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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
ゲームと繋がるもの。
21/30

渦中。

 ビルから出た後、オリヴィアが待機しているネット喫茶に来ていた。

 明る過ぎない照明と、手狭な仕切りで分けられた座席――

 その中でも、広く取られた空間、完全な個室になった、カップルシートの映画鑑賞室シアタールームを使っている。

 防音が整っているからだ。浮気ではない。

 その上で、恋人たちの情事を盗聴する装置を仕掛けられていないか、《《記者》》は入念に調べたらしい。

 そこで、会社で聞いた話を彼女に伝えることにする。

 途中まで録音していたその内容も確認して貰い――

「――そう、そんなことになっていたのね」

「……開設した筈のサーバーが開発者ごと行方不明で、それなのに今も動いているとか……」

 国内で稼働中サーバーの位置が通信会社から分からない筈はないにも拘らず、それが分らないとなると、本当にネット上に存在していない、というくらいに偽装が上手いのか。それを通信会社や警察自体が隠蔽に協力しているかだ。

 まるで都市伝説系の怪談である。

 それがなんらかの情報に繋がっていればいいのだが。

(……つぐみの事に関しては何も分っていない。それに関わっているかもしれないだけで、実際は曖昧なまま……)

 状況を関連付けて考えれば、嫌でも無関係には見えない――そう見えるだけ――

 その可能性だってある。瀬形らはそんなことはないと思っている様だったが、両面で探しておかないと不味いのではないか?

 真相を確かめるどころか、余計に迷い込んでしまっている気がしてならない。

「……そう落ち込まないで。この事件を――消えた開発陣さえ追れば、必ず貴方の大切な人の行方も分かる筈だから」

 本当にそうだろうか、と思う。

 何せ、つぐみはあの会社に雇われていなかった。それなら彼女の失踪は開発陣の失踪とは原因そのものが違うのではないか? いくらあの会社の人間を名乗る者が彼女を誘ったのだとしても。

 いや、そもそも、開発陣は何故姿を消したのだろうか。その家族ごと――

 そこに何かあるのではないのか。バラバラに居る大量の人間を誘拐できるとは思えない。自主的に姿を眩ましたと思う方が自然だ。他者の意思ではなく自身の意思でそれをする理由とはなんだ?

 姿を隠す以上は、それを何かから見えないようにしたい筈だ。

 何から、何を、見えないようにしたいのか。

 彼ら自身か。

 何から匿おうとしているのか……彼らを探している人が居るのか? 自分たちが探し出した以前から。

 彼らの何を隠そうとしているのか。

(――サーバー)

 一緒に消えた、のなら、まず間違いなくそれだと思う。もしくは、それに使われたVR技術やゲームデータそのものか。

 それがどこにあるのか――

「……問題は、どうやって開発陣を探すかねえ……軍用の衛星で四六時中監視されてその記録が残ってても閲覧なんて出来ないし――公共の監視カメラに映った映像なんて一般人の私達にはどうにもならないし……正直、この国の情報屋の繋がりは、わたしにはまだないし……」

「……いや」

 ゲームは今もネット上で稼働している。

 それはあの会社ではなく――開発陣達が動かしている。

 なら、そこから――いや。

「――どうかしたの?」

「ああうん……」

 ……それぐらい、警察も、あの会社も分かっている。

 なら、そこから接触を試みている筈だ。……それでも何の成果もないのか?

 そうだとしたら……無駄か?

「ねえ、何か思いついたことがあるなら言ってくれない? 今は何でもやってみるべきよ」

「ああ。それなんだけどさ――あっ」

「何?」

「……ええっと……あれ?」

「何? ……どうしたの?」

「……いや、思いついた筈なんだけど……話し掛けられたらパッと消えちゃったみたいで……困ったことに」

「あー、まあ、あるわね、たまにそういうこと……」

「オリヴィアの所為じゃないけど、思い出したら話すよ」

「わかったわ」

 それを、彼女に話していいのか?

