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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
ゲームと現実と。
27/30

猜疑と真実と、

 疑問する。

 このゲームに人を洗脳――心を支配するような機能があったとして。

 それが開発者たちが求めたVRシステムが存在する意義なのか。それは、やはり違うと思う――

 だが、そんな機能があったらと仮定したら(・・・・・)

 それを求めるのは……。

「……うーん、いったいどういう理由でこの世界が作られたんでしょうかね」

 声に思考の海から呼び戻される。

「さあ、開発裏話はまあどこかのインタビューに任せておけばいいんじゃないですかね」

「そうですねえ――ああ、それとは違いますが、この世界の創世神話がこの世界最大の図書館で見られるって知ってますか?」

「へえ~、そうなんですか?」

「ええ、興味を持たれたのなら向かってみてはどうですか? ダンジョンですので、お仲間も連れて」

「仲間か……」

「――探索系のジョブやスキルを中心に組んだ方がいいですね、諜報員とか……ちなみにその本は絵本だそうです」

「……どんな話なんですか?」

「分かる人には分りますよ」

「……そうですか、分りました、行って見ましょう」

 料金を支払い席を立つ、影に満ちた街の中から世界の狭間へ、すぐ戻るからとスライムに挨拶し、そしてログアウトした。

 部屋の景色が広がる。

 ベッドから起きると、オリヴィアが、両手を懐に手を入れたままPC前の椅子に座り、目を閉じていた。寝ているのか――このままにしておくべきかと疑問するが、彼女とその仲間の職業柄を鑑みれば起こして報告した方がいいだろうと思い、

「オリヴィア」

「――何か分ったの?」

「……現実の居場所じゃないけど、それっぽい人が俺に――仲間と、ゲームの中にある図書館に行けって。それで神話の書かれた絵本を読めって」

「……仲間と?」

「露骨に諜報員とか言ってたんで、たぶんそっちのです。全員とかの指定は無かったですけど、車の中で聞いた話だと何人かはこのゲーム機持ってるんですよね?」

「……分かったわ、今報告して指示を仰ぐから、ちょっと待ってて」

 彼女はジャケットの内ポケットから携帯端末を取り出し、すぐにそれは繋がった。

 英語で話し出す。静かな声で、手に入った情報をおそらくジョンが聞き指示を出しているのか、

「……今からだと遅いし時間が掛るだろうから、明日の――9時ぐらいでどう?」

「こっちは今からでも大丈夫です」

「そう見えるけど、一応ね」

「……分かりました」

 ここ数日の気疲れと、強行軍的な長距離移動の繰り返しの所為か、確かに体は怠い――しかし、ゲーマーにとってむしろそれからが本番なのだが。

 また英語で何度かやり取りをし、通話を切る。ジャケットの内ポケットに戻し、

「それじゃあ今日はご苦労様、おやすみなさい?」

「そっちはこれからどうするんだ?」

「私も借りた部屋に戻って休むわ。明日そこからゲーム内に入る都合もあるし。ああ、中で通じる連絡先を教えてくれる?」

 ペンとメモ帳を取り、それを綴って渡す。

「――これで」

「ありがとう。ジョンと、あと数名が中に来ると思うわ」

 言いながら、彼女は足早に部屋を出て行く。

 それに合わせ、念の為トイレ休憩をして水も飲み、眠りに就いた。

 意識が落ちる寸前、つぐみの顔が思い浮かんで、そして消えた。


 翌日――

 既にゲーム内にログインし、待ち人を待っている。

 ジョンとオリヴィア、それに彼らの仲間だ。

 目的のダンジョンがある街に直接――ではない。レベルや登録された転移門ゲートの差の所為だ。開拓や攻略の最前線にある街ではないが、プレイヤーでもマップ上の全てを完全に網羅している人間は少ない。

