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Kamelie  作者: ariya
::6 赤い川の狼::

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6.人狼の長

 深い山の奥にある城にたどり着き、椿は東海人の女性の案内のもと暗い部屋の中に入れられた。途中逃げようとしたが、足を潰されて彼女に抱き上げられる形で運ばれた。

 部屋にたどり着いた頃には足のケガは治り不自由なく歩ける。

 使用人が消えた後、椿は部屋の中をおそるおそる探っていた。扉は当然施錠されていて出ることはできない。窓から飛び降りることはできないだろうかと窓をみる。

 窓をみると覚えのない森の風景で不安を覚えてしまう。


 がちゃ


 扉が開きそこに現れた少年に椿は後ろへと下がった。

「椿」

 少年は屈託ない笑顔で椿に抱き着いた。その瞬間ぞくりと震える。

「どうしてあなたが……ここは」

「僕のお城だよ。一族が昔別荘に買い取っていたのを綺麗に改装したのだよ。どうかな、このお部屋は気に入った? ほんの一時的の利用でも少しでも喜んでくれればうれしいな」

 椿はふるふると震えた。

「私、帰らないといけません」

「帰るってどこへ?」

「エーデルシュタインの御屋敷へ……」

 きっと心配するだろう。

「婚約解消されたのだろう。なら戻る必要はないさ」

 その言葉にどすんと重いものがのしかかってきた。どうして彼がそれを知っているのだろうか。

「可哀そうな椿、でも仕方ないよね。エーデルシュタイン家は名門だし君みたいな東海人が入れる家じゃない。入れたとしても君には酷い生活しか待っていないよ」

 少年は椿の首に腕をまわした。逃げたかったが、少年の力は思いのほか強かった。

「僕が君を大事にしてあげる。欲しいものはなんだってあげるし寂しくないようにかまってあげる。途中で捨てたりなんてしないよ。なぁに、君は何もする必要はない。ただ僕に血をわけてくれればいいのさ」

「私に食糧になれということですか」

 震える声で尋ねる。少年はにたりと笑った。

「そうだよ。君の血はとっても特殊だ。異形の血を強くする作用があるようだ。君の血を飲んでから僕はいろいろできるようになったんだよ」

 ほらっと少年の腕が大きくなった。抱きしめてくる手は間違いなく男のもので、成人男子の胸元が頬にあたる。

「外見を自在にするにはもう少し能力を高める必要があるんだけど、君の血を飲んでからできるようになった。ああ、元の少年の姿にもなれるよ。外見は君の好みに合わせてもいい」

 椿は放してほしいと少年に訴えた。

「なんだい? 僕が折角いろいろ言ってあげているのに我儘だな」

「お願いします。私を元の場所に戻してください」

 椿は必死に訴え、彼から逃げようとした。だがおさえこまれて首筋に痛みが走った。

 血を吸われている。

「誰かに噛まれたのかな。僕のものなのに……酷い犬の匂い」

 不快そうに少年はもう一度椿の首筋に口をあてた。血を飲み続ける。椿が暴れることができなくなるまで。

「さすがに死んでしまうのでは?」

 従者が少年にいうと少年は笑った。

「これくらいは平気だよ。ほら、もう牙の痕が消えてる」

 少年は嬉しそうに椿の首筋を撫でた。

「再生能力は強いからまたしばらくしたら血が飲めるね。しかも美味しいし、本当に良い食糧だよ。おまけに可愛いし」

 すでに椿の首筋には噛まれた後は消えていた。その様子をみて従者はため息をついた。

「メイリー、この子のお世話を任せたよ」

「はい、キリル様」

 メイリーと呼ばれた従者は椿を抱きかかえ、ベッドに横たわらせた。

「一緒にいると同じ東海の人間だなぁ」

 キリルは改めてため息をついた。

「そうですね。私の故国と彼女の故国は同じ黒髪、同じ肌が多いですから」

「ふふ、いっそ東海のドレスとか集めちゃおうかな。ああ、叔父様の家の方がいっぱいあるからいくつかくすねてもよかったかも」

 楽しそうに少年は靴を脱ぎ、ベッドにあがった。椿の寝顔を覗き込み、ふふっと笑い横たわった。

「ちょっと眠るね。時間になったら起こして」

「はい、キリル様。おやすみなさい」

 従者はそういい二人に言い毛布をかけた。


   ◇   ◇   ◇


 今までと随分と異なる。そういえば、人狼化の時はあの部屋に閉じこもっていたから外に出たことがなかった。

 耳にまとわりつく音が幾重にも重なり、その中で必要なのを拾いあげる。嗅覚も強く先ほどまで感じられなかった匂いがわかる。視界も暗闇の中だというのに不便に感じない。むしろ乗馬で一緒に持ち込んでいた灯りが邪魔になってしまう。いっそ消してしまいたいと思ったが、後ろのクラウディオが自分の姿を失わないための目印として残しておく必要がある。

