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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
6/30

S(すごく)・F(ふくざつ)な事情。

「……ええっと……インターフェースですか?」

 それなら多分、現実世界とゲーム世界の隔たりで――

 機械と人を繋ぐ接触面だと思った。

 そこからゲームの中に入っているのか、それとも外で機械を操っているのか。それは物理的な障壁であり、VR環境でいうなら意識の境界になると思う。

 ゲームは概ね映像や音響を通してゲームの世界を体験する。映像なら眼と画面、キャラの動きなら手とコントローラー、そこでゲームと現実が接触しているだろう。キーボードで画面に文字を表示させる、プログラムそのものを作る、マウスでカーソルを動かすなどそこにあるやり取り――システムをひっくるめてだと思うのだが。

 ――総じてインターフェースとは『人と機械がどう接触し干渉するのか』という部分だろう。

 このゲーム以前の通常型のVR環境なら視覚や聴覚を外界から遮断し、疑似的にゲーム内の環境をゲーム外に作り出すことでまるで本物のようだ、と体験させ接触面を融和させている。が、そこに存在するやりとりはあくまで体の表層を経由しているのである。

 本当にゲームに入れる完全な仮想現実なら――そこは必ず課題になる。

 その技術的な問題。

 と、思うのだが。

「50点」

 あ、微妙な点数。

「……その理由は?」

「大切なのは、その中身だよ。どんなインターフェースだろうと……脳や体に直接情報を送るにはまず理解しなければいけないことがある」

 それは何かな? と出題されている。

「……うーん、ええっと……ゲームの世界に意識を入れるにしても、それらにどう干渉、介入するか、だから……」

 当然ながら、体が物理的にゲーム世界に入っているわけがない。

 ゲーム世界を外側に持ってくる――アトラクション型は、ゲーム世界を体感させているとはいえ、それはゲーム内に意識を入れている、といえるだろうか?

仮に情報を送れたとして、コントローラーも無しにそれをどうゲームとして操作させるのか。脳の電位差を拾い上げるだけで可能なのか。出来たとして人の脳が機械的なプログラムを操作、起動できるのか。逆に、脳波の波形、周波数だけで機械側は全てをサポートできるのか。

 そんな様々な問題があるに決まっている。

 そもそもそれってなんなのか。

 それだけでなく、もっと、肉体の問題として、そう、これは――

「……意識って何なのか……脳波……信号、電気の問題?」

「――うん、その通り。例えば、人の脳や神経に外側から機械的に五感情報を与えるには、直接電気的情報――刺激を加えるというのは適切な出力であっても長時間は負担が大きすぎる。アダプターや筐体も通電してるだけである程度熱を持つだろう? 少なくともこれではダメだね、他にも、脳波を検知し分析するにしても機器とつないだ際の観測効果だけで多大な誤差になる。そういう意味でも電極を繋げるようなそれじゃあダメだね。もし――それをやるなら少なくとも、観測したり干渉したりする中ずっと、その誤差を常に修正しなければならないだろうが、それが出来たとしても肉体への負担は看過できない」

 それは、そうだろうと思う。

 人の肉体に電気を送る方法では体に負荷が掛る。人の意識に直接介入するにはデリケートな脳や神経に接触するしかない。それも生きた人の脳の状態をより正確に知るなら、生きた人間の脳に針を入れることになる。

 その為、その部分の解明は倫理的な問題により今もまだあまり進んでいない。細胞シートで作成された人工臓器を切り刻んだり薬剤漬けにすることは出来ても。

 生きているそこに他の電気信号が介入するということは――

 無理なんじゃないのか? と言う問題なのか。

「じゃあ……」

「そう、元々電気――電子による人の意識、脳へのアプローチには、限界、というより問題があったんだ。適切じゃあなかったんだよ」

 機械もゲームも電気で動いているし、脳波も生体電流だから、それに合わせて電気で介入し、観測しようとしてしまうのが普通だと思うが。

 そうじゃないというのなら、

「てことは――電子じゃない、適切な干渉方法が見つかったってこどですか?」

「――うん。それをクリアする、生きた人の脳の状態をより詳細に、安全に観測する――そして干渉する素子が見つかったんだ」

 その質問をして欲しかった、と、科学者の顔をしている。

 その気持ちは学習塾や予備校でバイトをしているので少しわかった。

 なので先を促す。

「なんなんですか? それは」

 魂とか、まさかそんなものじゃないだろうな。

「便宜上、その新たに見つかった素子を鏡象子ミラーマターと呼んでいるけど、VR技術――正確には量子観測技術の研究中に見つかった、まだまな未解明な部分が多い状態の性質を持つそれなんだけど、まさに量子の様でね?」

