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Kamelie  作者: ariya
::7 別れと出会い::

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1 吸血鬼の宿敵


 血だらけのベッドのシーツの上で息を切らしながら椿は泣き崩れた。気が済んだキリルは部屋の外へと出て今はここにいない。

「もう少し余韻を楽しみたかったけど、お客様が来たみたい。お風呂の準備させるから綺麗にしてゆっくり休んでいて」

 椿はごしごしと涙を拭き、のろりと起き上がった。用意されているお湯の張った湯舟まで向かう。メイリーがあらかじめ準備してくれていたようである。椿が好みそうな石鹸や香りを準備してくれていた。

 とてもお風呂を楽しむ気分ではない。

 だが、自分の血とキリルの手で汚れた体をそのままにしたくはなかった。ビリビリに破かれたドレスを脱ぎ、裸になり湯舟の中に入る。身体をこすり落とせば固まっていた血はぽろりと消えていく。汚れた部分を落としていき、首筋や腕を眺めるとすでに傷は消えていた。身体中をキリルの歯で傷つけられたが、もう何もなかったかのように消えている。そっと触れる。もう痛みはないのだが、それでも鈍い痛みを感じた。

 このままここにいるのは嫌だ。戻りたい。ヴィルヘルムの元へ。

 だが、逃げてもキリルは椿を連れ戻すだろう。連れ戻された後にどのような目に遭うか想像すると恐ろしい。ヴィルヘルムの元へ戻ろうとすればキリルは彼を殺しに行くかもしれない。何度もキリルに体を触られ感じ取るのは見た目とは異なり力強さであった。キリルは強い。まともに戦えばヴィルヘルムは殺されてしまうだろう。

「元々……ヴィル様とはもう婚約破棄されていたし」

 思い出して苦笑いする。そうだった。何で大事なことを忘れていたのだろうか。もう彼とはそういう関係ではないのだ。一瞬の甘い夢に溺れて、うっかりと忘れてしまっていた。その状態でヴィルヘルムに迷惑をかけてしまうなんてあってはならない。

 怖い。逃げたい。

 だが、ここにいた方がいい。ここにいれば、我慢して、ヴィルヘルムの存在を気づかれないようにすれば彼はキリルの手で殺されることがない。

 体を綺麗にして用意されたナイトドレスに着替え部屋に戻った。部屋の中は綺麗に片付いていて、血だらけであったベッドシーツは真新しいシーツに変えられていた。

 椿はその上にぽすんと横たわり、キリルが訪れる時間まで休むことにした。


   ◇   ◇   ◇


 森の中を歩いていくうちに城のかたちがはっきりとしてくる。さわやかな白い壁、そこにのぼる蔦が風情を醸し出している。

 数年前に棲みつかれるようになったため、庭はある程度整備されていた。

 城の敷地内に入ると、目の前にメイドが現れた。例の東海人の女ではない。一応身の回りの世話をする者が複数はいるようである。

 ヴィルヘルムは女から匂いを感じ取りすぐに通常の人ではないと感じ取った。

「どなたでしょうか?」

 突然訪れた客人にメイドは警戒心を示した。

「俺は……」

「僕らは旅行中の学生さ。僕はクラウディオ・ベルモンド、ユリアン国立大学生だよ。こっちは親友のヴィルヘルム。馬で自由に遠駆けしていたらついこの森に入ってしまって、迷ってしまって……ようやくこのお城にたどり着いてね。もし可能であれば一晩だけ過ごさせてくれないかい?」

 後ろにいたクラウディオが遮るように自分たちの身分を偽った。

 メイドはじっと二人の様子をみる。

「まぁ、この森には野生の狼が棲みついているのに……村の者らが止めなかったのですか?」

「村? ああ、村もあったんだね。別の場所から入り込んだから気づかなかったよ」

 メイドはしばらく黙り込み、主人に確認するのでしばらくお待ちくださいと姿を消した。

「どういうつもりだ」

「それはこちらの台詞。まさか正面から馬鹿正直につっこむとは思わなかったよ。狼というより、猪だったのかな」

 皮肉まじりの言葉にヴィルヘルムは何か言い返そうと思った。

「ここで騒ぎを起こして、まだ捉えられている椿が酷い目に遭うかもしれないだろう。まずは迷い込んだ一般人を装い城の中を探ろう。その間に銀十字の騎士たちが来てくれるはずだ」