 クラウディオの行っていた道を通りがかった。ゴーレムと遭遇したところで捜索をいったん中断していたという。一応あちこちに使役しているものを散らしたというが、情報は集められていないという。

 ヴィルヘルムは馬から降り、ゴーレムが現れたあたりを見渡した。わずかであるが、椿の匂いが感じ取れた。甘美な血の匂いをした椿の匂いはほんのわずかでもすぐわかってしまう。ヴィルヘルムは行き先を示し、再度馬に乗った。

「ヴィル、一応干し肉を食べて」

 クラウディオはヴィルヘルムに一切れの干し肉を取り出した。定期的に血肉への飢えをごまかすための対策である。いくらか空腹感はしのげた。口に含みながら馬を走らせた。

 いくつかの丘を越えた辺りでクラウディオは大声をあげた。

 馬がそろそろばててきているので休ませるようにと。そんな暇はないとつっきりたかったが、確かに自分の乗っている馬の疲労感を感じヴィルヘルムは進行を止めた。

 近くに水場があり、馬にそこで水を飲ませてやる。クラウディオは少し離れたところで火を起こしていた。

「少し寝よう。いくら君でも休まずに敵の拠点に入るのは危険だろう」

 そんな余裕はない。今こうしている間にも椿はどんな目に遭っているだろうか。ハンスに誘拐された時は拷問器具に放り込まれる前で間に合った。だが、今回誘拐したのは吸血鬼だ。

 アルブシルヴィウスの吸血鬼は椿を奴隷商人から購入する予定であった。この前の人さらいの件で人さらいは椿を再度とらえてアルブシルヴィウスの吸血鬼に売買しようと目論んでいた。

 あの時はどうしてそこまで固執しているのか理解できなかったが、今は理解できる。自分は人狼化したとき椿の血肉は抗いがたい程の甘美なものであった。今までどんなご馳走も目がかすむほどの代物で、彼女を知った吸血鬼は夢中になるだろう。誘拐したのはおそらくヨアヒム港で現れた吸血鬼だ。シェートンの話では幼い少年の姿をしていたというが、血を求める異端であるのは変わらない。

 ふとクラウディオの方をみやると彼は毛布にくるまり眠りについていた。膝元には猫の使い魔が丸くなって眠っている。

 ここでぐるぐると考えても何も変わらない。次に備えて少し眠ろう。横になると夜空がみえる。星が点々と散らばり輝いていた。

 ひとつひとつを眺めながらヴィルヘルムは瞼を閉ざした。

 夢の中で椿の姿があった。声をかけても椿は悲し気に目を伏せて、ヴィルヘルムに背を向けた。走り去っていくのを捕まえようと前にでるがなかなか進まずじれったく感じる。名を呼ぶが椿はこちらへ振り返ることがなかった。

