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Kamelie  作者: ariya
::6 赤い川の狼::

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4.別れ

 牢屋が設えた部屋の中に女性が歌を歌っていた。あの人狼の少年も実母の声には従順でおとなしい。

 何度目になるかわからない訪問に女性は嬉しそうに出迎えた。アルフレートは困った表情で彼女に今自分の周りのことを伝えた。

 本部で働いていた兄が死んでしまったことを伝えると女性の表情はわずかにかげった。

「お見舞い申し上げます」

 さらにアルフレートは報告する。

 跡取りである兄が死んだことにより跡取りは自分になりそうであること。急ぎ都市へ戻るように言われたことを伝えた。

「もうここにこれなくなってしまう」

 仕方ありませんと女性は笑った。

 少し悲し気にみえたのは自分の希望であっただろうか。

 前までは彼女は自分の許嫁であった。しかし、今はこの寂しい空間に放り込まれ人外の子の御守をしている。彼女自身望んだことである。

「すみません」

 アルフレートの言葉に女性は首を横に振った。

「あなたは人外と交わった私でも構わないといってくれました。それを蹴ったのは私です。あなたが謝る必要などありません」

 こほこほとせき込む。我が子の面倒をみつつ精神が病み同時に体も弱ってきている。もうあまり長くないのではと自分で感じているようだった。ではせめて自分が生んだ子の面倒を最後までみていきたい。そう望んだ。

「だいぶあの子も人らしくなってきました。最近ではクラウディオにかみつかなくなったのですよ」

 はじめは獰猛な獣同然の子であったが、クラウディオの治療の効果で少しずつ人らしい考えを身に着けるようになったという。あと数年で外に出るのも夢ではないだろう。それまで自分が生きていればよいのだがと女性は笑った。

「私がいなくなったらあの子は人として生きていけるのでしょうか」

 それが気がかりであった。クラウディオがいてくれる。フローエ夫人も協力してくれる。贅沢なことだろう。

「私もいますよ」

 アルフレートの言葉に女性は目を揺らした。

「私はいずれベルンハルトの当主になります。政府でも銀十字でも強い立場を手に入れます。私があの子の後見になりましょう」

 当主になったからといって父と同じ待遇を得られるとは限らない。だが、父と同じ、それ以上の地位を固めてみせる。そうすれば少しでもあの子供が生きやすいように道を作ってやれるだろう。

