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Kamelie  作者: ariya
::6 赤い川の狼::

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2 本能のまま

「これは酷い」

 執務室の様子をみてクラウディオはため息をついた。文書や本はあちこちに散らばり、筆記道具も散乱している。奥の方をみるとヴィルヘルムの姿があり、その下にアルベルトが下敷きになっている。アルベルトが持っている杖でヴィルヘルムの攻撃を受けて耐えている。

「ヴィル」

 クラウディオは指をくゆらせながらヴィルヘルムへと近づいた。

「ぜぇぜぇ」

 息を切らし、彼はおもむろに立ち上がる。新しく無防備な男の方へ近づき、口を大きく開けた。そこから覗く尖った歯をみてクラウディオは観念したように平静とした。先ほどまでの慌てようが嘘のようである。

 ヴィルヘルムが襲い掛かるが、クラウディオはくるりとかわし彼の懐に入った。どすんという音と共に体重をかけて彼の身体を鎮める。そのすきにクラウディオは詠唱を唱えるとヴィルヘルムは次第におとなしくなっていった。

「昔使っていた部屋まだあったよね。使えるようにしておいてくれ」

 使用人にそういいヴィルヘルムを抱え上げる。

「ベルモンド……」

「うまくいったと思ったけど、また戻ってしまったね」

 アルベルトにクラウディオは優しく微笑んだ。

「ヴィルを……」

「もちろんさ。可能な限り手をつくそう」

 そういいクラウディオは屋敷の奥の部屋へとヴィルヘルムを運んだ。

「はじめて出会った頃と全く変わらないね」

 部屋の中には格子が張り巡らされていた。部屋の中にひとつの牢屋があるような作りである。窓も外にも内にも格子がつけられている。牢屋の中はごくふつうの部屋でベッドもあるしソファも机もある。長く使用されていないそこは今急いで簡単であるが掃除がなされていた。まだ端々に埃がたっている。真新しいシーツにかえられたベッドにヴィルヘルムを横にさせる。眉間に皺をよせて通常通り眠りについている。

 しばらくすると彼は目を開けた。今度は襲い掛かることはなかった。

「やぁ、ヴィル。先ほどのことは覚えているかい?」

「兄上と話をしていたが……そうだ、椿について頑として認めず、俺が家を出ることも許さずでかあっとなって……そこから覚えていない」

「倒れてしまったのだよ。疲労だよ。最近休暇をとったといっても仕事続きで疲れていたんだよ」

「そう、か……」

「椿も心配している。でも、今の君を見せたら泣いてしまいそうだ。早く元気になって会ってあげないと」

「そうだな。明日には元に戻らなければ」

 そう呟きながらヴィルヘルムは寝息をたて眠りについた。

 クラウディオは彼の衣類を脱がせた。上体には数字と幾何学の文様が描かれている。うっすらと薄いそれにクラウディオは手をかざし詠唱を唱えた。そうすると文様はくっきりと濃くなっていく。

「さて、どうしたものか。これでは明日には間に合わない……椿にその間どうやって説明しようか」

 椿の部屋へと戻ったクラウディオは思いついた説明を伝えた。彼女は当然ヴィルヘルムに会いたいと願うが、クラウディオは首を横に振った。

 今彼は疲労が重なり情けない状態になっている。絶対椿にはみられたくないと駄々をこねているからここはおとなしく待とうと説得しようやく彼女は頷いてくれた。


   ◇   ◇   ◇


 良い匂いがする。甘くて切なくて……狂おしい程欲しくてたまらない。

 目を開くと真っ暗な部屋でぼんやりとしていた。まさか、この部屋にまたいることになるとは思わなかった。幼少時、母とともに入っていた療養の部屋である。

 母は精神を病んでいて、決して自分を手放すことはしなかった。

 困り果てた周りは仕方ないと母子ともに療養の部屋へ入れて世話をすることになった。毎晩母は自分のために子守唄を歌ってくれていたのを思い出す。

 どうして自分はこの部屋に入っているのだろうか。

 もう母はいないのに。

 起き上がりかすかに香るおいしそうな匂いがした。

 そういえばまだ何も食べていなかったな。

 俺はゆっくりと格子の方へと近づいた。誰かいないだろうかと声をかける。使用人らしき者が怯えながら中の様子を覗いてくる。変だな。もうくるっていた母はいないのに。

 いくつか話していくと警戒が少しずつ取れていく。

 ここから出してはくれなさそうだ。ではせめてこの匂いの元を思い出す。今すぐに会いたいというと、困ったように会うだけであればと使用人は呼びに行くと言った。


 ああ、早く呼んでほしい。

 早く食べたいんだ。椿。


 ヴィルヘルムが療養に入って3日経ち椿は心配でなかなか寝付けなかった。寝不足気味でそれでもマリアが勉強の相手をしてくれて日中は気がまぎれた。少し疲れたらお昼寝をしましょうとマリアは椿と一緒にベッドに転がってくれた。父には内緒だからねと言いながら。

 クラウディオはヴィルヘルムの療養の部屋につきっきりである。会うのは食事の時のみ。マリアに認められ食事を共にすることになったが、アルベルトにもクラウディオにも何があったか聞けずにいた。

