違和の境界線。
まるで、得体のしれない化け物が横たわっているような気がした。
己の知己だけでなく、その関係者までが行方不明となると。
その不安を、どうにかありえる範囲で想像する。
「……ただ、会社が社員の個人情報を守っているとかそういうことなんじゃ?」
日常の範囲ならそれで済む。
しかし――
記者は首を横に振った。
「私がその情報を得たのは、そこからじゃないの。元々会社や警察がそんな情報くれるわけがないと思ってたし、仕方ないからネットで開発中のドキュメント番組や、ゲームのCM、一般人が撮影した見本市の動画から写真を探して――中にはアマチュアの自作――ゲームと現実の巧妙すぎる合成画像まで見つかったけど――SNSやそれに関連付けられる情報を漁ったり、人を訪ねたり、まあその中から運よく非公開になる前の開発陣の情報を探し出せたまではよかったんだけど………ここまで来るとお手上げね……」
「……普通に、もう事件じゃないですか? ……警察に連絡したら」
「記者だからそれはしたくなかったんだけど、さり気なく探りと情報提供なら入れたわよ? こういう噂が立っているんですけど、ご家族や親類から通報は来ていますか? って。でもその件に関してはもう既に調査済みですって」
「え? ……じゃあ解決済み?」
「いいえ」
「……どういうことですか?」
「……会社が警察の方にもう相談していて、それでもまだ良い結果が出ていないのよ」
「……世間に公表できないってことですか?」
「捜査の妨げにもなるからね? それか国家公務員が関わるレベルで、何かが起きているか。それで今度は会社の方にその事を問い詰めたら『大変申し訳ございませんが現在その質問には答えられません。詳細が判明次第ご連絡いたします、連絡先をお教え願えますか?』って」
「……」
不穏な世界が、薄気味悪い靄のように広がって、そこにあるような気がした。
もう個人で負える責任の範囲を超えているような気がする。ひょっとして、彼女の話を聞いたことで自分はもうそれに巻き込まれているのではないか。
まるで映画みたいな話だが、そこら辺にスパイや諜報員がいるのではないのか。
もし、そうだとしたら。
怖さを感じた。しばらく身辺に気を付けた方がいいのだろうか。
……彼女と、よりを戻さない方がいいのだろうかとさえ思える。
もし彼女を巻き込んだら――それだけは絶対的な怖さを感じた。
(いや、あれ? ――なんで……)
おかしい。
――何故、そんなことを、全く関係の無い自分に話すのか――
そう、おかしい。これは世間話では済まない筈だ。彼女も記者なら――
そんな大事な情報を、取材対象だからと話すものなのか? そんなことをしたら、その情報の優位性や、利益が失われることもあるんじゃないだろうか。
そのことに気付いた瞬間、異様な寒気に襲われた。
それは猛烈な不安になって彼女を観させる。
そして、決断した。
「……じゃあもう俺行きます」
「待って」
「ダメですよ。そんなおかしなことに人を巻き込まないでください」
毅然と怜悧に言い放つ。他人の飯の種の為に自分や彼女を危機に晒すなんて御免だった。
席を立とうとする。しかし、
「――いい? あなたがこの事件の一番重要なことに一番近く関わっている可能性があるのよ?」
心臓が跳ねた。
「……何言ってるんですか?」
「……多分、あなたは外の人間で、開発スタッフと直接顔を合わせて話をした人だからよ」
「……は? ……βテストに参加した人間はごまんといますよ?」
「テスト期間中のプレイヤーとの接触は、社内の別の部署の人間が担当したそうよ。開発チームはその時一切表に出ていないの。だから何か知らない? なんでもいいわ、もし彼らと接触してるのなら――」
「でも――、……何でそう思うんですか?」
「え? なにが?」
「……いや、俺がどうして、開発陣と直接会ったことがあるって、確信持ってるみたいに」
後ろ足を退く。
疑い出したら切りがないが、最新ゲームが人の人格に影響を与えたのかを調べるために、ネットを通じて自分を紹介して貰った、とを言っていたが。この食下がり様だと、むしろ、これが本命ではないのかと思う。
なら、開発チームと接触したかもしれない――それが本当の理由なら、偶然ではなく最初から自分の居場所を探っていたのではないのかとさえ思える。
