3.銀十字
目を覚ますと見覚えのない天井がみえた。
船の真っ暗な部屋でもなく、庵の木でできた天井でもない。
(おかしいな、私………)
それともこれは夢だろうか。
ふかふかの布団の中にくるまれてとても寝心地がよかった。
起きると自分は白いひらひらした服を着ていた。
寝台から下りるとひんやりとした床の感触が足に触れた。
「あれ………」
夢じゃないみたいだ。
「ようやくお目覚め? お姫様」
若い女性の声がして顔をあげると長い椅子に腰をかけている女性がいた。金髪に蒼色の瞳をした美しい女性であった。
「あの………」
「ああ、そこのタンスにあなたの衣装があるわ。それに着替えて」
慣れない言葉に椿はどうしようと思った。指で示された大きな箱ががありそれを開けるように言われたのだろうと解釈した。
扉らしきものに手をかけ開けると中に深緑色の服が入っていた。袖と裾には細かい刺繍が施され、ひらひらの白い薄い布が出てきていた。
どうやら着るもののようであるが、どうやってきればいいのだろうか。
椿は首を傾げた。
「ほら、手伝ってあげるわ」
女性はくすくすと笑い、椿の後ろに回った。されるまま深緑色の服を着せられた。
「うん、ぴったり。私のお古で悪いけどしばらくそれで過ごしてくれる」
そう言い女性は櫛をとりだし椿の髪を梳いた。綺麗な髪ねと女性は椿の髪を愛でた。
「あ、ありがとうございます」
拙い言葉で椿はお礼を言った。
「いいのよ。私はエヴァ・フェルンバッハ」
「え……」
椿は困った表情をした。先ほどの銀髪の男といい亜麻色の髪の男といい名前がとても難解であった。
「エヴァよ。エ・ヴァ」
ゆっくりと繰り返されて椿はようやくエヴァさん?と口にした。
「そうそう」
エヴァは嬉しそうにほほ笑んだ。
「じゃ、行きましょうか。あなたに大事な話があるのよ」
そう言いエヴァは椿の手をとった。
部屋を出て、案内される途中の廊下がとても珍しく椿はきょろきょろとあたりを見渡した。
辿りついた部屋も豪勢で珍しく椿は中に入っていいものか躊躇した。
「よかったー!」
突然目の前に突進してくる男に椿は抱擁された。
「え、あの………」
「〔よかった。あのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思っていた〕」
自分の国の言葉を話せるクラウディオは椿を思いきって抱きしめた。
「こらこら、彼女の国には抱擁の習慣はないのです。困っているでしょう」
穏やかな声でクラウディオを窘める声があった。初老の男で眼鏡をかけている。とても優しそうな方だと椿は思った。
男の傍に控えている銀色の髪の男に気づき椿は昨日のことを思い出した。
(そうだ。化け物がこの人に襲いかかろうとしたから私庇ったんだ)
ヴィルが無事であるのを確認でき、椿は安堵した。
椿は促されるままふかふかのソファに腰をかけた。
「さて、えーと。通訳を頼むよ、クラウディオ」
「任せて!」
クラウディオはにこにこ笑って椿の通訳を請け負った。
「えーと、はじめまして。椿さん。私はアルフレート・ベルンハルト。この子たちの上司で、これでも公爵なんだよ。仕事は銀十字という組織の統括で異端の者たちの取り締まりだ」
アルフレートはまずは自己紹介をした。
「さて、君が闇商人に捕まった時の話を教えてくれるかい?」
「〔え、と………何から話せばいいのか〕」
椿は庵に突然現れた異人の男たちに捕えられ、船に押し込められたことを伝えた。
「ふむふむ、では君はどうして誘拐されたかの理由を知っているかい?」
「………〔はい。私は、普通の人とちょっと違うんです〕」
傷を作ってもすぐに治ってしまう治癒能力を持ち、そして老いることのない肉体を持っていた。そして何よりも自分はかなりの長寿であることを伝えた。数えるのをしなくなってしまったが、すでに三ケタには至っている。
それを聞きヴィルは驚いた表情で椿を見つめた。
どこからどうみても十五程の容姿の少女であったから。
しかし、それならば昨晩の消えた傷も理由がついた。
「〔人は私を不老不死の女と呼びます〕」
「不老不死………」
アルフレートは興味深げに呟いた。
「昔、書物で読んだことがある。東海の小さな島には不老不死の力を得た魔女がいると」
ただのおとぎ話だと思っていたが、どうやら実在していたようである。
それを奴隷として売買しようとした異端者専門の密輸者が彼女をようやく見つけ出して誘拐したということか。
「〔あの、これから私はどうなるのですか?〕」
椿は不安そうに呟いた。
「悪いようにはしないよ。君のような異端の力を持った人は大勢いる。彼らは人に危害を加えるつもりなどないのに異端として扱われ人から非難される。またはその力を悪用しようとする悪い輩に良いようにされてしまう。私はそういう人たちを保護し、人らしい生活が送れるように支援するのが仕事なんだ」
「〔あの、では………私を国に帰すことはできますか?〕」
アルフレートは複雑そうな表情を浮かべた。
「それは無理だね。君の国は国交を遮断してしまったんだ。西海の国はひとつを除き全て追いだす予定らしい。そして我がベルモント帝国もそのひとつなんだ。しかも、残念なことに唯一の国交を保つといわれた国はベルモント国と最悪な仲である。とても協力を得るのは厳しいだろう」
それを言われ椿はさっと青ざめた。
国に帰るという希望は難しいことと言われ動揺を隠せずにいた。
(そんな………)
国にはすでに親しい者たちはおらず、村の者たちも椿には敬遠しがちであった。帰っても一人寂しく庵で過ごすしかないだろう。それでも椿は見知らぬ異国よりもずっと過ごした国にいたいと願った。
それが叶わない願いだなんて。
「しばらく君の生活の面倒はヴィルヘルムとクラウディオに任せようと思う」
それにヴィルは慌てた。突然そんなことを言われては困ると。
「ていうか何でさっきの話で言わなかったのです」
「言えば君、すぐにダメだ却下だっていうだろう」
「当たり前です! こんな言葉の通じない異国の娘を家に置くのは無理です」
「だから、君の家にはクラウディオがいる。彼がしっかり言葉を教えればいい」
ヴィルはくっと忌々しげに眉を寄せた。
確かに彼女の身を置くには自分の家がいいかもしれない。
彼女に今必要なのはこの国で過ごす上で必要な言語力なのだ。
それを教えることができるのはクラウディオくらいだろう。そして彼はヴィルの家の居候であった。当然彼女はヴィルの家で過ごすのが望ましいだろう。
いや、一人知っているがそれにあたるにしても結局ヴィルが面倒見る方が都合がいい。
ヴィルはちらりと椿をみつめた。
黒い瞳がじっと不安そうにヴィルを見つめていた。まるでどうしていいかわからない子犬のようにみえた。
「わかりました。俺が彼女の生活の面倒をみます」
ヴィルは大きくため息をついて上司の提案を受け入れた。
やったとクラウディオは椿を抱きしめ、すりすりと頬ずりした。何度目かの抱擁に椿は表情を硬くしてしまっていた。