 それ位に広いのである。何せ、現実の地球並みの広さ――それ以上がある。

 昔のゲームみたいに、キャラクターを歩かせて隅々までマップ攻略をすると、それだけでも多分一世紀では済まない時間が掛るかもしれない。なので、大きな街の間に限ればゲーム内では長距離移動にはもっぱら転移門である。

 しかし、その転移門も、小規模な村や町――隠れ里などの、この世界内の設定的な理由で置かれていない場所もある。

 情報のあった図書館がある場所は、まさにそこだった。

彼らが見繕ったメンバーに、その最寄りで全員が集まれる場所を指定して貰った。

 それに、

「やあ――」

「……あー、どちらさまで?」

「ここでは『J』だ」

「シンプルですねえ」

「君には言われたくないな。見た目もほぼ同じじゃないか」

「そうですか? 大分年齢を上乗せしたつもりなんですけど」

 アバターの見た目は以前設定したそれから変えていない。

 なら、現実の自分が一年前より老けたのか、そんなわけないよな。

 白髪の冴えない壮年は、中年にさばを読んだ顔立ちの茶髪、それに軽装の部分的な皮鎧に矢筒にナイフ――弓使いのいで立ちだ。

 その後ろに、

「おはよう、昨日はよく眠れた?」

「ええ――と?」

「ここではドーラよ」

 声で分かったが、中身はオリヴィアだ。顔の見た目は、現実より化粧が濃くセクシー系に仕立てられているのみ。モスグリーンの飛行服を模した上下に黒のタンクトップとブーツ――現代軍人系の衣装と、中世の鎧を部分的に付けた装備である。武器は腰に付けた大振りのコンバットナイフ。

 あとは三人、

「――アーノルドだ。ワゴンで君の後ろに座ってた」

「ベスター。君の右後ろかな」

「ジャック、別の車両で君にのされた奴の面倒を見てた――奴には検査を受けさせたが、後遺症の類はないらしい」

「ああ、そうだったんですか」

 それぞれ現実での顔はうろ覚えだ。多分見れば思い出すはずだが、ここでの顔は全くの別人のようである。

 そして三人ともやはり軽装で、ナイフか短剣、グラブ――指まで覆う手甲や具足の、特に近接での格闘武器系である――

「……盾役や純粋な魔術師系はいないんですね」

「ああ――皆現実での技能を生かす方向で、バラバラに活動していたからね」

「……てっきり年齢的にというか、常識的に魔法の呪文を唱えたりポーズを決めたりするのが恥ずかしいからじゃなくて――」

「――いや、正直それもある」

 皆が一様に苦い顔をして視線をあちこちにそらしている。

 友達に誘われてやってみたコスプレイヤーの初期症状、もしくは拒絶反応に似ている気がするが、これは万国共通なのかもしれない。

 が、普段なら冗談飛ばして笑っていられるそんなことも、目の前にいる人間たちが厳つい国家公務員だと思うとそれだけで笑えない。

「……でも、現実での技能を、ということは、Realモードは解放されてるんですか?」

「――やり込んでいるからな」

「職務上の都合とはいえ、正直に言うと良心が咎めましたがね」

「仕事じゃなければ、ゲームもここまで来たのかと純粋に感動したんだが――」

「……正当に評価する訳にはいかないですよね」

 複雑な感情で三人の男達にそう返す。

 しかし、杦田さんらにとって敵にも拘らず、優良プレイヤーとして評価されているのか。単純にシステムの都合で弾けなかったのかもしれないが。

「それで、どこへ向かうんだ?」

「狂った竜頭――と、呼ばれているダンジョンの一区画です」

「ああ、話には聞いたことがあるが。しかしあれはここからでは――」

「飛空艇なら俺が持ってますから、大丈夫ですよ」

 鍵を取り出す。そしてそれを虚空に突き出すと、それは空間のひずみを生みそこに吸い込まれた。

 捻る。錠前が外れる音がした。

 すると黄金色の燐光が辺りに浮き上がり、徐々にそれが輪郭を持って身体を成していく。

 紡錘形の竜を模した飛行船――それに直に取り付けられた船体が、影を帯び異界から可視化されていく。布と木で出来たそれではない、宇宙船のようなそれである。ガスで浮いているのではなく船の骨格が浮力を持った材質で出来たものだ。

