出会いと別れ。
「――何ならこのままうちで専属テスター兼デバッカーとして就職するかい?」
話をしている。それは開発室の隅に作られた談話、休憩スペースにて、
「――それはありがたいお話ですけど、すいません。もう内定貰ってますんで、お断りさせて頂きます」
「どんなところかな?」
「学習塾の講師に。今は学童保育やなんやらで色々とバイトを。将来はフリースクールの運営を目指してるんで、色んな年代と環境で満遍なく」
「立派な目標だねえ……でも君みたいなゲーマーがどうして教育関係に?」
根っからのゲーム好きの進路といえばクリエイター、もしくはその関連事業に関わって生きようとすると思うだろう。
確かに自分も中学、高校の頃はゲーム会社で働くことを考えていた。
でも、
「ネットでMMOとかやってると、結構いるんですよね、なんでこんな時間に、ってプレイヤーが。自分の場合は、たまたま風邪で休んでいる時につい魔が挿してログインしたときなんですけど、何時も夜に居る知り合いが居て、そこで色々話して……実は不登校だったんですよね。全然悪い所がある奴じゃない、むしろすごい人に気を配ってるような。いい奴なのに――その所為でいじめの標的にされて……そういうの聞いてたらなんか同じゲーム仲間がそういう目に遭ってるのが許せなかったんですよね」
「で――」
「ま、いっか、遊ぼう――と、ゲームしましたね、そのまま」
杦田さんは唖然としていた。
いつの間にか手の空いた開発スタッフも同席しているが、同様の表情をしている。
疑問はもっともだ。
「……そこで教育に目覚めるとかじゃないのかい?」
「いやだって、ゲームをしに来てるんですよ? ゲーム以外の何するっていうんですか? ゲームをしに来てるんだから思いっきりゲームを楽しみません? むしろ気になるのは、そいつが今本当にゲームを楽しめているかいないかの方がでしたね~」
「ええ??」
「いや、それでいいの?」
「あ、もちろん『暇だったら連絡くれ、一緒にクエスト受けよう』くらいのことは言いましたけど」
いいのだ。なぜなら、もし何かの逃避だとして――楽しいことをしているのに楽しくない、という状態は相当精神的にまずい状態まで陥っている。心の不健康状態だ。
もっとも、当時はそんな専門的な対処をしようとしていた訳ではない。
ゲーム仲間として出来るのはゲームだけだ。それ以上の関係になろうというのなら、それ以上の事をしなければならない。でもその時彼はまだそれ以上を求めていなかった。
「――秘密がばれた時って、一番怖いのは今まで通りに会えなくなるってことじゃないですか。だからこそ、結果的にですけど今まで通りって感じでよかったんだそうです」
これは彼からも聞いた。今は大学で心理学やその派生のカウンセラーの講義も受講して、そういう機微として知っている。
だがやはり、
「でもあのときは……当時は本当に、ゲーム仲間なんだからゲーム仲間でいいじゃん、くらいの気持ちでしたね。善意でも気遣いでもなく――ただなんとなく、今まで通りのゲーム仲間がいい、友達がいいと思っていたんですよ。なんとなく」
彼とは今でも新作のゲームが出ると、連絡を取り合って一緒にプレイしたりしている。
「へえ~。その子は良い巡り合いに恵まれたね」
「そんなこと言われると照れるんですけど。でもそんな風にゲームで遊んで、ゲームの話をして――その合間に、時々『彼の世間話』を聞くようになったり、自分のバイト話とか、次第に外の話もするようになって……で、面倒な客とか色々話をしてたら『いいな、おもしろそうで』『じゃ、一緒にバイトする?』って夏休み中に一緒にバイトしたんですよ」
「展開早いね!」
「いきなり外出て大丈夫だったの!?」
「……住んでる場所、意外に近くだったのかい?」
「いえ? 全然遠くですよ? だからお互いの中間地点辺りのバイトをネットで探して――観光地ホテルのシーズン中の短期住み込み従業員の募集があったんで応募しました」
「サービス業だろうそれは!」
「不登校だったんでしょその彼!」
「裏方なら平気ですよ、厨房とか、チェックアウト後の部屋の清掃とか。フロント受付とか接客とかの部分って大概女の仲居さんなんで」
ボーイもいるけど。
「……思い切ったんだねえ……」
「そんな。オフ会と同じ感覚ですよ」
「いや、君じゃなくて件の彼」
「絶対君に振り回されてるよその子」
「多分怖いとかそんな気持ちの前に驚き驚き驚きの連続だったんじゃないかな、ショック療法的な」
