波及、追及。
別れるとき、自分は敬一郎からデータを貰った。
それは彼が分析した魔法職の育成データと独自の魔術構築論が込められたメモリーだった。
もう使わないけど、勿体ないから、と、託されたそれだった。
それを携帯端末に入れ、さっそく念のためにコピーを取りながら内容を確認する。
そこに記されていたのは、ゲーム内のそれだけでなく、現実でもし魔術を行使するなら――と、オカルト知識を掻き集めたそれや、如何にもな空想を書き綴ったそれもある。科学的な分析もあり、そこには、人の意識がその肉体に量子的干渉を起こせるなら、それを外部に干渉させる触媒さえあれば、それと接続された現象を物質の内側から変質させることも出来るかもしれない、などと記述されている。
それをきっと、誰かと熱く論議を交わしたのか……交わしたかったのかもしれない。
そんな――バス停で、駅に向かうそれを待つ間、データに込められた彼と対話していたときだった。
車道を行き交うエンジンとタイヤの擦過音が鳴り響く中、ほんの僅かな足音が響く。
雑然としたその中で妙に凛とした音を立てる革靴の音、それに伴い、
「――アキト」
横から掛けられた声に、振り向く。と、
「……オリヴィア?」
目を疑う、彼女はどこか、これまでの溌溂とした雰囲気を収め、別の生き物のような顔をしてそこに佇んでいた。
そして、どうしてここに、という疑問が湧き上がる。
それを読んだかのように、彼女は眉一つ揺らさずに告げて来る。
「……言ったでしょう? 地道にプレイヤーに聞き込みをしていくって……ニュースを見てさっそく来てみたのよ。……そっちこそ……私と同じ理由で?」
そんな大げさなことになっていたのか。渦中で知り合いが被害者になった所為か、浮足立つような気分にはならない。むしろそんな騒ぎ立てるなと煩わしくさえ思える。今は昼のニュースあたりか――事件が起きたのは昨日の昼過ぎから夕方だから、夜か朝のニュースで取り上げられたそれを見たのかもしれない。
彼女には何が起きたのか告げるべきだろうか。いや――
……善人でも悪人でもない、という杦田の言葉が脳裏を過る。
それは一体どういう意味なのか。それを鑑みると嫌でも警戒した。そして、
「いや? たまたま近くまで来てた――」
「――ウソ、事件の中心にいたからでしょう?」
「――」
警戒のレベルが一つ上がる。
どうしてそれを知っているのか。テレビなら顔や声にはモザイクが掛っていた筈だ。ネットの素人ならそれを掛け忘れる事ならあるかもしれないが。
「……テレビに顔映ってた?」
「――いいえ? 私は事件を起こしそうなプレイヤーの素性を洗い出して、一人ずつ様子を見て、マークしていただけ」
それは記者としての力なのだろうか。記者の【情報の取り方】は、それぞれに得意分野や伝手があるというが。本当に彼女は彼女独自の力でそれをしているのだろうか。プレイヤーの素性なんて同じゲーム仲間でも、オフ会をやっても本物の住所や連作先なんてそう簡単に取れるものではない。
言っていたではないか、まだこの国にはそういう伝手がないとか。
彼女一人でそれを出来たのだろうか?