「私はあなたを裏切ったのに」

 かつて恋人であり、許嫁であったというのに他の男とできた子をアルフレートは庇護してくれるという。それは女性にとって贅沢な苦しみである。

 女性の言葉にアルフレートは首を横に振る。

「私は裏切られたとは思っていません」

 そういうと彼女は悲し気に微笑んだ。


 目を覚ますと執務室でうたた寝をしていたようだ。視線をあげると部下の女性がじっとこちらを見つめていた。

「声をかけてくれればよかったのに」

「ええ、そうですね。寝るなら帰ってベッドで寝てはいかがと言えばよかったです」

 エヴァはそういいながら書類をアルフレートに渡した。近隣の異形に関する報告であった。

「最近、妙に異形の動きが活発なような気がします。例の吸血鬼が国内に入り込んだせいでしょうかね」

 異形事件の報告があればすぐに捜索隊を動かせる。だが件数が多くなってきており、掛け持ちで動かせている状態。もう少し人員が欲しいところだとエヴァはひとりごちた。

「すまない……もう少しすれば訓練中の者たちを配置させよう」

「ああ、こういう時にヴィルが里帰りから帰らないなんて」

「それはすまない。彼にはずっと働き詰めだったし、有給の際も働かせてしまったからね」

「彼が里帰りしてから一気に件数が増えていると言えば、吹っ飛んで帰ってくると思いますよ。そういう情報を遮断しちゃって」

「すまない」

 エヴァははぁとため息をついてはやめに彼を呼んでくださいよと言い部屋を後にした。

 一人残ったアルフレートは苦い顔をした。先日届けられたクラウディオからの報告に困り果てていた。

 クラウディオが封印していたヴィルヘルムの人狼としての本能が出てしまったこと。今は隔離の部屋を使用している。かつて彼と母がいたあの牢屋の部屋である。

 だから、あの女性を思い出してしまったのだろう。かつては妻にと望んだあの美しい女性を。



 ヴィルヘルムが療養してからどのくらい経っただろうか。3週間は経過していた。

 少し前までは自分が隔離されていたが今はヴィルヘルムが隔離されてしまった。難病とはどういうものだろうか。

 ふと首筋に手をあてる。彼に食い破られた痕はもうないのだが、感触は覚えていた。

「椿、いるかい?」

 クラウディオが部屋を訪れて彼の状況を教えてくれる。だいぶ安定してきたという。

「そうですか」

「そう。あともう少し念を押そうかなと思って……」

 椿がヴィルヘルムのいる隔離の部屋から出た後、クラウディオから事情を説明受けた。ヴィルヘルムの出生について。

「私全然知りませんでした。ヴィル様がそのようにたいへんな生い立ちだったなんて」

「そりゃそうさ。ヴィル自身忘れていたんだもの。僕が忘れさせたのだけどね」

 ヴィルヘルムはエーデルシュタインの令嬢の子であったが、人狼の子であった。当初は殺される運命であったのを母、アルフレートの嘆願で生き永らえた。先代当主はヴィルヘルムを汚点とみなしていたが、クラウディオの封印と教育の成果で素晴らしい貴族青年へと成長したのをみてエーデルシュタイン家の子として迎えることを許した。迎えた後は家督をアルベルトに継がせ、だいたいの面倒はアルベルトとアルフレートに任せたまま他界してしまった。人付き合いにはやや難点あるがヴィルヘルムはエーデルシュタイン本家と都市部の貴族・王族を繋ぐ橋渡しとして立ち回れていた。

「私があの時、血を飲ませてしまったからですか」

 契機について椿はすでに知らされていた。

「椿のせいではないよ」

「ですが、私の血が……化け物の血を強くしてしまう。私のせいで……私がいなければヴィル様は今も」

「そんなことを言わないで。君に傍にいてほしいと望んだのはヴィル自身なんだから」

 こうなってしまったことは誤算であった。椿の血がそこまで特殊だったとは思いもしなかったから。

「私は彼の傍にいてはいけない」

 そう呟く彼女にクラウディオは違うと首を横に振った。

「君が来てくれたからヴィルは変わったんだよ。昔は仕事一辺倒のつまらない男だったけど、今は君との恋に夢中の良い男になった」

「ですが」

「君は彼の傍にいたくないの?」

 そういわれると椿は泣きそうな表情をした。首を横に振る。

「じゃあ、待ってあげよう。彼が戻ってくるのを」

 その後のことはその時考えればいいのだ。



 クラウディオの魔術はだいぶ体に馴染んだ。言われた通り薬湯を口に含めヴィルヘルムはごくりと飲んだ。

 だいぶ思考が安定してきた。あの抑えつけれない衝動も今はない。

 暗い部屋の中でヴィルヘルムはふつふつと昔を思い出した。ああ、確かに幼少期も衝動に耐え切れず暴れ続けたことがある。母がよく窘めてくれていた。

 成人した頃にはもうすっかりと忘れ、人らしく過ごせるようになった。アルフレート、フローエ夫人、クラウディオがよくサポートしてくれたのもあるだろう。

 うまくいっていたのに何故このように。

 椿の血を飲んだせいか。

 首を横に振った。

 だが、彼女の血は間違いなく美味と感じた。喉に潤いがでて満たされた心地がした。

 脳裏に浮かぶのは血だらけで倒れた彼女。これはいつのことだっただろうか。ああ、はじめて出会った時のことだ。

 自分を庇い怪我を負い血だらけで倒れた彼女をみて、ヴィルヘルムは今もあれが忘れられない。

 もしかするとあの時から自分は彼女の血に惹かれていたのだろうか。

 だとするとずっと抱いていたこの感情は彼女への食欲だったというのか。

「違う」

 髪をかきむしりヴィルヘルムは否定した。だが、今も忘れられないあの血だらけの姿。

「おめでとう。ようやく釈放だよ」

 がらと扉が開かれる。クラウディオに牢屋が解放されヴィルヘルムは外へ出た。

「もういいのか?」

「だいぶ安定したしね。いつまでもこの中にいても精神的によくないだろう」

 人を傷つけるおそれがある間入ってもらったにすぎない。だいぶ理性も戻ってきているし問題ないだろうとクラウディオは彼の身だしなみを整えた。

「じゃあ、椿の元へ行こうか」

「すまないが、もう少し待ってほしい」

「じゃあ、アルベルトの元だ。いいよね」

 クラウディオに促されるままヴィルヘルムは兄の部屋へと向かった。いや、叔父の部屋であっただろうか。

「元に戻ってくれてよかった」

 アルベルトは恐る恐るであるがようやくそう口にしてくれた。幼少期から面倒をみてくれた男であり、ヴィルヘルムに愛着がないわけではない。彼が厳しく言うのはヴィルヘルムを弟として甥として気にかけてくれているからだ。

