4.菓子の甘み
ヴィルの家は王都ホーエンのベンカー通りの住宅街にあった。立ち並ぶ豪邸の中のうちのひとつの馬車を近づけヴィルは降りた。後から馬車から降りる椿に手を差し出した。
「………」
椿は困ったように首を傾げた。どうしていいのかわからないようである。
降りる為に手を貸しているという意味なのに全く伝わらないことにヴィルは苛立ち椿の手を握り引っ張った。
「あ」
椿は姿勢を崩しヴィルの腕の中に飛び込んでしまった。
「す、すみません」
椿は慌ててヴィルから離れ、謝罪した。
「今のはヴィルが悪い」
傍で様子をみていたクラウディオが責めるようにヴィルに言った。
「こんな愛らしい子に優しくできないなんてひどいやつだ」
「………」
ヴィルは後から降りてきたクラウディオに椿を預け館の中に入って行った。
中から出迎えたのは五十程の執事であった。彼は恭しくヴィルの帰りを出迎えた。
「おや、そちらは」
「ヨーゼフ、今日からうちで世話をすることになった椿だ。公爵の大事な客人なので頼む」
それだけ言いヴィルは建物の奥へと消えた。そのまま書斎に入り、自身の文机の椅子に腰をかけた。どんと足をあげ机に置き、胸元の襟をくずした。
はぁっとため息をついた。
まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
不老不死の魔女が東海の島国にいるというおとぎ話はヴィルも知っている。幼い頃東海について興味を強く持つ叔母に教えてもらったのだ。
まさかそれが実在し、今から自分の家で厄介になるとは想像もしていなかった。
(言葉はクラウディオに任せ、身の回りのことはヨーゼフに任せればいいか)
自分はいつも通りの生活を遅ればいいことである。
そうはいっても椿の顔がちらついて頭から離れない。
(あれが家にいると思うと妙に落ち着かない)
どうしてしまったのか。
◇ ◇ ◇
「〔簡単な文法や単語はある程度できるみたいだね〕」
クラウディオは客間に椿を案内し、ヨーゼフの用意したお茶と菓子をつまみながら椿に言葉を教えようとしていた。
一応、現段階の椿の言語力を確認したが思ったより簡単な言葉はすでに身についているようであった。
「〔はい、あの船で私に言葉を教えてくださる方がいました〕」
彼は奴隷商人だったが、椿が酷いことをされ疲れ切った頃に林檎や甘い果物を持って慰めてくれていた。そしていくらか身ぶり手ぶりでお話をし、言葉を教えてくれていた。
椿を物としてみなしていなかった男たちの中で唯一椿に優しくしてくれた。彼の言っていることを全て理解するのは難しかったが、どうやら妹がいるらしく私の見た目の年齢がそれに近いとのことだった。あとはいつも椿への暴力を止められず悔しいと言っていた。
―――いつか、必ず助けるよ。港に辿りついたら、隙をみて君を連れて逃げるよ。あ、今の言葉は難しかったか。まぁ、いいや。今だけの辛抱だからな。
理解できない言葉で優しく椿の頭を撫でてくれた。
しかし、ここ最近彼の姿をみかけなかった。椿は必死に彼の姿を探したが、見つけることはできなかった。
しばらくして船の上に彼がいなくなったというのに気づいた。
おそらくは船の者たちに椿に優しく接する男が裏切るのではないかと疑い海に放り投げてしまったのだろう。
椿は酷い目にあった後慰めてくれる者がいないことに嘆いた。優しくしてくれる者がいなくなったから嘆いたわけではない。自分に優しくしたから消されてしまったということが悲しかった。
悲しそうに話す椿の表情がどんどん暗くなっていった。
「椿!」
クラウディオは椿に声をかけた。どうしたのだと椿が口を開けた瞬間、口の中に甘いものが放り込まれた。
「〔美味しいでしょ。バウムクーヘンていってこの国のお菓子なんだよ〕」
クラウディオはそう言い同じものをフォークでとりぱくっと食した。
「美味しい!」
クラウディオはくぅっとその美味しさを喜んだ。
「〔今まで辛い目に遭ってきたんだよね。もう大丈夫だから、俺とヴィルが君を守るしこれからはもっと美味しいものを食べさせてあげる〕」
元気づけようとしてくれているのを感じ椿は嬉しくなった。
「ありがとうございます」




