仮想・現実の『現実』で。
道筋に従い足を進めると、そこには赤茶けた煉瓦作りの建物があった。その両開きの扉に部分的な甲冑を着込んだ騎士が槍を片手に門番をしている。
分かりやすく、○×▲◇市役所、と書かれた看板付き。記号部分はこの世界独自の文字なのでまだ読めない。
中に入りすぐ脇――総合案内所に行く。
「――すみません、この街に来たばかりで、訊きたいことがあるんですがよろしいですか?」
「はい。それではご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
そこに居た身なりの良い妙齢の女性は朗らかに口を開いた。
「今仕事を探していまして。――この街の商会に限らず各種組合の位置を知りたいんですけど……地図って売ってます? それか役場の方で紹介している仕事がありましたらそちらの方も……」
「それは――申し訳ありません。地図は保安の都合上お渡しすることは出来ません。最低でもこの街への定住が確定して頂ければ違うのですが――」
「あ、そうなんですか?」
「はい。ただ、口頭での説明でしたら仕事の斡旋共々あちらの窓口でできますので。並んで席でお待ちください」
「分りました」
それからロビーに並べられた剥き出しの木の長椅子に腰掛け、順番が廻ってくるのを待った。
周囲を何気なく見渡せば、何らかの手続きに来たこの街の市民と、そして同じプレイヤーらしき人間もちらほら居た。
その内の一人と眼が合った。肥満体型の……二十代、男性プレイヤーだ。
にこっ、ニカッ、と会釈し、
「どうも――プレイヤーの方ですか?」
「ええ! そちらも?」
「はい。アバター名は【鷹】って言います。つい先程ログインして、いまは仕事探しですね」
「僕は【ローディ】って言います。生産プレイをしたくて――店を構えたいんですけど、空いてる土地や不動産、街の開発計画があったら聞いておこうと思って」
その情報を得に、RPGらしく街を足で探すのではなく役場に来る辺り、ちょっと普通じゃない。
「――それで役場に? っていうか、《《ここ》》でもそういうの聞けるんですか?」
「聞けるらしいよ? だからちゃんと調べておこうと思ってね。後で『ここに道を通すから、立ち退いてくれるかい?』なんて言われても困るし、それによって将来、土地の値段だって変わるし」
「へえー。……いや、初日から店ですか? ひょっとしてβ版のデータ引継ぎとか?」
「いや、それには外れちゃったかな。でも事業計画書を作って魅力的な提案が出来ればゼロからでも融資が受けられるってことだよ。もちろん審議が必要らしいけど。そのへんは商会を巡って色々と話を聞いたから間違いない筈だよ」
プレイヤー同士での融資なら自分もやったことはあるが、
「はぁ~、にしても……またリアルな」
「ホント、どうなってるんだろうね。NPCでも本当の人間並みのAI使ってるみたいだし――もしかしてポーズじゃなく本当に彼らが審議するのかな? でもたぶんクエストで、一定以上の評価を得られるアイテムを提出する、とかだとは思うんだけど」
「どうなんでしょうね? ――それでどんなお店にするんですか?」
「折角の本格ファンタジーだからねえ……今はまだスキルが見つからないけど、出来たら錬金術の店か――リアルでもやってる喫茶店かな」
「あ、社会人プレイヤーなんですか?」
「フフフ、昔ながらのゲーム喫茶を営んでるよ。知ってる? ゲーム喫茶」
「あっ! テーブルが筐体なんですよね? プレイするのに腰が疲れるとか――じゃあそれまでは資金繰りの狩りとレベル上げですか?」
「出来ればその間に他の都市や町、村も見てみたいなあ……理想のロケーションを――現実じゃあ内装に拘るにも一苦労だからね、他にも店を持ちたいとかなかなか言ってられないし、でもここでならね? ……まさかここまで凄いとは」