不安が過る。彼女のあまりの得体の知れなさに。
これまでは、同じ穴の狢として、仲間意識めいたものがかすかに存在していたが。
「――ねえ、あなた本当に何なの?」
「……なにって?」
「これまでと反応が違うわ。……何か知っているんじゃないの?」
「何かって……何を?」
出来るだけ自然な反応を返す。下手に隠そうとはせずに、何も知らないから、何も分らない、質問の意図も理解できない――そういう風に装う。
通行人が通り過ぎる。
と、それが完全に向こうに行くのを待って。
「……こんな都合よく事件が起こる場所に現れるなんて……とてもじゃないけど偶然とは思えないわ」
彼女もごく自然な問いを返してくる。
「……て言われてもな。ネットで知り合いの様子がおかしかったから、心配になって直接顔を見に来ただけだし……」
そこでまた思い出す。寺沢が疑問していたことを。
通行人が通り過ぎる。
足音が近付いて、
――足音が消える。
「逆にそっちこそ――なんでそう俺を特別扱いしたがるんだ?」
「……本当の事を言いなさい。でないと――」
そこで、また通行人が――彼女の後ろから。
何かしようと突然、その進行方向をわずかに変更し――
ポケットの中で、手を何かに濡らしていたのか、濡れ光るそれを突然後ろから、彼女の口元を目掛ける様に――
彼女は何故かこちらに酷く焦燥した様子で、自身のハンドバッグに手を伸ばしそれをこちらの肩に向かって投擲する。
彼女が肩を掴まれた。そこで、こちらもようやく危機に体が反応し、正面に一呼吸で地面を蹴った。
蛇の頭のように尖らせた貫き手――それでほんの僅かな間合いを稼ぎ、彼女を拘束し何か薬物を嗅がせようとしている、その肩ごしの目蓋に目掛け一切の躊躇なく打ち込む。
本能的な反射で男は顔を反らしこちらの狙い通り貫き手を避け彼女から離れた。その寸前で、オリヴィアも同じく前進していた。
刹那、険しい顔をした彼女とすれ違う。ゆったり目だがスリムなパンツ――動きやすそうなそれを道着のように鋭く打ち鳴らして。
自分はそのまま彼女の背中を庇うよう男に立ちはだかり、臨戦態勢に移行する。
化粧道具や生活備品を散乱させるバッグを拾い――そして、自分の背後に居た何者かと対峙し、既に打ち合いを始めていた。
それはとあるニュース番組の一面だった。
「最近、農家の畑が荒らされるなどの害獣被害が相次いでおります」
すると、見出しから画像が拡大され、荒らされた畑や被害を受けた農家の声のVTRが届けられる。そこには収穫を間近に控えていたホウレン草、春菊、白菜、サツマイモなどの野菜がちぎれ飛び地面に散乱している。農家はそれを悔し気に、やるせない表情でリポーターに紹介し、得られるはずだった今後の収入について嘆いていた。
それにアナウンサーは粛々と、感情や主観を交えずに情報を追記する。
すると、そして遠巻きに撮影されたであろう見たことのない毒々しい色合いの野犬や野良猫、二股の尻尾や頭部をもつそれら、一本足のカラスや一つ目の鷲などの動物に限らず昆虫まで、画像が流されながら、
「……特に都市近郊の農家が被害を受けているようで、その中には突然変異と思われるような奇形種の姿を見たという声があるため、これについては人口密集地近隣の環境悪化が原因ではないかと専門家は懸念しております。そして被害は農家だけに留まらず、観光名所となる名山で登山客や、ごく普通の山間部など暮らす地域などでも、人が熊やイノシシに襲われるなどの事件が続出しており、行き過ぎた環境保護や動物愛護行動を見直すため、現在それに関連した条例や法案の早急な見直しが求められています」
それは以前から観光地で問題となっていた猿害なども含まれており、そこで観光業や土産物屋を営む住民などからの悲鳴の声と、動物愛護団体の非難の声も挙げられていた。
地元の猟友会からは事業としての継ぎ手が無く年々先細りしていたが、ここ一年、若者が趣味として猟友会に所属しそれを行うことが増えてきたこと、だが、それを商売として考えると、安定した供給やジビエの安価な提供がなかなか出来ないため、やはり仕事としては消えるしかないのだと諦観を呈していた。
「――次のニュースです」
そして、この一件は、地方で起きた凶悪な暴力事件として番組に取り上げられることになった。
その映像が公開されていた。
それは彼が警察に手錠をされ、抵抗しながらもパトカーに押し込められている。その最中、
『――あいつだってゲームの中で俺を殺したじゃねえか!? それと何が違うんだよ! 俺は現実でだって暴力を振るっただけで殺しまではしてねえだろうが!? それなのにあいつはなんも悪くねえのかよ!』
