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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
5/30

考証

 ログアウトは機械的に行われた。

 ゲームに入ったときと同じ黒の部屋に行き、そこで仮想ディスプレイを操作しボタンを押して眼を閉じ数秒すると自動的に脳へと送られる情報が切られる。

 次第に体の外の情報が、耳から入る様になる。がやがやと人の気配がする。

 それに従い目を開ける。

「――お疲れさま」

「……いえ、そちらこそ。お疲れさまです。……はぁ」

 体を起こしヘッドセットを外して感嘆とする。

 研究室にいた杦田の同僚たちはすぐに得られたデータからアップデートの仕様を見直し始めている。

「お役に立てましたか?」

「ああ。十分すぎるくらい、いい参考データが取れたよ」

 なんだかんだで三時間近く仮想世界の中に居たせいか、現実ではただ寝返りもせず寝ていた体があちこち軋んだ。

 柔軟体操をする――

「――とりあえず昼食にしようか。フードコートに行こう、奢るよ」

「え、あ。いいんですか?」

「いいも何も、βテスターには本来支給されるものだからね――」

「じゃあ……有り難く、遠慮なくお世話になります」

「その辺のファミレスよりは美味いよ? ただ毎日食べると大ざっぱなおふくろの味が恋しくなるがね」

 缶詰のデスマーチなんですね、やっぱり。

 ともあれ案内され食堂に行くと、それは施設の地表部分になる、窓際から景色が見える三階部分に在った。

 簡潔な社員食堂であり、清潔で無駄のないデザインと配置のカフェテラスの様である。

 しかし、そこに盛付けられた料理は高級な佇まいをしていた。これ見よがしに金を掛けているのが分る。これが一流企業の福利厚生なのか。頼んだのはカツカレーだが西の方でもないのに、カツが蕩ける様な松坂牛であることに感動してしまった。

 かっこむ。

「――もっと良いのじゃなくていいのかい? 一応コース料理とかもあるよ?」

「いやすごい美味いですよ! どこがファミレスより、なんですか!」

「そうかい? ステーキとかも出来るよ?」

 メニューに無くても社員なら頼めば出て来るらしい。研究者はほぼ毎日この施設に缶詰で作業する為、ストレスが溜まらないようにと色々な配慮があるそうだ。

「……本当にただのゲーム会社なんですか」

「大元が世界中を跨いでるからね――それにしても、君が実験に協力してくれて助かったよ」

「そうですか? こっちは半ば遊んでるようなものだったんですけど」

「そんなことないよ。とはいえ三時間近くこちらの言いなりで動いていた訳だから、疲れただろう?」

「そこはどんなバイトでも変わりませんから安心してください、むしろ楽な方です。それに有意義だったのも正直こちらだと思いますし」

 何せ実装前のアップデート版を一人だけ先取りできたのだ。

「――でも、魔法関連のスキルが全部装備頼りの音声入力や魔法陣になるかもしれないのはちょっと勿体ないですね」

 いろいろとやったのだが、自分が頼まれたのはそれであった。

 何故それが課題とされていたのかというと、

「そこはまあ仕方がない――何せ人には三本目の腕なんてないんだから」

 杦田さんが作り出したVR環境は――精緻に現実の法則に則って作られた、リアルすぎるゲーム世界だった。

 その中で、創作の物語でよくみられる魔法を使用する際の『魔力を操る感覚』を存在させようにも、そもそも魔力を操る自体が現実の人の体には存在しない。

 三本目の腕というのはそういう意味だ。人には魔法を操る能力が備わっていない。

現実の体の感覚に依存する以上、そこに存在しないものを付与することが出来ない。それをどうすればいいのかということだが。

 なのでそこを、機械的なシステムを外付け――従来型のゲームのように、アイテムや巻物スクロールの使用に限るべきかどうか――

 杦田さんとしては、あくまで体の感覚で起動できるようにしたかったらしい。魔法に対する表現として――それをVR技術を使った遊びとするには『魔法自体を操れる』というイメージで、自由に魔法自体を作れるようなシステムを目指していたという。

 現実に魔法が存在するなら、ゲームの様に決まり切った同じ形にはならないだろう、と。

 だからたとえば、アバターは現実の体を動かす感覚でそのまま動く――それと同じように。魔法関連スキルの起動キーを、現実に存在する五感のどれかに設置して三本目の腕の代役にする――良くある表現の、魔力を血や熱に例えてそれを動かすという感覚だ。