 自分のホーム代わりでもあるそれが、草原のフィールド上に現れた。


 

 しばし空の旅を楽しみ向かったのは、いわゆる浮遊大陸だ。

 行くのは二度目である。一度目はただの観光で訪れた。

 しかし、ただのそれではない。遺跡だ。

 それはそこにある都市そのものがまるで博物館のように、朽ちた石柱や壊れ果てた建築物が、そして噴き上がる水が、舞う砂ぼこりが、今もそこに展示物のように浮かび続けている。

 蒸気機関、投石機、銃火器、巨大な帆船、気球、ロボット。

 時代は問わない、古代、中世、現代、そして未来染みた光景――

 全てが入り混じった舞台の時だけが止まり続けている。

 時間と空間の歪んだ街――

 ここを最初に発見した者は、別のダンジョンに作られた入口から転移して渡ったらしい。

 そのほとんどが静止した背景として存在しているそれが、全てどうもアイテムやプレイヤーが利用できる設備だ。通常利用できないそれが、しかし、この世界の攻略が進むごと少しづつ解放されていく。

 攻略が進み、新たなアイテム、新たなスキル、新たな法則ルールが解放されていく度に増えていき、動き出していく。そしてこダンジョンとして正常化され、先に進める様になる。

 その特殊性から、何か特別な役割が課せられているとされていた。

 そこを隊列を組み、Jが指揮官リーダーとして、自分を除いたメンバーに指示を出してダンジョンを進んでいくと、モンスターと会敵した。

 現実でのプロによる目と耳による索敵に引っ掛からない――

 蝙蝠の翼に角に尻尾、人の体にそれを持つ、典型的な悪魔だった。

 それが丁度出現した瞬間に出くわした。どうにもならないエンカウントだ。悪魔は羽ばたきながら炎の弾丸をばら撒いてくる。 

 それを散開して避け物陰に滑り込む。

 その戦闘音に引き寄せられ、それまで接敵を回避していた大小さまざまな魔物がこちらに目を付け始める。

 距離が埋まらない内にそれには四人が各々の武器で相対し戦闘を始める。 

 ジョンが弓に矢をつがえ、大物の悪魔に向け素早く引き放つ。だが、当たらない。しかし炎の弾幕を途切れさせる牽制にはなる。

 そこで、

「――すまない! 援護に徹する!」

「じゃ行きます」

 間髪入れずに、既に準備していた人形を、ジョンの要望に応じてダンジョン内用の武器を詰めた鞄の中から出撃させる。

 それは人形使い専用の武器だ。白銀の騎士甲冑を身に付けた人形だ。顔はフルフェイスの兜を付けているが、中は女性型の等身大マネキンである。

 それを右手に付けた五つの指輪から伸びる五本の糸で操作する。

 大きな盾に突撃槍を構えたそれを突撃させた。

 炎の弾幕が殺到する。それを白銀の大盾で受けながら接敵を試みさせる。

 更に、もう一体、天使――翼を持つ戦乙女を模した小型――膝ほどまでの高さのそれを鞄から出撃させる。これは軽いので指輪は左の小指一個だ。

 敵より高い位置を取らせ、白ワンピースで両手にカタールを持たせたそれで、高速移動させすれ違いざまの斬撃を与えながら制空権を確保――

 ジョンの弓の射線を邪魔しないよう圧力をかけ、翼を狙わせる。

 それを嫌い、位置が低くなった、そして動きが鈍くなった、刹那、その胸に矢が命中、ガクンと制御を失い着地したそれに戦乙女の左腕から槍の突撃がブチ咬まされた。

 掠める――だが更に右の盾がその先端での打突を見舞う。

 両手を交差させ悪魔は防いだ。しかし、受けてしまったそこへ、盾から、スパイクアンカーであり、仕込み武器である太く短い杭が二本同時に撃発される――

 悪魔の命を削り切り、そこに灰の山が出来上がった。