「――まってください」

 まいった。正直に言おう、

「……ええっと……量子とか、物理学はちょっと苦手分野なんで、もし数式とかそういうのが出そうだったら控えてご説明願えますでしょうか」

「……あー、うん、そうだなあ……物質と状態の話ってどれくらい分る? 要するに量子っていうのは、粒子性と波動性を併せ持った――あーいや、例に出すなら物を物質として捉えた状態、【水】【空気】という【物質の性質】と、現象――ゆらゆら揺れる【波】【風】という【状態の性質】を常態で併せもつものなんだ。まあそれは目で確認できるレベルではない物質の原子レベルかそれ以下の状態では当たり前の話になるんだが――それに倣って、ごく小さな世界で表面上の電気的には介入しないまま脳や体における電気の状態を解明し脳の機能を解析しようというところからこの話は始まったわけなんだが。この鏡象子は人の意識――人が体で得ている感覚質クオリアや強い情動、思考といったそれらが働くその部分の――脳波の深い所に反応しているみたいでね。まさに適格だったんだ。ここまでは分かるかい?」

 すいません、もう既に辞書に載ってない単語だらけで限界です。

 科学者は、一般人との温度差を感じて丁寧に話そうとしてくれているけど。

 その所為で余計に頭がパンクしそうである。

 それを、必死に、

「……ええっと、こう、水面で波を作らないよう深海で海水を動かすみたいな? ……細菌や微生物なら顕微鏡で見えるけど、ウイルスは電子顕微鏡じゃないとダメ――みたいな感じですか?」

「そうそう。まあとにかくその鏡象子のお陰で――物質の裏側から。こちらから電気的に余計な出力と入力を脳と体にとって自然な状態で適切に行えるようになったんだ――同時にVRインターフェースに用いる最適な材料も見つかったわけだしね」

「……あ、じゃあもしかしてあのナノマシンが?」

「――いやいや。 でもあれは体内の鏡象子を感知、機械に中継する為の伝導体で出来たものだね」

「……はぁ~っ、凄すぎて凄いんだか凄くないんだか――」

 物質の裏側、とか、自然な、と言われると、重力、電磁気、弱い力、強い力といった見えない力が思い浮かぶ。

 エネルギーっぽいものと言うか、それらは人の体では直接知覚しえないが、常に存在し、微弱だが多大な影響と役割を及ぼしている。

 それも、表面上と目に見えない内側の働きだ。これも量子的な捉え方、なのだろうか?

 量子にも力学やらなんやらと色々あるからな。

 量子って何なのだろうと思う――講義、取っておけばよかったかな……専攻してない別学科の講義でも受けられる枠があるから、今度潜り込んでみようかな。

 まあ素人のにわかな妄想だ。確かに存在するものなのだろう。眼には見えないが。

 なのだが、

「……それにしても、皆さんの苦労がちゃんと理解できなくて申し訳ないんですけど……思った以上に専門的過ぎる分野ですね」

 自分の力ではそうコメントすることが限界である。彼もそれを悟ったのか苦笑して、

「まあ気にしないで。君の言う通り色々と苦労もしたけどね。なにせこの鏡象子は、人の脳波の深い所には反応するけど従来の機械と半導体によるアプローチじゃ反応が悪すぎて、既存のハードじゃ全然だめだから部品から何から何まで一から作り直しになってもう十年以上だからね。ようやく形になったわけだけど。それと並行して普通のゲームの出さなくちゃだし。結局色々試した結果人の脳波――量子的な反応に対してしか動かないから畑違うのに生体素子バイオチップの研究にまで手を出す羽目になって何度も予算が――ははは!」

 噴き出てる噴き出てる! 研究者と労働者の膿が! 血と汗と涙が! 

「そ、それはなんていうか……お疲れ様です……」

 不敬にも、こういう分野で働きたくねー、とか失礼にも一瞬思ってしまった。

 だが、

「でも、そのお陰で本当に凄かったですから……正直あと十年遅くても大絶賛だったと思います」

「……そうかい? そう言ってくれると、報われた気がするかな」

 どこかやつれた笑顔であるが、めを逸らしてはいけないのだろうか?

