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Kamelie  作者: ariya
::7 別れと出会い::

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4 再会

 ヴィルヘルムが森の奥へ消えてから数日後、ベルンハルト公爵の元に椿とクラウディオが訪れた。公爵は報告を耳にして静かに嘆息した。

「ヴィルヘルムは人に戻らず人狼と一緒に生きるのを選んだのだね」

 無理に薬を改良して人の世界に戻すこともできただろうが、ヴィルヘルムの血肉への渇望はかなり強いものであった。椿を探しに数日馬を駆り干し肉でしのいでいたが、少しずつ強くなっていく。ようやく椿を救い出せたと思えば、人狼の血が暴走して椿を今にも食べたいと思う程追い詰められていた。

「自分を抑え込んだのはあの子の強さだね」

「ええ、でもいつまでももたないので大狼にお願いしました」

 大狼の庇護を受ければ人の血肉を食べたいという渇望は減るだろう。

「どうして人狼は人を襲うのでしょうか?」

「神様にそういう風に作られたという話がある。人狼は元は人を減らすために生み出された生物のひとつだった。でもやりすぎでそれで神様は人狼を退治する銀十字を作った聖ヴィヴィアナを生み出した」

「昔は人狼との戦いはかなり長引いていて、酷いものだったという。でもようやく人狼との戦いは終わって人々の記憶から消えかかっていた」

「その間に人狼は知恵を持つものらが生まれて、血肉への渇望を制御できるようになっていた。生き残りたちは彼らの庇護のもと森の奥で生活しているらしい。まぁ、人を襲わないのであれば彼らの領域に土足で入るなどはしないでおこう……庇護から離れて人を襲う人狼は退治していいという取り決めが交わされた」

 銀十字は何匹いるかもわからない人狼と延々と戦うよりはそちらを選ぶことにした。戦い続けることによって彼らを制御している精霊人狼を殺しても厄介だし、誓約を交わすメリットの方を選んだ。

「ではヴィル様はあの大狼の元にいれば人を襲うこともないのですね」

 その通りと答えるクラウディオの言葉に椿はほっとした。

「じゃあ、これからどうしようか。ヴィルがいなくなったし僕と一緒になるのもいいよ」

 椿はふるふると首を横に振った。

「私はヴィル様をお待ちします。もしかしたらヴィル様もご自身を制御できるようになるかもしれません。そうすれば会えるかもしれません」

「何年になるかわからないよ」

「待ちます。幸い私はいくらでも待てる身ですし」

「あー。ふられちゃったなぁ」

 クラウディオは髪をくしゃくしゃにして呟いた。元々わかっていたことである。椿にはヴィルヘルムのことしか頭にない。あの奴隷船でヴィルヘルムに出会った時から彼女はヴィルヘルムのことを見続けていたのだ。

「というわけで公爵様、お願いね」

「ええ」

 ベルンハルト公爵は地図を取り出した。ヴィルヘルムが消えた森周辺の地図である。もう一つは設計図だ。何かの建物のようであるが。

「この森の付近に屋敷を建てようと思います。馬で2時間程先に町もありますし、大丈夫でしょう」

「え、ですがこの土地……建てても大丈夫ですか?」

「ええ、そのあたりは私の土地なので問題ありません」

「公爵は国のあちこちに領地を持っているんだよ」

 椿が過ごせる建物をたてるという。近くには管理人の屋敷もあるので何かあれば頼るように言いつけてある。

「大丈夫、時々僕が会いに行くから寂しくないよ」

 クラウディオはちゅっと椿の額に口づけをした。

「ですが、私」

「どうせ何も考えず森の傍でひっそり野宿しながら過ごすつもりでしょう。ちゃんとした建物じゃなきゃ僕は許さないよ」

 椿は困ったように笑い、改めて二人に頭を下げた。


 場所は変わり銀十字の研究所。

「えー、森の奥? 残念ー」

 報告を耳にしてハンスは椅子に凭れ掛かってぶーぶー文句言った。

 人狼化したヴィルヘルムを人体実験にする気満々だったようだ。

 ため息をついてマルクは新しいデータの解析をつづけた。


 屋敷が建てられるまでの間、椿とクラウディオはヴィルヘルムの家の滞在した。屋敷へうつる頃合いにはここを引き払う予定である。ヨーゼフはこのまま椿と一緒に行くことになるが、使用人たちは本家、アルベルトの邸宅に雇われることになる。

「私のもとにいても……ヨーゼフさんはアルベルト様に雇ってもらう方がいいと思います」

 彼であれば、執事としてやっていけるだろう。だが、ヨーゼフは頑として譲らなかった。

「あなたはヴィルヘルム様が選んだ方です。私はこのままあなたに仕えます」

 申し訳ないなと思うが、ヨーゼフが一緒に行ってくれると聞いて少し安心した。

 身の回りを整理しているときに客人が訪れた。シェートンだ。

 随分遠く、アルブシルヴィウスまで行ったが吸血鬼の住処まではたどり着けなかったようだ。

「そうか、私がいない間たいへんだったんだね。メイチン」

 相変わらず彼の言葉で椿を呼ぶ。

「そういえば、私を誘拐した吸血鬼の眷属は元は東海の住人だったようです。名前からあなたと同じ国なのかもしれません」

 メイリーという名前にシェートンはうぅんと首を傾げた。妹の名前ではないようである。

「そういえば、これを貰っていたな」

 クラウディオは思い出したように部屋から包みをもってきた。開くと簪であった。

「家族に貰った大事なものだって……もし、東海の人間に出会えたら渡して欲しいと」

「そうか。残念だが、妹のものではないな」

 シェートンは簪を包みなおしてため息をついた。

「だが、受け取ろう。いずれは彼女の故国まで連れて行ってやる」

 そういい椿に再び向き直る。

「メイチン、いずれは私と一緒にミンへ行かないか」

 以前も似たようなことを言われたような気がする。

「ヴィルヘルムがいないなら、もうここに留まる理由もない。ミンへ行けば同じ特徴の人たちもいるし少なくとも差別は受けないだろう。お前は飲み込みがいいからすぐに過ごせれる。無論、お前のことも守る気だ」