 周囲の状況を確認する。他の魔物はまだまだ残っている。小サイズの魔物から対人戦までの装備である彼らでは相性が悪い。

 そこに、三体目の人形――

「――葛葉くずのは

 中型、自分の胸ほどの高さの人形をトランクから声で呼び出す。

 狐面に巫女服、九本のしっぽを模した檜扇と神楽鈴を持ったそれが飛び出す。

 自動人形――大ざっぱな命令で特定の行動を取るそれだ。

 逐次命令を与えて動かす繰り人形とは違い、戦闘に使うには向かない。しかし、それ以外ならシステムに従い動くので、下手な仲間より有用である。

 葛葉は能力としては魔法使い――支援型のそれだ。シャランシャランと舞踊を舞い始めるる。くるくる、くるくると、その音が響く範囲に、

「――STR上昇行きます」

 パーティーメンバーのステータスが向上する。そしてそれは効果が切れるたびに自動で重鎮される。壊されたら終わり、効果は人と違い人形それぞれの固定値だが、人形使い単体で複数の魔法を同時に使い重ね掛けできる。

 そして一気に殲滅した。

 それを確認し、開けたトランクケースの中に二体の人形を、その損耗と消耗を確認しながら戻した。

「……ふう」

「――護衛のつもりだったんだが、こちらの方が助けられてしまったな」

「いや、向き不向きですから……元々ゲーム慣れしてないみたいですし」

 初めて組む仲間との初戦なので、攻撃には加わらずその底上げをして邪魔しないようにしたのだが。慣れた人とならこんなものじゃない。それに、人相手ならともかく、皆軽装の斥候タイプ――それも近接系、そして軽い遠距離攻撃持ちが指揮官というパワーバランスの悪いパーティーなので仕方がないし、現実の人間を相手にすることを前提とした技能のみで戦っているのが見える。

 効率が悪い、どうしてそんな戦い方をしているのか分らない。

 しかし、今はそれも気にする気になれない。

「君、一体どれだけやり込んでるんだい? 飛空艇まで持ってるけど」

「そうですね……このゲームはざっと一月くらいですね」

「そんな短期間で!? 一体一日何時間プレイしたんだ?」

「……12時間くらいじゃないでしょうか」

「……やりすぎだろう」

「いや、失恋の痛手を忘れたかったのもありますが、職が自由が利く立場だったので」

「それでも無理があるだろう、一体どんな稼ぎ方をしたんだ?」

「――闘技場です。そこで――」

 ヘルティックとかルナティックとか、アビスとかヘブンとかノーフューチャーなそれの、

「ああ、賭け試合か」

「……ええ。なんというか、それで一人勝ちしちゃって」

「しかし、リアルでのあの動きからして、君はてっきり格闘術か何かで戦うと思っていたんだが……」

「ああ、それだとなんていうか……もうつまらなくて――」

「――ああ、まあ、さっきの私達も見てのとおり、現実の格闘技術では限界を感じているよ。正直ゲームスキルを使った方が楽だ」

「……じゃあなんで……見た感じ、Realモードのままなんですか?」

「職業柄、変な癖を体に着けるわけにはいかないから、これで通しているのさ」

「ああ、そういう事情もあったんですね……」

「私は休日の趣味を生かしているだけだが」

「ああ」

 アーチェリーだろう、一人だけ弓使いなのはそんな理由か。

 納得したように頷きながら、しかし、話半分に受け流した。

 先ほどからだ。本音ではない。

 こちらは――

 戦い方に関しては、あんな話を聞かされた後では、体術や近接攻撃を仕掛ける気がしなかった、というのが事実だ。手遅れかもしれないが、自分もそうなってしまうのではないかと忌避が働いていた。