危惧を抱く。実は彼女の方がもっと深い所で事態に関わっているのではないのかと。
本当は別の目的があるんじゃないのかと。
その瞬間オリヴィアはその事に気付いたのか、慌てたように、
「誤解よ、関係者を洗いながらβテストに参加した人達にも当たってるのよ」
「――突発的な暴力事件について調べていたんじゃないですか?」
「その過程で今回の事に気付いたのよ! もう他の何人かに訊ねたけど、守秘義務の所為か揃って口を閉ざしているし……他の情報も、何せネットで集めた不確定のものばかりなんだから。だからもう全部――なんでもいいのよ。偶然トイレや何かで顔を合わせたとか便器に座りながら立ち話を聞いたとか――ね? ない?」
「すいません、そんな物騒で面倒な話――もうしたくないんで失礼します」
膨大な数の中の一つ―――なら自然かもしれない。
それでも、もうただ疑っているだけではいられない。不安に駆り立てられているだけかもしれないが、何かを見落としているような気がした。
何にせよとテーブル脇に置かれた注文票を彼女に押し付ける。
もとより彼女の支払いだったこともあるが、それを支払う間に撒こうと思った。荷物を持ち、あくまで嫌気がさしたような杜撰な足取りで店外に向かう。
嘘でも本当でも、バカでも関わりたくない。
「ちょっと待ってよ!」
彼女が慌ててレジにそれを掴み、お釣りは募金にと叫び大金で支払いこちらを追ってくる。
肩を掴んで回りこんで来るそれを払い、立ち止まり、
「――警察呼びますよ?」
「お願いよ! 人助けと思って!」
ただの取材ではありえない異様な必死さに警戒心が湧きあがった。そして思わず更なる距離を取る。
もはや半ば睨みつけながら、
「俺や家族が変なことになっても墓参りで済むんでしょうけど? 心の痛みなんてそれより軽いですよね? それに俺だってそういう契約してるんで違反したらすごい違約金とか賠償金払うんですよ? 人生終らせる気ですか? ――元々知ってても話せませんよ」
無下に言い渡した。以前見た書類には技術情報の守秘義務だけでなく、社員への損害、またはあらゆる被害、危害を加える行為を禁止する旨も書されているのだ。
いや、そうでなくとも、目の前にいるこの人間には口を開かない方がいい、と、半ば勘のような八つ当たり染みた苛立ちがとぐろを巻いている。
話す必要などないだろう。
どう考えても不審で、自分に余計なことを持ってきたとしか思えない。
もし、行方不明になっている開発陣やその家族と同じようなことに、自分が、自分の家族が巻き込まれてしまったら。
彼女の所為で、もう巻き込まれていたら。
もしかしたらこれから一生この事に怯えされられるかもしれない。
もはやそんな懸念さえしなければならないのではないだろうか?
だとしたら、目の前にいる女性を呪っても呪い切れないかもしれない。
ハッキリ言って、彼女の全てが不快だった。
「……じゃあせめて、写真を見てくれる」
「……ああくそ、親切にするんじゃなかった」
「あなたは何も言わないし、私も何も聞かない。ただ、あなたの目の動きとか顔色で私が勝手に判断するだけ――あなたはなにも違反していないわ」
「――いい加減警察呼ぶぞ!」
この期に及んで自分の仕事《金》の事だけかよ、と。
携帯端末を取り出し数字を三つ押し、受話器のアイコンを叩こうとする。
それに、彼女は眉間を尖らせる。
「――ひょっとしてあんた、俺のこと危険に巻き込んでるって自覚無いのか? したうえでそうしてるのか? だったら――」
そこで彼女は苦々し気に目尻に皺を溜めた。そして、
「……私の父も開発に関わっていたの」
「……」
まるで睨みつけてくる。
だからと言って、彼女がこちらにしていることに変わりはないが。
「技術者としてじゃなくオブザーバー……あの会社に出資していた母体企業からの出向で、事業の進捗を確かめる監視者としてだけど。ここ一年ずっと連絡が取れなくなってて……だから、探してるのよ! お願い、この写真を見るだけでいいから、協力して!」
彼女がハンドバッグの手帳から取り出していた、今、眼前に晒されているそれを見つめる。
――見覚えなんてない。パッと見だが。
その大切な人に会えないということを想像する。
