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ゲームが⇔現実になったら。  作者: タナカつかさ
全てが始まる前に。
10/30

仮想世界の人と人。

 ゲームの中に入ったら。


 アイテム、クエスト・イベント探し、装備品、スキル収集、レベル上げ――

 色々あるが。どのみち全てやるので、その情報集めがてらキョロキョロ街を散策することにした。

「……とりあえず、歩くか……」

 しかし、

 まず思ったのは、やはりBGMが流れていないことだ。元々、VRゲームでは現実のような精巧さや臨場感を売りにするからこそ、その辺り特に気を遣う傾向にはある。チープな電子音や勇壮なオーケストラでさえ、今までのゲームで当たり前にして来た演出も、そぎ落とすように見直されて来た。例えば現実の街中でBGMが垂れ流しだったら、逆に鬱陶しいだろう。人工的に音響が存在するなんて現実でも喫茶店や歯医者、スーパーマーケットくらい――それは、そこにいる人間の心に影響を与える舞台装置である。

 通常のゲームであれば、テレビ画面の中に限定されているが故にそういう演出が無いと物足りなかったが。

 目を凝らす。

 足音、人々の喧騒、談笑、衣擦れ、時折り吹く風、逆に何の音もしない――

 それが目に映るそれぞれの場所でしている。

 そういうBGMを条件付けして設定したり、延々とループを流しているようではない。そこで音が鳴っている気がする。その全てが《《全く同じ音ではない》》。それぞれの距離感、大小、有無、強弱、それらが規則性無しに違和感なく存在している。

 そして、音だけではない。

 履いている靴の爪先で、トントン石畳を打つ――音がする。

しかしそこには、単純に音だけではなく、靴の先端の内側に――足の指先、そこにある骨肉に振動が響き、そして神経を通り生まれるジンとした感覚あった。

 足で踏む際の圧力が確かにそこにある。

 ――間違いなく体がここにあるという感覚がある。

 今までのVRは、ゲーム内の感覚を『体の外側にある現実』に持ってきていた。

「……うーん……やっぱりすごい……」

 それとは文字通り訳が違う。

 まあ、それはともかく、

「……行くか」

 そう言い、異世界の散策に出た。

 それは不思議な光景である。

 まるで水彩画のよう透明感ある光を、古美術めいた建物や、人の声、憩いの公園の草木に、そこかしこに感じながらも――人の生活臭、濁った風と影、埃臭さが同居している。

 仮想現実の中に作られた街並みは、物理的には存在していないのにこちらに圧し迫るよう確かな質量を確かに感じた。絵のように綺麗で、見たそのままの実写であるような、重さと汚さの気配――

 それは幻想のようで確かなうつつに見える。

 とりあえず、今いる街は、西洋建築で占められていた。どこかで見たような赤い屋根に、石造り、所々石材が突き出た白塗りの壁――どこか西洋を模しているのはJPRGの定番なのだが、かなり海外旅行をしている気分である。そして意外とプレイヤーとそうでない者の差が分りやすい――

 最近の調子を尋ねる老人たち、近所の噂話をしている主婦、仕事を探し訊ねている男達、慣れた様子で巡回中の騎士、そこかしこを物珍しそうに喜色めいた様子で眺める旅人――

 そんな呼吸や息遣いの差だ。

 男達と旅人はプレイヤーだろう。それ以外は――この景色に慣れている。

 NPCはこの景色に平然とゆったりとしている。しかしプレイヤーは、常に息巻き辺りを見回し興奮し感動している。それはこの世界の日常の中にいる人間と、非日常に入り込んだ人間との非常に分りやすい差だった。

 でもやはり、NPCらしくはない。

 非常に人間めいている。

 主婦たちは適当なところで足内を揃えて商店街へと向かった。

 老人たちはポーカーに興じていたが、カフェの店員に咎められ、お茶と菓子を注文させられると、煙草を握り締め河岸を公園のベンチに移そうとしていた。

 それに騎士が「金は賭けるなよ、吸うならちゃんと火を消せ」と待ち構えていたように告げて、居場所をなくした彼らはよぼよぼと杖を片手にそこへ向かった。

 ありがちな、同じ会話を同じ場所で繰り返すのではなく、話したいことを話したら、用が済んだらそこにある舞台から去って行く。そして同じ場所には戻って来なかった。試しにと視界を外して少し散歩して時間を置いて――それでもだ。