分かる。ギルドハウスやホームを作る時と同じだ。自分好みのジオラマや箱庭、ヴィネットのような気分だったのだろう。それがここまで、等身大の人間として感じられるとなると、俄然やる気も違うだろう。
「CMじゃ逆にただの実写としか思えなかったですよね」
「ぷっ、そうだね。君は――」
お互い、窓口に呼ばれ別れた。フレンド登録をし損ねてしまったが仕方ない。
一期一会の挨拶をしてそれぞれ別の窓口へ。
椅子に腰かけると、
「お待たせしました――本日はどのようなご用件ですか?」
「この街で登録されている各種ギルドを知りたいんですけど――リストがあれば、写しを貰えますか? それか、仕事自体の紹介をして頂けるならそれがいいのですが……」
「――当座の生活資金ついては問題ないのですか?」
「はい。今のところは大丈夫です」
「では、少々お待ちください」
そして今この街にある仕事と、主だった商会や各種協会、組合の位置を教わった。
大きく分けて、冒険者、商人、職人、傭兵、この街のギルドはその四つに分けられる。
そこで仕事を学ぶ――冒険者は野外、自然フィールド踏破、採集技術、ダンジョンにおける各種罠の解除や開錠技術だ。商人は鑑定と運搬技能――馬車、馬、ロバなどの操作、そして交易権が手に入る。
職人は想像通り各種生産業――農業、工業、問わず色々で、傭兵は戦闘特化だそうだ。
そしてこの街で定住するなら職人と商人、旅を続けるなら冒険者と傭兵を薦められた。
役場で募集している人員と仕事は、騎士団なら定住が絶対条件――調査、開拓団は保有スキルが無ければ無理とのことだ。
その上で、
「――市で紹介できる仕事ですが、残念ながら、街中のそれは本日付でほどんどが需要を満たし、申請が取り下げられていますので、こちらでご紹介することは出来ません。残りは最低でも中長期での調査団への契約雇用となります――しかしそれも要求される技能がなければ契約は結べませんので、現状の鷹様には申し訳ありませんが……」
「いえ、いいんですよ。確認に来ただけですから。ところで今は騎士団への募集は行っていないんですか?」
「騎士団はその仕事の性質上、定住者、市民であることは絶対の最低条件ですが、その他に不正を働き辛い確かな身の上であることの確認が必要となります。例えば血筋、家柄――最も多いのは貴族と、それに連なる血筋の人間であること。もしくはその方々からの保証――経歴や行動、人格を買われて直々にスカウトされるかです」
「なるほど……」
騎士が金欲しさに不正に手を染めるとか割とありがちである――裕福な貴族であるからこそ傲り、欲に走る可能性もあると思うのだが。
ゲーム的に考えれば幾つクエストを成功させたか、それから職業、レベルとスキルの数だろう。ちなみに、ここで騎士団に入ればこの街勤務になるので、休日と騎士団の任務でしか街を離れられなくなるが固定給が入るそうだ。そして軍らしい集団戦、指揮系のスキルを身に付けられるという。
しかし、プレイヤーの大量流入でここまで仕事が枯渇しているのか――まさかギルドだけでなく役場の方までとは。
それらをリスト上にチェックとメモを入れながら確認する。幻想世界らしい仕事をしたいのだがそれは品切れ。そして普通の仕事すらないとか――
脳を捻る。
「どうしたもんかな……」
あとは自分で、ギルドを通さずにアイテムを集めて売るくらいしかなさそうだが。
「――商会や冒険者ギルドで説明されるかもしれませんが、登録なしに勝手に森やダンジョンにある素材を取ってはいけない、ということは、ご存知ですか?」
「いえ――理由は?」