 もちろん、こういう玄人向けの職業やスキルの習熟もやりがいはある。

 これを極めたら魔法職に手を出す予定だった……。

 ただ、これからは――もうそんなつもりも暇もないと思う。

 危険性があると分っては、それになにより、

「彼女のことが心配かい?」

「そうですね……本当に、……」

 いつになったら、という危惧を抱いていた。

 しかし、ジョンは、ジョンはアバターの表情を変えずに告げて来る。

「……そうだな。しかし気の毒だが、そこでもし彼女が彼らの協力者として積極的に活動していたら、彼女には共謀者、もしくは共犯者として重罪が課せられることになる」

「……え?」

 耳を疑った、頭の中が真っ白になりながら。

 それをほんの少しだけ気遣ったような様子で、こちらに言い聞かせて来た。

「……当然だろう? 彼らはいわばテロリストと同じものだ。そして我々から見れば彼女にはその嫌疑が掛けられて当然な立場にいる。なにせ表向き、彼女は何らかの能力を見込まれ彼らにスカウトされたのだろう?」

その静けさに絶句する。そうか、そういう見方もあるのかと。

 自分は彼女の事を無条件に信じているが、疑う人間から見ればそれは当然のことなのかもしれない。

 しかし、

「……彼女、システム的な物に関われる知識や経験はありませんよ?」

 彼女はアマチュアの物書きだ、それが何故――そんなことできるはずがないだろうと。

「だが傍目に無自覚な協力者や共謀者の可能性がある以上、そこには悪魔の証明が存在してしまう」

 大ざっぱにそれは存在しないということをどう証明するのか、ということだが、可能性が存在するだけで常に疑念は生まれ、それは不可能になる。

 彼女は、巻き込まれただけなのに……。

「――被害者であることを確定付ける証言や証拠があれば違うが……今度もし接触したら、そこを問い質してみるといい。ここまで言えば彼らも現実での何らかの手段で君に彼女との接触の機会を与えるだろう」

 頭の中で天地がぐらぐらした。心臓が縮み上がる。

 一体どうすればいいのか。しかし、それをどうにか振り払う。 

 考える。……もし、それで解放されれば、つぐみはその嫌疑から解放されるのだろうか?

 分からない。本当にそうだろうか――それこそ悪魔の証明になってしまう、が。

 そこで彼は言った。

「ただ、その話からすると、全く別の部分で彼女は確保されているのかもしれないな」

「え?」

「たとえば、君をこの件に繋ぎ止める為の人質――とかだ」

「……」

 不安が過る。彼への猜疑が溢れる。

 しかし、彼は自分が関わってしまったことを後悔している様であった杦田らが? 自分にそんなことをするのだろうか。

 自分が関わることに意味がある……そんな理由があるのだろうか?

 疑念の焦点が合わない。混乱する。どこを疑えばいいのか。 

「――今は考えても仕方ない、先を急ごう」

 その後、何度か魔物と会敵し戦闘を行い、目的の区画に到達した。

 時間と空間が狂った空の浮島にある、滅んだ街の図書館。

 重力は働いているのに、空間が捻じれているからか、天地を埋め尽くす蔵書は落ちてこない――

 そこで、本棚を漁る。敵が出てこない安全地帯なので、それぞれが単独で動き出す。

 歴史書と絵本に搾り――それはすぐ見つかった。なんらかの条件を満たしたそれしか手に取れない為、全てを漁る必要が無いのだ。

 薄い冊子のような厚さのそれが光っている。

「――ありました」

 タイトルは『旧き世界の終わりと始まり』――

 集まって来た五人の視線と頷きを確認して、自分がその本を手に持ち、そして開く。

 



 