喚き散らしながら、その後、後部座席の中央で警察に両側を挟まれても、駄々を捏ねる子供のように暴れていた。
車両が走り出す。
その光景をモニターで確認する司会とコメンテーター達は半ば口を半開きにし、ある者は呆れ、ある者は鋭く眉を顰めている。
「……ええー、……これはゲームの中でのプレイヤー同士のトラブルが発展し、現実での凶行にまで及んだ、ということでしょうか?」
「……ゲームの中で殺した――と言っていますが……これは完全なVR環境が引き金となって起きた事件……と捉えていいのでしょうかねえ」
「……どうでしょう、これは犯人が逮捕の際にただ苦し紛れに相手を貶めようとした発言……とも取れます。犯人が本当の動機を言葉で語る時っていうのは、もっと自分を分析しながらになるので、割と語り口は淡々とすることが多いんですよ……これは逮捕直後の映像ですので、犯人はその状況で混乱して、ただの衝動を言葉にする、ということが非常に多いんですよ」
心理学者の男は、そう言いながら視線をテーブルに置いた紙束に落とした。
「それに手元にある資料によると、確かに――被害者の少年やその他犯人グループは、ゲーム上でそういう関係があったそうですが――それ以前のところで、加害者は被害者を学校から不登校にまで追い詰めていますね?」
「ええ。学校ではいじめの被害者と加害者、という関係であったようですが……」
教育評論家の女性はそこで沈痛な憂い顔をする。
それは彼女だけでなく、テーブルに座るその他の研究家や芸能人たちも一緒だった。
それは余りにも尽きない問題だった。
少年法の引き下げも、年々過激化するそれや改善されない学校の閉鎖環境と隠蔽体質などからも、司法が素早く介入する余地を作る為、そして人の心に改善の余地が無いと国民の大多数、これまで人道的関知からそれを否定していた派閥までがそれを諦めたからこそ通り、そして施行されたのだ。実際そのお陰で、未成年における犯罪行為は減っているのだが。
それでも度々、こうして少なからず事件になっているという事実が、度々それを報じる立場に居る者の心に突き刺さっていた。
そして、
「今回のこの事件を拝見すれば――となると、これはゲームとは全く別のところから問題が発生し、そして発達したということでしょうか?」
「ええ、……今回の件に限ってですが、この心理的背景は、ゲームは切っ掛けではあっても、彼らが犯行へと至った根本的な原因とは言い難いでしょう」
「うーん……では、過激なゲームによってゲームによって現実の倫理観が失われた――ということではないと?」
司会は話題が終息し、一定の方向から離れて行きそうになる気配を感じ、その舵取りにあえて疑問を蒸し返し、再提示することにした。
それに評論家は応え、
「ええ、彼にとってゲームは口実でしかありませんよ。そこで起きたいざこざも、再び被害者の少年に害意を向けそれを楽しむための言い訳でしかありません。――例えば、他の場所で彼に出会っていたとしても高い確率で同じことが起きた、と私は思いますよ」
しかし変わらない結論を、司会は自分なりに噛み砕いた言葉で加味し、視聴者により分りやすく話の方向性を伝えようとする。
「……では、ゲームの中で殺された、と彼は言っていますが――。その時その瞬間に味わった痛みや苦しみ、恐怖などの多大なストレスから今回の事件に至った、という可能性は……」
「そうですねえ……もし、加害者の心理状態が、ゲームを現実として扱い、耐えがたい苦痛を味わったということになるのでしたら、その復讐という線もあったかもしれないでしょう。しかし、そこはやはり――ゲームのストレスか、それとも、いじめ加害者としての感情か、犯行時、もしくは決起した瞬間にこのどちらが先行していたかに寄るでしょう。……宮木さんがおっしゃりたいのは今回の件に限らず、というニュアンスがあるので、今回とはまったく別の論拠が必要になるで今ここではお答えすることは出来ませんね……」
それを聞く者はテレビの内外で分析する、いじめの延長上の犯行なのか、それとも、ゲームによって精神の異常な変化を来した凶行なのか。
ただ、今回の事件は前者の側面が強いが、司会者はこの後者の意見であると限定してしまっていると、迂遠に心理学者は嗜めた。
まず、事件の動機や原因ではなく、その背景を理解することを。
「――ではここで、こちらの映像をご覧になって頂きましょう、事件時周囲に居た野次馬が捉えた映像ですが――」
