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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
4/30

プレイヤーとクリエイター。

 杦田鷹介すぎた ようすけはゲームクリエイターである。

 が、それと同時にあらゆる環境シミュレーターの一人者である。

 飛行機や戦闘機での視覚再現、気流、気圧による体感、自動車における加速度や慣性――負荷までを完璧に伴なわせるそれ。植物、生物、細菌などの生育に関する温度変化や水分の相関状況まで子細に観測し、細胞やアミノ酸の変化までを予測するソフト。

 有名テーマパークやアーケードなどに設置される劇場型、室内型のアトラクション、次世代型モーションキャプチャーと触れる立体映像を駆使したリアル格闘ゲーム、HMDヘッドマウントディスプレイではない、家庭用の空間投映型のゲーム機、脳波でキャラの手足を操作するアクションRPG――

 そのどれもが現実と見紛うほどの体感を得られるのは、たとえそれが作り物でも、とことん現実の重みを重視していたためである。

 もちろん通常のゲーム開発にも彼は関わっている。そんな彼が作ったゲームは数知れない。

 壮年に差し掛かる頃合いの、白髪混じりの男性だ。

 温和に見えて、貫禄と、どこか飄々とした風が吹いてくるような気配がする。

 そんなゲーム世界の賢人が――

「……えっ、なんで、自分の事を知ってる、んですか?」

 今、即興で、という雰囲気ではない気がした。

「まあそれは追々ね……うん、書類の方に不備はないようだよ? 気になるなら君も確認して」

「博士、いけません。βテスターには厳正で時間を掛けた審査が必要で――」

 覗き込もうとすると、ボディーガードらしき――

 肌をゾワリとなぞる様な、寒気がする。

 一瞥されたそれだけで、敵意を持っていることが分ってしまう――実際には、会社の役員とか秘書の方が似合いそうな頬にはそんなもの持っていないかのように見えているのに。

「いや――私が許可を出したいんだよ。何せこれまでうちが出してきたゲームも殆どやり込んでいるみたいだし……適性も多分あるよ」

 杦田さんが話しているのは、秘書か何かだろうか? まるで杦田さんと同様の責任者のように感じる。

 欧米系の彼は、相向かいの座席、杦田の前に座りながら妙に冷たい視線でこちらを貫いてくる。

「……あの、辞退した方がいいなら、そうしますが」

「――では申請が通りましたら後日、改めて連絡するように取り計らおう」

「いやいや! 研究室の方にある僕用の筐体を使って貰いたいんだよ! できればβテストじゃなくてアップデートで実装されるシステムの調子をね――まだ目ぼしい子が見つかってなかっただろう? だから――半日ならどうかな? それぐらいならいいだろう?」

「ですが――」

「納期も前倒しに出来るよ?」

 その一言に、どんな魅力があったのか。

 どこか忌々し気に、秘書っっぽい男は、

「……」

 眼で指図し、相向かいにされていた後部二列の座席、そのドアを護衛に開けさせた。

 無言の圧力、

「あ、はい」

 眼で言われたままに乗り込む。チェックを通った荷物を後からてつけの様に押し付けられ、勝手にカスタム・ハマーが進んでいく。

 ……そっかー、βテストには参加できないのかー。

 そんな暢気な感想を言えない緊張感がここにはある。

 ゆっくりと走り出した車内はきつい。人員密度的にも空気的にも。

「……ええっと、」

「ゲームショーに君、いつも来てるだろう? 大概列の最前線に並んで――それも小学生の頃から」

 聞きたいことに答えてくれたが。

「……何で知ってるんですか……」

「毎年毎年なんでか展示場所が違っても同じ位置に来てるから、そりゃあ覚えるよ」

 自分でもいま初めて気づいた、そうだったか。

「……うわあ、なんか恥ずかしいんですけど」

「アハハ。開発者としては嬉しいもんだよ、それだけゲームが好きで楽しんでくれているっていうのは」

 エンジン音がわずかにふわりと加速する。

 検問所から入ってすぐ、社屋――一般人向けの玄関ロビーを――横切り――

 何故か建物の裏側へ――いや、そうか、関係者と一緒に入るからそっちからなのか。それも超VIPだから? 普通の会社なら社員でも玄関から入る筈だが――ガクンと、地下駐車場に入り、裏口らしきそれにハマーが横付けされた。

 入る前にヘリポートと飛行場が見えたが――社員の駐車場になったようではない。ひょっとして現役なのだろうか?

