7.奪われる
キリルに囚われてから数日が経過した。部屋からは出されることがない。キリルが訪れた時に首筋に牙をあてられそこから血をすすられることを繰り返していた。何度も慣れない行為であり、このまま全てを吸い尽くされてしまうのではないかと恐怖を覚えた。
誰もいなくなったときは何とか部屋から出られないものかと思案して、窓から飛び降りようとした。三階という高さに青ざめるが、自分であれば死ぬことはない。上階から降りたはずみの衝撃はきついものであるが、一刻のことと考え耐えるしかない。この恐怖の時間を終わらせたい一心で椿は三階から飛び降りようとした。
しかし、すぐに後ろから肩を掴まれて降りることがかなわない。部屋へと引きずり戻され椿は青ざめて目の前の女性をみつめた。
キリルの従者というメイリーである。椿をキリルのもとまで届けた人。
「あ……」
逃げようとしたことがばれてしまった。一体どんな罰がくだされるかと怯えた。血を吸われるだけではすまないだろう。
メイリーはじっと椿をみつめて髪を撫でた。
「無駄ですよ。部屋から抜け出せたとしても、庭には番犬が徘徊しています。吸血鬼と同じく血を好み、獣として肉を好む狼のなれの果て……それで死ぬとは思えませんが、彼らに捕まればキリル様が現れるまで何度も肉を食い荒らされ続けるでしょう。あなたのその特異な肉体であれば」
そうなった場合どんな酷い目に遭わせられるか。
「脅すようで申し訳ありませんが、地下には多くの拷問道具があります。食事としてとらえられた人間をじわじわと苦しめ血を搾り取る悪魔の道具が」
「う……」
椿は口に手をあてた。吐き気を催した。この国に訪れる前の船での出来事を思い出しぞっとしたのだ。
「どうか大人しく。あなたはキリル様に気に入られています。血を言われるまま提供していれば、あなたにそれ以上のことはしません。はじめは辛くともじきに慣れていくでしょう」
「なれる……どうして慣れるのですか。あなたに私の何がわかるというのですっ」
椿はきっとメイリーを睨みつけた。もとはいえば彼女が椿を捕えなければこんなところにおらずに済んだのだ。彼女の瞳をみて椿は首を傾げた。今頃気づいたが、彼女も自分と同じ肌の色であった。髪も瞳も黒い、黒絹のような艶やかな髪に黒曜石のような瞳。
「……あなたも東海の方?」
そう聞くとメイリーは苦笑いした。
「私は東海の小さな国の出身です。奴隷船に乗せられ、東海人への執着を持つ吸血鬼に買われ、彼らの眷属になったのです」
「眷属?」
「はい。私はもとはキリル様の叔父の所有物でした。多くの拷問を受けながら血をしぼりとられそのまま命を落とすところでした。不要のものとなった私はそのまま城の外に捨てられ、雪の中凍え死ぬか、そのまま失血死するかのどちらでした。そこでキリル様の目にとまりキリル様に血を与えられ彼の眷属になりました」
「………」
「大丈夫です。キリル様は裏切る行為さえしなければお優しい。あなたを人形のように大事にするでしょう。あなたの血も肉体も特殊なようですし、言われるまま彼に従っていればいいのです。いずれはあなたもあの方の眷属になれます」
何を言っているのだろうか。
椿は青ざめて首を横に振った。このままキリルの家畜として飼われ、いずれはキリルに逆らえない眷属にされる。それが幸福のように彼女はいう。
恐ろしいと感じた。
だがそれは口にできない。ここで彼女の言葉を否定するとどうなるかわからない。このメイリーという女性は椿に対しては比較的親切である。椿を傷つけることはしないだろう。キリルに逆らわないという一点を除けば。
椿は震えながらも懸命に声を振り絞った。
「ごめんなさい。もう逃げたりしないから……少し一人にしてください」
これ以上メイリーの傍にいると頭が混乱してかえって苦しい。今は頭の整理の為、一人になりたかった。
幸いキリルは今は出かけている。戻ってくるのに数日かかるという。出かける前に彼は椿に口づけをしていい子にしていてねと耳元に囁いていた。
しばらくは彼に血を吸われることはないだろう。メイリーという監視があり逃げることは叶わないが。