そこには敬一郎を躊躇いなく集団で暴行する姿が映し出され、そして明人にこれもまた何の罪悪感もなく凶器を振り被って行く彼らの姿が、手ぶれした映像の中に捉えられている。
「――元刑事・犯罪評論家の安岡さん、この映像から何か気づくことはございますか?」
「――そうですねえ……まず、これが突発的犯行なのかどうか、迷いましたね」
「――それはどうしてですか?」
「――慣れているんですよ。加害者が。……これが普段から暴力を振るわない人間が一時の感情の爆発で人に凶器や暴力を向けた――にしては、殴る蹴る、凶器を振る舞わすことに一切躊躇いがないそれが継続して行われています。
……普通、突発的犯行なら、それが最初のヤマを越えたところで冷静になり……肝を冷やして震えが走るんですよ。そしてそこからの犯行は躊躇います。感情的衝動の波が収まったから、次に、理性で自分の行動と現在の状況を省みるんですね。ああ、やってしまったと。ですが彼らの動きを見るとそれが全くないんですよ。これは――一字の感情の迷いではなく、日常的に暴力をやり慣れている人間の動きですね」
「――では……」
「ええ、なので――私は普段からのいじめの延長で起きた事件と捉えています」
また起きた悲劇に、何の変哲もない高校生が、普段からそんな凶状に身を染めているということを番組出演者達は悲嘆する。
一拍、
「……しかし、それが被害者と言う特定の個人に向けての限定したものなのか……それとも全く別の要因によるものなのかはこれだけでは判断できませんね」
「それはどういうことですか?」
「先ほど宮木さんがおっしゃられた通り、これにはリアルなゲームが彼らの精神に多大な影響を与えた可能性もあるんですよ。――例えばですよ?」
犯罪評論家は例え話を始める。
「……現実と全く変わらない映像の世界で、暴力を振るわれ死を体験した――からではなく、加害者はその中で日常的に暴力行為を行っていたから理性のブレーキが働かなかった――という可能性もあるということです。もちろん前者の可能性も十分あるでしょう。あなたならどうですか? 現実で残酷な暴力を振るわれたら」
「それは、……では、やはりゲームが人に与える精神的な影響は……」
「原因として切っ掛けとして、少なからず無視できないでしょう。何せこのゲームは視覚だけでなくその他の五感も再現されいるんですから――もうゲームとは思わない方がいいかもしれませんね」
一つの現実と言っても過言ではない――それはゲームを体感したものなら誰にでもわかることだった。出演者たちも、少なくない人数がそれを体感していた。そしてそうでなくとも。
「――過激なゲームは撤廃するべきよ……幾らフィクションでもその中にある倫理はやはり現実に準拠するべきじゃなあい?」
「うーん……どうなんでしょうねえ……」
「例えばよ? ゲームの中で怪物を倒すにしても、それを現実にしてみれば動物を虐殺して喜んでいるようなものでしょう? ゲームだからと分って割り切っていても……その動物の肉を食べられたりしても……それが当然と思ってしまっていたらどうかしら? 怪物だけでなく、それが人に対しても行われているんでしょう?」
「ゲームですから、そういった要素――格闘技染みた競技性はあるかもしれませんね」
「それが人殺しでなのよ? ――そんなものゲームにしていいの!? ……殺し合いを競い合うってことでしょう! ……それが当たり前になって現実でもふとした瞬間に手が出たら、もし目の前にそんな可能性がある人が居たら、危険じゃありませんか?」
「いや、それはそうでしょうけど……」
「――やっぱりゲームは平面なくらいがいいんですよ」
過剰な反応とも取れるが、教育評論家の女性が乱入させた声にうんうんと、コメンテーターの数人が頷きを返した。
これは以前なら、少なくとも笑って大げさだと捉える声も大きかった。
だが、
「ゲームの中での行動に、これまで通り現実で自己責任を促すだけなのは――もうやはり問題だと思われますか?」
「それはそうでしょう、ゲームもここまで来るともう本当に現実と変わりませんからね」
「そうですね……私はまだ体験したことはありませんが、もうゲームはゲームではなくなっていると思うべきでしょう……そうでないとその技術を扱うに相応しい倫理観が追い付かないと思います」
「うーん。……もう、ゲームはゲーム――として割り切らない方がいいということなんでしょうか……んー……」
意見が一定の方向性を得たところで、司会者は、敢えてそこに疑問を投じようとする。