『あるところに、一人の魔法使いが居ました。

 その魔法使いは魔法で作ったおもちゃや絵本を売って、家族と一緒に平和に暮らしていました。

 そんなある日、その魔法に目を付けた、国の大臣が彼のところにやって来て兵士を守る盾を作ってほしいと頼みました。

 いま、世の中には悪い人が増えて、心優しい兵士が傷付いている。だからどうか、彼らを守る力を授けて欲しい。

 魔法使いは元々争いが好きではありませんでした。なので自身の魔法を子供向けのおもちゃや絵本で楽しませることに使っていました。しかし、そういうことなら仕方ないと、魔法使いはあらゆる刃と毒を弾く盾を作りました。

 すると大臣は言いました。

 ――ありがとう、これで兵士たちを守ることが出来る。

 魔法使いも安心しました。これで心優しい人達が傷つかなくて済む。

 気を良くした王様は、大臣に命令しました。今度は剣を作らせよう――兵士を守る盾だけでなく、剣もあれば、守るだけでなく攻めることが出来る。

 魔法使いは、さすがにとその願いは退けました。守るだけならともかく、攻める力を持ってはそれを使いたくなるかもしれない、無用な争いを生むかもしれない、と。

 王様と大臣は、それでもなんとか魔法使いを説得しようとしました。しかし、魔法使いは頑としてそれを譲りませんでした。

 そしてこう言います。

 ――魔法は誰かを傷つける為に存在していない。

 魔法は人に夢を、ほんの一時の楽しみを与える物なのだ、と。

 

 それでも剣を作って欲しいと言う王達の頼みを、魔法使いもまたそれでもと断り、盾を作る約束は守ったのだからと、しぶしぶ納得させ、彼は家に帰りました。

 すると次の日、突然魔法使いの家に盗賊たちが現れ、彼の家族に剣を突き付けながらこう言いました。

 ――お前の所為で仲間が死んだ! 

 ――なんでも弾く盾の所為で、武器を恐れぬ兵士が生まれた!

 ――その所為で! 自分達の家族が死んだ!

 ――これはその腹いせだ!

 そして剣を振り上げ、盗賊たちは、彼の妻と娘を切りつけました。

 そこに丁度、もう一度と剣を作ってほしいと頼みに現れた大臣と、そのお供の騎士のお陰で盗賊たちはは倒されました。

 でも、妻は死に、娘はそのときの怪我が原因で、ずっと眠り続ける様になりました。

 魔法使いは泣き叫びました。

 どうしてこんなことになったのか、心優しい兵士を守ろうとしただけなのに。どうして何の罪もない家族がこんな目に遭わなければならないのか。

 そんな魔法使いに大臣は酷く優しく囁きます。

 こんな悲劇はもう二度と起こしてはいけない。こんな悪人は滅ぼすべきだ。こんな理不尽なことを二度と起こさせないために、どうか剣を作ってはくれまいか。

 魔法使いは、言われるがままに剣を作りました。戦う人に、勇気と力を与える剣を。

 自分の最愛の妻を、そして愛する我が子の未来を奪った彼らへの復讐の為に。

 争いが嫌いであることも、魔法の本当の役目も忘れて。

 何千、何万という――勇気と力の剣を作りました。


 次の日から、その国は争いを始めました。

 盗賊たちを根絶やしにするために、勇気と力の出る剣を使い、世界中で争いが始まりました。

 全ての人が剣を取り、そして戦いました。

 大人も、子供も、老人も、全ての人が剣を取り、そして振りかざしました。

 それでも、魔法使いは許せませんでした。

 もう何日と、今も妻と娘の悲鳴が響き続けていました。

 今日もどこかで、同じ悲鳴が続いている。

 それを聞く度に、胸の内の黒い炎が燃え上がるようでした。

 もはや、この世の全ての悪という悪の存在が、許せませんでした。

 

