5.新しい生活
椿が来てからというものクラウディオが上機嫌であった。普段は書庫に篭ってはそこに常備してあるソファを寝床にしているのに。
ヴィルには聞いていないのに椿についてのことをあれこれと離してきた。
椿の国のこと、住んでいた庵のこと、海が近くて磯の香りがしたことを、そして日々の生活についてを。
「椿はずっと村の人から敬遠されていたんだって。老いないのは人を襲って生き血を啜っているんじゃないかって影で言われたこともあったんだって」
確かに無理もない話である。
不老不死の女が村の近くに住まれて、気味悪がる人は何人かいただろう。今まで出会った異端の者もそうであった。影で叩かれるくらいはまだましな方だ。何か災害が起きたり、不吉なことがあれば異端者の仕業と言われ、そのうさはらしの標的にされていた。それで人と接するのを嫌がりなるべく人と関わらないように過ごす者は大勢いた。
椿もそのうちの一人だったのだろう。
「だからずっと一人で庵の中で過ごしていたんだって。食べ物は裏の山でとれる山菜を食べていたって」
「クラウディオ、俺は今仕事中だけど」
銀十字から与えられた書類を片付けたり、遠方の領地の情報を整理したりしている。決して暇ではないのになぜ自分は居候の世間話にまで耳を傾ける必要があるのだろうか。
「もうちょっと彼女に興味を持ってもいいんじゃない? 一緒に住んでいるんだよ。家族のようなものじゃない」
「公爵から預かった大事な客人だ。それ以上も以下もない。それよりも椿の言葉の勉強をみるんじゃなかったのか?」
「椿は今ヨーゼフにテーブルマナーを教わっているの。ここの礼儀作法を覚えるのも必要なことだし」
通訳がなくてもある程度の意志疎通ができるようになったらしい。だからクラウディオは椿が別のことをしている時はこうしてヴィルの書斎へやってきていた。
「失礼します」
こんこんとノックをして書斎に入ってきた。手にはお茶とお菓子を乗せたお盆を持っている。
「お茶とお菓子をお持ちしました」
「わー、ありがとう」
クラウディオは嬉しそうに椿の傍に寄った。
「お作法の勉強は終わり?」
「はい。ヨーゼフさんにお茶とお菓子をいただいたので一緒に食べようかと」
椿の言葉を聞きヴィルは内心感心した。確かにまだぎこちないが、はじめてあったときよりも喋れるようになっている。
「あの、ヴィル様もどうでしょう」
「必要ない。丁度いい。そこの馬鹿を連れて行ってくれ」
そう言いヴィルは書類の方へ視線を移した。
「もう、こんな男は放っておいて向こうへ行こう」
クラウディオは椿から盆をとって椿の手を掴んで書斎を出た。
書斎を出た後、椿は困ったように呟いた。
「私は彼の邪魔になっているのでしょうか」
「そんなことないよ。あいつが無愛想なのはいつものことだよ」
クラウディオはそういって椿に気にしないように言った。
◇ ◇ ◇
まだ片づけないといけない書類はあるがその日にすべきことは終わったとヴィルはようやく大きく背伸びをした。
そういえば小腹が減っているのに気がついてヴィルは書斎を後にした。ヨーゼフが起きているはずだと思い、彼のいるであろう場所へと向かった。厨房であった。
「何かつまめるものはないか」
「はい、ただいま用意いたしましょう」
ヨーゼフはすぐにあり合わせのものでサンドイッチと紅茶を用意した。
それを食卓へと運んだ。
「………椿の様子はどうだ?」
「どうだ、と申しますと」
「最近お前からマナーを教わっていると聞いている。ちゃんと会話とかできているか?」
「はい。初めて来たときは大分困惑しておいででしたが、今ではしっかりとお話なされます。まだナイフとフォークには慣れていないようでしたが、一生懸命練習なさっています」
「そうか」
どうやらうまくいっているようなのでとりあえず安心した。
「それと」
そう言いかけてヨーゼフは言うのをやめた。
「どうした?」
「いえ、大したことではありません」
マナーが終わった後椿はヴィルのことを心配していた。朝から晩まで書斎で書類整理しており身体に障らないか心配していた。
その為、ヨーゼフは椿にお茶とお菓子を持たせヴィルの書斎へ運ばせたのであった。