 鼻につく匂いに違和感を覚えヴィルヘルムは夢から覚めた。急いで体を起こしあたりをみやる。

 こちらを覗き込む視線に警戒をした。人のものではない。獣の匂いだ。

 クラウディオの使い魔も匂いに気づいたのか毛を逆立て警戒をしていた。ようやくクラウディオが目を覚まし、重たい瞼をこすり様子を伺った。

「何かいるの?」

「ああ」

 のそのそと暗闇から近づいてくる。馬は怯えてクラウディオの傍にかけよった。よしよしとクラウディオは二頭の馬の鼻を撫でてやる。

 暗闇から現れたのは見事な銀の鬣の獣である。ぴんと立てた耳、広く大きい口、大型犬よりもずっと大きい。

 見事な狼であった。

「お前は……」

「これはこれは、貴殿の領地と知らずに休息してしまい申し訳なかった」

 クラウディオはうやうやしく大狼に礼をした。

「魔術師と、交じり者か」

 大狼はちらりとヴィルヘルムをみつめた。その視線は敵意はなく、穏やかなものである。

「クラウディオ、奴は」

「この土地の守り手だよ。……おそらくこのあたりに生息している狼は彼の子供か孫か、子孫だろう」

「異端……?」

「君も異端でしょう。あの狼は神秘性が高い。妖精のようなものさ」

 改めて大狼の方をみやった。大きなたてがみ、大きな口、そこから覗く牙は鋭いものだ。だが、狼は非常に穏やかで大人しかった。

「私はお前たちに危害を加えるつもりはない。だが、興味があった。吸血鬼の城に何故向かおうとしているのか」

 吸血鬼という単語にヴィルヘルムは反応する。匂いの先は間違いなく椿のいる場所だと確信した。

「あなたは吸血鬼に会ったのですか」

「いや、アルブシルヴィウスの吸血鬼はどうにも相性が悪くてな」

 苦手なようであり彼らが領地を通るとその場を荒らさない限りは事を荒立たせないつもりであった。

「ただ少し困ってしまってな。吸血鬼が複数住はじめ、食糧を狩るようになってしまった。人間たちは我々狼の仕業と考えているようで狼退治が始まり困ってる」

「あなたであれば、吸血鬼を追い出すなり、人間と争うなりしていたでしょう」

「いつの話をしている。もう何百年も前のこと、もう私も老いた。今は静かに暮らしている。人間と狼、互いの領域を超えない限りは出る気もない」

「お前は人狼じゃないのか?」

 そういうと大狼は耳をぴくぴくと動かした。

「ヴィル、失礼だよ。この翁は人狼とは別、妖精の類なんだ」

 ヴィルヘルムは眉を潜めた。同じ狼でも種族が違うということなのか。

「魔術師よ。構わぬ。人狼も元は我が一族にまつろうもの。気づけば枝がわかれ異種と交わり形が変わった変異体である。我が庇護下にあるもの、庇護下におさまれずに別個の血族を形成したものと様々だ。この者も父親も元は我が庇護下にあった」

 大狼はじっとヴィルヘルムを見つめた。その瞳は慈愛に満ちた者であった。

「だが、あいつも我が庇護下にあるのが心苦しくなったのか一族から出て行ってしまった。呪われた渇望からかもしれない」

「渇望?」

「人狼の中には人を襲う者もおるだろう。彼らは強い空腹感に苦しんでいる。わしの一族は時折施しを与えているが故に制御できているが、他の部族はうまく抑えつけられず人を襲っていた。主の父親はわしに施されて過ごすのに嫌気が刺し群れから抜け出してしまった。風の噂では自由に山々を駆け巡り、多くの狼の群れを荒らして、人を襲ったという。最後にはある山に棲みついて、人間の娘を誘拐した。そのまま食ったのだろうと思ったが、山の様子をみにいった一族の狼の話では娘はまだ生きていて妊娠していたという。これには驚いたものだ」

 その言葉を聞きヴィルヘルムはぐっと拳を握った。何とか自我を保てているが、よく襲う空腹感は自分の中に流れる父親の血故であった。

「お主はよく耐えれているな」

 大狼はじぃっとヴィルヘルムを見つめた。彼にはヴィルヘルムの内面を見抜いているようだ。

「なのに人間の血の匂いが強くない。よくその年まで我慢してきたものだ」

「それは……」

 ヴィルヘルムはクラウディオの方を見つめた。彼が自分に施した魔術のおかげである。人狼としての人格を落として、人間としての人格を強く出させた。だが、今はその魔術は振りほどかされている。人狼としての血を強く表に出した故に今でもヴィルヘルムは人狼としての自我と戦っている。

 気が狂いそうである。だが、人狼としての能力は非常に有効であった。クラウディオの使い魔ですら追うことができない椿の行方を探し当てることができる。おかげで前に進める。

 匂いを感じ取るごとにヴィルヘルムは椿を想い、空腹をごまかすために干し肉を頬張っていた。

「なるほど……主は父親似であるな」

 その言葉にヴィルヘルムは心底嫌な表情を浮かべた。これはまずいことを言ったと大狼は謝罪して、ふと丘の方をみやった。

 気づけばあたりは明るくなっていた。日が昇っている。

「さて、しばし話し相手をしてくれてありがとう。若い者らよ」

「翁、一つ質問を」

 クラウディオは大狼を呼び止めた。

「人狼が強い空腹感を感じないように与えている施し……それをいざとなったときヴィルに与えることはできるのだろうか」

 大狼はちらりとヴィルヘルムをみやった。

「できないことはない。もし、そこの坊やがわしとともにあることを望むのであれば施しを与えよう。だが、それは人の世界のあらゆるものと別れを告げなければならない」

 風が吹き、遠くで狼の泣き声がする。大狼は巨体を動かし森の奥へと消えていった。

 しばらく朝の食事を済ませ、再び馬の足を動かせていった。馬を走らせるごとに少しずつであるが椿の匂いが強くなっていく。椿の血の匂いが。わかりやすいとはじめは特に気に留めなかったが、しばらく考えて最悪なことを考えた。このように血の匂いがするのはもしかすると彼女の血が定期的に抜き取られているのではないか。そう思うとヴィルヘルムは胸の奥がふつふつと熱くなり、喉が渇き歯ぎしりをしてしまった。がりっと歯を噛んだ瞬間にふと気が付き、口の中に指をいれて確認してみる。一部の歯が妙に尖っている気がした。

 今更すぎることであるがこうして自分の歯を確認したのははじめてだった。椿の首筋に歯をあてた時に気づいていたはずだったが。

 この牙がまた椿を傷つけるというのを実感してしまう。だが、今は自分の人外の嗅覚が必要であった。椿の元へ向かうため。


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