ただ、彼女の言うそれが事実かどうかは分からない。同情を引き、情報を取り出す為の嘘という可能性もある。悪質な記者だとドラマの中ではそういうことをする。
彼女のそれが嘘か本当かは分からない。
やはり、答える義務はない。
それに、
「……それは同情する。けど、もしこっちの大切な人が、あんたの所為でおかしなことになったらどうするつもりなのか聞かせてくれる?」
「……最大限、協力するわ」
「それじゃ手遅れになってからどうにかするってことだろうが……バカか?」
「……ごめんなさい」
それは記者の体質なのだろうか? 情報を仕入れる為なら迷惑お構いなしなのは。まあそれは底辺のそれだという話だが。
お互い、それぞれの罪悪感が顔を満たして、二人してそれを誤魔化す様に周囲を見回した。
彼女の場合は身内の生死の確認など切実な状況が差し迫っているのもある。
それでもせめて、
「……せめて、口約束じゃないなにか、安全が保障されることを証明できる何か、それを得られる手段は?」
ただリスクを押し付けられるのではなく、それを相殺する何かが欲しかった。
通常、取材で、記事を載せる際にご迷惑をお掛けするかもしれませんが、これだけ支払えます――などと取材費へと言外に含ませるそれだが。
これはあまりにも、お金で誤魔化せるリスクじゃない。
「……もし何かあって、この国の警察とかが信じられなかったら、この名刺を持って大使館にまでどうにか辿り着いて。わたしから聞いたことをケインって人に全部話せば、保護して貰えるわ」
「……そんなこと、普通して貰えないんじゃないの?」
「知り合いが居るから、察してくれる筈。今回は事情が事情だから、多分平気よ」
「……重要参考人として軟禁なんじゃないの?」
「……身の安全を守る彼らに協力的にするなら、自然そうもなるわよ。そういうときに普段通りの生活を求めている方が危険よ? そういう面もあるのは否定しないけど、安全なことは確かだから」
本当にシャレにならな過ぎて、頭を抱えたくなる。
今から、安全の確認がされるまでずっと。さり気なく、日常生活でそれに差し障りが無い様に保護してくれる――
なんてことは無理だろう。警察が容易に動けないのと一緒だ。
不確定な危機――危険として、被害、危害を加えるものとして確定付けられない未知数である以上、それが低い確率で起こる可能性でしかない段階では、いざという時にその緊急性が分る連絡手段しか知らされない。これが『大事件に慣れていない警察』なら、もっとずさんにその報告という記録だけが残ってあしらわれているだろう。
その記録が残るという工程こそ、警察が事件を未然に防ぐ為に動くには、法的手続きを取る事前準備として必要な物だが。
差し出されているそれを暫く見つめる。
ややあって、名刺を受け取り、写真を見せて貰う。
「……ダメだ。覚えてない……見てないかもしんないし、もう一年以上前のことだから」
彼女の父親らしき、若干煤けた金髪の、こけた頬の男性など、記憶には無かった。
「あとは……ああー……本当に話せることは無いから……特にこれと言って、開発チームの行方が分る様な手掛かりとか、そういうのも……」
「そう、ありがとう……」
ややあって、
「――それじゃあ、行くわね?」
「……何か思い出したら、名刺の番号に連絡すればいい?」
「! ええ」
「期待しないでくれる」
「……謙虚な日本人?」
「今回は、嘘が苦手なだけ」
「……いい方向に考えれば、誠実だということだわ、気休めの優しさよりも」
「……何かあったら慰めにもなんねえよ……」
彼女はそれに困ったように、顰めた笑顔を見せると、いきなりトトトと革靴の音を詰め――
金髪美女の顔が、いきなり正面から頬目掛けて近付いて来たので――普通にバックステップで退避した。
「――あ、避けるの?」
「彼女いるから」
嘘だが。
そして文字通り引いた。いや、キスが報酬になるとか思っている、その女心に。
「……ただの親愛の表現なのに――日本語でだって、リップサービスって言わない?」
「――あってるけど間違ってる」
本当に、向こうの雑誌記者かよ、と思うが。絶対こいつ日本語詳しいだろ、と思う外人タレントは多い。
彼女は踵を返し、笑顔で手を振りながら足早に次の取材へと向かった。
