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Kamelie  作者: ariya
::6 赤い川の狼::

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1 手の怪我

 日が照らされた明るい草原、山の中、椿はヴィルヘルムとともに馬をかけた。

「どうだ。都会ではこういうことは滅多に味わえない」

 レンガ作りの建物、土煙、煙突からあがる暗い空気が目立つ都市とは違う澄んだ景色であった。

「本当はヨアヒムにいたときもこうして馬駆けを楽しみたかったのだが」

「いろいろ大変でしたから」

 実は少しばかり時間があったが、ヴィルヘルムが連れていきたいと思ったのはヨアヒム丘の城跡であった。あそこからみる景色は素晴らしいものであるのだが、椿が吸血鬼に連れられて襲われた場所である。彼女にとってトラウマの場所であろう。

「おや、君たち」

 山の中で農夫たちに声をかけられた。

「今から狩りでもなさるのですか?」

「いや、久々の故郷だから散策目的だ。一通り見終わったら帰る予定だが」

 わざわざ声をかけてどうしたのだろうかと首をかしげると農夫はそれならいいかと頷いた。

「夜になると狼が出没する。人狼だ」

 その言葉にヴィルヘルムはぴくりと震えた。

「人狼は若い娘の血肉が大好物だ。そんな綺麗なお嬢さんを連れて夜遅くまで歩き回るのはやめておけ」

「ご忠告感謝する。夕暮れ前には帰る予定なので大丈夫です」

 農夫はしげしげと頭を下げ、その場を離れた。早く仕事を片付けて夕暮れ前になる前に自宅に帰りたかったからだ。

「人狼か……そんな報告は聞いていなかったが、いや……また現れた時の為の注意喚起なのかもしれない」

 どちらにせよ後でクラウディオと確認しておこうとヴィルヘルムは一人ごちた。

「人狼というのは……」

「ああ、このあたりで悪さしていた異形の化け物だよ。人の姿にもなれる狼の化け物……夜になると牙をむき、村人たちを襲い掛かった」

 銀十字がチームを形成して人狼退治をしたのは20年以上前であろう。

「俺が生まれるか生まれないかの頃にすでに解決済みだ。確かその時の退治した組織の人間の中に公爵がいたな」

「公爵が」

 はじめてこの国に来た時に保護を言い渡してくれた男のことを思い出した。とても優しそうな壮年の男性で。

「公爵は元々精鋭部隊にいたのさ。本来は公爵家を継ぐ予定はなかったのだが、父兄を立て続けに失いすぐに跡目を継がれた」

「そうでしたか」

 その後ヴィルヘルムはお気に入りの場所を椿へ案内した。

「少し残っているようだな」

 ここは一体と椿は首を傾げた。あちこちにぼろぼろの縄が置かれている。小さな木で作られた物置があり、中をのぞくと土をいじるための道具が置かれていた。錆ついていても使用できるかはわからないが。

「昔ここで菜園を作っていたのさ」

 といっても真似事で失敗続きであった。夜遅くや天候が悪いときは外に出られなかったのですぐにダメになることがあった。

「何を育てていたのです?」

「果実と花を……それでもうまく育てられたのはひとつの花だけだった」

「みたかったです」

 椿は微笑み、物置の中の棒をひとつ触れようとした。バランスを崩した道具は崩れ椿の右手に引っかかった。

 引っ込めたが、引っかかった痕ができてしまった。古い錆びたものであっても刃物であり、椿の皮膚を割いた。だらりと赤い血が流れていく。

「……っ」

 クラウディオは椿の右手を掴んだ。

「大丈夫です。すぐに治りますので」

 自分の治癒能力を伝えるが、ヴィルヘルムは椿の右手の傷に唇を重ねた。血をなめとったあとの傷の具合をみてヴィルヘルムは微妙な顔をした。

「後で傷痕はクラウディオにみてもらおう」

「え、すぐに治りますよ」

 椿は首をかしげたが、クラウディオは首を横に振った。

「古い土で汚れたりさびついた刃物で厄介な感染を起こすと聞いた。お前の治癒能力があっても悪い物質が皮膚の裏に残っているかもしれない」

 もうみせたいものはみせたしとクラウディオは椿を馬に乗せた。そしてそのまま帰宅した。帰る途中に犬の鳴き声がした。

「狼だろう。人狼ではないが、狼はいる。確かに夜遅くまで山にいるのはよくないな」

 ヴィルヘルムはそういいながら椿の様子をみながら館へと戻った。



   ◇   ◇   ◇


「問題なさそうだね」

 館に戻った後クラウディオが椿の傷跡をみてくれた。すでに傷は消えていた。

「すみません」

「いいよ」

 ふふとクラウディオは薬を片付けながら今日はどこまでいったのかいと尋ねてきた。ヴィルヘルムが昔世話していたという菜園を話したらクラウディオは懐かしいとため息をついた。