 何日も何日も何日も、魔法使いは剣を作り続けました。

 そして、その合間に。

 今も眠り続ける娘の為に、彼女が好きだった絵本を作って読み聞かせました。

 それは魔法で作られた、子供の夢見を良くする為の絵本でした。

 夢の中では鳥のように空を飛び、星の光りを宝石にして、風に吹く度大地に花が咲き誇り、歩かなくても遠い遠い異国の地へ旅立てる――

 そんな、夢を叶える不思議な夢を見る、魔法の絵本でした。

 そのお陰で、娘は寝顔で笑うようになりました。

 魔法使いは、そのほんの一瞬だけ、昔、幸せだったころの事を思い出しました。

 それは、一日の内の、ほんの一瞬の出来事でした。

 でも、それを続けていくうちに、少しづつ思い出していきました。


 ――ああ、やはり魔法はこうあるべきなのだ、と。

 

 最初から武器や防具を作るべきではなかったのだ、と。

 後悔しました。なんでも弾く盾さえなければ、兵士は痛みを忘れず死を恐れなくなることもなかった。勇気と力の出る剣がなければ――

 人を殺すという恐怖も失くさず、今起きている凄惨な戦争も起こらなかったのだと。 

 

 綺麗な言葉に騙されなければ。

 甘い復讐に囁かれなければ。

 

 でも、全てが手遅れでした。

 世界中で悲鳴が溢れていました。

 それはすでに日常でした。

 広まった盾と剣は、そこにいる何の変哲もない子供ですら、立派な兵士に変えてしまっていました。そこにはもはや戦争をしない国なんてありません。

 世界中の人が、その死と恐怖を忘れさせる盾と剣を持っていました。

 それこそ悪夢のような世界でした。

 それがいつ誰に振りかざされるか分からない、痛みを忘れた勇気と力は、優しさや愛情さえも忘れさせていました。

 そして、それが普通になってしまったから、誰もその間違いを正そうとはしなくなっていました。

 そんな世界のどこにも、人が笑っていけるところなど、あるわけがありませんでした。

 

 魔法使いは家に閉じこもりました。

 皮肉にも、盾も剣も握れない、夢の中に居る娘だけが幸せそうに笑っていました。

 そこで、魔法使いは思いつきました。

 

 ――全てを夢にしてしまおう。

 

 人も世界も、全てを本の中に仕舞って。

 良い所だけより抜いて、悪い所だけ切り捨てて。

 

 そうすれば、何もかもが変えられる。人々が忘れた本当の勇気を、捨ててしまった愛情を、失くしてしまった本当の正義を――

 全てのことわりと共に全てを作り直そう――

 そうすれば、どうしようもない世界を直せるかもしれない。

 そうすれば、人が失くした本当の優しさを取り戻せるかもしれない――

 

 そうして魔法使いは作り上げました。


 時間も、歴史も、そこに居る人も。

 空想も、現実も、理想も、幻想も。

 一冊の本に全てを込めて。

 そして引き裂き――

 全てが存在する。新しい世界を作りました――


 それは割れた鏡のように、決して元には戻らない。しかし、これまでの何よりも美しく煌めき、輝き、変わり続ける、閉じた永遠の万華鏡の世界――


 夢が七色に輝く世界――

 カレイドスコープスを――

 

 そこは無限にして夢幻にして夢現の世界――

そして、無間が続く――終わらない旅の世界を――


                                      』

 


「……これは」

 暗喩だと分かる。

 察するに、魔法使いはおそらく杦田の事、魔法のおもちゃや絵本が彼の作ったゲーム、盾は、軍事用のシュミレーターだろうか?