「さて、あの時の話の続きをしてもいいだろうか」

「もし叶うのであれば俺をエーデルシュタイン家から出してくれ」

「それは椿と一緒になるためかい?」

 ヴィルヘルムは首を横に振った。

「あなたやマリアに迷惑が及ばない為」

 いつまでも異形の血を持つ男を一家の一員とするのはどうだろうか。

「そんなことを子供は考える必要はない」

 だがという言葉にアルベルトは首を横に振った。

「お前を家に迎える時に覚悟はできていた。お前は姉の大事な忘れ形見なのだから」

 異形の血を持っていても家族として接するとアルベルトはいった。それが苦しい。いっそ一族の汚点として放ってくれればいいのに。いや、他家に類が及ばないように鎖でつなぎとめるためであろうか。そんなことを考える自分が苦しい。

「椿については」

「俺は……あの子を諦めます」

 その言葉にクラウディオはぴくりと眉を揺らせた。アルベルトは少し驚いている様子であった。あれだけ言い争いをしていたというのに。

「私はそうあってほしいと思うがいいのかい?」

「ええ……」

「これからあの子をどうするのだい? フローエ夫人に預けます」

「そっかぁ。それなら僕もフローエ夫人の家で厄介になろうかなぁ」

 クラウディオの言葉にヴィルヘルムはため息をついた。好きにすればいい。



 ヴィルヘルムの言葉を知った椿は青ざめてその場に崩れ落ちた。それをクラウディオが支える。

「ヴィル様がそう決めたのであれば……」

 特に異存はないと椿は笑った。元々、彼が椿の為に一族から抜けるのは心苦しかった。彼が選んだことであれば引き下がるつもりである。

「本当にそれでいいの?」

 マリアが部屋に入ってきて椿に駆け寄った。

「あなたはヴィルヘルムお兄様のことが好きでしょう」

「好きです。ですが、ヴィル様がそう望まれるのであれば」

「だめよ。あれはお兄様の本当の気持ちじゃないわ。突然すぎだもの」

 あんなに望んでいたことをすぐに諦めるはずがない。

「ところでお兄様は?」

「銀十字のロートバッハ支部にでかけたよ。療養中に何か変わりがないか。随分長く休んでいたから明日あたりにすぐに都市に戻るんだって」

「まぁ、突然すぎ……どうせお兄様のことだからまともに休めていないんだからもう1月休んでも罰はあたらないと思うけど」

 マリアはぶつぶつと呟き、椿の手をぎゅっと握った。

「椿、もう一度ヴィルヘルムお兄様と話すべきよ」

 諦めてはダメとマリアは強く言った。家庭教師がマリアを見つけて部屋へ戻るようにと言う。マリアは頷いて出る前に椿にもう一度念を押した。

「話すべきと言われましても……どう話せば」

「何でもいいと思うけど。お世話になったことについてお礼くらい言ってもばちはあたらないと思うよ」

「そう、ですね……」

 ヴィルヘルムが戻ってきたら部屋を訪ねてみよう。そもう思い窓の外を覗いた。少し曇りがかかっている。雨が降らなければいいのだが。

 自分の血がヴィルヘルムに負担をかけてしまうなど思いもしなかった。そのことに関して謝りたい。婚約解消された件に関してはどういえばいいのだろうか。ヴィルヘルムが望んだとおりにといえばいいのだろうか。今までお世話になったこともお礼を言いたい。

 色んなことがぐるぐると頭の中で回ってくる。うまくまとまらない。

 椿は部屋の中をうろうろとして、思い出したように荷物から箱を取り出した。それは小さな箱、テーブルの上において蓋をあけると赤い椿の髪飾りがそこにあった。ヴィルヘルムからいただいた大事なものだ。