 そんな疑問をたた浮かべながら。

 車上から距離はドア一枚分、開けた時それをまるで盾にするよう横付けされる。

 そしてその通りに開けられた。

 向かう先の電子上でロックされた武骨な金属ドアを開け、窓口と、ここにもいる護衛と、そこでまたボディーチェックを受け、荷物を全て預けるように言われた。

 スマホとか携帯端末も全てだ。財布の中身まで確認された。

 少し行った先で、そこは隔離室――検疫所とでも言えばいいのか。コンプレッサーで服や体に着いた塵や埃を落とし靴も履き替えた。ゲーム筐体の開発をしているのなら精密部品も製造しているだろう、そういう物は厳禁だ。服ごとレーザー殺菌までされ、まるで生物化学やらなんやらの厳重なそれだが、ここは本当にゲーム会社なのだろうか?

 その汚れを嫌う真っ白な床と壁の廊下を通り、エレベーターを抜け、下に落ちていく感覚に身を委ねる。

 その内静寂が、若人を気遣ってか、

「――ところで、鷹嘴くんはアーケード派かな? それとも家庭用の据え置き機限定? スマホのアプリとか携帯ゲーム機は?」

 朗らかにそんなことを聞いてくるので。

「――いまいちですね。携帯ゲームだと画面が小さいのもあるんですけど、どうしてもゲームとして物足りない感じがして」

「うんうん――」

「高性能ならいいって訳じゃないんですけど……なんていうか、ゲームって自由じゃないですか。どのゲームで遊ぶのかそのゲームの中でどう遊ぶのか――基本のシステムやルールはあっても、プレイヤーの思い思いに遊べて……その自由さが好きなんですよね」

 その答えに、何らかの満足感を得たのか、穏やかに微笑み、

「……そうか。なら、このゲームは気に入ると思うよ?」

「……どんなゲームなんですか?」

「そうだなあ、世界を変えるくらいかな?」

「――世界初のVRシステムですしね」

 それを皮切りに、取り留めもなく自分達は語りだす。

「ところで、ゲームと言えば最初は喫茶店や駄菓子屋の隅に置かれたアーケードだった――ゲームは外に出て遊ぶものだった、ということは知っているかな?」

「はい。――確かにそうですね……みんな最初はゲーマーでもオタクでもなく、ただの遊びって感じで」

 中学の歴史や体験教室、テレビの特集で知った。駄菓子を買うお金の半分、小さな子供から見れば一日の十円、五十円、百円は貴重だろう。学校帰りの寄り道に、それか帰宅してから勇み足に一番乗りを目指すのだ。ちょっとした競争である、そんな再現映像も流れた。

 それは、ゲームに熱中していても、オタクなどと呼ばれていなかった時代の事だ。

 そこでゲームを買うというのは、ある程度高いお金を払って好きなゲームを好きなだけ出来るようにする贅沢――自由を得るものだった。

 でも、それは、アーケードより性能は落ちるが、家庭用でもある程度の高性能を保証する筐体が出ることで変わる。いや、最初期に出たそれに比べれば、はるかに性能は高いだろう。そんな、

「――ゲーム機が家に当たり前にあるようになってからは違いますよね」

「じゃあこれから先、ゲームはどう進化すると思う?」

「それは……そうですね……」

 アーケードはアーケード、MMOはMMO、お部屋で一人プレイ、多人数プレイ――それぞれ専門化し尖鋭化ている。もちろんその中で、誰にでも遊べるものはそれこそ誰にでも遊べるように。