 明日も同じ毎日を過ごすのか、それとも、違う毎日を過ごしているのか気になった。

 現実は、丁度その二つの掛け合わせになっている。毎日同じ時間割の中で別の事をして過ごしている。そんな『変化』が彼らにもある様な気が、ふしぎと感じられた。


 ――そして。


 プレイヤー達はある一点を目指していた。

 それはありきたりだが王道的に、

「――すいません、冒険者ギルドはどの辺りにありますか?」

 そこを目指す。

「酒場ってどこですか?」

 そこを探している。

「クエストってないか知りません?」

 そんな声が、今、この街の至る所で飛び交っている。

 それを誘い込む様に、

「冒険者ギルドはこちらでーす!」

「鍛冶師ギルドはこっちでーす!」

「薬師ギルドは南でーす!」

 と、どこかで受付嬢が叫んでいる。

 まあ、ゲーム発売日、初日――MMOでありがちだが、ゲーム開始時の混雑は酷い――予約台数の目一杯のほとんどすべてがこの初日にログインしているとしたら――深夜に差し掛かった今、これでも残り火――いやむしろ本番なのだろうが。

 ミラーサーバーの設定とかは無かった。ここに来ている全てのプレイヤーが同じ世界に居るのだから、仕方が無いにしても。

「……すごい人だよなあ」

 分りやすく『冒険者ギルド』との看板が掲げられた酒場っぽいスイングドアの建物――その入り口からムカデのよう人だかりが出来ている。路上にも受付を簡易的に作り登録作業をしているようだが列には次から次へとプレイヤーが加わっている。

 そこかしこの何らかのギルドでだが、一番すごいのはやはり冒険者ギルドだろう。

 必要な道具や金、スキルを得るためにも仕事が要る。それを給料日を待たずに稼ぐ出来たか払いの歩合制、定番システムだが――そんなしょっぱいシステム事情じゃなくて。

 ゲームの中に来て普通のことなんてしたくないだろう。バイトとか会社員とかそんなの絶対ドキドキわくわくしない。

 海も宇宙もジャングルも砂漠も、ある意味で見ようと思えば見られるし体験できる。

 現実にあるものは現実で出来るのだ。

現実では決して出来ない体験をしたい。現実には無いものを実際に見てみたい――

 現実と同じものをゲームの中で見たいのではない。現実を超えたものを見てみたい。だから空想と想像を具現化するゲームをしたいのだ。

 そんな気持ちは誰にでもあるはずだ。

 だが。

 如何せん人が多すぎる。

 この分では冒険者ギルドに登録できたとしても、この街で仕事や依頼、イベントやクエストを探すのは無理ではないか?

 次の町に向かった方がいいのかもしれない。

 そこで、通りかかった主婦っぽい――若妻系のお姉さん声を掛ける。

「――あっ、すいませーん」

「――はい?」

「突然申し訳ありません。ぶしつけにも程がありますが、何か仕事がありそうな場所をご存知でしたらお教えして頂けないでしょうか?」

 なにやら人妻がこちらの顔を見て目を丸くしているが、何かおかしなところでもあるのだろうか?

「……あの」

「――あ。ごめんなさい? いい歳してバカ丁寧なもんだから、ちょっとおどろいちゃって」

 そこで自分が、今は見た目三十過ぎのおっさんなのだと気づいた。つい、相手が一回りくらい上のつもりで話し掛けたのだが、こちらのほうが年上に見えるのかもしれない。

「あ、そうですか? ……そんなに気になりますか?」

「職業柄よくスケベ親父が手を伸ばしてくるから、私がちょっと過敏なだけだよ。旅の途中の……路銀目当て?」

 ただいま第一町人と会話中――

 と言うより普通にその辺の人に話しているだけのような気が。

「――ええ、そうなんですよ。できればここらで腰を据えて稼ぎを溜めてから、次の場所に行こうと思ってまして」

「ああ、なんか今日はやたらそういうのが多いけど、どこかで魔物の氾濫でもあったの?」

 魔物! いるのね!?

「さあ? どうなんでしょうか……私は純然たる観光目的でここにきたんですけど」

 嘘です! めっちゃ冒険したいです!