 盗賊は、テロリストだろうか。

 なら、剣は? ジョン達が危惧している洗脳の事だろうか。

 全てを夢にしてしまう一冊の本――

 これは完全没入型VRシステム――と、このMMORPGのことだろう。

 だがそれ以上に――

 自分はジョン達に視線を向ける。もしここに掛れていることが事実を元にしているのかどうかを確認するために。

 すると、彼らは表情を消して、

「どう思う?」

 逆に聞き返される。オリヴィアにも目を向けるが、それが本当に現実と同じ表情なのか、彼女は痛切に眼を伏せ背けていた。

 それが答えだった。

 おそらく……彼も巻き込まれたのだ。

 その原因は、

「――」

 多分、間違いなく、杦田さんがこんなことをしている理由は――

 そして今していることも、その手段の理由にも説明が付く。

 この世界がMMORPGである理由は、未だにゲームが生産され運営されている理由は、

(……今、杦田さん、開発陣たちは……この仮想現実に人を呼び込もうとしている……)

 彼も言っていた。おそらく、娘さんがこのゲームに繋がれている。その状態は――その為に、この仮想世界を維持しようとしている。

 危険性が存在し、しかしその根治的な解決案が見えない、完全没入型VRゲームを――

 ……それだけなのだろうか? 

 それだけで、ここまでするのだろうか。

 子を持つ親の感覚は自分には共感しきれない。しかし、国を相手取って技術を占有してまで、他人をここまで巻き込んで事件まで起こして――

 それに、どこがどこまで進行しているのか。

 この物語の、どこからどこまでが現実に在ったことなのか。

 ただ単に完全没入型VRシステムを開発し、そしてこのゲームを作るに至った話にしては分からないことが多い、起きていることと起きていないことがある。それは物語として書き記すための都合だろうが。

 そう思うのは、自分がその事態の門外漢だからか?

 なら、見る人が見ればわかるというのなら――

 聞くべきは一つだ。

「……これは誰に向けて描かれた本なんですか?」

 自分に向けたそれと言うには、分からない部分が多い。ならば、今これを読んでいる面々の誰かに向けたものだと思った。

「――それは今重要な事かい?」

 表情筋一つ動かさずに言うそれに、

「――違うんですか?」

「ああ。違う――我々は今、国家の、そこで暮らしている国民の安全が掛った仕事をしている。それ以上に大切なことは、残念ながら存在しない」

 交渉によっては――その態度によっては一気に解決するかもしれないのにか?

 CIAは交渉の専門家ではないのか――自分にはよく分らない。

 しかし今は、ここに居る誰かに、悔い改めることを促す為ではないのか。

 まずはそこから。杦田は対話を始めたいのではないのか。

 彼らにとってそれは重要ではないのは分かるが、もしそれが事態の解決の糸口になるのであればそこは注視するべきではないのか?

 超法規的な対価や償いを求めるかどうかは、まずその交渉を取り付けるところからではないのか。

 彼らは本当に事件を解決することが目的なのだろうか。

 それとも、ムキになっているのか? この絵本に描かれていることが事故のような物なら、彼らに非はないのかもしれないが。

 しかしそこからなら、おそらく、彼は話をする用意をしてこの状況を見守っている筈なのだが――

 なにより、

「……魔法使いは、最終的に、危険な盾も剣も忌み嫌い、それを捨てていますよね?」

「君にはそう見えるようだが、現実はその逆だ。行っていることはれっきとした犯罪行為そして国家への反逆だよ」

「確かに、そうかもしれないです、そうかもしれないですけど、ここに書かれていることをやろうとしているのなら、絶対的に問題になるところがありますよね? ――どうやってですか?」

 理想の世界を作るとか――

「――推測通り、機械的な介入で洗脳が出来るなら、ここに書かれている理想の世界の実現も可能だろう。意図的に人の悪意を切り取ることが出来るのなら――」

 それは推測だろう? 何の確証もない事だろう?

 それがどうしてさも存在するかの様な言い方をするのか。

 出来るのなら――

 それが出来るのならとっくに――

 それに、先日のような事件は――

「――君より彼の方がよっぽと冷静で建設的な目をしているよ、ジョン・スミス君」

 

 そこに、彼の声は再び響いた。

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