 一概に、そして一様にオタク化し小難しくなっているのではない、専門化することでシンプルになっている部分もあるのだ。ヒット作が出るとそれを踏襲、模倣し、売り上げが落ちれば別のものが作られ多様化していく。そして、多様化し過ぎて売り上げが拡散して、開発費と採算が取れない中しのぎを削り身内を切り捨てていき、最後はジャンルが死滅していく。

 それがどう変化するのか。

 挑戦的なゲームを作るのは、至難の業だ。大手の中の大手にしか出来ない事だと思う。

 ……が、そんなことではなくて。ゲームがどう進化するか、と言われれば、ゲームそのものの立ち位置のことだろう。ジャンルや販売形態について問われているのではない。

 ゲームの立ち位置――昔のゲームは純粋かつシンプルな楽しみである【娯楽】【競技性】だ。

 近代ゲームはその科学技術の取り込みと進歩から【感動】を求めるものへと進化しただろう。そして社会として混迷と黎明の時代といえる二千年代初頭から今までは、それで遊ぶということの意義自体が常々問い質されて来たから【有意義】ではないだろうか。

 なら……次は何が来るのか。

 ゲームとしての立ち位置……次を求めるならば。有意義が満たされたのなら――いや、満たされたのだろうか?

 娯楽としての最盛期より、ゲームは衰退している。

 それは想像していたものが存在していなかった世界から――概ね存在してしまう世界になったからであり、人間の想像力と、現行技術の限界と言うか。ネタ帳が尽きたというか。人の願望なんてたかが知れてるというか、従来通りのゲームとしてのアイディアは出尽くしている感がある。

 それを踏まえると今後は――

 思う。

「――未知、なんじゃないですかね」

「――想像もつかないかい? キャッチコピーとしては王道復古だね、それは」

「……いえ、そういうことじゃなくて」

「うん?」

「うーん……これまでと同じもの、だけど、全く新しいもの? ……シリーズ化の新作でもなしに。だけど、今までと同じくらい凄いものをっていうか……ああいや、なんなんだろ……」

 上手く言葉に出来ないが、プレイヤーとしてなんとなく感じるのだ。

「ゲームって、やればやるほど先の予想が付くんですよね。でも――もうそうなると最初の感動以上のものは味わえないんですよね。それって箱を開けて見たら予想通り――感動するって分ってたってことじゃないですか? それって本当に楽しかったのかな……っていうとちょっと違う様な……贅沢病かも知れないんですけど、今出てるゲームって、どんなに凄くても似たり寄ったり、って感じて……」

 ヒット作を踏襲する、王道というそれであるが、最初のそれ以外は二番煎じだ。

 新鮮味が無い。新しい要素を付け加えると、ともすれば贅肉化、複雑化し操作性が悪くなる。

ハードもソフトも、ゲームが普及し切ったからこそ、いつでも触れられるそれにもう慣れてしまっていて、どれだけ画面を使った映像技術が進歩し、優れた体感システムを用意しても、ゲームという存在自体に真新しさが無くなっていく。

 極端な話、VRシステムですらいずれは型落ちになるのだ。

 その先を想像した事はあるだろうか? 今はまだ来ていないそれがもし《《次》》だとしたら……。

 多分、 

「その先って言うと――未知を求めて、その未知自体を作ろうとするんじゃないかと……」

 趣味の世界――いや、『好き』の世界の病気だ。同じ感動を求め、しかし「いつもと同じ」というそれを嫌っていく。

 進化や変化を求めるって、作る側も、遊ぶ側も、それが怖い事なんじゃないかと思う。

 何故ならどんなゲームソフトも、いずれは誰もプレイしなくなる。

 プレイヤーが常に流動しながらも継続し、同じルールのまま同じゲームとして継続されている将棋やチェスとは違い、これはテレビゲームというのゲームとしての脆弱性だが――

 将棋やチェスやスポーツが愛され続けているのは、プレイヤー側に永遠ともいえる課題、言い換えるなら拡張性の余地が存在しているからで……。テレビのゲームエンド、それと違いクリアが用意されていないからで……。