「そんなことないですよ、ちゃんと本人の意思です。――つきましてはそこにゲームも仕込みまして」
ただ普通に外に出て人に会うのは――確かに恐怖が先立つだろうと思って。それを紛らわすためにだ。
「ゲーム?」
「お互いアバター名しか教えていませんでしたからね。そこで、お互い何も知らずに誰が自分なのか当ててみよう――と。まあこっちは直訳なんですぐバレましたけど。で、そこでリアルでも普通の友達になって――あ、こういうのでいいかな、と、おおざっぱに将来の進路を決めましたね」
「軽い軽い、軽いよ!」
「……将来を決めたときの決意と情熱ってそんなのだったかしら……?」
うん、一般的な疑問はもっともだ。
普通は重い覚悟やらリスクやらをさんざん考えた上で後悔とか不安を振り切るための自分作りをして、それから決断するのだろう。しかし自分はそんなノリだったわけだが一応、
「いやいや酷いですよ。ちゃんと気付いたんですよ? 自分はただゲームをしているだけでも楽しかったけど、それ以上に嬉しかったのはそのゲームで『人と仲良くなれた時』だったってこと、『仲間を見つけられた時だった』ってことを。それを将来的な仕事にするなら……」
最初は学習塾を作って、効率よく学ぶ方法を教えて、ゲームをする時間をたくさん作れるようにしよう、と思ったのだが。それでは違和感を感じた。
なんとなく、それでは満足できない――そう思った。
ゲームを癒しの場所や逃避、仕方なくそこにいるしかない人達、現実で得られなかった居場所として見ている人達に、本当にゲームを楽しんでもらいたかったからだ。
人より、他人より、ゲームが好き、アニメが好き、漫画が好き、ニッチな少数派、それ以外にも優しい人間ほど疎まれ、正しい人間ほど嫌われ、手を出さない人間ほど暴力にさらされる。そうでないいつも笑っている普通の人間でもある日突然標的にされる。
それらをまとめてどうにかするのなら、仲良くなれる場所があったら、
「どんな子でも普通の友達が出来る場所――勉強しながら。そういう普通じゃない普通の学校を作りたくなったんですよ」
「ああ、なるほど……健全に遊べる環境づくりか」
「あ、その時遊んでたのも杦田さんがプロデュースしたゲームなんですよ?」
「――はは。そうか……私の作ったゲームが人の役に立ったか。それは何よりだよ……」
それからも、取り留めもなく話をした。
夢の世界を作り上げようとしている大人達と、一人のゲーマーとして話をした。
それは何気ない、冗談染みた日常生活の話だったり、社会人のただの苦労話と愚痴だったりした。
そして午後テストは続いた。それは魔法スキルと同じくアップデートで実装予定のフィールドやダンジョンで、本来予定の無かった物理攻撃系のスキルもサービスで経験させてくれた。
その慌ただしくも賑やかな時間は、あっという間に過ぎた。
外は既に夕刻を過ぎ、とっぷり夜の帳が落ちている。
地下駐車場ではそんな景色は見えないが、空気は外と同じくわずかに湿っていた。
「今日は本当に貴重な経験をさせて貰って、本当に感謝してます」
「いやいや、こちらこそ――本当に就職する気はないかい?」
「あはは、自分でも惜しいなあとは思うんですけど、でももう決めてますから」
「いや、しっかり将来の事を考えているのは良い事だ――」
わざわざ家まで送迎してくれるということで、黒服のお兄さんたちに囲まれている。
「それじゃあ気を付けて。お陰で助かったよ……休憩中も楽しかった」
「俺も、いつも遊んでるゲームの開発者に会えて、嬉しかったです。あ、次があったら一緒にゲームしませんか?」
「――いいね。……なら、今度会う時はゲームの中でという事になるかな……」
「……もしかしてゲームマスターでもやるんですか?」
「いやいや――このゲームは私が作ったものだ。その中には私そのものがいる――多くのゲームクリエイターがそう思っている、そういう意味だよ」
なんとも気取った言い回しであるが、分る。
ゲームの中にはクリエイターが居る。ダンジョンの作り方、ワールドマップの配置、BGMの雰囲気、同じ人が作れば癖が見える。
そして、
「――なんだかエンドロール的ですね?」
そこに彼らの名前が確かに存在している。その全てを覚えているわけでもないし、人として意識しているわけでもないが。
こういう名前の人達が作ったのだと――意識するようになったのはいつ頃だろうか?