「資源の保護です。薬草、鉱物に限らず、野性動物であろうと全てが限りある資源です。それらの乱獲を防ぐため、貼り出される依頼書の数だけしか取引してはいけないと法律で決まっています。なので各ギルドで事前に申請し手続きを取らなければ密猟として厳罰に処するのでご注意を。ただ、魔物だけは無限に湧く害獣として、常に冒険者と傭兵両ギルドに都市から駆除依頼が出されていますので、もしその実力がお有りでしたらそれをお勧めします」
なんともご都合主義な――
多分、魔物は……仮想世界に、自然の生態系とは別に組み込んだのだろう。いわゆるゲーム部分である。もしかしたらこの世界なりの存在理由が作られているかもしれない。
しかし、やはりそこかしこに重みを伴う現実感が匂い立つ。
――自由に狩りや資源採集が出来ないとか、いちいちそんなことを気にしていたらゲームは楽しめないだろうが――そんな緻密な設定の割に、ご都合主義に登場した魔物設定には緩さを感じる。でも、こういう話の向こう側に世界の流れを感じる事が出来るのは好きだ。そこで何かが動いている感覚が、分かる瞬間のビビビッっとくる感覚というか。
ていうか、今、釘を刺されたわけだが。
「……もしどうしても仕事が見つからないという事であれば、街のゴミ拾いやボランティアなどの社会奉仕活動に従事することで、食事と寝床の提供をできますので。その時にはまたこの窓口にお越しください」
「分りました。なるべくそうならないよう努力します。――お手数をお掛けしましたが、おかげさまで助かりました」
席を立ち、軽いお辞儀をすると、彼女は朗らかな苦笑いで、
「いいえ? ――ご健闘をお祈りしております」
「――ありがとうございます」
今度は軽い会釈をして、そこを経った。
市役所を出る。
と、ポーン♪とメールのお知らせが来た。
道の隅にゆき、目蓋を閉じ三秒待つ。するとそこにはメールのマークが浮かんだ。
演出上の都合だ。いくらネットゲームと分っているとはいえ、仮想ディスプレイや表示枠をこのファンタジー世界上で広げるのは興ざめである。
その手のものを確認するときは、緊急時以外はこうして瞼を閉じて行う――ちなみに閲覧だけの簡易的な物だ。電話であれば更に耳を押さえて咳払いの様握り拳を口に当てる。
現実と同じように使用したいのであれば、ログイン時に渡されるアイテムの中に、システム用のアイテムがある。
目蓋の中で手紙のアイコンを視線で押すと、文面が表示された。
『――件名、本当ですか!?
――返信遅れてごめんなさい! でも良かった! これで一緒に出来ますね♪
――今配線と設定が済んだところなので、これから入ってアバター作りです!
――どんなのにしようかな~、ヒントは、あなたの好みの……これ以上は秘密♪
――ゲーム内に入ったらもう一度連絡しますね?
――もう遅いので、寝ちゃってたらごめんなさい?
』
目蓋を開ける。
それからメール用のアイテムを背中のバックを開き、中から取り出す。
便箋とペンだ。さらにそれを開き立ったまま書き綴る。書き終ったそれを細い帯状に折り畳み、一回結んで、空へと高く投げる。
その瞬間、超高速で白い鳩が手紙を掻っ攫い、空の彼方へ弾丸のように――星になった。
まだ起きてるよ。と、愛してる。と、絶対に他人には見せられない文面のそれは今、回線の中を超光速で飛んでいるのだろうか。
まあなんにせよ、今からチュートリアルを聞いて――ではまだ時間はかかるだろう。
自然に微笑みながら。
思考を花々しい桃色から、無限に続く空色に切り替える。
悩む。一通りの情報らしい情報は集めたのだ。次に行きたいところだが、彼女が入ってくるまでそれだけにしておこう、とは思うが。
「……どうするかなあ……やっぱり、冒険者ギルドかなあ……」
結局、ふりだしに戻るのである。
というか、RPGの町って、強制イベントに突入でもしない限り絶対一度は街の中を一通りまわる派なのでこれは予定調和なのだが。