 いや、考えていて自分でも何を考えるべきのかよく分らなくなってきた。

 未知を作るってなんだ。作れたら未知じゃないんじゃないか? いや、開発者側からしたらそうじゃないのか? プレイヤー側からしたらただ遊ぶだけだから可能だけれど。

 問題を明文化できていない、これでは言論の講義では完璧に不可――まず課題を見つけて来い、などといわれてしまう。

「……いいね」

「え?」

「いや、そうだよ。それこそ私が作りたかったゲームなんだ」

「はあ」

 そんなもの可能なのか? と思う。MMOには拡張性が付き物だが。

「――さて、ここが私の開発室だ」

 景色が見えない所為か距離感を喪失していた。どれくらい歩いたのか分らないが、意外にそれほど歩いていない気がする。


 杦田さんは指紋、眼球、静脈、それぞれのセンサーに自身を読み取らせロックを開ける。その上でカギを差し込み厳重な扉を開けた。

 この世界の住民から順に中に入っていく。

 その最後に、一番年下の自分が入り――

 扉を閉じた。


 そこは廊下と同じ、一面の白のなかに光量が浮かんでいる。

 それに色を付けるものがあった。

 大小さまざま、電子回路や集積回路を作成するための機材や、酷くアナクロな鉛のはんだごてに、資材と、研究資料が隅の机と棚に纏めてある。

 床や壁は磨き込まれた鏡のようにキレイで、逆にどこか病気めいた清潔さを感じる。

 それが電気の光を反射し照り返していた。

 特に、その存在感を主張するのが、数々の配線が、様々な機械の脇から垂れ下がっている――酸素カプセルの寝台のような円筒の機械だった。それはこの部屋の主役であることを異彩で放っている。隣には、兄弟のように歯医者の診察台のような椅子があった。

 それにはHMD――いや、イヤホンでもディスプレイでもない、ヘッドセットと、幾つかのリストバンドが配線に繋がれ、その椅子のクッション部分に置かれている。

 その二つの機械の配線は――壁――透明なアクリル材で仕切られた更に奥にある別室、そこにある巨大な試験管のような水槽に繋がっていた。 

 それは何台もの大型モニターとPC端末に接続され、今も何かの実験を行っているようだ。それとは独立した社内LANの端末もあるようだが――研究室のそこかしこで、彼の研究チームらしき人員がスーツ姿でマスクをつけ、試験管やPC画面やら何かと睨み合っていた。

 ゲーム開発室らしい機材と資料は見当たらない。が、電子的なソフトではなく、工業的なハードの研究をしているのだから当たり前かと納得する。よくよく考えれば、完全没入型のVRは人体に関わる以上生化学や医療的側面もあるのだ

 本当にただの科学実験室のような世界だ。そこから助手らしき白衣の女性がやってくると、杦田さんはこちらを手の平で紹介し、

「テストの被験者になってくれる、鷹嘴明人くん――僕らのゲームの熱狂的ファンだよ」

 それから、指定席の子、というと、ああと目を丸くし――

 女性は、貼り付けた社会人スマイルに、目尻の皺を寄せ影を作った。

 それに自分が丁寧にお辞儀をすると「あれを持ってきて」と言われた彼女はどこか疲れているようにそっとため息を零していた。

 ああ、上司に振り回される社会人の気配がするとも。デスマーチ中かな? 上司の予定に無い行動とか計画変更って本当に面倒だからなあ。

 杦田さんは既に周囲に号令をかけ、手元の仕事を中止させ、そこに居る人達皆が津波が引いていくみたいに慌ただしく動き始める。

 何かが始まる気がした。

 ――これから次世代ハードとソフトを体験できると思うとソワソワする。

 みんな真面目に、切実に仕事しているのにごめんなさい。めっちゃ嬉しいです。

 そう思っていた。


「じゃあ早速準備をしようか」

「……なんですか、その釘打ち機みたいな注射器みたいなのは」

 杦田さんに指示され、助手の人が持ってきた。

 銃のようだ。人を殺せる形をしている。

「えっ、このゲームをプレイするのに薬物って必要なんですか?」 

「薬じゃあないよ。これはね? 仮想世界における君の体――アバターの感覚を作るための、ナノマシン――みたいなものかな? 我々はリンカージェムと呼んでいるんだけど、これで肉体における量子状態の観測と五感の接続を行うものなんだ」