「僕が育て方や土いじりを教えるといっても聞かないでいっつも苗をだめにしていったなぁ」

 クラウディオの言葉に耳を貸さなかったというのは驚きである。ヴィルヘルムはクラウディオに対して悪態はつくもののあらゆる知識については信頼していた。こうして椿の身体についても頼むことが多い。

「昔のヴィルってさ、何ていうのかな。手負いの獣みたいで他人を信用しないところがあったんだ。アルベルトに対しても……彼がかなり手を焼くほどで」

 だからクラウディオが招聘されたのだ。ヴィルヘルムの養育に関わるために。

「意外です」

 そのような時期があったとは。

「椿に対しては結構恰好つけな部分あるけど、君に会う前はつんけんとしていて人が近づいてくるのは嫌がっていたな。だいぶ社交辞令を身に着けていたけど、女性の扱いがなっていないと僕が再度呼ばれる程に」

「まぁ」

「椿がはじめてだったよ。あんなに傍にいるのをよしとしているのは。よっぽど彼は君に惹かれたのだろう」

 椿は頬を赤くして、しばらくしたあとにしゅんとなった。

 浮かれてしまって申し訳なかったと言わんばかりに。

 どうしたのと問われると困ったように笑った。

「ヴィル様が私と一緒になるために家を出ると」

「そうだね」

 軽い返しに驚いてしまう。椿も国は違えど身分ある家の生まれであった。貴族にとって家というものが、血筋がどういったものかはわかるつもりだ。いや、完全にはこの国での考え方は理解できていないが。

「ヴィルはもう大人だし、何気に味方がいるからね。フローエ夫人がいるし、ベルンハルト公爵もいる、僕もいる」

 仮にヴィルヘルムが家を出たとしてもベルンハルト公爵が彼を庇護するだろう。勘当したといってもエーデルシュタイン家がヴィルヘルムをどうこうすることはできない。失職させることはないだろう。ベルンハルトの方が家格としては上なのだ。

「ベルンハルト公爵が」

 まさかそこでかの貴族の名前がでるとは思わなかった。ヴィルヘルムにとって忠義を抱く相手だというのは知っていたのだが。

「実はね、ベルンハルト公爵はヴィルを養子にするという話もあったのだよ」

 幼少時ヴィルヘルムの生家での過ごし方を目の当たりにして。クラウディオは元々ベルンハルトの家でヴィルヘルムを養育する予定であった。

「公爵がそこまでしてくださるなんて」

「まぁ、元々ヴィルの母親は公爵と結ばれる予定だったしね」

 椿はますます目を丸くした。

「うーん、これ以上はヴィルの許可がないと言えないなぁ」

 その先のことが知りたいが、椿はすぐに欲を抑えた。ここで彼がいないところで彼の出自について聞くのは抵抗があった。

「いつか教えていただきたいです。ヴィル様から」

「そうだねぇ……ヴィルにその気があればいいのだけど」

 こんこんと慌ただしいノックの音がした。クラウディオが声をかけると、扉が開く。血相をかえて使用人がクラウディオを当主の執務室へ来るように言う。

「一体どうしたのだい?」

 当主の執務室には今はアルベルトとヴィルヘルムが会話をしていただろう。

「それがヴィルヘルム様が突然……暴れだして、来てください」

 涙ながらに震える声にクラウディオは顔色を変えた。ヴィルヘルムという名前に反応して椿も立ち上がる。

「椿はここで待っててね」

 大丈夫だからとクラウディオは留めた。

「ですが」

 ヴィルヘルムに異変が起きたということではいてもたってもいられない。

「あとで教えるから……ね」

 クラウディオは椿にとにかくここで待機してほしいと願った。彼の表情は先ほどまでの穏やかなものではなかった。静かに、少し怯えている様子である。

 使用人の顔色をみてここで彼を止めるようなことはしてはならない。自分が行く行かないでクラウディオがヴィルヘルムの元へ行けないのであればここはおとなしくしておいた方がよさそうだ。

「わかりました。後で……ヴィル様に会わせてください」

「ああ……」

 そういいクラウディオは部屋を出た。使用人には椿が外に出ないように見張っておいてほしいと頼む。

 部屋に残された椿はソファの上に腰をかけてぎゅっと両手を握りしめた。


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