だが、戻ってきたら彼にまた血を吸われてしまう。
ベッドの上で彼が求めるままに。
数日前の出来事を思い出し、ぞくりと震えた。彼は椿の身体を気に入っているのか、あちこちと触ってきていた。彼の手つきは慣れてて恐ろしい。いずれは最も触れられたくない部分を触れられるかもしれない。
「ヴィル様」
ふと彼の顔を思い浮かべた。一度は彼に身を委ねようと決意していたこともあった。まだ添い寝だけしか敵わなかったが、いずれは順序をたてて彼に触れられていたかもしれない場所を全てあの吸血鬼に触れられる。
嫌だ。
強い拒絶の心が湧き上がってくる。それでも吸血鬼の好きなようにされていたのは自分の身を守る為。拒絶すればどんな酷い目に遭わされるか彼の瞳の冷たさで想像してしまう。
自分は何と弱い人間であろうか。
特異な肉体を持つのであれば、もう少し強靭な身体であればよかった。相手に逆らえるだけの強さを何故自分は得られなかったのだろうか。
長い長い時間の中、何と無駄に過ごしていたのだろう。少しでも強くなる努力を何故しなかったのだ。己の愚かさを呪った。
翌日になりキリルは帰ってきた。
「おかえりなさいませ」
メイリーは恭しく主人を迎えた。
「本当にやになっちゃうよ」
出かけた先は隣国に棲む親戚の住居であった。この地にとどまっていると聞きつけ会いに来るように言われたのだ。キリルとしては手に入れたばかりの椿を置いて行くのは嫌であった。無視するわけにはいかない。だからといって連れていくわけにはいかない。自分程の東海趣味はないだろうが、彼が椿に興味を持ってしまうと困る。特異性を知ればさらに面倒になるだろう。アルブシルヴィウスにいる一族たちから何と言われるか。
折角手に入れたのだから独占しておきたい。
「ただいまー」
キリルは椿のいる部屋を訪れた。主人の帰りに椿は怯えて、それでも恭しく頭を下げた。
「ああ、そんなに頭を下げなくてもいいのに。僕と君の仲だろう」
まだ彼女は奴隷のような待遇だと思っているようだ。奴隷にこのような良い部屋を与えたりなんてしないし、綺麗なドレスを用意することもしない。何故そんな簡単なこともわからないのだろうか。
愚かで愛らしくも感じてしまう。
「僕は君のことを気に入っているのだよ」
血も美味しいし、顔立ちも好みである。ベッドの中で身体を触れてみたが、これも悪くない。
椿は困ったようにどうしてと呟いた。
「将来的には僕の伴侶にしようと考えているんだ」
一族から色々と言われるかもしれない。だが、これが一番良い方法だと考えている。
キリルの花嫁であれば一族の他の者も簡単には手を出せなくなる。実質自分の所有物だ。
「それは困ります」
椿は震えながらも否定した。
「どうして? 何が嫌なの?」
大事にしているじゃないか。
「私はすでに心に決めた方がいます」
その言葉は何とけなげだろうか。相手が誰かすぐに理解した。キリルも椿の周りのことを色々と調べていたのだ。彼女が誰とどういう仲であるかすぐに理解できた。
「そうかい。それは誰なのかい?」
知っているが、改めて質問する。
「僕が殺しておいてあげるよ」
その言葉に椿の瞳は大きく揺れた。恐怖に顔が歪む。その表情をみてキリルは胸の奥がぞわぞわするのを感じた。
「君の相手はいなくなれば問題ないだろう」
「あ、……やめてください」
小さい怯えた声で縋る声。この言葉を聞きキリルは満足げに笑った。
「じゃあ、諦めてよ。ほら、僕の伴侶になるのだろう」
「……」
「やっぱり殺しに行こうかな」
「やめて」
相手のことを考える椿、怯えても自分に意見を述べようとするのは愛らしいが憎らしくもある。
「じゃあ、僕を受け入れてよ」
「……はい」
小さく椿は頷いた。キリルは椿をベッドの上に転がして、その上に馬乗りした。
「僕を怒らせたのだから今日は遠慮しないね」
「………はい」
抵抗すればどうなるか理解している椿はただ頷いた。
まだ自分に対して抵抗心はあるだろう。だが、少しずつ調教していけば問題ない。キリルはぺろりと舌なめずりして椿の身体に触れた。