実際には回り切れていない――それぐらいこの街は広いのである。
都市――現実のそれ並みだ。ゲームらしい道具屋と装備屋、それから宿場が一つ――後は町人の家というような1プレイヤーのみの世界ではないのだ。MMOにしてもかなり大規模だろう。ここまで来ると完全に道と言う道を網羅したい気分もあるが無理がある――それをイベント探し、なんて感覚で回るのはもったいないだろう。
それは後の楽しみとして。
ここからは、この世界で本当にやりたいことを探さなければ。普通のRPGっぽく次にどこで何をすればいいのかが指定されていない――それだけでなく、今まで通りのゲームの様にダンジョンに潜ってお宝発見、モンスター狩り――アイテム作り、ホームのカスタマイズに寄らない。
もっと自由に遊びたい――本当の冒険が出来る。
体感できる。それならやっぱり――秘境や魔境やら、珍しい草花を観たり昔の船で航海もしてみたい、飛空艇があったら自分のこの手で操縦してみたい。
――金が要る。
つまりはそれだ。
ただ、それには間違いなく、行く先々で魔物や――人とも戦うことになるだろう。
となれば……あとは、戦闘スキルの訓練か。
やはり冒険者になろう。指針は決まった。
街をしばらく回って冒険者ギルド前まで戻った。
丁度そこで、再びメールが来る。それを確認すると、
『――件名、ヒャッハぁ――!
――すごい凄い凄い凄い凄いです! なにこれなにこれなにこれなにこれ!?!
――そっち行きます今すぐどこですか!?
』
うちの彼女が壊れた。それに冷静にメールを返した。
数分後、彼女と待ち合わせした冒険者ギルド前にやってくる。
お互いアバターの顔を現実から変更しているので、よく分らず、更に数分、人を探している人を探すことに。
そしてついになんとなく眼が合って、その瞬間の、視線を気にして髪を整える仕草で、なんとなく分った。
聞いていたアバター名は、
「――【ツグミん】さん?」
「――【鷹】さん?」
確認は取れた。念の為、お互いの耳を交互に寄せ合って本名を確認する。お互い直球なネーミングなのでその必要もないと思うが。
間違いなく本人――その確認を取った。
だが。
……なんか、彼女の視線がやたら熱っぽい、
「……どうかしたの?」
「あ、ええっと、その――なんか、大人っぽい感じにしたんだなあ……って」
小声で、元の顔とそんな変わってない筈だけど、と聞くと。
「ううん。その、だからなの。……あと十年もしたら、こんな色っぽくなるのかなあ――って」
「……老け専?」
見た目三十歳はまだまだ大人の中では若い方だが。
「ち……ちがいます! その、貫禄が付いてる感じが、骨太なのが!」
「……ふーん」
まあ、女の子は基本、包容力というか、落ち着いた大人感を求めるというか。
――同い年やそれ以下――三つ上までが『完全に猿』にしか見えない。
ということなので。きっと自分もわんぱく少年か何かだと思われていると思った方がいいだろう。
一人内心で頷いていると、彼女もすっと目を細めてくる。そして、
「……それを言うなら、鷹さんも、まず真っ先に、胸に視線が吸い込まれましたよね?」
なんて言われるのだが、彼女の胸元を見ると責められる気にはならない。
何故なら、
「――いや、そりゃそうでしょ! ……なんでそんな、増量してるの?」
あきらかな自己欺瞞である。多分……G、いや、Hから上のサイズだ。
そして顔や髪色もしっかりいじっているらしく、銀髪碧眼に北欧系の深い鼻立ちをしている。体の他の部分は変わらない様だが。
「……その、一度でいいから……靴が見えない光景を……」
「……そんなコンプレックスあったっけ?」
「夢は夢です……夢なんです……」
恥ずかし気にそんなことを言うが、しっかりあざとい仕草で両腕を組む――までもなく二の腕だけで、自然に既に挟んでいる。個人的にもそれは初めて見る壮絶な光景だが。