 無言で括目して魅入った。ナノマシン自体はもう珍しくもない、ただそれで施術的な治療が出来るのではなく、小さなナノマシンを動かす大きな寝台型の制御器に人が入り、診察に使うのが限度だが。

 しげしげと、助手の女性が消毒液とガーゼと共に持ってきたそれを眼に収める。

 その透明なシリンダーの中には、砂粒よりちいさな粒子状の何かが見えた。ナノマシン、と機械と言う割りにそれは柔らかな液体のよう、陽光がゆらゆらと波打つように揺れている。

 薄い黄色――

 赤血球やらを抜いた血液のようなそれは、金属性のある煌めく黄金色をしていた。

「――はあぁ……なんだかよく分らないけど、凄いんですね?」

 助手のお姉さんがアルコール消毒してくれた。これを一般のゲーム店でするのか? と思うが。その辺は何か考えているのだろう。そして静脈に注射される。普通に痛い――そして助手にリードされるまま寝台部分に座った。

「あ、服は全部脱いでくれるかい? みんな向こう向いてるから。余計な情報が入るといけないからね」

 公然ストリップかよ。いやまあ、医者に見られていると思えば何とか。

 店頭で売る時は個室に機材を設置するらしい。

 大型の店舗にしか置けないな。

「フフ――そしてこれがその特別なナノマシンを体に定着させる装置なんだが。閉じるから気を付けて。中ではしばらく眼を開けたままでいて――あと、躰が熱くなるから、少しだけ我慢していて。それと中で体勢はこれね?」

「分りました」

 壁になるサッカー選手――股間をガードの体勢である。

 じゃあアバターの感覚質クオリアの採取に入るよ。と、自分ではなく研究員たちに告げると、手動で酸素カプセルの蓋が閉められガチャ、と、電動でロックが掛けられた。

 既にこの機械は作動しているのか、様々な金属やシリコン、電子の擦過音がする。真っ暗だ……その内、言われた通りの熱が来た。

 チク、ちりちりとした病状に似たそれだった。それは筋肉の内側から現れる。血管、内臓、神経から皮膚にまで行き渡りそして脳まで達し軽い疼痛を感じた。

 まるで本当に風邪を引いたようだ。そして全身が余すことなく熱を帯びて往く。

 熱い――自分の中に何かが雪崩れこんで来ると同時に、全身に静電気を感じた。

 ちょっと……不安になるくらいだ。

 ややあって、それが引いていく中――

『――』

 スピーカーの前兆音。

 定着が終わったのか。

 そして、

『じゃあ目を閉じて――そのまましばらく自分の体全体を脳で意識してくれるかい?』

「ええっと、分りました……」

『まず頭の中心、それから血が巡る様に、首、顔、肩、腕、脚――ちょっと体を動かしてもいいし、脳波で動かすゲームやったことあるかい? あったらそれと同じように意識してみてごらん?』

 言葉の誘導に従い、体を意識で一巡りして、最後に心臓まで……。

 OKが出た。

 そして、

『これからいくつかの映像を流すから、構えずに自然体で見てくれるかな? 中には刺激の強いものや性的な物もあるけど、そこも思ったままで――』

「分りました」

 それから、雄大な自然の風景――

 目眩がする程の遠い青空、切なさが燃える茜色の水平線、爽やかな風が吹き抜ける草原、茹る様な夏のアスファルト、身震いが奔る雪と氷の大地――裸の女性――無修正版、貧乳、巨乳、桃尻、巨尻、フェチシズムに応えるよう、わき、鎖骨、くるぶし、足の裏からその指先の間まで全身を舐め回す様に――

 何故、股間をガードさせたのか分った!