 クラウディオの言葉に椿のことが含まれるとヴィルヘルムはため息をつき、彼の言葉に付き合うことにした。

「だけど、不審がるだろう。この森に迷い込んだ旅行者なんて怪しいだろう」

「まぁ、そうかもしれない。けど、ちょっとはこちらに付き合ってくれるかもしれないよ」

 何故そう言い切れるのだろう。自信満々なクラウディオの言葉にヴィルヘルムは理解が及ばなかった。


「客人はどんなの?」

 メイドの報告を聞いてキリルはふぅんとため息をついた。

 見え透いた嘘だとすぐにわかる。適当な部屋に連れ込んで始末してしまおうかと考えた。

「名前はクラウディオ・ベルモンド、ユリアン国立大学の学生と言っていました」

 その言葉にキリルはぴくりと反応した。

「それは本当なのかい?」

 何度も確認してみる。メイドは間違いなくそう聞いたという。

「そうか……メイリー。適当に晩餐をこしらえてくれ」

 何の意図があって自分の元へ訪れたのかはわからないが、ここで思わぬ客人にどうしてやろうかと笑った。

 もう一人は城に近づいてきた匂いですぐにわかる。土と獣の匂いが強い、人狼の匂いである。はじめは縄張り争いでやってきたのだろうと思ったが、一緒にいるのがクラウディオ・ベルモンドであるのであればあの男に従事している可能性がある。少しクラウディオの作った芝居に付き合ってやるのも悪くないだろう。


 ヴィルヘルムたちは客間に案内され、食事の準備が整うのを待つように言われた。

 あっさりとした歓迎に拍子抜けしてしまう。

「よく受け入れてくれると思ったな」

「まぁね」

 クラウディオはにこにこと笑った。

「さて、これからどうするかだけど。まずは敵の力量を図ること。この城の主の特徴を捉え、強さがどの程度か推しはかる。君はせめて僕の会話に適当に相槌をうっていればいい」

 何があっても驚かないでくれよと付け足されてヴィルヘルムは首を傾げた。

 食事の準備が整ったとメイドに案内されホールへと向かう。

 洗練された晩餐が用意されていた。主人の席に成人前の少年が座っていた。

「どうも、僕がこの城の主のキリル・アルベルトと言います」

 キリルという名前ですぐに思い出した。例のブラウペルレ港町の異形を密輸していた団体にいた吸血鬼の名前である。姓は適当につけたのだろうか。本名はキリル・アルブシルヴィウスというはずだ。椿に襲い掛かった吸血鬼。

「クラウディオ・ベルモンドといいます」

 とんとんとクラウディオに腕を叩かれてヴィルヘルムは会釈した。

「ヴィルヘルム・エーデルシュタインといいます。本日は突然の来訪を受け入れてくださり感謝します」

 まずは城での滞在を許可してくれたことに謝辞を述べた。

「どうぞ。お気になさらず。森に迷うとは災難でした。こちらの森は道を外れると入り組んでいて迷いやすい。よく無事この城までたどり着けましたね」

「探検心に負けて入り込んでしまい……がむしゃらに進んでいくとこの城がみえて安心しました」

「もう遅い時間帯です。ここらは狼が多いので、朝に村の方へ出ることをお勧めします」

 その間、この城で過ごしてもよいということで二人は感謝を述べた。

「ところでクラウディオさん」

 キリルの興味はクラウディオに向けられる。

「まさか、ここでリヴィオ・コロンビに出会うとは思いませんでした」

「はて何のことでしょうか」

「リヴィオ・コロンビの戯曲は一族の中でも人気で、僕も幼少時に読ませていただきました。刺激的で倒錯的で素晴らしかった。彼の戯曲を生で見に行った親戚が羨ましくて仕方なかった」

「母国の芸術を親しんでくれて嬉しいです。ですが、リヴィオ・コロンビが活躍したのは100年前のことですよ。僕がそれだったらしわくちゃのお爺さんですが」

 おかしいことをいうものだとクラウディオは笑った。

「おかしくもなにもないでしょう。あの大魔女ヴィヴィアナの直弟子であるあなたに老いの概念は既に淘汰しているでしょう」

 その言葉にヴィルヘルムはごくりと喉を震わせた。

 人狼と同化しつつある頭でも過去に学んだことは未だに忘れていない。

 ユリアンのヴィヴィアナといえば、聖女ヴィヴィアナのことである。確かにはじまりは魔女であったが、彼女の知識のおかげで人間たちが恐れた異形たちに対抗することができた。彼女の名の元に作られたのが銀十字であり、今の人々の間では彼女は魔女ではなく聖女として記憶に刻まれている。キリルはヴィヴィアナを忌まわしいと言わんばかりに名前を呼ぶ。彼がアルブシルヴィウスの吸血鬼であれば確かに聖女ではなく忌まわしき魔女であろう。