「いえ、私はこの国に残ります」

「何故」

「この国にはヴィル様がいますから」

 椿の笑顔にシェートンははぁとため息をついた。仕方ないという笑顔で椿の頬を撫でる。

「その新しい屋敷に時々足を運ぶ」

「はい、お待ちしています」


 1年後、立派な屋敷が建てられ椿はそこで過ごすことになる。しばらくすると椿の元には手紙が届けられた。マリアからである。あのまま戻ることなく屋敷に入ったからかなり文句のこめられた手紙であった。

「ああ、後で僕が適当に宥めておくよ。もうそろそろ王都の方へいくと思うし」

 屋敷に一緒にやってきたクラウディオがそういってくれて椿はほっとした。

「ありがとうございます」

「まぁ。約束もあるしね」

 クラウディオの言葉に椿は首を傾げた。


   ◇   ◇   ◇


 椿のいる屋敷が建てられて50年の時が流れた。すでにヨーゼフが亡くなり、ベルンハルト公爵も亡くなられた。公爵には子はおらず養子になった甥が跡をついだという。銀十字の騎士団もそのまま彼が管理している。

 公爵になっ跡継ぎが屋敷に一度足を運んでいただいた。穏やかで優しそうな方であった。

「やぁ、椿。お久しぶり」

 変わらず明るい調子でクラウディオが訪れてきた。椿と変わらず50年前のあの時の姿のままだった。

 会うごとに変わらない彼に椿は不老不死なのか質問したことがある。

「あ、僕のは不死じゃないよ。ちゃんと死んでしまう。寿命は普通の人間よりずっと長いというだけ、殺されれば死んじゃうし」

 クラウディオは面白くなさげに自分のことを話した。

「元々僕は口減らしで森に捨てられたんだけど、妖精たちに気に入られて色んな加護をつけられて育ったんだ。その影響で老いにくいし死ににくいんだ。魔術もその時に身に着けたし。色々あって銀十字と縁を結んでいる感じかな」

 クラウディオも色々大変だったのかと椿は今更ながら感心してしまった。

「また会いに来るよ」

 そういいクラウディオは気まぐれのまま森の中へ入っていった。

「さて、さて、いつまで待たせる気かな」

 クラウディオは意地悪く森の奥へ声をかける。

「もう君は十分力を制御できるだろう。ここらの狼の主なんだから。これ以上あの子をまたせるなら僕が許さないし、もう僕が積極的にアプローチしちゃおうかな」

 森の奥から動く影があった。ざっざっと近づいてくる。視線はとても凶悪でひやっとしてしまいそうだ。

 奥から現れたのは銀色の髪の青年であった。長く伸びた髪を後ろに結っている。

「いくら一途でも目の前でアプローチする男がいたらいつかはぐらっときちゃうかも」

「わかった。それ以上は言うな」

 青年は嘆息をもらし森の中を歩いた。向かう先は屋敷の方である。

 屋敷の庭を眺め椿は新しい本を読んで過ごしていた。ここに過ごして数十年、特に苦痛は感じない。むしろ良い方である。屋敷の世話は公爵家がしてくれるし、クラウディオが時々顔を出してくれる。時々買い出しに出かけるし、劇を見に行くこともある。故国のあの庵にいたころに比べるととても良い。

 だけど、時々押し寄せる寂しさがある。すぐそばにちゃんといるとわかってても、会えない寂しさは少しずつ募っていく。

 なんて贅沢者なのだろうかと苦笑いして本を閉じた。立ち上がろうとすると後ろから抱きしめてくる者がいた。

 さっき帰ったはずのクラウディオであろうか。違う。この手つき、ぬくもりはあの人だ。

 それでも不安になる。違っていたらどうしようと思いながら恐る恐る後ろをみると銀色の髪に、灰色の瞳をした青年だった。忘れることなどなかった顔がすぐ目の前にある。椿はおそるおそる彼の両頬を触れた。青年は苦笑いして椿の身体を放す。

「本当にあなたですか?」

「そうだ。まさか化かされたとでも思ったか? 会いたくなかったのか?」

「いいえ、いいえ……ずっと会いたかったです」

 椿は振り返り、彼に抱き着いた。

「好きです。好き。あなたのことが好きです。このままずっと一緒にいたい。もう、食べられてもいいです」

 口から出てくる言葉を耳にして青年は目を細めた。食べられてもいいなんて何のためにずっとお互い我慢していたのだろう。

「食べないよ。俺はお前のことが好きだから」

 青年は、ヴィルヘルムは優しい声で椿の頬に触れる。彼女の瞳から零れる涙をすくいながらもう一度口にした。

「椿、愛している」

 ずっと一緒にいよう。

 そう言葉にされ椿はこくりと頷き瞳を閉じた。ヴィルヘルムはそっと彼女の唇にキスをする。


(終わり)


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