 次いで、忌避を抱くような凄惨な光景、人が死に、砕け、爆ぜて肉の形をした何かとして転がっている、胸が苦しくなるような戦争の景色が流れた。

 そして何故か最後はコントとバラエティー番組だった。

 いったいなにをさせているのだ。

『OK。ご苦労様。あけるよ~。みんな向こうむいてー』

「いやー、何見てるのよエッチー、とか言った方がいいすか?」

『ははは。君の性癖はもう分っているよ』

「……最悪だ!」

 電動でロックが外れ、手動で蓋が開いた。

 長いのか短いのかよく分らない時間だ。とりあえず目をしぱしぱしながら起き上がる。

 そしてその辺に居るスタッフに目を向け、

「……後で全員のフェチを教えて貰いますからね、男女平等に!」

 みんな苦笑いを漏らした――しかし、例の秘書の男は冷たい表情である。

 服を着る。

 ……不能なのか?

 とか煽ってみたいが止めた。万が一そんな噂が流れてしまったら困るだろう。彼のあだ名が『敬虔なインポッシブル』になってしまう。

 あらかた着終えると、杦田さんは酸素カプセルの機械から何かを抜き出した。

 それをこちらに手渡し、

「――これが鷹嘴くんのアバター・アーキメモリー」

「……アーキ?」

「アーキテクト・メモリー。君の体の感覚を建設――とかそういう意味で。それとこのメモリー自体がVRゲームの鍵になってるから」

「――鍵」

 それは従来型のUSBメモリーやマイクロチップのようだが、目を凝らすと何やら幾何学的な紋様が端子に回路として刻まれているのが見えた。

 電子基盤というよりどこかの魔術儀式の一部のようだ。

「転売やらゲーム諸処の不正対策だよ。さっき打ち込んだジェムと、それから取った生体データ、脳波なんかを記録してあるこれがないとゲームを始められない。――ゲームを起動するとき、それと使用者を照らし合わせて起動して――まあ個人認証システムだね。未成年――特に幼年のプレイ防止策でもある」