 彼女は本当に記者なのか? 今更かもしれないが、名刺の連絡先を確認してみるべきではないのか。

「――じゃあ、何か事態に進捗があったら、連絡してくれる?」

「分かった。そっちもよろしく――ここに居るの?」

「払った部屋代もあるから。明日からまた、地道に一人一人プレイヤーを追って行こうと思うわ。あなたはどうするの?」

「……さあ……どうしようかな……とりあえず別件で警察に相談するよう彼女の家族に連絡した方がいいかも……返って混乱するかな」

「バカね。多方面から情報が上がればより深刻だってことも分かるし、その情報を無視できなくって、調べることが多ければその分人も増員されるでしょう? ……まあ、彼らが警察に情報を上げずに、手のひらで隠蔽しようとして無ければだけど」

「……考えたくないな……」

 胃がキリキリと痛む様である。

 疑い出したら切りがない、周りが全部敵に見える。 


 帰宅する。とりあえず、雲雀に連絡し、彼女からつぐみの身内に連絡が取れないか確認する。大学に入る前からの付き合いなのだからそれくらい出来るだろう。自分は彼女の実家の住所や電話番号までは紹介されていない。大ざっぱに何県何市までだ。

 その事情を説明すると――

 雲雀は酷く声を震わせて、何度も事実かどうかを確認してきた。それに実際にこの身で確かめて来たことを伝えると、どうにか、力を振り絞ったように、こちらの電話番号を教えていいか訊ね、それを了承すると電話を切った。

 おそらく、家族は会社に確認の電話をし、それから警察に通報することになるだろう。そのときに自分は呼ばれ、今日見聞きしたことの確認を取りに来るはずだ。

 健実の元に帰るのは、遅れるかもしれない――その事情を、彼に直接電話で伝えると、こちらを気遣い、

「気が済むまで探して来い。出来ない事があったら相談しろ。それからどうしても諦めなけりゃあいけないときは、それを堪えろ」

 と、全面的な支持を得た。毒にも薬にもならない、その逆に、どちらにもなりそうな。

 それから、

「――さて、と」

 彼らに、連絡を取りに行く。

 GMへの呼び掛け(コール)だ。あの会社がその応対をしていると思っていたから、意味がないと思っていたが。

 彼らがそれをしているのなら話は別だ。

 それに、なんとなくだが――

 もし、警察や会社からの連絡を拒んで居ても、一介のプレイヤー、それも、縁のある自分なら、彼らは呼びかけに答えてくれるのではないかと。

 そんな予感があった。

 

 白い部屋に降り立つ。

 するとすぐにスライムが小さな扉から姿を現し、

「鷹嘴様。――ようこそおいで下さいました」

「……こんばんわ。いつもきれいなゼリー色だね」

「お褒めに預かり恐縮でございます。本日はこれからすぐに旅立ちますか?」

「ううん。ここからでも――いや、君からでもGMに連絡できる?」

「お父様とお母様方にですか?」

「うん」

「可能ですが、何かトラブルが、起きたのですか?」

「そんなところかな……ちょっとリアルで知り合いが、行方不明になって」

「……現実世界には、そんな恐ろしいことが身近に起こるのですか?」

「――」 

 現実世界には、か。

 そんな風には、感じられない。

 ゲームの中でもそんなことは日常茶飯事だ。犯罪イベントと、それを狩る賞金稼ぎと騎士団、自警団のまつわり――戦争や紛争だってあった。

 その筈なのに。

 ゲームの中は、騒がしくも曖昧だったのかもしれない。

 どんなリアルな情景や光景でも、どこか非現実感があったのかもしれない。

 それはやはり、ゲームの中は幻想の世界であったからかもしれない。

「鷹嘴様?」

「……うん。……そのことでちょっと、このゲームの開発者――杦田さんに意見を聞きたいんだけど、君から、伝えられたら伝えられる? リアルじゃ連絡取れないんだよね。こっちのアバター名じゃなくリアルの名前を伝えていいから」

「……かしこまりました。ただ、それにはおそらくGMからの許可が必要になります。それでもよろしいでしょうか?」

「ああ、じゃあそれでお願い」

 これで、彼らとの接触が出来るかもしれない。何も知らない振りをして、まずただゲームの仕様について要望を出し連絡が取れるか否かを確かめた方が良かったかもしれないが。そんな方法ならもう会社も警察もやっているだろう。

「それでは、これから降りられますか?」

「いや、今日はここまでにするよ」

「そうですか、残念です、今度はどんな冒険譚が聞けるのかと楽しみにしていたのですが」

「ああ、ごめんね? それはまた今度で。……いつもだったらお茶をしながらまったりしてるのにねえ……」

「いえいえ。これも業務内のことです。どちらかというと普段の方がイレギュラーなので」

「――え? そうなの?」

「はい。鷹嘴様には全く困らされました。わたくしには好感度など設定されていないのに、必ず帰り際にプレゼントを渡して、私が興味を示すままに土産話などもなされて……正直口説かれているのかと何度も思いました。そして戦慄しておりました――まさか私のようなスライムっ娘が好みなのかと! 失恋とはかくも恐ろしいものなのかと!」