もしかしたら、それを意識せず『ゲームが本当に終わりかどうかだけ』を確かめていたかもしれない。何度も同じエンディングを見て、偶然、ただ何となく、これを作っている人達がいるんだ、と思うことが、あるかもしれないだけだ。
「はは、確かに」
「じゃあ俺は……Special Thanksですか?」
「ふふ、そうかもね。でも君はAnd youの方がいいんじゃないかな?」
「そうかもしんないですね」
つまり、プレイヤーである。確かにまあβテストに正式参加したわけでもないし、開発スタッフどころか関係者としても怪しい所である。
結局今日一日だけアップデートの仕様テストのみの参加となったわけだが、契約書に基づく違約事項は有効で、今日のこの日の事は発売日が来た後も決して口にしてはいけない。
そんな人間に、暇もないだろうに、わざわざ入り口まで見送りに来てくれたのだ。
「――それじゃあ……ゲームで」
「ああ。また遊ぼう」
一礼し、差し出された手に握手を交わした。
乗り込み、車が発進する。開発者とプレイヤーとして、居場所が別れていく。
そうして、たった一人の、たった一日だけの特別なβテストは終わりを告げた。
家へと帰る。家族のいない独り暮らしのアパートだ。
高校時代に納税したお陰でどうにか獲得した実家を離れての暮らしだ。最初は殺風景だったが、単位に余裕が出来てから実家から運び込んだゲーム機とソフト達が棚を豊かにしている。それまでは年々増える参考書のみがインテリアだった。
ただ、最初からPCだけはあった、もちろん課題や論文、レポートの作成に使う――
それとは別の、ゲーム用の愛機だ。
机に着き、使わないときは外しているネットの端子を接続し、主電源を入れ、画面の電源、そしてプログラムがあらかた起ち上がるのを待つ。
それからゲームを起動し、開発メーカーのロゴがでて、パスワードを入力、ただのMMORPGにログインする。
二年前に購入したものだ。グラフィックとゲーム内での遊びの拡張性が売り――しかしゲームの型としては古いタイプだ。
閉鎖型HMDを頭に被り、ゲームコントローラーでアバターを操作する。
室内型の立体映像にも対応しているが、光量の問題で昼はし辛く暗幕か雨戸を閉める必要がある上、アパート暮らしではアクション性のあるものだと隣人との騒音トラブルが問題になるので使わない。でも、複数の操作性とプレイ環境に対応しているので住民性が高い。
実写タイプのCGだ。精巧に作られて、画面に映る全てに陰影を感じる。これまでどうしても消せなかった、現実の汚れですら絵になってしまうキレイさ――映像感をなくしたものだ。
映像を人の目に届けるために、画面の光は自然光より必然光量が多大になる。
どのディスプレイでもその映像というシステムの都合上、現実には無い光を感じてしまう。もちろん演出として現実より綺麗に見える様にエフェクトを付けるのは仕方ないにしても。
これは実体感を追及した映像の課題であった。――自然な光量にすると見辛く汚いものだった。
それをクリアするために、人の視神経が自然に受け取る状態で、必要以上に、無駄なく目まで届けられるようにする。
演出上の光量調整以外は、仮想現実に画面の光は必要ない、と、人と各種ディスプレイの距離感を検知し補正を掛ける機材を組み込まれている。
それがこれまでの最新で――これからは旧型になる。
手の指先がゲームコントローラに繋がっていて、首から上の光と音だけが異世界に――足は現実の部屋の床にある。
ありありと分ってしまう――いま触れているのがただのゲームの世界だということが。二次元の世界だということがはっきりと分ってしまう。
「……やっぱり。すごかったんだな……」
そう、思わず呟いてしまった。
あのゲームだ。ただのテストだったのに。
まだ本当に味わったわけではないのに。
そんなゲーム世界の街を歩く。
既に午前零時を回っているが、そんな時間にネットでゲームをしているような奴は――残念ながら大勢いる。
そんな知り合い達に声を掛ける。登録したフレンドのログイン状況を見て。
今何をしているのか。パーティーを組まないか誘って、超難易度クエストを受けて、ドロップアイテムの成果を確認してから、ホームで色々と話した。