 しかし、五感に設置するそれは歩いている時、何かものを見ている時や痛みに反応したり、意識がそこに向かった瞬間に不意に暴発してしまいこ失敗だったらしい。

 そこで今回試して貰いたい、と言われたものが、脳に情報を送り込むというVRシステムの逆転の発想――

脳で作り出した映像や感覚を、逆にVR世界に出力する、というシステム。

 分かりやすく言えば、頭で想像した『炎』や『熱感』をシステムで検知――魔法としてVR世界の中で実体化させるというものだ。これならば、人が想像した魔法がそのまま使える。

 かもしれない、というシステムで。プレイヤースキルの介在する自由度がある。

 まあ、結果は、

「……システムとしては問題ない。しかしそれを運用する人側の能力が足りていない。微小ではあるが成功例は出たから、これからの再現性の実験結果次第だね、一体どれだけ使える人間が出て来るか……」

 無理だと思う。

 何せこのシステム、早い話がプレイヤーに脳で幻視をしろということだ。

 そこに存在していないものを脳で見て、それを形にしようという話だ――普通無理だ。

 それは、人の脳がVR空間内の情報に影響を与え、プレイヤーが自ら映像を作り出す技術だ。このVRシステムを体験した後ならそれも出来そうに思えたが……。

 映像だけならともかく、その魔法の各種数値パラメーターをどう設定するのかと。

 イメージした【炎】が、現実そのままの熱量や燃焼力の数値で現れるのか。ゲームとして設定されていないそれをどうするのか。その情報をあらかじめ入れて対応させるのか。なら、もし、それらの存在しないオリジナル魔法をイメージしてしまったらそれはどうなるのか。厳格なシミュレーターなら火のない所に煙は立たぬとして原因不明のエラーが出ると思うのだが、そんな課題が山積みのシステムだ。

 先程の開発者の言い分としては可能らしいが、正直ただのバグ技みたいに思えるのは気のせいか?

 他にもシンプルに音声入力での『呪文』や、文字入力に相当する『魔法陣』の書き込みなどで運用する試験もあったらしい。ちなみに呪文は、普通の日本語だと日常会話中に暴発、専用の魔法言語を構築しなけらばならないと分りいま別チームで構築中、魔法陣は特にその手の問題はなかったが動きながらの戦いでは使用感が極端に悪い――魔法系の生産職になら使えるので、と、そこまですでに検証済みだそうだ。

 そんな気になる情報を、小耳に挟めたのはやはり役得だと思う。

 だけど、

「……難しいんですね……今日、ゲーム作りをちょっとだけ体験してみてわかりましたけど、やっぱりリアルすぎるゲームっていうのは、いや普通のゲームとでも……こういう『設定』って」

 膨大な試行錯誤、トライ&エラーをしなければ。

 理論だけでは使用感はつかめない。

 開発者の苦労、というものを改めて実感させられた。

「――そうだね。ゲームは基本、要略、要約、そして簡略化だから。現実的にし過ぎるとプレイが出来なくなるしね。リアルさを追求したVRゲームでもそれは同じだった――というだけのことだよ。なに、我々にとってはいつも通りのことさ」

 とはいえ、想像力を働かせるなら、仮に、杦田さんの作ったシステムが正しければ、第六感とかある人がいれば、それもVRの中で再現できるかもしれない、ということでもある。

 それで、幽霊とか目に見えないものがリアルに見えてる人がいればその仕組みも解明されて――普通の人にも使える様になったら面白いと思う。完全にゲームの枠を超えているが。

 そんなことになったら手垢の付いた最終戦争が起こりそうだ。何にせよ、現時点でさえ使う人が選ばれるそれは、誰でも遊べるゲームとしてはアウトだろう。

まあ、現実に超能力はないのだからそんなことが起こるわけがないのだが。

 なんにせよ。ゲームが抱える課題――それは難易度《面白さ》と遊び易さ(ファンタジー)の共存なのである。

 ――ゲーム性だ。今悩んでいるのはシステムの実証であるが、ゲーム性の問題なのだ。

 実際に魔法が使えるとしたら――どう使うのか。どんなさじ加減にすればいいのか。あまりにリアル過ぎてただの体感ゲームになってしまっては、現実にあるアトラクションと同じだ。