「なるほど~」

 一応家庭用だし、一般流通させるのだからそれくらいは必要か。

 ネットで流出させたり、クラッキングで自分専用のミラーサーバーやら海賊版を立ち上げたりと色々ある。その所為で潰れなくていいゲーム会社が幾つ潰れたことか。

 中古はなんとも言えない。手に入らなかった絶版ゲームがたまに流れているから。それでもない限りは本もソフトも新品で買わないと作り手が死ぬと思う。

 杦田さんから貰った、起動用メモリーであるそれをしげしげと眺める。

 この中に、自分の体となるデータが入っているのか。

「じゃあそれを隣にある椅子の――ヘッドセットと繋がっている、PC横の筐体のスロットに入れたら被って――ゲームの世界に行ってみようか?」

「……おおお~、ついにですね~」

「わくわくするかい?」

「そりゃあもう――」

 世界初だぞ世界初――

 βテストではないが、ある意味それより貴重な体験である。

 一生の記憶に残りそうだ――

 逸りそうになる気持ちを押さえながら、言われた通りにPCに繋がれた、製品版ではないのか、手作り感溢れる筐体にメモリーを入れた。

 それから椅子に背を預けて、真横にまで背もたれを倒す。

 ほぼ寝台と一緒だ。

 が、

「あ、箱の主電源入れてね」

「あ、はい」

 どんなにハイテクになってもそこは変わらないらしい。

 上半身だけを腹筋で起こして入れる。

「――目を閉じてね。開けたままだと視覚情報の強制的な割り込みに脳がびっくりするから」

「はい」

「それで脳波を意識して集中して? 起動できなければこっちの手動でスイッチ入れるから」

「はい」

 眼を閉じる。真っ暗になる。

 意識を集中する……。

 そして、その世界が来た。


 始めは目を焼くような真っ白な光だった《《その刺激に》》思わず目蓋を閉じる。

 すでに目を閉じているのに感じる明らかな光に、視覚を閉ざそうとする。

 そのとき、目を閉じていても分かる肉の感覚が刹那途絶えた。

 すると暗闇が来た。そして、ふわりと一瞬の浮遊感のあと、どこかに降り立つような感覚が足裏に来る。

 立っている。という意識にアジャストされたように体はそこに立っていた。

 空間がある、それが認識できる――現実では倒した椅子に寝ている筈なのに。

 そこで改めて、眼を開ける。

 と、その空間は視覚出来る黒――真っ暗闇ではない、色としての黒と、どこに存在するのかそれを視認させるだけの光があるようだった。

 X、Y、Zの軸に合わせて四角い格子状の線が引かれていた。チェス盤のようだ。

『――聞こえるかい? 一発で入れたようだね?』

「――そうみたいですね」

 こう、不思議な感覚だ。宇宙の中にいるみたいな。

 そして、

『とりあえずセーブ画面を出すから、そこで今のデータをシステムファイルに保存しておいてくれるかい? キャラクタークリエイトや設定の初期化に使うし、後で役に立つから』

「分りました」

 目の前に浮かび上がったセーブ画面を指で操作し、はい、を押す。

 アナウンスが表示され、それはすぐに消えた。

『どうだい……この世界を観た感想は』

「そうですね……本当に五感があるんですね……風景が味気ないけど――」

 実際に、現実の自分の体とは離れているはず。

 でも今ここにあるのかのような、全く変わらない感覚がある。

 ――ここは本当に電脳世界なのだろうか?

 そんな疑問さえ覚えてしまう。宇宙に立つことが出来れば、こんな感覚なのだろうか。

 意識を集中している段階では目蓋を閉じていても伝わるそこにある空気や音、熱や匂いが存在していた。

 ――筈なのに、それがない。

 全く別の空気に切り替わっている――あそことは別の場所、空間であると認識できる。

 まるで体が二つあって、心だけそれと切り離されて、本当の異次元に来たような。

 不可思議な感覚。これが目の内側に広がっている世界なのだろうか。脳内に繰り広げられている仮想現実なのだろうか。

 しかし現実に、自分の感覚がそこにあるのだろう。

「……本当にもう入っちゃったんですか?」

 信じられない。しかし……、

『……それだけかい?』

「いや、流石に……タメが無さすぎるというか演出が無いっていうか、呆気ないというか、これだけじゃまだなんとも」

 自分とグリッドだけの世界である。

『あはは。まあ実験だからね。製品のゲームなら色々なメーカーとロゴとかBGMが付くから』

「あ、そういえばこれ、そういうテストでしたね」

『……しかしすごいね、大概早くても五、六分は掛るのに、十秒もかからないなんて。慣れても大体入るのに一分は掛るんだよ?』

「自分、寝たいときに寝れるんで。集中は同じ要領でその逆なんすよ」

『……君は一体どんな生活をしてるんだい』

「あー、リアルを充実させながらハイなゲーマーやると必然寝る時間を削ることになるんで。空き時間で何時でもどこでも寝られるように、起きたらすぐに集中できるように意識してたら、自然と」

 こつは呼吸だ。分かりやすいのは一番気持ちよく寝てるときの微睡むような寝息と感覚を記憶し、呼吸を条件反射にする。慣れてくると、一番深く眠っているときの脱力感覚を取るだけで行ける。

 自分で自分の体に状況や状態を脳で再現する、と言えばいいのか。スイッチの入れ方に慣れればベッドでなくとも脳をそこに持っていける。集中に関しても同じで、自分の最高のコンディションを作り出すのである。

 お陰で集中したいときはいつでも集中できる。

 ……大げさなことを言っているようだが遊ぶときは遊ぶ、休むときは休む、勉強するときは勉強するの切り替えの延長でしかないと自分は思っている。

 それと、一番の原因は、

『……うちのゲームは関係ないのかい?』

「え?」

『いや、これまでうちで出していたゲームは、一応このVRシステムを運用する上で必要な素養を部分的に作り出すようなものだったからさ』

「あー……どうなんでしょうね、そう言われて見れば……そういえば――良く集中したり生活上リラックスできるようになったのは、ゲームを始めてからだったかもしれません」

『……ホントかい? データ取りだから、嘘はいけないよ?』

 言われて、誠実に答える。

「――ホントです。まあこれでも少年時代は色々と殺伐としていたので……確かにそちらのご希望の感じじゃないかもしれませんね」

 友達と遊べない子――ゲームが好きだったわけでも、二次元に逃避していたのでもなく。

 そんな人間だったのだ。

 ただ、このメーカーの体感ゲームに触れたのは、最初のそれはもう十年位以上は前だが、そんな昔からこの最新VRシステムを研究していたのだろうか。他の先端技術の開発実情を鑑みれば、それぐらい長い期間は在って当然かもしれないが。