皆、アイテムコンプも終わって、レベルもスキルもカンストして思い思いに遊んでいる。生産職としてオリジナルデザインの装備品を作っている奴もいれば、ダンジョン攻略のタイムアタックをしている奴も、モンスターは飽きて闘技場で対人戦にのめり込んで居る奴もいる。
自分はゲーム内のミニゲームを満喫していた。
しかし、
「――あーあ、このゲームももうすぐ終わりか……」
誰かがそう呟いた。
「ああー……」
「そうだなあ……」
「出ちゃうもんねー、本物の仮想世界――」
みんな、その時をヒシヒシと感じていた。
新たなゲームが出るというのは、どこかでゲームが終わる時なのだ。
ユーザーの居ないネットゲームは消滅する。高い金で買い、それまでいくら課金していようとも無慈悲に消え、データは更新されなくなり、サーバーが停止する。
この世界に来れなくなるのだ。今まで遊んできた思い出の場所が無くなってしまう。
ずっと手元に残るパッケージ売りのROMやディスクのそれとの違いはそこだろう。中にはファンの為に最後はフリーソフト化や、オフラインゲーム化する大容量パッチを打ち上げる――なんてことをした太っ腹企業もあるが、そこは会社としても最後だったようでまさに最後の打ち上げ花火になった。
「なんかさ……寂しいよね……」
「仕方ねえだろ……ネトゲなんだから」
「まあ、会社自体の運営の都合もあるし、稼げなくなったら仕方ないんだけろうけどさ……」
「思い出以外何も残らないっていうのはなあ……」
「どんだけ課金したっけなあ……」
「……今度、オフ会でもやる?」
「どこで? 遠いの居るだろ?」
「スイカプとか色々あるでしょ?」
「それオフじゃないじゃん」
「……でも、出たらやっぱりそっちやるよね?」
一言、それに皆一様に沈黙した後、
「――そりゃね?」
「まあ本当に終わるまでしばらくアカウントはそのままだけど」
「でもそのまま二度とやらないんじゃね?」
「あはは、ありえる」
苦笑いを零した。そりゃそうだろう、ここに居るのは皆ゲーマーなのだ。新しい、話題のゲームに飛びつかない理由が無かった。
だが、
「……俺はゲーム自体から卒業かな、来年から本格的に社会人だし。もうこれからずっとそんな余裕はなさそうだし」
そんな奴もいる。彼は自分と同じ大学生だった。
「あー、そりゃ仕方ないね……」
「えー、続けられるでしょ?」
「――バカ、社会舐めんな……余裕なんて作れる奴しか作れねえよ。それでもそこそこ働けるようになったら結婚考えるし、その後は子育て……それでも休みたければ家族辞めて人間放り出すしかねえんだぞ?」
そう言った彼こそ社会人をやりながらゲーマーをしていた。しかしそのためか翌日が休みでなければ深夜帯までログインしていることは絶対に無い。
それをこの場に居る面々は知っていた。
「疲れ過ぎてると満足に寝れなくなるし、休みっていうのは力のある奴しか充実できねえもんなんだよ」
「さすがに、十年以上も会社勤めをしている人の言葉は、重みが違う」
「……そうですよねー」
「趣味って、どこまで続けられるかで仕事になる様なものもありますけど、ネトゲだけは仕事になりませんよね……」
「プロゲーマーは?」
「あれは仕事だけど仕事じゃない――」
「えー、海外じゃ立派な仕事ですよ」
「でも転職するとき堂々と職歴に書けるか? まともな会社ならそれだけで弾かれるぞ?」
「うっ」
ゲームは趣味、そして暇つぶし――きるために本当にやるべきことの前では無用の長物である。
だからゲーム好きの将来は必ず三つに分かれる。仕事にするか、趣味にするか、きっぱりやめるか――
考えるだろう。ゲームが死ぬほど好きになった人間なら、物置か、テレビの前か、中古屋か、自分のゲームをどこに置くのか、一度は考えるだろう。
そして大概、そのどれかを選ぶ。もっと欲しいもの、必要な物の為に、今まで必要だった時間が必要じゃなくなる。
バイトが解禁になる高校生か、社会人になる瞬間に、自然にこんな言葉が出てくるのだ。
――もうやらないよ。自然に辞めた。なんで好きになったんだろう? そんな暇はなんてない――
と。一度は思ったことが無いだろうか? それとも、ゲームをもっとやりたい、その時間だけが欲しいと本当は思っているのだろうか?