 彼女には多くの弟子たちがおり、ユリウス国の銀十字にはその直系たちが今も支えているという。

 クラウディオは元々はユリウス国出身であり、そこの銀十字に配属していたとなれば確かに聖女ヴィヴィアナの弟子の血縁であっても不思議はないだろう。彼の魔術の知識、技術はとびぬけている。

「僕の家の情報を侮らないで欲しい。ヴィヴィアナの弟子である君は多くの名を持っていると」

 宗教画家アンジェロ・ガッロ、戯曲家リヴィオ・コロンビ、医学教授ランベルト・ドナート、魔術学者クラウディオ・ベルモンド。

 どの名前も歴史学で覚えた名である。それぞれ時代が異なる著名人であった。リヴィオ・コロンビは何故か実家の図書館に置かれてある。今は再版もされているが、100年前あまりに過激な内容で焚書の対象になっていた。実家にあったものはだいぶ表現が柔らかくなったがそれでもぞっとする場面もあり、原本はかなりきついものだと想像できた。

「後から聞かされて驚きました。リヴィオ・コロンビが僕ら一族が好む作風を描き、おびき寄せ情報を収集していったことも知っています。愚かな一族の娘があなたに唆されて……だけど、アルブシルヴィウスの最大の秘密を漏らすことは避けられたので良かった」

「………」

 クラウディオはじっとキリルを見つめた。

「あれは残念なことだったよ。名前は……ベルタだったかな」

「僕の大叔母です」

「そうだね。ちょっと似ているようにも思える」

 クラウディオは目を細めた。

「酷い男だ。ベルタはどれだけ君の戯曲に憧れ、君に会うことに恋焦がれたか」

「そう思ってくれて執筆した甲斐があったよ」

「お前はあの後ベルタの身体を引き裂き、解剖を繰り返したのだろう」

「吸血鬼の研究に必要でしたからね。勿論感謝と敬意を示して教会で葬儀を執り行いました。神の名を与え」

「僕らにとっては邪教の名だ。それを与えられるのがどれだけ非道な行為か君は知っているの?」

 クラウディオは返事をしない。無論わかっているといった表情であった。

「そうかい。それは失念していた。悪かったね」

 特に悪いとも思っていないクラウディオの笑顔にひやりとする。それをじっと睨みつけるキリルの表情も暗く重たい。

 キリルがどういう性格かはまだ不明であるが、同族が辱められることには一倍怒りを感じるようだ。

「怒っているのかい? でも、君らだって人間を奴隷として扱い、嬲り、辱め、殺しているではないか」

 ヴィルヘルムは混乱した。いつものクラウディオと様子が違うが、何故彼はここまでキリルを刺激していくのだろうか。しばらく考えヴィルヘルムははっとした。気配を消して音もなく椅子から立ち上がる。なのに、誰も自分に視線を向けることがない。クラウディオに刺激されるキリルの様子をみて傍にいた使用人はごくりと喉を震わせてこちらに注意を向ける余裕がない。

 ヴィルヘルムは食堂から出ていき、離れていく。しばらくした頃にはぁっと大きく息を吐いた。

 あんなに吸血鬼を怒らせてあいつは大丈夫なんだろうか。

 そうは思うが、クラウディオもわかってて刺激しているのだ。何も考えていないわけがない。

 ヴィルヘルムは何よりこの城のどこかにいるであろう椿のことが気になってしまった。

 匂いを嗅ぐとわずかであるが彼女の匂いがする。同時に彼女の血の匂いもする。あまりに刺激的な匂いに体が震える。強い空腹感に襲われるが、ヴィルヘルムはポケットに入れていた干し肉の欠片を口に入れ、空腹をごまかした。

 他の使用人たちがいるかもしれない。そう思いながら足音を立てないように注意して城の中を動き回った。しばらくしてから下の方から大きな物音がした。ついにキリルの堪忍袋の緒でも切れてしまったのだ。急がなければ。


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