 それなら仮想現実である必要はない――いま開発者たちは、そんな仮想現実ならではの自由度を求めているようだった。

 これからもそんなことが続くのか、と思うと、頭が下がる思いである。

 一息、カレーを食べる。話題が止まる。そこで大人は快くそれをくれる。

「他に何かスキルについて質問はあるかい?」

「……じゃあ、生産系の職業やスキルはどんなのがあるんですか?」

「おっ、それはかなり本格的だよ? これは自信作だ。現実とほぼ変わらないクオリティだと言えるよ?」

「え? いや……それ大変なだけなんじゃ」

「いやあ――色々悩んだんだけどね? 伝統の職人技とか、各種昔ながらの製法を資料で集められるだけ集めて、製造前の理論実験のシミュレーションもうちの親会社の本業だしね。その辺の関係で実は各地で時代に淘汰されてしまった文化や技術の保護、普及策として――国からの支援をもぎ取ったってところもあるからどうしてもね。その代わり、オリジナルのアイテムを作って登録できるよ? あ、もちろんトンカチで叩いたり、素材を鍋にぶっこんでかき混ぜれば大丈夫とか、スキル習得後のショートカット機能もあるよ」

「要はバーター……いや話デカくないすか?」

「いやいや、まあこのVR技術自体、元々両国からの依頼に基づいた国家事業だからね、それぐらいは絡め取って当然だよ」

 国、という言葉に、小さく息を呑んだ。そして、十分溜めて、

「……えええっ?!」

「――大元は、地球規模での自然環境の、細部に渡った精密なシュミレーターの運用試験だったんだが。ただそれだけでは相応の利益を生み出すことが難しそうだから――その技術を使ってゲームを作ったり、他にも抱き合わせで色々やろうということでね」

「う、ううん?」

 でも、国がゲーム開発に関わるという事実――

 もしかしてそれ込みで基地を安売りで払い下げ――否、引き渡した? 

 ゲームに?! ……いや、仮想現実《VR》技術にか?

 そんな気がした。しかし、どうして――VRなんてほぼ娯楽技術以外に運用できないと思う。シミュレーターなんて現行のものでも十分だ。それに国が出資するなんて……相応の利潤がなければありえないと思うのだが。

 伝統文化や古い技術の普及――

 価値としては薄い、得票数は稼げないし外交カードにも使えるものには見えない。

 しかし、それだけではないのだろうか? それなら――VR技術の利用価値がある場所や物って、一体どんな物なんだろうか? その大元のそれ――

 地球環境なんて、国家の利益やら今の生活を鑑みれば……。

「……それ、政治的に何かメリットが?」

 色々新しいものが出来なければ、環境保全は現代社会の仕事を奪う。

「これでも軍需企業連合体に含まれてる会社だよ? ここはそこで得られた技術を利用してさらに利益を上げるための子会社だけど。色々あるよ?」

「……さっき言ってた、バーターですよね……」

 ぱっと思いつかないのでもう率直に聞くことにする。

「……他にはどんな需要があるんですか?」

「……そうだねー、まず、極地――宇宙ステーションとか南極、場所を取れない場所でのストレスの緩和にうってつけかな。極地環境での危険な建設作業に使われる義体の制御も視野に入れてる。もっと日常的なところで言うと病院なんか特に有用だろうね。後は各種乗り物のシミュレーターだね、極めて精度の高い体感の伴った、実践的な」

「……意外にゲームらしい役割が多いですね」

 義体は宇宙や深海の開発とか、ああ、原発の作業に使えそうではある。

 でも今までのもので十分な気がする。もっと安価で壊れにくい作業用ロボットもあるし。極地でのストレス緩和など他にも娯楽がある、わざわざ金を掛けた娯楽を新たに開発する必要はない。

 物資の運搬の都合で質量の無いデータだけで何万通りも遊べるそれもいいかもしれないが……。

 病院に卸すにしても特効薬の開発でも何かの治験でもない――それほど利益を上げられない、国が関わる規模の案件には見えないのだが。

 それ以上の応用が利く有益性ってVRにあるのだろうか?