あくまで情報番組なので、意見に偏りが出ては苦情が殺到するからだ。面白おかしく、真面目に、ブラックユーモアを混ぜたとしても、主観塗れだとしても総数としてそのバランスをとらなければならない。 そこで、
「ただこの問題、それ以上に――それ意外の問題が実はあるんですよ」
話は終わらず、犯罪分析家の元刑事が次の主題を提示する。
それに司会者は促され、
「――安岡さん、それはどういうことですか?」
「――私が思うに、これまで話し合って来たこととは別の――このゲームには、セキュリティーホール、安全面での致命的な脆弱性が存在していると思います」
出演者達は疑問に眉を顰める。
この話は、娯楽が人に与える影響や、ただ単に、これまで何度も行われて来たいじめに対するそれではないのかと。
「……我々には全く想像がつかないのですが、ご説明願えますか?」
「ええ。ではまず今回の事件、起きてしまった場合――どこで対応策が取れたと思いますか?」
「……ええっと、それは……」
司会者は、仕草と口調で意図を求める。
話の焦点が、やはりこれまでのそれとは若干違うからだ。大まかな台本の流れはあるが、思考の切り替えが利かず追い付かないのでもある。
「事件が起きた後の事です、もしくはその渦中で――そこで被害者がどういう行動を取れたか。どんな対応をとれるかという所に私は問題があると思うんですよ、この完全没入型VRというものは」
司会者は疑問を提示する。
「……一体どういうことですか?」
それに犯罪評論家は一つ頷きを返し、
「――まず事件が起きた場合、それに巻き込まれた当事者が取るべき行動は二つ、身の安全の確保と、警察への通報です」
「はあ。それはまあ普通そうですが……」
「ですが今回、この二つがあまりにも遅かったと私は思いますね。……今回の事件、被害者は長時間に及ぶ暴行を受け、それを偶々目撃していた第三者の人間が通報したそうですが、それは何故だかご存知ですか?」
「それは――」
司会者は事件のあらましを思い返す。その理由は、
「事件当時、現場は被害者宅の外――その玄関部分で起きたそうですが、そこには暴行を受けていた被害者の息子さんが家の中に居て――当時、そこで彼は件のVRシステムを使用し現実の情報が耳に入ってくる状態ではありませんでした。電話や緊急速報、屋内の安全システムの警報ならともかく――外でする異常な物音に、息子さんが気付けなかったからですよね?」
「ああ、それはそうかもしれませんが……」
出演者たちは思う、その息子も被害者であり、母親がそれに巻き込まれた面もあるが、どちらかといえば、彼も犯人の悪意に巻き込まれた側である――そこに原因を置いていいのかと。すくなからず、この放送後、彼を無闇に彼を責めるものも出て来るのではないのかと。
しかし、
「……もし、これ以外のゲームであれば、息子さんは外で言い争う音に気付き、そこで警察が現場に到着するのが早まったかもしれません。もしそうなっていれば犯人たちが被害者に致命的な犯行を働く前にそれを止めることも出来たかも知れませんし、そうでなくとも、火事だ! と叫べば、それだけで周囲の一目が集まり、犯人グループは犯行を切り上げ、被害者は暴行から解放されていたかもしれません」
そういう話ではないのか、と。出演者達は二重の意味で納得した。
これは原因や原罪の追求ではなく、
「私もこの事件を分析するために、ここに来るまでに個人的にこのゲームに講じられている安全措置を調べてみました。するとこのゲームにはゲーム内でも外の情報――緊急時の地震速報や火災警報機、警備システムや電話、呼び鈴などもしっかりと受け取れるようになっているようですが――」
それはゲームを起動するうえでの必須事項だ。ただし、PCを運用するうえでも診断ソフトからウィルス対策ソフトが起動していないと警告が発せられる様な、任意の責任でもある。
「そんな安全措置と現実の人との隙間――ここに、それぞれの繋がりが断たれる、致命的な、補いようのない隙間が存在していると私は思いますね」
それは機械側でも人側でもない、出来事の隙間――インターフェース染みた繋ぎの部分である。
これまでのゲームやディスプレイ型のVRでも似た様な危険性はあった。しかし、完全に外の世界と情報が途絶することは無い。どれだけ画面に熱中しても、耳がヘッドホンに包まれていても、完全に外の世界とのつながりが途絶えるということは無かった。
そこに犯罪を犯させるような隙はあっても人側で注意を払えば対応が出来た。