 思えば人と話すのは苦手であった。山の奥の庵でいつも過ごしていて、時々来る人にも怖くて姿をみせれなかった。怖いのは自分を化け物とみているとわかっていたから。

「……」

 あの時、ヴィルヘルムに血を吸われた時、自分はどういう表情を浮かべただろうか。怖かったと思う。足が震えて。でもヴィルヘルムはもっと怯えていた。あれはきっと私が怖がっているのに気づいていたから。

「っ……」

 椿は部屋を出て、厩で馬を一頭借りた。夕暮れ前までには戻ると家人に伝え馬を走らせる。どうして走らせているのかわからない。ただ今すぐヴィルヘルムに会いたかった。今すぐに。

 途中でヴィルヘルムの供の者と遭遇したがヴィルヘルムはいなかった。森の奥へと出かけたとのことだった。時刻には戻ってくると言っていたのでお供は先に屋敷に戻るつもりだったと。

 椿はすぐにヴィルヘルムがどこにいるか気づいた。記憶を頼りにあの場所へと向かう。ヴィルヘルムが森の中でひそかに作っていた菜園を。

「ヴィル様」

 確かにそこに彼がいた。彼はひどく痩せていて疲れている印象であった。

 椿が近づこうとするとヴィルヘルムは近づくなと言った。

「俺はお前にひどいことをした」

「いいえ…あの時はたいへんだったから」

「お前をまた傷つけるかもしれない」

 薬と魔術で狼としての本質は抑え込められている。だが、いつ椿の血を求めてしまうかわからない。

「前にお前に惹かれていたと言っていたが、それはお前の血だったんだ。お前の血は異形にとって魅力的なもので、俺は知らずにそれに惹かれてしまった」

「だから私のことを好きと」

「今してみれば俺はあの時狂っていたのかもしれない」

 苦し気に笑うヴィルヘルムに椿は首を横に振った。

「それでも私の為に、私を守ろうとしてくださりました。誰よりも私の身を案じてくれて……私はヴィル様のことが好きです」

 震えているかもしれない。だが、これだけは伝えたい。

「また、お前を襲うかもしれないぞ」

「かまいません。ヴィル様がそうお望みであれば私はいくらでも捧げます」

 ヴィルヘルムはじっと椿を見つめた。悲し気な表情である。椿もそれにこたえるようにじっと彼をみつめた。今視線を背けてはいけないと思った。

「俺は、お前のことが好きだ。だが……」

「私の血があなたを狂わせるのですね」

 それ以上ヴィルヘルムは何も言わなかった。悲しく椿を見つめている。まるで子供のような表情である。

 抱きしめたくてたまらないが、今はこらえよう。今必要なのはお互い考える時間なのだ。自分が近づくことでヴィルヘルムが苦しむのであれば、しばらくは距離を置く。でも、せめて自分の言葉を伝えたかった。

 椿は馬を繋いでいた場所へと戻る。ヴィルヘルムを置いて。

 馬の元へたどり着いたと思うと傍に女性がいた。自分と同じ黒い髪の女性である。自分と同じ肌の色をしていた。東の者だろう。

 いつの間にここにいたのだろうか。気づかなかった。

「あの、何か?」

 もしかすると迷ったのかもしれない。

 声をかけると女性はじっと椿をみつめて会釈をした。

「椿様ですね」

 どうして彼女は自分の名前を知っているのだろうか。

 もしかするとシェートンの身よりの者かもしれない。

「キリル様がお待ちです。一緒に」

 その名前を聞き椿は後ろへ下がろうとした。しかし、それより強く女性は椿の腕をとった。

「……っ」

 椿が離れた後、彼女が去ったのを確認するために後ろを振り返ると馬には椿が乗っていなかった。黒髪の別の女である。彼女の脇にもうひとつ女性の姿があり、眠っている椿だと気づいた。

「待てっ」

 ヴィルヘルムは己の馬の元へ走り、馬を駆けさせた。女の後を追うが、女の馬術は巧みでなかなか近づけない。

「何者だ。椿をどこへ連れて行く」

 女は答えようとしない。ただ椿をつれて人の道ともとれない森の奥へと消えていった。

 ヴィルヘルムは馬をさらにかけさせて近づこうとした。もう少しでというところで女は振り返り手に持っていた銃を放った。銃弾はヴィルエルムの馬の足にあたり馬は大きく嘶いた。馬の速度が止まりヴィルヘルムは馬を置いて女を追いかけようとしたが、もう姿はなかった。


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