 それにしても、本業はシミュレーターやらゲーム開発なのに。この人いったい幾つ専攻分野を持ってるんだろうか? いや、多分この人だけではなくチームとしての活動で、他の人が開発したものもあるんだろうが。

 ゲーム開発者、今のハード関連の研究もしているのだから最低でも材料工学も学んでいて――

 それも、既存の技術が使えない、未知の分野を開拓するなんて問題まで抱えて――その根本をなす技術やら色々なものまでに関わって――こういう人たちの阿鼻叫――血と涙の努力で出来ているんだと思うと。

 国からの依頼と言っいたが、本当にただのゲームじゃないんだと思う。

 納得する。

(……いや)

 ふと、だからこその疑問に気付く。それはつまり、

 ――そんなすごい技術が、いきなり家庭用ゲーム機に使われるのか? と。


 おかしくないだろうか?

 国や軍からの発注で作ろうとしていたシステムを流用したのだろう? 予算の確保だバーターだと言っていたが、それなのにこの機械はいきなり家庭用の筐体として卸すのか?

 最初は一番デカいところからじゃないのか? うま味を吸い切らない内に表に出していいだろうか。

 大丈夫なのか? そんな特許の塊みたいなもの。いきなり一般流通に出して。

「……あの、でもいきなりそんなものが、一般向けのゲーム機としてどうして売れるんですか?」

 ついでに言うなら、安価な製造技術も研究されなければ量販は出来ない。

一応筐体は10万ちょいだったが。それでも安すぎないかと思う。最初の携帯電話や電算機がいくらだったろうか?

 それ以外のリスクの面でも――例えば最初からMMORPGとして出す必要があるのか。

 変な技術なんて使わなくてもそれだけでもハッカーやクラッカーの標的になるだろう。本当の家庭用、個人用ゲーム機であればデータの揺らぎも少ない分、システムとしてハードが安定した動作をするのに。

 そんな疑問に、杦田さんはむしろ笑みを深めていた。

「その方が都合が良かったからさ」

「……都合ですか?」

「うん。このゲームはむしろММOでなければいけなかったんだ」

「……むしろ向いているんですか?」

「――例えば、このゲームに使われた大事な特許技術も、その部分を一般筐体として流出させるよりMMOなら手元に置いたまま管理出来る。ほら、研究室に巨大な試験官と中に溶液が入っていただろう? あれは有機素子を使った流体型集積回路の一部で、大規模なバイオコンピューターなんだけど、中に入ってる素子の培養液――それから生まれる老廃物、不純物のろ過装置とかそのメンテナンスはそもそも一般人じゃあ絶対無理だしね。他にも現時点では量販化出来ない高コスト部分――ゲーム機の値段に収められない部分をこっら側で担うことも出来るし。……だからなんというか、このゲームは現時点ではむしろMMOでしか普及できなかったというべきかな」

「……なるほど……そういう事情もあったんですね」

 生体素子――有機物で作られたものなら、これまでの無機物で作られた半導体より遥かに機械としての寿命が短くなる。それこそ生物染みた消費期限になるのだ。それをハードに使ったVRゲームをネットゲームとして稼働させ運用するなら、確かにその方がいいかも知れない。

 そして、試験管といいつつ、真空管のような役割なわけである。そういえば、そう見えなくもない。

 ただプレイヤー側の通信環境やPC筐体の性能にゲーム自体が左右され、多人数が参加するそれでは運営側もサーバーや通信設備、環境管理の問題も出ると思っていたのだが、その逆だったのか。

 そりゃあ、個人より社会団体の方が資金力が豊富だ。その大部分を運営側の方が担ってくれるなら、こちらとしても大助かりである。

 ……うん。

「……いや、ていうか、え? 有機素子? そんなものまで使われてるんですか?」

 これは大分前から存在している技術だが。性能面では既存ものより上だが、先述のとおりその維持と寿命の問題――費用対効果が悪すぎて、わざわざ既存の部品からそれに転換する価値まではなかった。

 ……もう、多分その問題も解決したんだろうなあ、と思う。

「ほら、言っただろう? 鏡象子は無機的な半導体を使った電気信号には反応が芳しくないって。ようするに相性の問題さ」

「……それでバイオコンピューター、って言うと、人の脳みたいですね……」

「――うーん、使われてるのは細胞レベルではなくもっと単純な蛋白質――それ以下の、生物様のアミノ酸って言えばいいのかな。だから厳密にと言うとそうはならないんだけどね」

「生物様の――アミノ酸?」

「分りやすく言うなら、ウイルス――」

「ウイ……なんでそんなものを――バイオハザードが発生してゾンビが溢れるなんてことは」

「あはは、ウイルスが目に捉えられるほど集まった集合体だから――まあ有害な奴だったら兎も角、ゲームだね?」

「じゃあ、安全なんですね?」

「ちゃんとこんな地下深くに作って焼却できるようにしてあるよ」

 そういう意味でか!?