「そんな属性付いてないから」

「それはきっと私が鷹嘴様が道を踏み外さぬように献身した結果ですね?」

「うん、仕事しろ?」

「では、気分転換にはなりましたか?」

「うん?」

「何やら気を張り詰めていたご様子でしたので、僭越ながら気を遣わせて頂きました」

「……うわー、カウンセラーも真っ青だよ。プロ?」

「いえいえ。私によく話し掛けてくれる方がちょうどこんな話し方なので、門前の小僧、習わぬ経を読む、という奴です」

 ……いったいどんな教育を施せばこんなAIに育つのだろうか。

 でも、

「ありがとう、お陰で気分が上向いたよ」

「いいえ。いつも楽しい話を聞かせてくれる――せめてもの感謝です」

 すっかり真面目腐り俯いていた。

 それがほんの微かだが、和らいだ気がした。

 まともに眠れていなかった所為か、ゲームの中なのに眠気が来る。

「ログアウトなさいますか? もうしばらくすれば、GMからの返答が来ると思われますが――」

「んー、……その方がいいかも」

「来ました」

「早いな」

「……」

「……どうかした?」

 スライムの震えが止まっている。

 様子がおかしい、そして、彼女は言った。

「――リアルのPCや情報端末には転送できない、ここでしか開けないファイルとなっております」


 疑問に思う。

 どうしてそんな厳重な処置をするのか。

 これは、当たりを引いたのか。

「体調を整えてからご覧になりますか? それとも今すぐご覧になられますか?」

「――開けてくれる?」

 その不穏な気配に、全身が壊れた歯車で出来たような感覚に見舞われながらも、

「かしこまりました。……内容は音声データを伴っているようです。これを聞くのは鷹嘴様だけに、ということですので、私が退出した後に音声の再生を開始いたします」

 では、失礼します。と彼女は声を掛け、速やかに小さな扉からその姿を消した。

 すると、どこからともなく音が響いてくる。頭に直接流し込まれるようだ。

 前兆音――それはしばらく無音という雑音が垂れ流された。急きょ用意されたものなのか、無駄な部分がトリミングされた気配が無い。

 しかし、やがて声色のみが編集された、それが降って来る。

『――もうすぐ事件が起きる』

 瞠目する。どこにいるとも知れない、この場所を見ているそれらに。

そのとてつもなく不穏当な言葉に。

「……は?」

 これで、まだ何も起きていなかったのか?