「……お前のサイズでそんなこと言うと、あいつがどんな顔するか――そういえば《雲雀》あいつは?」
「今日は自主的休日、だそうです――もう次の町に着いているって」
「……卒制間に合うのかよ」
冬の祭り用のコスプレ衣装と、被服科である彼女の卒業制作、オリジナルのドレスを並行作業でなんて無謀過ぎる。
「……じゃ、どうする?」
「とりあえず、つぶしが利きそうですから、冒険者ですよね、やっぱり。私は――出来れば魔法系の職が良かったんですけど、今は無いみたいですから。それで当面の目標は家の購入に設定しようかと」
「――ホームか」
「大きな庭付きの、家庭菜園と果樹園――森の奥の、秘密の場所っぽいのでガーデニングを」
「――おとぎ話の魔法使いだ」
「です」
笑い合いながら、なんとなく手を繋いで列に並んだ。
人波は多少捌けている。路上のそれで割とすぐに書面の登録を済ませると、水晶玉に触れさせられ、軍人が持つタグのようなものを渡された。どうやらこれが登録証らしい。
もちろん有料である。手の平から何らかの情報を読み取っている様だったが、多分ステータス情報だ。銀色のタグには馴染の日本語と数字が刻まれていて、本人が端を強く握ると今保持しているスキルやアビリティが見えるらしい。
見たところ、その欄は真っ白だった。
それを首に掛け、二人して見えないようにシャツの中へ。小学生が外で名札を付けなくなったのと同じ理由だ。スイングドアを開き中に入る――何万人規模を捌いていた所為か、新人に絡む荒くれ者も品切れらしい。中は普通に受付と待ち合い所――酒場兼食堂になっている。
「すいません――」
「はい。新人向けの依頼だったら申し訳ないけど、魔物討伐依頼でもこの辺りではもう無理だと思うわよ」
受付嬢がいきなりそう告げて来るそれにツグミんが、
「――え? そうなんですか?」
「いくら無限に湧くと言っても、湯水のごとく溢れているわけではないのよ。それに狩場だって何千人も入れるわけじゃないし」
「あ、なるほど~」
ついでにそれがある地域や国へさっそく多くのプレイヤー達が移動を開始しているという。どうしたものか。これでは無職直行ではないのか。
「他に何か御用は? 新人さんが受けられる仕事はもうないけど、今なら街の闘技場の方に行けば訓練なら出来るわよ?」
「――訓練所はここにはないのでしょうか」
「今日だけ借りたのよ。普段は試合が組まれているけど、新人が大勢来るって話だったから。――他にも大きな講習を開くときは大体そこね?」
「――分りました。じゃあそこに行ってみます」
「場所は分る?」
口頭で説明を受け、闘技場へ向かった。
……そこはこの世界に来て見てきた中で、最も巨大な石の建築物――
周囲は馬車が何台も止められる広場として石材が敷き詰められ、街中であるにも拘らず大きく敷地を取られていた。
そこに威風堂々と、長い時間と風雨で傷だらけになった歴戦の壁がそびえ立っている。
四か所――外と内、巨大な鉄格子が門扉として打ち立てられていた。それは闘技場内に巨大な何かを入れる為のものなのか、その脇から続くピロティにぽっかり空いた通路を抜けていくようだ。
人の流れに沿い、受付で冒険者タグを見せると、関係者用の通路から中へと通された。
闘士の控室、その脇のうす暗い通路を抜けると、すり鉢状、段々になった観覧席の脇を通り――視界が開ける。
その中央、剥き出しの土を叩いたリングへと出た。そこは様々な競技をする為か、それ以外の装飾や舞台のようなものは何もない。
太陽光が差すそこに、意匠や色違いの【旅人】の様相をしたプレイヤーの集団と、十数人の冒険者らしき教官が、各々得物を手に打ち合いをしていた。