そして自分は、彼女と寄りを戻すかどうかを、しばらく検討するか――
それを検討することにした。
部屋の電源元を入れ、PCを起動し回線に繋いだ。
今暇かどうか、メールでゲーム仲間に全送信する。
先ほど聞いた話が本当にあるのかどうかを確かめる為だ。せめてゲームに危険が無い事さえわかれば開発陣の現状との関連は切り離せるかもしれない。
最低でも、それを調べなければ。
本当に危険な事が起こっているなら、自分も警察に報告するなり相談するなりした方がいいだろう。
開発陣とその身内が行方不明になったのなら、彼女と近しい関係に戻れば彼女もその危険に巻き込まれるかもしれない。そんな今の状態で彼女と寄りを戻すことは出来ない。いや、それは出来たらだが。それらの可能性を確かめる為である。
ゲーム仲間はネットの同じゲーム内だけに留まらないので、古臭い文字通信アプリで集会を開いた。
『どうしたん、急に』
『ていうか久しぶりじゃね、何してたん?』
『就職活動』
『じゃー、しゃーないね』
集まってきたかつての仲間と、次々とそんなやり取りをして。
意見を聞かせて貰う。知り合いがゲームで悩んでちょっと鬱になっている、それどころかリアルで喧嘩にまでなったらしい、他にもそんなことがあるかどうか。
そうして少しづつ集まってきた情報を分析する。
『……あー、事件ってほどじゃないけどさ、ギスギスしたのならあるよ』
『どんな?』
『現実でダメな奴はゲームでもダメだ――みたいなの』
『――選民意識?』
『それ』
『そんなんあっけ?』
『実力主義っつった方が分りやすくない?』
『それかな? あれ、現実の能力が感覚に反映されてるじゃん。ステータスの能力とは関係ない――アバターの操作にさ。だからリアルで努力しないといけないし、しても限界があるじゃん? 運動神経とかその辺の感覚って今まで努力してた奴とそうでない奴って、才能がある奴でももう土台自体が違う訳よ、その所為で、現実で鈍い奴ばゲームでも鈍いままで、他のモードでしか遊べなくね?』
『ああ、分かる』
『――俺も戦闘だけはNormalかEasyでやってる』
『みんなそんなもんだろ? でも、一部でだけどRealモードでやらない奴はダメな奴か性格が悪い危険な奴、って認識されてね?』
『あー、』
『ある! それある!』
『本当に一部事実だわそれ』
『悪いところな』
なるほど、全プレイヤーに解禁せず、優良プレイヤーにのみ限定した結果、それ以外を全て混同してしまっているのか。
『でさ、バカにされるわけよ』
『……モードが解放されても、それでやらない奴はリアルの能力が低い、か』
『といってもそれも戦闘職とか一部の生産職のみに対する評価だぞ? リアルの感覚抜きにゲーマーの能力や知能――知識、閃き、そんなのが必要な職もスキルもあるし』
それでも十分遊べるし、卑下されない様な枠組みも作られ、バランスをとっている。
だが、聞きたいことはそれではなく、
『……結局のところ、Unison:worldに人格が可笑しくなったり、理性や倫理観が狂ったりするようなことを感じたことは――』
『ない』
『ないない』
『それはない』
『まあそのことでガチの喧嘩になることぐらいはそこ此処であるけど』
『そうか……』
やはり、これまでのネット掲示板やMMOで起きたトラブルと何ら変わらない。
『まあ、それが、完全没入型VR内で起きたから、現実みたいな《《リアリティがある》》けどさ』
『……』
ふと、疑念が浮かぶ。
『どうかしたん?』
『……いやさ、何でもないと思うんだけど……いまのって、Unison:worldの中で喧嘩したってこと? 決闘とか、殴り合いとか?』
以前にも聞いた話だ。自分にとっては二例目となるが、
『たまにあるよ』
『まあゲームの中だしな――それくらい他のMMOとかでもあったろ?』
『ああ、そりゃまあ』
『途中から半ば遊びっていうか、お約束ごっこ? 芸人がひな壇で喧嘩したらキスするみたいな』
『古!』
『……それだけか?』
『ん? なにが?』
『気になるところでもあったん?』
『……うーん』
以前に来た話では、喧嘩どころかPKにまで発展したらしいが。
これは、現実と同じ殴り合いを、ゲームだからと平然と許容してしまっているその延長なのか?