例えば、
「……でもわたし、将来ゲームは止めても、コスプレは続けますよ~?」
「いや、ある程度の年で辞めないと……」
「でも好きなんだもん。ここだって、自分で好きな衣装作り放題の描き放題の着放題だから入ったんだし」
「声優とかアイドルは?」
「わたしは永遠に十七歳になればいいのか!」
「いや、確かにあの人たち職業:十七歳、だけど」
「じゃあコスプレ雑貨専門店」
「無難にその辺じゃない?」
「……モズさんは?」
「……僕は止めることは無いと思う。ゲームだけは絶対に」
「それは……」
「ここならいつでも、誰とでも話せるし」
こんな風に、それでも自分の好きな物と繋がっていようとする人もいるのだ。
みんなゲームや何かを通して別のものと繋がっている。きっと本当はそれを注視し、重視しているのだと思う。
そしてその世界が閉ざされることは、それとの繋がりを一つ失うという事なのだ。
ゲーム自体に思い出も思い入れもあるだろうけど。ゲームを止める原因は、ゲーム以外にあるのだ。自分も、ゲーム以上に大切な物が出来れば自然と辞めていくだろうとは思う。
「でもさ」
ん? と、自分の声に皆が振り向く。
「今度出るVRゲーム機、当たったらの話だよね、今の話。みんな当たった?」
新作ゲームに主戦場を乗り換えようにも、そのゲーム機が無ければ乗り換えようがない。初回生産分も予約数が多すぎて抽選になっているのだ。
自分は外れた。この中でもあと何人が外れる事か――
「……私当たった」
「あ、俺も当たった当たった」
「まじ? 俺もなんだけど」
「私も。奇跡的に」
「あ、あたしもあたしも」
「俺もかな。だから悩みどころなんだけど」
「僕も」
うん? いま、自分以外ほぼ全員がヒットしてなかったか?
「ホークさんは?」
「――もう寝るわ」
「え、ちょっ、おい」
「えっ」
えええーっ!? と皆が叫んだ。
そして空気が凍り付く。察した。同じギルドメンバー、そしてゲーム仲間で外れたのは自分だけだった――というあまりにも居た堪れない空気に。
みんな即座に内緒話モードで会話、気遣いの牽制をし合い、それぞれがゆっくり覚悟を決めてから開口した。
「――大丈夫だよ! 絶対二次ロットの予約抽選には当たるから!」
「発売から最速ひと月先のな?」
「初日で中古か転売が必ず出るから!」
「それを完全に防止する個人認証が付いててそこでの入手も絶望的だぞ?」
「大丈夫! プレイ動画は送るから!」
「それただの嫌がらせ?」
「社会人になる前にゲーム断ち出来て良かったな」
「強制負けイベントですから」
「ま、まああれだ――先に攻略しといて色々と有益情報を渡してやるから」
「むしろそれだけは止めてください。映画の伏線とか秘密とかネタバレされる気分だから――ていうかもう俺の事をいじる方向に行ってません?」
「ばれたか」
「ホーク辛気臭いの嫌いじゃん?」
「あー、鷹さんってそういうところあるよねー」
「凄い気遣いの人」
「いや、そんなこと言われても困るんですけど」
まあ、購入が遅れること自体は特に気にしていない。トッププレイヤーになりたいとか攻略の最前線に居たいとかそういう願望は自分にはないのだ。
ただ――RPGである以上は知らないことや物や場所を仲間と手探りで探すのが良いのだ。
買い遅れると、それが出来ない。どうしてもネットで先行していく情報が耳に入ってしまう。
それはNPCやゲーム内から自然と情報を発見するのとあまり変わらない筈なのだが、それでも未知のものを発見したとは思えない。不思議であるが、初プレイの楽しさを追い掛けて行くとそんな風に感じてしまうことはないだろうか。
それに、気を遣って先行しているネトゲ仲間からも疎遠になってしまう。
それ辛くない?
「……あの、もしよかったら、私の当選券を」
「白鷺さん、気持ちは嬉しいけどそれも中々残酷。人の楽しみを取りたくなんかないよ? それに今回は運が無かったってことで納得してるからさ――当たったら中でデートしよう」
「何自然にナンパしてんだよ」
「……ああそうか、そういえばPC画面じゃないのか……マジでそういうことも出来るのかな」
「――ていうか白鷲さん、何気に鷹さんとプライベートで知り合い? じゃないと渡せないよね?」
「付き合ってんの?」
「まあそれは置いといて。みんな先に楽しんでよ。あれだよ、そうでなくても、俺たちの関係はまだここで終わりじゃないだろ? あとから追い付くからさ――そしたらまた一緒にゲームしようぜ?」
そう言うと、皆がそれぞれ笑いながら頷いた。
これはゲーム好きによる、とあるゲームの節目の話。
今年中には閉鎖されるであろうMMOでの語らいの夜の話。
それはたとえネットゲームでなくても、ただの家庭用ゲーム機でもよくある話だろう。
一人一人、新しいゲームが見つかる度、新しい何かが見つかる度、同じゲームをする仲間が消えていく。
そこで出来た本当の友達と、自分だけの思い出以外、何も残らない場所――
それがゲームの世界なのかもしれない。
それは寂しい世界だろうか、虚しい場所だろうか? それとも暖かい場所だろうか?
きっと、それはプレイした人によって、違ってしまうのだろうと思う。