「大丈夫よ。ヴィルヘルムお兄様にはクラウディオ様がついてくれている」

 クラウディオを信じているとマリアは言った。

 きっと彼は元気になってくれる。

 ただ自分は祈るだけしかできない。祈りながら眠りにつく日課となりつつあった。

 こんこんと扉をたたく音がする。

「はい、どなた?」

 椿は首を傾げ、ショールを羽織って扉へと近づいた。扉の前には使用人が真剣なまなざしでこちらをみつめてくる。ヴィルヘルムが自分に会いたがっていると聞き、椿は一気に目が覚め切った。

「ヴィルヘルム様の元へ連れて行ってください」

 そういうと使用人は彼女を部屋へと案内した。彼がいるという部屋をみて椿は絶句した。部屋の中に格子が張り巡らされている。これでは牢屋ではないか。

「ああ、椿か」

 自分の姿を認めて中でヴィルヘルムが笑って近くによってほしいと願った。

「ヴィル様、どうしてこんな……」

「母と同じ病に罹ってしまったようだ」

「お母さまと同じ病? ですが、これではあまりにも……」

 鉄格子が張り巡らされた部屋は牢獄そのものであった。ヴィルヘルムがどうしてこの部屋に入らなければならないのか。

「クラウディオの許可がないと、俺は外に出ることができない。少しだけ中に入ってくれないか。もっと近くで話がしたい」

 それはできないと使用人は首を横に振った。

 椿は使用人に必死に頼み込んだ。ほんの少しの時間だけでいい。中で二人で話をさせてほしいと願う。使用人は折れて20分になったら外にでてもらうという条件で椿を中にいれ、そして席を外した。

 椿は中に入りヴィルヘルムの元へと近づいた。大きな手が椿の腕を掴み抱き寄せられる。

「ヴィル様……どうしてこのような」

「しばらくの辛抱さ。でもその前に」

 ヴィルヘルムは椿の襟元に触れた。留め具を外し、彼女の首筋を露わにさせる。白いうなじが暗闇の中でもみてとれる。何をされているのだろうかと椿は首を傾げた。まさかこんなところで自分の衣を脱がせるなど思わなかった。

「ヴィル様、これはちょっと待っ……っ」

 首筋にヴィルヘルムの唇が吸い付いてきた。舌でちろりと舐められる。

「いけませんっ……」

 ダメだと椿は離れようとしたが、ヴィルヘルムが腕に力をいれて離れることができない。

 がぶっと彼は椿の首筋にかぶりついた。その歯の鋭さに椿はぞくりと震えた。以前みたものとは異なる。ヴィルヘルムにこのような鋭い犬の牙のような歯はなかったはずだ。歯は鋭く椿の肌に食い込みそこからじわりと血がしみでてきた。それにヴィルヘルムはぺろりと舐める。

「ヴィル様、おやめください……やめて」

 椿は首を横にふりヴィルヘルムの行為をやめさせた。これはあまりに人らしくない行為である。まるで吸血鬼のような、あの時椿の血を求めた少年のような行いに恐怖した。

「いや。いやです……」

 ヴィルヘルムは今までどのような場面であっても椿を傷つけることはなかった。恐怖と暴力から守ろうとしてくれた。そんな彼がこのような行為に及ぶなど信じられなかった。椿の瞳から大粒の涙がこぼれる。

「っひぐ……ふっ……」

「………ぅ」

 女の泣き声を聞きヴィルヘルムははっとした。今自分は何をしているのだろうか。椿の身体を、首筋を傷つけて、血をすすって。とても甘美でとろけそうな気分であった。だが、椿が泣いている。この行為は彼女を傷つけるものだ。

 腕を払いヴィルヘルムは椿を放り出した。

「あぅ」

 床に転がった椿は起き上がりヴィルヘルムの方をみた。彼は蹲り頭をかきむしっていた。

「ヴィル様……」

 近づこうとするとヴィルヘルムが牽制した。早く鉄格子の外に出るようにと言われた。だが、椿はそこから動かなかった。彼の今の行為はつらいもので怖かった。だが、目の前で苦しむ彼を置いて外に出るなどできない。

「しょうがないなぁ」

 軽い調子の声とともに椿の腕をひっぱるものがいた。クラウディオである。

「ベルさん」

「さぁ、椿。外へ出て」

 子供を嗜めるように言われ椿は首を横に振った。この状態のヴィルヘルムを何とかできないかと願う。

「僕に任せて君は自分の部屋に戻って」

 クラウディオは外に控える家人に椿を預けて彼女を部屋へと案内させた。椿が出たあとクラウディオはヴィルヘルムの方へ近づいた。

「まさか、君が椿を傷つけるなんてね」

「いうな……」

 苦し気にヴィルヘルムは呻いた。彼自身、許しがたい行為で苦しんでいる。

「ああ、だいぶ理性が戻ったね。どのくらいのことを思い出したかな」

「………」

 自分は幼少時この部屋にいた。母と共に。

 母は病に罹っていて、ヴィルヘルムも同じ病で、隔離されなければならないのだと言われた。そうずっと思っていた。

 だが違った。何故今までそう思い込んでいたか。

「病じゃないよ。君の本能を抑える為のあやし係を母親がしていたからさ」

「俺は……」

「覚えているでしょう。自分が何者か」

 震える唇で単語を出す。出してしまいたくないが、今は逃げれない。とぼけることなどできない。現に今椿を傷つけたのだ。

「俺は人狼……」

「そうだよ。正確にはその子供」


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