3 人狼の血
「ヴィル!」
クラウディオは玄関の方でヴィルヘルムを呼んだ。かなりの大けがをしているが、歩けるようである。
「椿も大丈夫?」
椿はこくりと頷いた。
「早く逃げよう。火をかけたから、直に城中火の海になる」
クラウディオは使い魔の猫たちを利用して城中に火が回るように細工をしていたようである。三人は城を脱出して森の中を歩いた。血の匂いにつられ狼たちがこちらを見つめているようだが、クラウディオが牽制して近づくことはない。
「それにしてもよく無事だったな」
「まぁ、さすがにやばかったけどあのお城も一枚岩じゃなかったみたい」
「どういうことだ?」
「メイリーという従者が見逃してくれたんだよ」
メイリーは吸血鬼の眷属であり、主人であるキリルに逆らうことはできない。感情の見えない人形のような女性であった。キリルの従者として多くの人を殺し傷つけ、その血肉を漁ることに諦めていた。
クラウディオが薬の話をすると興味を示し、もしそれを使えたらキリルを倒すことができるのかもしれないと希望を見出した。キリルが死ねば自分は呪縛から解き放たれる。
心のどこかで解放を願っていた。
「火をかけることに協力してくれたし」
「メイリーさんは」
「あの中だよ。彼女は今更生き永らえようとは考えていない。このままキリルと一緒に死ぬつもりだ」
「……そんな」
メイリーに誘拐され逃げられないように脅された。このままキリルのものになることを受け入れるように言っていた酷い人だと思った。だが、彼女も苦しんでいたのかと知り椿は城の方をみやった。すでに城は全体が火で覆われていた。
がさがさ
草むらのこすれる音がして、そこから現れたのは大勢の人であった。
「ヴィルヘルム殿、ご無事でしたか」
銀十字の騎士と名乗る者たちであった。彼らは急いで隊を整え、こちらへ向かってくれたようだ。
「もう終わった……が、いろいろやることがあるので頼んだ」
ヴィルヘルムがそういうと隊は城へと向かい後処理の準備に取り掛かった。数名はすでに村の方にいて村人たちがパニックにならないように声をかけている。
「さぁ、椿。帰ろう」
ヴィルヘルムがそういうと椿はこくりと頷き、彼の手を取ろうとした。
その瞬間ヴィルヘルムは後ずさり、顔を覆った。
「ヴィル様」
「来るな……」
ヴィルヘルムは強い渇きを感じていた。目の前の椿を甘く美味な果実のように思えてくる。
人狼としての血が暴走し椿を食べたいと強い気持ちを抱いていた。
クラウディオはすぐに気づき手持ちの薬をヴィルヘルムに投与した。だが、効果は乏しくヴィルヘルムは苦しみ椿の傍からさらに距離をとった。
「俺はこのままだとお前を食べてしまいそうだ。だから近づくな。クラウディオ、椿を頼む」
「いいえ、あなたをこのままにするなどできません」
椿はクラウディオの手を振りほどきヴィルヘルムの前に立った。
「私を食べてください。元からヴィル様に救われた身です。ヴィル様になら、私は構いません」
椿はそう悲し気に笑った。だが、心からヴィルヘルムであれば構わないと思っていた。
「ダメだ。ダメだ。俺はお前を食べない……俺は」
「はいはい。ここで問答しても無駄だし、移動するよ。助言をもらいにいこう」
「助言、誰に?」
「ここに来る前に会った大きな狼」
◇ ◇ ◇
村で馬車を手配してもらった。ヴィルヘルムをそこに放り込み、しっかりと入り口が開かないように閉じ込める。御者を用意する時間も惜しいのでクラウディオが御者の座席に座る。隣に椿を座らせて馬車を動かせた。
椿は青ざめた表情で震える手でヴィルヘルムの無事を願った。
「大丈夫だよ。人狼の血ゆえに血肉への渇望を抑えられないだけだ」
「飢えた状態ということでしょう。それは辛いです」
やはり自分を食べた方がいいのではと椿は考えた。ぴんと額をクラウディオにはねられる。
「そんなこと考えたらダメ。ヴィルが何のために君を助けたんだい。何のために我慢しているんだい」
「それは」
「君のことが好きだからだよ」
「わかっています。でもあまりに辛いのであれば、私は構いません。私は死ぬことはないと思いますし」
「そうだけど、でもヴィルは嫌なんだよ」
クラウディオはふふと笑った。
別の森までたどり着き、クラウディオはヴィルヘルムを馬車から降ろした。
「おや、これは早い戻りだ」
大きな狼は暗闇から現れてヴィルヘルムを見つめた。今の状況をみて察したようだ。
そして椿をみてふふと笑った。
「これはおいしそうなものだ。よくこらえられたものだ」
ヴィルヘルムの我慢に関心した。
「この通りヴィルヘルムの人狼の血は濃く、血肉への渇望は強くなる一方です。薬も微々たるもの、俺の魔術でも効くかどうか」
「ほう、クラウディオ・ベルモンドが随分と弱気なことだ」
クラウディオは苦笑いして大狼に頭を下げた。
「どうかヴィルに庇護を与えてください。あなたの施術であれば人に戻れなくても血肉への渇望は抑えられるでしょう」
その言葉に大狼はむぅとヴィルヘルムをみた。すでに強い空腹で気を失っている。
「別に構わないが。そうなると人間の世界には戻れなくなるぞ。それでもいいのかい。そちらの娘と一緒になるためにここまで頑張ったのだろう」
「ですが娘を食っては元も子もありません」
大狼はじぃと椿を見つめた。
「お前はそれでよいのかい? もう二度と会えなくなるかもしれないぞ」
「わ、私は……」
ヴィルヘルムを見つめ椿は首を横に振った。
「ヴィル様が苦しまずに済むのであればそれでもかまいません」
大狼はつんつんとヴィルヘルムを起こした。
「さぁ、若いの。お前はどうする? 私と共に人狼として生きるか、それとも娘を食う欲の中人として生きるか」
「……俺は椿を食いたくない。だが、このまま人として一緒にいれば椿を食ってしまうかもしれない」
だから、ヴィルヘルムは頭を下げた。
「頼む。俺をあなたの庇護下に置いて欲しい」
もう会えなくなるかもしれない。だが、傷つけることに比べればそちらの方がいい。
椿のこれからが心配であるが、クラウディオがいるから大丈夫だろう。エーデルシュタイン家も彼女には好意的だし、叔母も何とかしてくれるだろう。
「わかった」
大狼の背に乗せられてヴィルヘルムは起き上がれないままうつ伏せで椿を見つめた。
「ヴィル様、私はまたあなたに会います」
「お前のいいように生きればいい」
「いいえ、私はあなたのことが好きです。だからあなたに会います。会うために私は待ち続けます」
彼女からはっきりと好きと言われたことがあっただろうか。あったと思うが、こうまっすぐと言われたのははじめてかもしれない。
「お前がそういうのならまた会えるのかな」
「はい。私、しぶといんですよ」
そういい彼女は笑った。