 理解できぬまま疑問し。

 しかし状況が流されていく。

『――これまで世間で起きていたそれとは違う』

『―――ゲームをプレイした人間が、ゲームによって引き起こす、本当の事件だ』

 やはり、理解できない。

 そんなことこれまでだっていくらでも起こっている。解釈次第で、幾らでもものの見方や評価は変わる。それもメディアが与える影響の範囲でしかない。

 しかしそんなことはお構いなしに、

『――それに、君の知り合いが一人巻き込まれる』

 牙を剥き出しにする。

 それは彼ではなく自分がで、

「……おい」

『これから指示する場所に向かい、君は彼を救えるなら救ってほしい――』

 自分を無視して、日本にあるどこかの住所の羅列を二度繰り返した。

 可燃性の液体がまた一滴、心に落ちた。

 頭の中に真っ先につぐみの顔が浮かんだ。そして無作為な敵意で身体を支配し、動かしたくなる。殴りつける様な激情を胸の奥底、心臓に貯めていく。

それを一考に構わずに、

『――かつて、この世界には問題(グランドクエスト)は無いと聞いただろうが、』

『――それが何故だか分るかい?』 

 この世界の管理者は、語り掛けて来る。

今なぜそんなゲームの話をするのか。これはゲームじゃないのだ。自分が問いたいのは現実の話だ。それなのに――

 苛立ち混じりに問い掛ける。

「おい、どういう意味だよ……」

『――このゲームには、現実の方に解決すべき問題があるという事さ』

 噛み殺した奥歯が限界を迎えた。

 叫ぶ。

「ゲームと現実の区別がついていねえのかよ開発者ァっ!!」

その気取ったモノローグに激情を叩きつけた。

 その時だった。


「……いや、ついているさ。だからこそ、こう思うんだよ」


 驚愕する。

 いつからそこに立っていたのか。

「このゲームにおける、致命的な問題(フェイタルエラー)は、やはり現実にあるとね」

「……」

 自分の背後に、かつて見たその姿が存在していた。

 白衣に壮年の男、スーツ姿をした。

 この非・現実空間の中で、現実そのままの姿で彼はいつのまにかそこに立っていた。

「杦田さん……」

「……君を巻き込んでしまって済まないが、こうするしかなくてね――」

「つぐみは」

「今回のこれはただの偶然だが、これから本当に君の知り合いが事件に巻き込まれるだろう。……いや、逆に彼の方が引き起こしてしまうかもしれない」

「……杦田さん」

「君は今から指示する場所に行き、それを出来るだけ穏便な形に収めて欲しい」

「杦田さん!」

「……なんだい?」

「……つぐみは」

「ああ、彼女なら、安全な場所で仕事をしているよ。何も知らずにね」

 口に火薬が詰められていたら、そこが爆発していた。

「……あんたが」

「彼女の為だよ。いや、君の為だな……」

「なにが」

「この世界の問題が解決しない限り、彼女に君は会わない方がいい。会えばもしかしたら彼女が悲劇に見舞われてしまうかもしれない」

 訳が分らない。その理由を教えて欲しい。

 腹の底が気炎で焼け爛れそこに溜まった糞が溢れ出しそうになる。

「……脅しですか?」

「……いいや。この状況では信じられないかもしれないが、これは善意からの忠告だよ。たとえばそうだね、つい最近君のところへ誰か訪ねなかったかい? このゲームの事を探ろうとする人間が――」

 そのとき真っ先にオリヴィアの顔が思い浮かんだ。

 その色が灰色に塗りつぶされる。

「……まあ、そういうことだ。何も言わずに、意図を明かさずに心を導こうとする者ほど不審であることは違いない。そうだね、だから、こちらの意図を一つだけ明かそう――我々は今、この世界を守るために動いている」

 思考が定まらない。情報が足りない。

 いや、自分に何が出来るのか分らない。

 ともかく彼からできるだけ情報を引き出さなければ――

 本当なら胸倉を掴んで殴り掛かって全部胃の内容物ごと吐き出させてやりたい。嫌でも、会話に乗るしかない。

 堪える。

「……この世界? ……それは、どちらの?」

「――広義には両方、しかし、私個人としてはこの幻想世界のことでしかない」

「――何故?」

「――妻と娘の為だ」

 居たのか。いや、居ない方が不自然な歳だが。

 今時、芸能人や研究者でなくとも、生涯独身なんて珍しくもなんともない。

 人質に取られているのか?

 だが、そんなことは何の役にも立たない。

「さて。いま私から話せるのはここまでだ。今後今しばらくは、わたしとの接触は避けて貰うよ、君の身も危なくなるかもしれない――」

 そう告げると杦田は仮想ディスプレイを展開し、指先で何らかの操作を開始する。

 間もなく、頭の中に直接、電子音が響いた。

 それはゲーム内で何らかのフラグが立つときの、効果音に似ていた。

「……いま、何を」

「すぐに分かるよ。君の能力を鑑みれば必要ないことかも知れないが、念の為だ。中々稀有な経験をしているじゃないか」

「――」

「……出来れば、君には純粋にゲームを楽しんで欲しかったんだが……君を特別扱いしてしまったことを、今では後悔しているよ」

 そう言った、彼の眼を見る。

 それが悪意あるものか、二枚舌を使うものかを。盲目的な善意、狂信であるか否かを。

 ここはゲームの中、再現された映像グラフィックなのかもしれないけど。

「杦田さん――」

「すまない、」

 今は、信じて言う。彼に有益かもしれない情報を。

 それは同時に、今はこちらの知りたい事でもある。

「……雑誌記者を名乗る女性が来ました、名前は、オリヴィア・J・スミス、このゲーム、それかVR技術開発における監査役の……本人の話ですが、書類上は存在していない娘だそうです。何か知っていますか?」

「……教えることは出来ない。……だが、その子のことは『悪人ではないが善人ではない』と覚えておきたまえ。それから、その子に限らず、ここで会えたことは誰にも、顔の表には出してはいけないよ?」

「……それは、いつまでですか」

「少なくとも、こちらの要望が通るまでは――」

 そして、別れの言葉もなく、彼は幽霊の様にその場から消えた。

 

 それから、申し訳なさげな仕草で戻って来たスライムと、二言三言、代わりというように別れの挨拶を済まし、自分はゲームと現実の狭間の世界から、落ちて行った。

 彼女のいない現実へ。

 そしてすぐ、彼に指示された場所へと、ひた走るのだった。


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