剣、槍、弓、短剣、棒、手甲、徒手空拳、スリング――色々とやっている。
その物珍しさに二人で茫然としていると、
「新人か?」
「あ、はい。そうです」
「……武器は用意してこなかったのか?」
「いえ。訓練を受けて――指導者の意見を聞いてから、合いそうなものに決めようかと」
「なるほどな。下手に願望で相性を潰すよりはいい――君は?」
「あ、私は弓です――」
「そうか。じゃあ二人ともタグを見せてくれるか?」
服の中に仕舞ったそれを引き出す。
赤銅色の肌に白の蓬髪の教官は、筋骨隆々の指先でそれを確認する。
「――ん? これは……」
「どうかしましたか?」
「……残念ながら、君にはスキルの恩恵が無い。ここで学べるのは武器の扱い方だけになるが」
「は? ……あ、そうか」
「どうかしたの?」
「ああうん、ちょっとね」
Realモードの所為だ。スキルによる補正が無い――戦闘系のそれに関しては、表示される武器の軌道をなぞることでダメージ補正が入る、というそれが無いのだろう。
「じゃあ学べるのは……剣なら握り方や振り方や、整備の仕方になるってことで?」
「ああ、そうなるな……スキルの訓練は省くことになるから――こっちだ。彼女の方は向こうで弓矢の指導者がいるから、そこで指導を受けてくれ」
「はい。分かりました」
「――なんかごめん」
「ううん? じゃあ後で、パーティー組みましょう?」
そうして二人別れて歩き出す。
何やら技名を叫び、ピカピカ光りながら武器を振り回す方々、同じ軌道を振る練習をしていたり、移動系のスキルを練習している人達の横を通る。
そこでは一塊に、樽や大八車に入れられた武器が置かれていた。
商人も一緒だ。そこで教官に、
「自分の手と躰に合いそうなものを取れ」
そこで、一通りの武器を眺めて、一つずつ試した。
実寸大の金属でできた武器――その重みと、生々しい鈍い輝きに心臓を鷲掴みにされる。
……ゲームのアイテムの筈なのに、酷く緊張した。
重量武器――両手持ちの巨大剣や特大モーニングスターを除けば一通り普通に扱えた。と言っても剣術や武術と呼べるレベルではない。普通にただ振れるというだけ――それも素人丸出しのままである。
その中で一つの件に目を付ける――
サーベルより幅広い、両刃の剣だった。
選んだのは片手でもなんとか扱えるブロードソードというやつだ。それと木の盾、予備武器の短剣・スティレット、胴回りはソフトな皮鎧――ちなみに買取だった。何故商人が一緒に居るのか分った。
ずっしりと来る重量――軽い筈なのに、緊張からか5キロのダンベルくらいはあるように感じる。
まごうことなき金属で出来た冷たい武器の重みに、更に心臓が縮こまった気がした。こんなものを振り回し、人の体に当てたら――打ち所が悪かったら……。
……これは間違いなく凶器だ。人を殺せ、命を奪う。
それを嬉々として振り回している、プレイヤーが、なんだか異常にも見えた。
コントローラーではない、おもちゃではない重さを感じないのだろうか? それとも、それは精神的な面だけでなく、ひょっとして単にゲームモードよって掛る補正で、重さも感じないように設定されているのかと思う。
しばらく観察してみたところ、どうやらそうなのか、スキルを使用しなくとも整った動きをしている。腕を武器の重さに振り回されるようなことはしていない。移動系のスキルでも、それ以外にも、眼の動きや体感が付いて行かないと思うが――その辺もシステムで補正が効いているのか、戸惑う様な動きは見られなかった。
ただ、その補正の切れた瞬間、体のバランスを崩している者がいるのは若干見えた。
――スキル後の硬直、というか、体の操作がシステム任せから自分の意思に切り変わった、その繋ぎ目の部分に思える。
