああ、街を往く人の買い物袋、その膨らみが全て新品のゲーム機に見えてきた)

 ていうか、実際そうなのだ。あの五芒星のメーカーロゴ入りの袋なのだから間違いない。

 恨めしい、そして羨ましい……。

(いいな、いいな~)

 と思いつつ、意識はすっぱり切り替える。

 

 夏期講習のバイトも終わり、秋の夜長の追い込みへ――

 終わった。帰宅すると、玄関の郵便ポストに挟まった宅配の不在通知書を見つけた。

 幸い再配達の時間内なので電話し今から来てもらうことにする。

 それは自炊で適当に作った夕食を食べている時だった。

 ピンポーン! という呼び鈴に急かされ玄関に出る。宅配業者を確認しドアを開け、サインし受け取りして中に入れた。

 段ボール箱はそこそこ重い――疑問に思う梱包を開ける。

 何か箱型機械らしきものが緩衝材に包まれていた。

 その上には一通の封筒がある――差出人の名前は杦田さんだった。

「……」

 身に覚えがあるようで、無い。時期的に見て暑中見舞いが一番ありそうだがそんな深い付き合いではないことは明らかだ。

 それか、もしかして――こねで別のゲームのテストプレイを直接依頼、とかだろうか。冗談と社交辞令で言ってくれたことがまさか本気だったとか――

 それもないと思う。

 ともかく、封を切る。

 そこにあった文面を黙読した。


『――鷹嘴くんへ。


 君のお陰でアップデートの概要の目途が立ったよ。本当に助かった。でもまさか君は初回生産分の抽選から漏れていたなんてね。だからテストの特別報酬として君にこれを送るよ――中にはテストで作った君のメモリーも入っている。店頭で登録しなくて済むから他の誰よりも早くプレイできるかな? 

 最後に、君のようなゲーマーに会えてよかった。これから大人になっても、ゲームを楽しめるという『心の豊かさ』を忘れないようにね。これは開発者になってしまった私からの忠告だよ? 大人になるとどうしても純粋にゲームを楽しむことは出来なくなってしまうからね。

 本当はゲーマーとして一緒にプレイしてみたかった――けど私はゲーム屋だから、その最後のプライドだけは、守りたいと思っているよ。君のゲーマーとしてのプライドは何だい?

 それじゃあ。さよなら――じゃなくて、ゲームの中で、また会おう。


                           杦田より、同じ《《ゲーム仲間》》の君へ』


 何度も読み返した。宛先も宛名も確認する。

 なんというか、タイムリーに心を抉られた。

 もしかしたら、これから本格的に社会に出る不安に気付いていたのかもしれない。

 それから段ボール箱に張られた受注票も確認する。

 どうやら間違いではない、本物だ。ちゃんとした自分宛てに届いた配送物だった。

 どうしてこんなことをしてくれたのか――そんなことを思うが、大人としての親切なお節介、なのかもしれない。

 しかし、内心でまだ予防線を張りつつ――やはり期待が逸る。

 浮足立つような心臓を深呼吸で抑えてから。

 段ボール内の緩衝材を慎重かつ丁寧に開いていく。内心で礼を言いながら、静かに手紙が指し示してる内容を目指す――

 ヘッドセットと各種配線、そして黒銀色の筐体が露わになった。実験で使ったメモリーもある。

 製品版の輝き――小さいのに、宝物のように照りを放ち、城のようにどっしりとしている。

 それは研究室で見た実験用の手製の組み立て品とは何もかも違う。洗練されている。しかし――同じ機能を持った機械独特の気配が漏れている。

 間違いない、脳に痺れるような電流が奔る。

「……うそだろ……」

貰っていいのかこれ。こんな、明らかな依怙贔屓えこひいき――

 箱の中には振込用紙が在中ではなかったし代引きでもない。テストの報酬というが一日で十万近くするバイト料って――

 そして冷静に、感動が喉元を過ぎて、半ば罪悪感すらする。

 自分と同じく運悪く外れていた人に、誠実ではないような。開発者がしていいことではないと思う――

でも、いいかな。誘惑に負けた。ええ負けましたよ。

 とりあえず勤務先の会社名も電話番号も分っている。礼状をしたためるべきか。いや今すぐ電話窓口から――逆に迷惑か。でもお礼はちゃんとするべきだと思う。

 何が一番、喜ぶだろうか。

「……今度、仲間と写真撮って、送ろうかな……」

 貴方のゲームでみんなが笑ってます、的な内容で。

 なんとなく、それがいいような気がする。

 でも、とりあえず天を仰いで万感の思いを込めて叫ぼうと思う。

 それは偉大なる開発者への祈りと信仰として、

「――神よ!」

 感謝を捧げながら、思い切り天に掲げた。

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