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Kamelie  作者: ariya
::7 別れと出会い::

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54/56

2 切り札

 3階の奥の部屋に彼女の気配を強く感じた。

 扉を開こうとやはり鍵がかけられている。ヴィルヘルムははぁとため息をついた。ここで壊してもいいのだが音で気づかれてしまうかもしれない。いや、気づかれているのであれば音を立ててもいいのでは。

「椿」

 そう中に声をかけると、震える声で応じられた。

「ヴィル様?」

 その声を聞き間違いなくこの部屋にいるとヴィルヘルムは痛感した。

「待っていろ。すぐにここを開けるから」

「いいえ、ヴィル様は早くお逃げになってください」

 どういうことだとヴィルヘルムは声をかける。

「私はここでも大丈夫です。ここの方はとても親切で大事にしてくださります。だから、ヴィル様はどうか私のことなど忘れてください」

 ぷちっとちぎれる音がした気がした。何が大丈夫なのだ。何が忘れてくれというのか。その震えた声で。

「椿、扉から離れていろ」

 そういいヴィルヘルムは扉に手をかけた。重い扉である。だが、今の自分であれば壊せると自信があった。椿はそれほど力はないし、強化の施術は施されていないだろう。

 人狼としての力を使えば、扉は音をたて壊されて行った。

 壊され崩れ落ちた扉をみて椿は呆気に囚われていた。

 扉がなくなったときにさらに強くなる椿の血の匂いにヴィルヘルムはっちと舌打ちをした。

「帰るぞ」

 こんなところに椿を置いておくわけにはいかない。

 少し前は自分が椿を傷つけてしまうかもしれないと恐怖した。だが、椿を恐怖で縛り付け、血を啜り、その体を楽しむような男を見逃すなどできない。

「私……ヴィル様にまた迷惑をかけてしまいます」

「それはお前が考えることではない。俺が……いや、お前なしの方が困る」

 椿は俯き、この手をとっていいか悩んだ。

「私、この数日でヴィル様のことが嫌いになりました。顔もみたくありません」

 ヴィルヘルムは目を細めて笑った。

 何て下手な嘘だろう。だが、酷い嘘をあえて口にするのであれば自分もそれに応えてやろう。

「そうか。じゃあ、死のうか」

 そういいながらナイフを取り出し、手首に刃をあてる。この程度で死ぬことはない。赤い血が流れ、床に落ちていくのをみて椿は立ち上がった。ヴィルヘルムの手を掴んだ。それ以上傷をつけないでと言わんばかりに情けない表情でヴィルヘルムを見つめた。

「ようやくこっちを見たな」

「あ……」

「どうした? 俺のことが嫌いなんだろう。顔も見たくないのだろう」

「違います。ちがぅっ……」

 ヴィルヘルムはそのまま椿を抱きしめた。

「なら、あんな嘘を言うな」

「すみません」

「もう言わないのであればいい」

 愛し気に髪を撫でる。怪我はしていないだろうかと彼女に触れるが、そういえば傷がすぐに癒えてしまうのだった。無傷な体でも、この部屋に充満した彼女の血の匂いでどれだけの目にあったか想像はできなくもない。

「帰るぞ」

「お帰りいただくのかい。では、お見送りをしなければ。ねぇ、椿?」

 その声に椿は全身震える。今までにない程の恐怖に支配されている。

 ヴィルヘルムは強く彼女を抱きしめ、部屋の入口を睨んだ。

 キリルが冷たい表情でこちらを見つめていた。衣装はずいぶんとぼろぼろだ。

 クラウディオとの会話の末、乱闘になったのだろう。吸血鬼相手でもここまで傷を負わせれるとは、クラウディオは確かにキリルがいうように聖女ヴィヴィアナに近しい魔術師であったのか。

「クラウディオには恨みはあるけど、君にはない。椿を返してくれるのであれば君を見逃してあげよう」

 背筋が凍りそうだ。全身が目の前の恐怖に過敏になっている。人狼の血が前に出た今になってもキリルは強敵と認識している。

「ヴィル様」

 椿はヴィルヘルムに声をかけた。青ざめた表情である。

「私、キリル様と一緒にいます」

 その言葉にヴィルヘルムは違うと否定した。これが椿の本意ではないというのはわかる。

「そういわなければならないのに……」

「お前は俺にどうして欲しい。俺はできる限りお前の願いを叶えたい」

「私をここから連れ出してください」

 その言葉にヴィルヘルムはこくりと頷いた。

「ああ、後でお仕置きだなぁ。君はとてもいい子だったのに残念だよ」

 後ろへ椿を下がらせてヴィルヘルムはキリルと対峙した。恐怖はあるが、それでも負けれないと思った。


   ◇   ◇   ◇



 日が沈み月が出ている夜、ヴィルヘルムはキリルと戦う。キリルは強い。さすが大陸中の恐怖の対象、吸血鬼一族の人間だ。その身体能力はかなりのものであった。通常の人間であれば瞬殺されてしまう。

 だが、ヴィルヘルムは違った。

 キリルに吹っ飛ばされ、壁にあたる。今の衝撃では失神していたかもしれない。

 だが、今は違う。

 ヴィルヘルムは立ち上がり、キリルを睨みつけた。鋭い目つき、口から覗く牙をみてキリルは眉をしかめた。

「うわぁ、くさいなぁ。獣の匂いが充満している」

 血肉の匂いに慣れている吸血鬼としてはどうともない匂いである。人狼を好ましいと思わないキリルは相手を野蛮なものと見下した。あんなものがかつては吸血鬼同様に大陸から恐れられていたというのは面白くない。