 そんなことまで出来るのか、シミュレーターに関しても電車とか飛行機とかで普通にそういうゲームも訓練機もあるのだ。

「……でも、それでもやっぱり国が絡む規模には、ちょっと思えないような……」

 キャッチーではない。もうちょい、こう――人の心を引き付ける――国が必要とする分野に利潤をもたらし、影響力がある何かが無ければと思うのだが。

 そこで何故だか杦田さんは視線を下げる。

「……ここだけの話、お偉いさん方の一番の目的は、警察や軍の安全な実戦訓練だよ」

「……ああ~、なるほど」

 それに自分は納得した。

 人の感覚が再現される仮想空間として使うなら、それが一番有用かもしれない。

 今、各国、相まってテロや暴動が多発している。理由は様々だが主に格差社会によるもので、原因は資本主義、経済主義による先進国家の成り立ちやらなんやらそのものとされている。

 それらの鎮圧に日々警察と軍が追われているのだ。日本はまだまだ大事にはなっていないが――いや、テロではないが凶悪事件は常態化しつつある。

 死刑囚の首を切るでも、完全な戦争でもなく、良心だけが問われて、人員だけが消耗して行く。

 有能で良心的な人材ほど失われ、そこで働く人の質が日に日に落ちている。

 そんな現在、どの国も警察機構や軍の末端部分が疲弊していることが問い質されているのだ。

 そこでより安全で実戦的な人材の育成手段が求められている――それは日本も例外ではないどころか、特に実戦経験を求められない日本には、喉から手が出る技術なのかもしれない。

 安全な実戦経験だ――その経験が詰めるというのは――諸外国にとっても……。 

「……票が集まりそうですね。……訓練か……あ、じゃあゲーム内の、物理攻撃スキルとかどうなるんですか? ひょっとして実際の訓練と同じことをするんじゃ……」

「物理スキルは定められた技の型――軌道を描くことでエフェクトが発生しダメージアップになる仕組みだね。それか音声入力後、プログラムで体に自動操縦オートを働かせるシステムもあるから」

「あ、それなら何とかなりそうですね」

 前者は発想としてもシステムとしても古くからあるものだ。タッチペンの携帯ゲーム機とか、付属のカメラを利用しコントローラーの動きを読み取らせるゲームなどで既に存在している。いまでは立体映像を駆使し、テレビ画面内ではなく大型のアーケード筐体として部屋型や迷宮型のそれがテーマパークでも置かれている。

 後者は――ボタンを押すだけでキャラが動く普通のゲーム。それをVRの中でプレイヤーに適用するのだろうが。

 よかった、ガチの戦闘訓練をするとかじゃないんだ。もしそうだったらハードルが高すぎる、絶対オタクは挫折する。

「……でもあの、体を自分の意思じゃなくプログラムで動かせるって危険じゃないですか?」

「あはは――勘違いしているよ? 動かすのはあくまでゲームのアバターだし、現実の人間の体はプログラム言語で制御なんて出来ないよ。ゲーム内で動いているとそう勘違いしがちだけどね。それに、五感も人の意識も肉体内から移動はしていないよ」

「あれ? じゃあ――」

「ゲーム内に入っている、というのはまあニュアンスの問題でね。実際にはいままでのMMOと同じ――自宅PCの画面でサーバー内を覗いて操作しているのと同じさ。ただゲーム内を体験できるその窓口を機械の表面から肉体の内側に持って行っただけ。――いや、構造上は、ゲームと両方にあると言った方がいいかな」

「え?」

「いま、実は君の中にはゲームアバターの体と現実の肉体の二つが同居しているんだ――言ってみれば量子状態といえばいいのかな? それを利用して、現実の肉体は動かさず、その感覚を得たまま、中にあるアバターの体のみを動かしているんだよ。その為に、だから意識も感覚もちゃんと肉体内に残しておくために神経やらへの電気的な遮断なんてしていないんだ」

「……は? え? そんなことどうやって」

 ちょっと話に付いて行けないので疑問を順に解消させて頂きたいのだが。

 それでなんで現実の体が動かないの? 意識がゲームの中に行っているから現実の体が動かないんじゃないの? 

 いや、今、自分の中にアバターがあるってどういうこと?

 そんな頭の上にも目の中にも疑問符を沢山浮かべてしまったそれを理解してくれたのか。

 彼はこちらに問い掛ける。

「そうだね……――脳内投入型のVR環境における一番の障害は何だと思う?」

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