だからその特別な対策を講じる必要もなかった。しかし現状で出来る対策を講じてもこのゲームをプレイするうえでの危険性への対応策が不十分なのである。
「それが先ほどおっしゃられたセキュリティーホールということですか……要するに、このVRという環境そのもの。そのシステムと人に、ということですか?」
「――ええ、まさにそういうことです。これは重大な穴でしょう」
それはVRゲームには人の精神性には寄らない犯罪性――危険があるということだ。
確かに、それはこれまで論じられて来たそれとは別の問題である。人のそれ如何に関わらずの犯罪性があるのとないのでは、安全性は全くことなるのだ。
もはやゲームやゲーム機に問題があるとかそういう問題でもない。
「たとえば……そんな保安システムの拡充の状況は、ご家庭によりまちまちというのは分かりますね? 今の一般家庭用の――例えば、監視カメラであれば搭載されたAIにより不審者の判断はできますが、それもあくまで各家庭によりますよね?」
「ええ――」
「更に極端な話、そういうシステムの全くない家で、VRゲームをプレイしていたら、どうなると思いますか?」
「ああ――強盗のいいカモですね……」
「ええ。――私は今後、この穴を狙った犯罪が増加すると思いますよ。……中々大きなニュースになりませんが、このゲームが発売される以前からも、何かに熱中していて家に居ながら強盗や空き巣に遭いしかし盗みに気付かなかった――という事件も起きていますから。VRシステム使用中の安全に関しては、人が起こす犯罪に対してかなり無防備だと思います。たとえこの保安システム配備していても、それを無効化して出来る犯罪者には全く意味ですし――そしてそんな犯罪者は幾らでもいますからね?」
「ではどうすることもできないのですか?」
「起きていれば問題ないのですが、それが出来ませんからね、精々他に家族がいるときにプレイをすることを心掛けるぐらいです。
しかし今回は暴行事件でしたが、これが今申し上げた強盗や――いや、そもそも、これで遊んでいる人自身の安全ではなく、身内に何か起きた時、その第一報が遅れたという事例なんですよ。……もっと身近な例で例えるなら……そうですね、――例えば心臓発作、脳梗塞、他にも、急変の可能性がある持病や介護が必要な家庭でもし、身内に不幸が起こったとき、そういったことをゲーム内に伝えられる何かが無ければ、自分がゲームで遊んでいる間に、家族が自分の隣で死んでいた――なんてこともありえるわけです」
司会者は在り得ないことに、一拍、言葉を失った。先ほどまでの内容とは全く別の危険にスタジオも凍り付いていた。
それはあまりにも身近で起こり得る可能性だった。
これまであくまで【犯罪】という点に焦点を置いた非日常のそれを、どこか遠いもののように感じていたが、それだけに留まらないのである。
ただ、これまでありえなかった犯罪が一つ増えるということだけでなく、明らかに防ぎようのない身近な危険が増えるのだ。そしてそれは、犯罪の温床でも身近なそれでも、VRシステムの存在意義を揺るがすには十分な問題だ。
完全没入型VRは、人側で防げない状態が発生するシステムなのである。
それが露呈した、これまでのある種予定調和染みた台本の空気は洗い流されていた。
「……これはゲーム……というより、人と……システム、両方の問題かとは思われますが」
「そうですね、しかし単純に、安全管理設備を整えれば解決することでもあります。それを無効化出来ると言っても簡単にはいきません、時間が掛ります先ほど申し上げた通りAI搭載型のカメラかだけでなく、人を使った警備会社……VR環境の仕様にはそれらのサービスにも加入していると良いと思います、それか、やはり完全にゲーム内に入るのではなく、外の情報をゲーム環境を味わいながらも体で受け取れるようにするかですが……」
しかしそれでは完全没入型にする意味が無い。これまでのVR環境と同じだ。それを選択する者は少ないだろう。ならば、もうサービスを止めること意外安全は完全に保証されないのではないのか、と言うところに行きつく。
ゲーム好きの人間が、それを許すだろうか――
そこで司会者は再び主題を投じる、
「……うーん、このゲーム、ひょっとして相当危険なんじゃ……」
その結論は変わらない、というそれに、
「やはりゲームの熱中には気を付けなければならない、ということでしょうか?」
やはりそこに行きつくのか、という気配がスタジオの中に満ちた。