 外にいる狼たちを野放しにしているのは、人が気軽にこれないための良い障害になってくれていると思っていた。

 森奥の大狼の力が衰え、人狼の姫君が死んだことで滅びたも同然と考えている。

 なのに、目の前にまだ人狼がいる。滅びたであろう人狼が、人間の血を与えられて無様に自分の目の前に姿をさらしている。

 勝てるわけでもないのに自分に歯向かうのは滑稽でしかない。

「バカだよね、君も」

 キリルは心の底から思った。思ったことを口にした。

「元から力の差は歴然である。しかも、僕は椿の血をとり続けて以前より強くなっている。かなうはずもない。クラウディオと二人かかりであれば健闘できたのかな。まぁ、もう下で死んでいるけど」

 死体は確認していないメイリーに処分を任せたのでもう死んでいるだろう。

 自分に襲い掛かってくるヴィルヘルムの攻撃をかわす。ほんの少しかすり頬に傷ができた。それでも致命には至れない。キリルはヴィルヘルムの腕を掴み、壁の方へと放り投げた。頭を強くうち、起ち上がれなくなればいいのにヴィルヘルムは手足を動かし起き上がった。

「ヴィル様」

 椿はヴィルヘルムの方へ走り寄った。

「椿、来るな。今のうちに逃げろ」

 その言葉にキリルは噴出した。どうせ逃げてもすぐに捕まるのに。

「ヴィル様、お願いがあります」

 ヴィルヘルムの耳にあて椿は懇願した。もう戦うなと言われてもやめる気はない。


「私の血と肉を食べてください」


 その言葉にヴィルヘルムは目を丸くした。

「今、キリル様は私の血を飲んで強くなったといいました。もしかするとヴィル様が私を食べれば強くなるのでは……だから」

「それ以上言うな」

 ヴィルヘルムは立ち上がり、椿を下がらせた。

「お前を食べない。絶対……」

「ですが」

「お前のことが好きだから俺は食べない」

 笑うヴィルヘルムの笑顔に椿はそれ以上言えなかった。いても邪魔にしかならない。だから椿は下がった。

 自分が戦えれば、きっとヴィルヘルムをこのような目に遭わせなかっただろう。

「いやだ。いや……死なないで」

 椿は涙をこぼしヴィルヘルムの後ろ姿を見つめた。見つめることしかできない自分が口惜しい。

「死なないで。私もあなたが好きだから、死なないで」

 口に出たのあ古くなじみのある言葉。もうずいぶん使うことはなくなった故国の言葉である。彼には届かない言葉で椿はひたすら彼を想った。

 ヴィルヘルムは何度もキリルに向かって走った。何度も無駄なくらいに。

 何度もしているうちに立ち上がらなくなった頃にキリルは彼の上へと乗った。

「やっと体力切れ。人間と混ざっているのに結構頑張ったね」

 しぶとさに関しては関心してしまう。

「ご褒美をあげよう。どんな風に死にたい。椿の目の前で首を斬ってあげようか。それとも手足を切断して少しずつ体を刻んであげようか」

「悪趣味なことだ」

 ヴィルヘルムは心から辟易とした。右腕を動かし、キリルの首に手が触れようとした。ゆっくりと。最後のあがきくらいは受けてあげようかなとキリルは弱弱しい手が触れるのを待って、すぐに驚いた表情でヴィルヘルムを睨んだ。

「何をするんだ」

 何度もヴィルヘルムを殴る。彼の右手に持っていたのは注射器であった。小さな、キリルが動く前にすべての薬がキリルの中に入っていく。

「今の薬は、椿の血を利用して作られたものだ」

 椿の血には異形の血を活性化させる成分がある。それを発見したハンスはヴィルヘルムが異形の血を強く引き出す薬を作り、沈める薬も作った。

 今作ったのは沈める方の薬である。ひとつだけ濃度を濃いめにするようにヴィルヘルムはお願いをした。


「別にいいけど、君の状態ならこれで十分だと思うよ」


 ハンスは首を傾げて、薬の成分を調節した。

 必要になる。それを使うのが自分ではなく、キリルだった場合、異形の血を薄めれば弱体化を図れるのではないか。ひょっとしたら別の作用が出るかもしれない。

 効かないかもしれない。一か八かの勝負である。

「……ぃ……たぃ」

 キリルの口から悲痛の痛みが出た。涙をぼろぼろとこぼしその場に崩れ落ちる。

「いたいよ、いたいぃ」

 薬が体に回ったようである。吸血鬼の弱体化になったかはわからない。だが、椿の血を元に作られた薬はキリルの中で激痛を引き起こす作用を出しているようだ。

「痛いよ、椿、つばきぃ」

 キリルはじぃっと椿を見つめた。目の前で少年が痛みを訴え助けを求めている。自分を苦しめた者であっても今の姿をみて椿は同様した。

「かまうな」

 ヴィルヘルムは椿の腕を掴み、部屋を出ていった。キリルは立ち上がることはしなかった。できなかった。ただ痛みに苦しみ、泣叫んでいる。


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