対して、自分はただ単に動きが悪いだけ。そうした不自然な挙動は存在していない自然な素人だ。Realモードの補正無効は、こうした動きにも表れるようだ。
全ての感覚が現実準拠とされている――このモードだけの特性。
違いは動きだけなのだろうか? 逆に、他はどこまで補正が効いているのか気になった。
試しに目蓋を閉じ設定をいじる。それから武器を軽く振り――
先ほど感じた忌避感じみた、重さを感じない。問題はこれがモードを切り替えた、という意識の働き――思い込みなのか、ということだ。
そこで、同じ武器を選んだ人――別のゲームモードで訓練している中で……更に休憩している人を見つける。その隣まで行き、
「――こんにちは」
「――? こんにちは」
「――お邪魔してすいません、ちょっと気になることが出来てしまって――質問していいですか?」
「えっ、あ、はい、答えられることでしたら」
「――今ちょっとモードを切り替えてプレイしているんですけど、そしたら、もしかしてシステムの補正の差か、武器が本当に重く感じるんですけど、同じ様なことありませんでしたか?」
「うん? ……あー、ちょっとまって、ステータスが足りてないとかじゃなくて?」
「それが適正値なんですよね……これが自分の感覚の問題なのかどうかちょっと気になったんですけど」
「なるほど……僕は始めEasyで、技名叫ぶのがなんとなく合わなかったからNormalにしたんですけど、武器の重さとか、そこまでは気にならなかったですね。ただ自分の体が勝手に動くのがなんか面白かったです。だから、すいません、なんとも言えないですけど……」
「いえいえ。貴重な情報助かります。ご協力ありがとうございました。これからもうちょっと自分で検証してみますね?」
「いえいえ。なんか面白い情報が出たら上げてくださいね?」
「了解です」
予想通りのようだった。
多分、他のモードは、五感の体感部分を相当に削っている。その部分にシステムを割り込ませて補助しているように思える。
言って見れば、Realモード以外は実質、自分の素の感覚に、ステータスを上乗せした状態なのかもしれない。現実の体にパワーアシストスーツを着込んだようなものだ。
まさか、五感の体感に関する補正だけで、ここまで感覚が異なるとは。
……ひょっとして、かなり不遇なんじゃないだろうか。
これ、もしかしてステータスが上がっても素の自分のままにならないだろうか?
補正が無くなるって、そういうことなんじゃないのか?
でも、こっちの方が実体感があって、個人的には爽快なんだけど……まともに動けるようになるには時間が掛るかもしれない。
いや、Realモードのステータスは現実での経験も蓄積され反映、アバターを育成出来ると言っていた。多分、今は素の現実のままで、これから訓練して能力を上げればその辺の感覚も超人的に上がるのだろう。
そう思いたい。そう――嫌な予感がする。
そしてそこからは素で本物の訓練だった。Realモード用らしく、ただの素振りと打ち込み、足運び――技? そんなものあってないようなもの。打ち込むとき脇を閉めろ、剣で受けるときは腹でも刃でもなく斜めから入って打ち合うその瞬間滑らせるように角度に乗せろ。
そんな、筋肉万歳、THE 武道。そして何気にそれが面白いという自分に気付いた。
スポーツももっと手を出しておくべきだったかなあ、と我が青春をほんの少し彩りたくなる。今度彼女とのデートはアウトドアにしよう。
「――よし、それじゃあこれから街の外に出て、野外での探索活動の訓練に入るぞ」
これは元々のパーティー、それか戦力バランスを見て教官の方で組み合わせを決めた。
自分は同じゲームモードの者でパーティーを組んで、そこに教官が一人着く形になった。そこで、自己紹介をする。
「初めまして。【鷹】って言います、剣と盾で前衛志望です」