そしてそれは良識ある大人として当然の反応だ、と、あからさまな頷きが多くを占め、犯罪評論家は、あくまで大局的な俯瞰を呈する。
「それはそうでしょうが――いやいやそういう意味ではないでしょう――誤解を与えるような言い方はいけませんよ……」
「ええ、これは失礼致しました」
そぞろに、再び手元の資料を見返す。一枚めくり、それは次の焦点に移り、
「……では、今回のこの件に関しましてはメーカー側の機器に対する不備、及び責任は一切ないとの表明をしておりますが、それに関してはどう思われますか?」
「そうですね……メーカー側のゲームで遊ぶ際の推奨環境には、PCの能力や通信環境だけでなく、各種保安設備や安全対策の説明までちゃんと含まれているんですよ。なのでメーカー側は最初からこの問題を把握したうえで、解決や対応は個々人に任せるつもりなんですよね」
「メーカー側は十分な対応をしていた――ということなのでしょうか……」
「いやあ、……精々ゲームを購入する際に、屋内安全システムもパッケージで売ることは出来たでしょうが……していたんでしょうかね? まあしていたからといって購入する人の収入が変わるわけじゃないんですから、無意味でしょう。それこそ人の安全に対する意識の問題ですよ」
半面、以前にも報じられたプレイヤー達の社会貢献が変わらないことも続けて報じられ、結局のところ、個々人の生活水準を含めた様々な質によると結論付けられる。
そして番組は会社側の責任問題に波及することなく、綴じられていく。
それこそ、台本通りと言うように……。
物議はニュース番組だけでなく、ネット上や大学のゲームサークル、その他、各プレイヤー同士のコミュニティでも行われていた。
画像や音声にモザイクが掛けられていたが、彼らを捕縛するまでの捕り物が、自分と敬一郎の会話、格闘までの流れが映し出されており、それはネット上の動画サイトにも挙げられていた。取ったのは一般人の携帯端末らしい。
それを見て、ネットでは、
「――うわ、これモロに槍使いの基本型じゃん」
「え? ……ああホントだ! じゃなに、加害者ゲーマー?」
「また風当たりが悪くなる……」
「えっ、ゲーマーが一般人襲撃したのかよ」
「いや、ネトゲのいざこざが拗れたって話じゃなかった?」
「その前から学校でいじめに遭ってたんじゃなかったっけ?」
「いじめ被害者の逆襲かよ!」
「違う違う、犯人複数だろ――加害者はいじめ加害者で、被害者は被害者なんだよ」
大学のゲームサークル部室――
「で、この乱入した人も……ゲーマー?」
「ぽいね。初見ぽくない……この完全にモーション見切ってる感じ」
「あ、なんか途中、移動スキル模倣してるっぽくない? ……【縮地】かこれ」
「いやいやいや。移動系はリアルじゃできないでしょ」
「確かに。あのパッとしてシュッ!としてバッ!は、ニュートンに喧嘩売ってる」
「お前天才か?」
「世界の法則が乱れる!」
「なんだラスボスか」
高校の教室――
「んー、でもそれって戦闘系スキルなら使えるってことなんじゃ?」
「いや、使えないだろ。だってゲーム中のスキルの動きなんて殆どが『僕の考えたカッコイイ必殺技』だろ? 現に乱入した人に完全K.O決められてるし」
「クールJAPAN、歌舞伎、見栄キリ、ハラき~り!」
「博識か?」
「コスプレのなりきりの物真似ならありじゃね?」
「横道逸れてるけど」
Unison:world内、ギルドハウス――
「いやそういう使えるじゃなく実戦でどうこうってこと」
「じゃあこの人は……」
「――ただの戦闘のプロか」
「そういや【縮地】って元々どっかの武術の歩法じゃなかったっけ?」
「え、素で【縮地】出来るってこと?」
「いや、それ以前にこっちのリアル【壁面走行】とか……もう忍者」
「パルクールだろ? これに近いこと普通にやってるぞ?」
とある道場の稽古場の更衣室――
「その後は棒術――いや、杖術?」
「……最初のは発勁の応用か?」
「……奴だ!」
「いや、なにが」
「――忍者だよ!」
「……お前が決勝で乱入されて負けた?」
「――そいつと声が似てる! 足運びも!」
ファミレスのテーブル――
「なんか人吹き飛んでるんだけど、これなに」
「ワイヤーどこだ、探せ」
「特撮かよ」
「えなに、これやらせ? 途中から合成? ねつ造?」
「いや、それっぽくはない」
「ていうか、最近こういうの多くね?」
そしてその一件は、決して大事となることは無く静かに日常の中に埋もれて行った。
冒頭部分に加筆、他、大幅に改稿しました。