「とにかく、単純に有機物で量子素子として使えて――ウイルスって条件さえ整えれば簡単に増えるだろう? だからただのアミノ酸――細胞、神経を模したものより培養が容易で維持が割と楽だったんだよ。さっきはただ単に有機バイオコンピューターって呼んだけど、機能面で言えば疑似生体・量子伝導集積回路、とでもなると思うんだけどね」

 もう……。

 うん。

 うん……分かった、もう分ったよ。

 言わせてほしい。

「……正直、もうぶっ飛び過ぎてて話に付いて行けません」

 そしてあの分厚い契約書にサインさせられた意味が、本当によく分りました。

 秘書の人が難色を示していたのも、これが理由ですね?

 これ、喋ったら、いや、この施設を出たら消されちゃうんじゃないかな?

 この人達じゃなくても、狙われちゃうんじゃないかな? 発売当日まで拘束されるのも、そういうのから保護される為なんじゃないかな?

 気の所為かな!?

 多分気のせいだろう。

「でもほんともう大変だったんだよ……その素材の扱いの危険さもさることながら、運用と採算が合う目途になるまでにもどれだけ金が掛ったかってねえ……」

「……でもそれなら尚更、まず本当に警備体制の整った軍基地の訓練機シミュレーターとして売り始めて、周りが似た様なものを作り出したら一般に卸した方が良かったんじゃ……」

 そんな心配をした。思わず。

 それくらいのところなら、関わる人においそれと手を出そうとはしない――国家組織の人間なのだ。手を出せば国に喧嘩売るのと同義だ。

 そう思ったのだが。

「あっはっは――」

 杦田さんは突然笑い出した。

 それはまるでつまらないものを一喝するよう噴き出した声で。

 そして明朗高らかに、

「――僕はゲーム屋だよ? まずゲームを売らなくてどうするんだい? それがまず一番だよ」

 正直――

 すごいと思った。

 それを実行しようとして、実行しているのだ。

 自分はまだ――大学生、という片足・社会人的立場なのでその苦労はまだ身に染みていない。バイトも十分責任ある立場なのだが、でも色々な大人の都合とか立場がひしめく中で、そういう意地プライドを貫けるということが実力無しに出来る事じゃないということぐらいは――分る。

 この人は、自分のやりたいことを一本貫いてる、凄い人なんだ。

 思わず尊敬してしまっていた。

「……でもまあ、機能を歩兵の訓練だけに絞ったものなら成果としてとっくに卸しているんだけどね、予算の都合で」

「……あ、あはは。でも、ゲームは完全版が本体ですから……」

「そう言ってくれると助かるよ。ほんと、最近スケジュールも予算もきつくて……でも初回版も買ってよね?」

「ちゃんと予約特典付けてくれるなら」

「それはもう当たり前だろう?」

 うん。

 ……ただ、何にせよ一つのものを作り上げるのに多大な労力と発想、そして努力が支払われているということだけは分る。

 それは開発者の苦労というか。ゲーム開発における社会人の苦労というか。連綿たる好奇心と欲求の成果なのだと思う。

 何せ彼は、

「そういえば……どうして杦田さんは、意識投入型のVRを開発しようなんて思ったんですか?」

「――そりゃあ夢のゲームを作りたかったからだよ」

 そう言い、

「それに見てみたくないかい? 本物の幻想の世界をさ」


 やはり、純粋な少年のような眼で、嗤うのだった。

 

 本当は、本当にただ単にそれだけだったのかもしれない。

 彼は、歩兵の訓練機や宇宙開発の為、人類社会への貢献なんてものではなく。

夢を見たかったのかもしれない。

 それは、叶わない夢をただ眺めていたい――というそれではなく。

 眼で見るものではないそれを、見たかったのかもしれない、と言う意味で。

 その気持ちは、一人のゲームファンとして、分る気がしていた。

 

 ――そう、この時点では。


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