そんな話ではなかった筈である。
しかしここで聞いたそれは、ゲームだからと割り切って、ごっこ遊びとして興じているだけなのか。
なら、
『……じゃあ次、みんな犯罪プレイってしてる?』
『いや、しねーよ』
『普通に家鍵かかってるし、開けても住民が普通に応対して話し掛けて来るし、某ゲームみたいにタンスとか壺調べられねーから』
『PKは?』
『PKKなら』
『えっ、』
『お前マジかよ!』
『違う違う違う――過剰防衛はしない、正当防衛のみ! あとはNPCの盗賊とかどうしようもない時だけ――』
『全コロ?』
『……本当に、運が悪ければ』
『普段は半コロ?』
『半コロ』
『半コロかあ……』
『盗賊とか野盗、犯罪者とかの悪党NPC相手は?』
『それもマジ無理、どうにか無力化制圧だって』
『やっちゃうとあれは夢に出る……ゲーム出た後も俺、胸糞悪くて……』
『NPCでも死ぬと本当に死ぬんだぜ? 殺せねーよ……』
『ガチクズの糞でも一瞬考えるって……』
『一瞬かよ』
『せめてあとは死刑執行人にお任せだろ』
『でも、もう普通にヤッてる奴もいるよな』
『ああ……あれはマジで引く』
『あれはガチサイコパス』
分け目は作られているようだ。
しかしNPCですら気を遣い、殺傷に躊躇いを持たない者は意外に少ないのか。
現実でも、その手の極論を持ちだすものだって、自分がいざその手でとなれば、手のひらを反すか。
……それとも、ひょっとしてお国柄なんじゃないだろうか。
正当防衛の解釈の範囲――自衛的行動の尺度――銃社会の向こうと、そうではない日本の差なのか。
推論のレベルでなら、それもある様な気がする。
ゲームと言うより、やはり人の問題に過ぎないのか?
『ていうかさ、このゲームってプレイヤーの職業に【盗賊】ってないじゃん。それに相当するスキル持ちなのが【探索者】【野伏】【レンジャー】、海賊の代わりに【トレジャーハンター】、一番近いのでも正義の味方って感じの【義賊】【怪盗】【諜報員】で』
『ああ、そう言えばそうだな……』
明らかに面倒くさい苦情を避けるための措置だろうが。
ゲームの世界のお話では、実際の職業差別を気にしてそういう呼称にした、という話だった。
『……じゃあ、今犯罪プレイで捕まる奴って、どれくらい出てるか分る人――』
その質問に、心底嫌気がさすような間が出来た。
単純に知らなかったのか、それとも、
『あー、さすがにそれは……ちょっとまって今検索してみるから』
『悪い、助かる』
『……あー出た出た。大体、10人から……2、0人? 日で』
『多いのか少ないのか……日本のプレイヤーっていま総人口どれくらいだっけ?』
『確か出荷台数が最初――で、今、日本で……ええっと……期間を絞って』
『辞める奴もいるし、全員が毎日ログインしてるわけじゃないから当てにはならないだろ。平均出せ平均』
『とりあえず、それでも毎日……普通に捕まる奴が出てるわけか』
ゲーム内でも、刑務所が機能しているということは、現実にそこで犯罪を起こしている者がいるという事――
と、みなしていいのか?
現実と同じ環境でも、それでもただのゲームであると認識した方が正しいのか?
それともそれは間違えているだろうか。
現実では犯罪でも、ゲームだから、と、タガを外していいのか。
結論は出なかった。とりあえず、今のところ現実での犯罪者は日本では出ていない。
ゲーム内では、出ている、と思うべきなのか。
ゲームだからと。
それは、きちんと区別や分別をつけた行動なのか?
そう迷う自分自身も、倫理の境界線が少し曖昧になっていやしないかと思う。
やり取りを続ける、返ってきたメールを整理しても、現実に起きたという暴力事件については、それはその人間に問題があっただけ、ゲームには何の問題もないというもはや定説と化したそれを口に出すだけだった。
現実に、知り合いのプレイヤーの性格が変におかしくなったことはないのか。
それについては、あるという。
しかし、それもやはりゲームそのものに原因があるというより、ゲームの中で起きた対人関係や理不尽な攻略難易度、プレイヤースキルの向上が上手く行かない、限界を感じる、などのストレスから来るものが大半で、それも現実では極端な暴力性の発露にまでは至っていないものが占めていた。
その前にゲームを辞めているものが大半だからだ。
そして、
『それと、開発チームが入れ替えられてるらしいけど、なんか違った?』
『――いや?』
『特に変な感じはしないよな?』
『イベント自体はもう中で独立してるみたいなもんだし』
『グラも特に――開発ツールをしっかり残していったんじゃね?』
同じ脚本家、シナリオライターなら別の話を書いてもその人独特のセリフ回しの癖や嗜好が出る。他にも、ダンジョン作りやマップ上の配置、モンスターの行動パターンも割と似通る。
キャラデザインなんて分かりやすいだろう、絵師によってそれこそ違うし同じものになる。
『そうか……どっか別の会社で似た様な絵とかシナリオ回しとか、見た人とかいる?』
『どうしてそんなこと聞くん?』
これは、濁しておくべきか。
『……いやさ、俺、あの人達のファンだったから。どっかで見かけたら付いてこうかなって』
『あ、その気持ちは分かる』
『上とトラブったんかな?』
『それで別名義で仕事してないかってこと?』
『じゃね? 給料未払いとか、過剰労働とかデスマ祭りだったとか』
『杦田切るとかマジ無能だって……普通に独立したかっただけなんじゃないの?』
……その可能性は普通にありそうだ。
盲点だった。いや、でも、
『どっかで会社やるとかそういう話なら、もうとっくにその話が流れてるよな』
表に出なくとも、同じ業界内ならそれくらいわかるか。
これは、本当に業界を干されているのか。
でも、それなら家族にも接触できないというのは……。
行方不明になっている、というそれは間違いないのか?