『そうか……余計な事を聞いてしまったね』

「いえいえ。あ、ただ――」

『うん?』

「話を聞いた感じ、下手をするとこのゲームって出来ない人がいるんじゃないですか?」

『うん、残念ながらそうなんだ。一定の意識の集中――脳波の検出で起動スタートアップするからね。出来ない人は一生出来ないんじゃないかな。ヘッドセットからの催眠誘導でその状態に持って行くシステムも用意してあるんだけど――その補助があってもダメな人はダメになると思うよ。あと、健康状態が悪くて、脳が極度に疲れてると普通に出来ない事もある』

「そうなんですか……」

 残念だな。一般家庭用のゲームとして、それは致命的家もしれない。

 でも、

「健康云々は納得ですね」

『――まあ、それは本当に極端な例だから、実質不健康でもほぼ100%大丈夫だよ。ただ度を越した長時間プレイの歯止めの為に、そこはあえて安全策として起動のスイッチだけは機械的ではなく健康な脳波――それを条件にしたんだ』

「……そんな事情が」

 廃人はわが身を顧みない。

 こんな音声入力でも物理的スイッチでもない――脳波の検出での起動には、そんな理由があったのかと思う。

 少数の切り捨てが存在するが、廃人防止と健康の為である。

 健全なゲームの為には是非も無しだ。

『できれば、その辺の大規模な数字のデータもこのβテストで数多く取る予定なんだけどね』

「そうだったんですね」

 ……それにしては、期間が発売日の直近過ぎると思うのだが。

 やはり開発スケジュールが押されているのだろうか。

「……それで、これからここで何をすればいいんですか」

『じゃあ、テスト項目とそれに必要なアイテムをそこに送るから、受け取ってね』

 と、何の前触れもなく黒の空間に宝箱が現れる。

 開けると中には杖が入っていた。

 それと魔術師っぽいローブ、その他の装備品――

 なんか、すごく、ゲームの世界の匂いがする。

 ニヤケながら。

「――どうすればいいんですか?」

 モニタリングされているのか、杦田さんも声で笑いながら、

『普通の服みたいに今の服の上から着てくれるかい? 着れるから』

 そういえば、いつのまにか。

 昔の時代の、麻の服を着ていた。

 さっきまで着てた普段着だと思ってたよ。

「……項目を選ぶとかじゃないんですね」

『遊び易さ優先でそういう設定も出来るけど、とりあえず仮想世界の実体感を味わって欲しかったんだよ』

「分かります。お手軽なゲームっぽさもいいですけどね」

『あはは、本当のゲーム版ではそれもあるよ』

「よっしゃ」

 話ながら初期装備の上からアイテムを身に着けていく。

(――いや、なんでこんなこと出来んのよ。ここゲームの世界だろ? コントローラーもキーボードもゲームパッドもないのに……普通にゲームキャラの体を動かして、普通に服着て。あ、顔どうなってるんだろ、自分のままなのかな?)

 これで本体が寝てるんだから信じられない。

 着終わった。なんだか初めて一人でパジャマが着れた瞬間の高揚感がある。 

『じゃあ始めようか――これは今後アップデートで実装されるスキルやアビリティの運用テストだから、とりあえず言われた通りにしてみてくれるかい?』

 大ざっぱなチュートリアルを受ける。

 それは、このゲームにおけるスキルやアイテムの使い方だった。

 それを、一通りこなしていく。

 

 そうして――俺だけのβテストが始まった。

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