「はじめまして。【コージ】です。槍で前衛、速度重視の方向で」
「はじめまして。【ツナ缶】、体術、ナイフの某最強コック・スタイルで行こうと思ってます。あ、実質シーフ扱いでお願いします」
「初めまして。【AAAA】、エーシ、A氏、ああああ、どれでもいいです。盾です!」
「こんにちわ。【ポピン】と言います。弓の後衛――足手まといにならないよう頑張ります!」
「ちわっす。【ゲッペラー】、武器は両手斧、一発狙いで」
彼女とはまた別れることになった。やるせない、理不尽を感じるが仕方ない。
それで、近場の森に入る。そこから山裾へ抜けて。
ここでもやはり、各種探索スキルの恩恵もシステム補正も無くこの辺りで取れる薬草――を、取らずに、自生している範囲を眼でみて植生を学び、常に風上、風下を確認すること、獣のフンの種類、行動範囲、森での転ばない歩き方、それでも転ぶときの身の守る優先順位、探索の仕方を学んだ。
そこはいい。これは普通に面白かった。
だがそれだけだ。きつい、割と装備としては軽装な筈なのに、それが体の動きを阻害して非常に歩き辛い。疲れない歩き方、装備同士が干渉しあわないように意識しないとすぐ音が出る。
そしてそれは問題とされた。
「それではダメだ。獣が逃げる。そして魔物の標的にされる」
「はい……」
「君は荷物を詰め直せ――」
「了……解」
体力はもっと問題だ。HPは減っていないのに、
――
「……く、う、……ぁ、ぜぃ、ぜぃ……」
「ハァ、ハァ、ㇵぁ」
「もう、まじ、あとどれくらいっすか」
「……仮想世界、舐めてた……」
「これ、本当にゲームなの……? こんなのちがうよ……」
「ちょ――みんなダウン入ってるよ。気を付けて足上げていこう、転んじゃうよ?」
まだ余裕のあった自分が音頭を執り、
「――すいません教官、休憩いいですか? 俺、見張りますから」
「……仕方ないな」
「鷹さん……マジ、感謝……うぉえ」
「す、すみません……この、恩は、後で必ず、うぷ」
「ご、ごめんなさい……」
「いいっていいって」
皆、戦ってもいないのに満身創痍だ。
他の班はみんな楽しそうにピクニック感覚でハイキングしてるのに、こっちの体感はリアル軍隊の死の行進出はないかと思う。
それくらい、ここでもリアルの感覚補正が効いていた。
つまり……現実的なゲーマーの体力が露呈している。
素の身体能力と一日の半分をゲームに捧げるような生活をしている人間には、THEガチ☆登山は地獄以外の何物でもない。
正直、山に入ってから一分と経たずに心臓と脚に来ている人間がほとんどだった。
各々自身の状態を確認して、
「歩くだけでHPが減るとか……」
「山に、わたし、ポーションほぼ使い果たしました」
この満身創痍の状態から察するに、どうも疲労感や負荷までも現実化している様である。自分は多少トレーニングをしているから、HPは露骨に減らずアイテムも消費していないが、アンダーウェアは汗だくの蒸れ蒸れでべとべとだ。
開けた場所――ではなく、その辺適度な茂みと空間のある木陰で、腰を下ろしているのを横目に見る。
それは、わざわざ標的になるような場所に出て死ぬ気か、ということだ。
何が楽しいのか――正直そろそろ達成感を感じたい。脇を見れば自分と同様にRealモードを選択した仲間の中、ついに、
「――こんなはずじゃなかったなあ……」
そんな言葉が漏れ始めていた。ポピンさんに至っては、そうとうインドアな生活を送っていたのか、常に最後尾の足手まといになっていたことに俯いてしまっている。
他の面々も、各々疲労とそこからくるストレスに全身に影が落ちていた。
これもレベルとステータスが上昇するまでの間なのだろうか?
そんな疑問が疑問ではなく不満に変わりつつあった。
――そんな時だった、そこに、人以外の咆哮が響いたのは。