これ以上は、知りようがないし調べようも無い。
少なくとも、明確に、今日、自分が知ったことを誰かに全て話さない限りは。これ以上の考察のしようもない。
そこで、
『……あ、わり、これから人と会う約束が出来た。誘っといて悪いけど……』
PCが、モズからのメールを受信した。
『ああ、いいっていいって。就職活動大変なんだろ?』
『あれ? おれ面接落ちたことになってる?』
『ホーク』
『ん?』
『今度はまた一緒にゲームやろうぜ』
『なんでそんな優しくするのかな?』
『そんじゃホークの就職祈願――』
『ハイ拍手――』
『一本締め――』
『よぉ~~~っ!』
無駄に盛り上がっているが、
『おまえら……』
そんなに就職浪人として扱いたいのか?
論議を交わしているだけでは、限界があるので、改めて、冷静な目を心掛け、ゲーム内に入ってみることにする。
VRヘッドセットを着け、ソファーベッドを展開し横たわった。
考えすぎならいいのだが、最悪の事態は想定した方がいいかも知れない。
自分に出来ることは少ない。
スイッチを入れ、集中し、ログインした。
「ふう――」
白い部屋に降りる。
そこにはかつてと違い、様々な扉が壁一面に備え付けられていた。
以前、失恋の痛手で廃人プレイしていたときに開いた、ゲーム内の各都市や村、プレイヤーのホームやギルドなどの拠点に設定できる、ログイン時の転移先の設置場所になっていた。
ゲーム内で死ぬとここに戻ってくる。
そこに案内人のスライムが出て来ると、
「だいぶお疲れのようですが、この度のプレイはお控えになられた方がよろしいのでは? ゲーム内での激しい運動は、身体の感覚への負担になりますよ?」
「ああ、大丈夫、中で話をするだけだから」
「さようでございましたか、また、お友達と悪巧みですか?」
「いや……」
ある意味、現実の世間話だ。
それを話しても――いや、このAIが運営と繋がっているのなら。
試しに聞いてみる。
「この世界の管理人と言うか、作った人達が今何してるか知ってる?」
「いえ? 私はずっと、この世界に居ますから。父や母、外のことは……。この世界の中のことで何か御用でしたら、そちらにご連絡して頂ければ」
「ああ、そうだね、そうしてみるよ」
そこで、話題の終わりを察知し、
「……それでは、前回の続きからにしますか?」
「いや、待ち合わせしてる【神楽高天国・花焔街】への扉で」
「かしこまりました」
目の前に表示される、メニュー画面の操作でも出来るが、敢えてスライムを通す。そうすると、なんとなく好感度が上がる気がするのだ。ゲーマーの性と言うか。
失恋に思い悩んでここに来た当初も、迂闊に他人に話せないから色々と話していたら、大分業務口調が抜ける瞬間が拝めるようになった。
驚くことに、ゲーム内で手に入れたアイテムを彼女にプレゼントすることも出来る。
密かにこのゼラチンを固めた生命体に癒されている自分が居る。一番喜ぶのは、ゲーム内での体験を彼女にログアウト時に多少脚色して話すことだった。
扉の鍵が外れた音がする。
「じゃあ行ってきます」
「はい。いってらっしゃいませ――」
その扉を潜る。
噂の真相を確かめる為、そして、かつての仲間の今の姿を、肌で感じる為に。