 ……なんで嘘吐いたんだろ、俺。

 まあ冒険も観光も似た様なものか。ていうか微妙に差が分らない。危険があるか無いかだろうか? 戦わずにそういうところに行けるならそっち選ぶけどな。飛空艇、ドラゴンの背中、小さな帆掛け船――

 世界観スケールが広がる瞬間、それを想像するだけで胸が躍り始める。

 けど敵・遭遇エンカウントが無いのが一番の理由である。

「……あらそうなの? ――着の身着のままって感じで……冒険者ギルドあたりで日銭稼ぎか一獲千金狙いだと思っていたんだけど」

 帽子にブーツに大きなバックパックで、見た目は山男だからな。

「そうですね。私もそこで登録するなり仕事を探すなりを考えていたんですけど……」

 そんなふうに会話をしながら、行列のできる冒険者ギルドに視線をやる。

「……あのとおりなんで」

「まあ、出遅れてるだろうね。……もうロクな仕事もなさそうだし、そうだねえ……冒険者以外じゃこの辺りは騎士団か漁師組合が常に人手を募集しているけど……それか開拓団・調査団かしら? でも――あなた、それっぽいことしたことあるの?」

 そんなの当然、

「ないですね……精々荷運び位しか」

 漁業は言わずもがな、その他、明らかに戦いがありそうな職業なんて――

 警備員のバイトをしたことならあるが。

 残念ながらそこでバイトは本格的な体術や捕縛術、武器の扱いなんて覚えない。

 むしろ不審者には立ち向かうのではなく、先んじた声掛けで遭遇戦を起こさせずにそれとなく退去して貰うことを覚えさせられる。警備員は、捕まえるのが仕事ではなく、安全の確認と確保が目的――例えば、書店やスーパーの万引きなら店外に出るのを待ってそれから声掛けの荷物検査が基本だ。これは犯行を確定するだけではなく、店内で凶行に及んだ場合の客への被害を鑑みられている。

 仮に凶器を持って暴れる輩が現れた場合でも、まず客の避難誘導、同時に本職(警察)への連絡、その上でのサスマタや投網ランチャーを見せつけて、犯人と接触しないようにしながら警察が来るまでの牽制が基本となる。

 そして接近戦についても、警察でもそれは極力やらない。言葉で説得、やはりサスマタから電撃銃テイザーだ。

 空間投映型のVR格闘ゲームならしたことはあるがあれは役に立たないだろう。パターンを覚えて拳と足を置いておけば当たり判定がでるだけだ――要するに戦えないということだ。

「……とりあえず役場にでも行ったらどう? なんだかんだでこの都市の事を把握してるからね。そこで今言った人員の募集もしてるし――そこ、そこをまっすぐ行って行き止まりのところにあるわよ?」

「分りました。本当にありがとうございます。わざわざ足を止めて頂いて……」

「なら、稼ぎが出来たら今度はちゃんとナンパして? お茶でもおごって貰うから」

「あはは――旦那さんはいいんですか?」

「――これでも独身。酒場の看板娘をしてもう二十年になるけどね?」

「そうなんですか? 買い物袋が似合う美人だな~、と思ってたからつい」

「お世辞は上手いようだけど、――これはその酒場の買い出し」

 その酒場の名前を聞き、余裕が出来たら窺う旨を伝え、気持ちよく笑いながら別れた。

 投げキッスまでされて。

「……ホントにNPCか?」

 冗談も、受け答え出来る。単なる人の表現としてではなくそこに固有する感情が在る様に。

 再度思う、スライムが言っていた通りこれはやはり『本物の人間』だと思っていた方がいいかもしれない。

 礼儀知らずにはなりたくないのと、人の温かみを感じるからだ。

 その方がこの世界に入り込める――熱のあるリアリティを感じる。そう思った瞬間、空想が空想ではなくなる足音を感じた。

 ……でも、それに反した閃き《インスピレーション》も感じる。

 ここまで『人』に拘っているのは、

(……プレイヤーだけじゃなく、生きた人間が居る感覚は、この仮想現実の中で人間性を失わない為……かな……?)

 冷静に、なんとなくそんな気がする。

 そう思うと、あの忠告も鑑みれば、やはりただリアリティを追及した舞台装置というわけではないような。

(でも、これだけリアルな世界で同じセリフをただ繰り返すNPC――等身大の人間が、貼り付けた表情ピクチャを浮かべて闊歩していたら萎えるか――やっぱり仮想現実ならこれぐらいは必要なレベルだからか)

 と思う。

 必要な措置――演出だと。

「……ま、いいか」

 とりあえず、何かしらの仕事を探した方がいいだろう。

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