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Kamelie  作者: ariya
::5 赤い川への里帰り::

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5 事件の終わり

 エーデルシュタイン邸に戻った時、アルベルトは愛娘の帰りを喜んだ。

「さぁ、疲れただろう。今日はゆっくりと休みなさい」

「いいえ、お父様。私はここで言わなければなりません」

 マリアは家長の部屋で集められている数人の使用人と椿、クラウディオ、父親を前に告白した。

「私が椿を奴隷商人に誘拐させようと思いました」

 その言葉にアルベルトは困惑した。

「私、許せなかったのです。東海のどこの馬の骨ともわからない女がお兄様を誑かしているのが、花嫁になるなんて……おこがましいと思ったの。きっとあなたがいなくなればお兄様も目を覚ますと思って、以前邸に訪れた商人に依頼したの」

 だが、商人はマリアを誘拐した。

 後からわかったが、マリアを誘拐した無表情で無口な男二人はゴーレムという道具であった。魔術の類らしく、動く土人形だったという。彼らからすれば西海の民と東海の民の特徴を見分けることはできずマリアを誘拐してしまったよだ。後で奴隷商人は困り、仕方ないと椿を呼び寄せる為に新しい手紙を作りそれをエーデルシュタイン邸に送り届けた。

「古いゴーレムでよかったよ。もう少し知能があったら君を捕えていただろう」

 そうしたらさらに捜索に手間がかかっただろう。

「ごめんなさい……私、椿と間違えられて地下牢に入れられて知ったの。奴隷がどんな目に遭っているか」

 地下牢には自分より少し年上の若い娘がいた。彼女はぼんやりとしていてマリアがいくら話しかけても返事をしなかった。だが、商人の男たちが来るとひどく怯えて、彼らに従順に体を差し出していた。その時の様子をみてマリアは涙を浮かべた。

「あんな目に遭うなんて……私知らなかった。椿をあんな目に遭うように仕向けたなんて私とてもひどいことをしたわ」

 奴隷はただ使用人のように扱われるだけだと思っていた。だが、そこにあったのはもののような扱い。男の欲をみたす道具であった。

「でも、椿は私を責めることはしなかった。私が怖い目に遭っていることをいたわって、早く解放されるようにと願ってくれた。少しでも自分を犠牲にしようとして私を助けようと動いてくれたの」

 商人男の要求に椿は自分を差し出そうと考えていたのをすぐに感づいた。マリアはそれを拒否した。あんな目に遭ってほしくないと願った。

「ごめんなさい。椿……ごめんなさい」

 マリアは椿に改めて謝罪を述べた。その瞳は潤み、足ががくがくと震えていた。

「娘の無礼に関しては私も謝罪すべきだろう」

 アルベルトはマリアの傍に寄り添い、椿に謝罪とマリアの為に動いてくれたことに感謝を述べた。

「でも、ヴィルヘルムとの関係は認めないんだよねぇ」

 水を差すようで悪いけどとクラウディオがいうと勿論と言わんばかりにアルベルトは言った。

「これとあれとは話は別である。ヴィルヘルムは当家の子息、まっとうな令嬢を嫁にしてほしい」

「椿もまっとうな令嬢ですけど」

 クラウディオは椿の肩を抱きぶつくさと呟いた。頭の固さはヴィルヘルム以上だと。

 しばらくしてクラウディオは引き下がった。

 ここで問答しても仕方ない。

 今はマリアの椿に対する敵意が消えただけでもよしとしよう。

 あとはヴィルヘルムの帰りを待つことにしよう。



 シェートンの店には奥の方に小さな部屋があった。ここで尋問を行うという。周りをみると窓も何もない。外に声がもれないように設計されているようだと壁を叩き確認した。

 部屋にたどり着いたらシェートンは二人の部下に命じて、奴隷商人の男に質疑していた。

「お前が活動していた場所は三か所、東金、ミン国、天楽……この国では奴隷売買は厳禁であるが、それでも裏で取引されていることもあるだろう。他国でまだ容認しているところもある。お前たちのお得意先のアルブシルヴィウスの民は最悪な感性も持ち主で、奴隷を使用人として以外に食用、愛玩具として東海の民を求めているとか」

「ああ、そうだ。お前も高く売れただろう」

 強く鈍い音が響いた。シェートンが男の鳩尾に蹴りを入れたのだ。

 ごぼっと売人の口から吐物が零れ落ちる。

「お前は私の質問に答えるだけでいい」

 シェートンはなおも続けた。

「10年以上前、お前はミン国に旅芸人の一家の娘を誘拐しただろう。メイリンという美しい娘だった」

 さてと男は首を傾げた。

「あちこちと奴隷を狩ってきたのであまり覚えていませんな」

「アルブシルヴィウスの民に売っただろう。ダヴィードという吸血鬼に」

「そこまで調べがついているのであれば私なんぞ尋問する必要がないのでは」

「情報はここまで……肝心なアルブシルヴィウスの村に行く方法が知りたい。どうすればあの民と接触できる」

「なんだ? 商売でもしたいのか?」

 シェートンは鋭い眼光で男を見下ろしていた。ほしい情報以外は口にするなと言わんばかりである。

「アルブシルヴィウスの民はめったに村の外を出ない。たまに変わり者が外に出て騒動を起こしているようだが、主に外で俺たちと取引しているのは吸血鬼の召使たちだ。何度も取引をしてようやくお得意先を得られる」

「その名前は?」

「ヴェネジクト……最近は息子可愛さにいろいろ購入してくれている。特に強い興味を抱いていたのが東海の不老不死の魔女で、これを手に入れれば莫大な報酬を約束してくれたのだよ」

 だから売人は椿を探り何としてでも手に入れようとしていたのか。

 ヴィルヘルムは拳を握りしめた。

 東海で静かに暮らしていた椿にどれだけの屈辱を与えたのだろうか。そのうえでこいつらはアルブシルヴィウスに売り渡そうとしていた。銀十字でも手を焼いている吸血鬼の一族である。

 取引に利用している場所を確認してシェートンはようやく男をヴィルヘルムに預けた。

「取引場所に行くのか」

「ああ……少しでも奴に近づきたい」

 残念なことだが、シェートンが求めている吸血鬼ではなかったようである。だが、それでも同じ村の吸血鬼と繋がりをもてそうな場所を知れたのだ。早速その地名を調べ上げ、もぐりこむ算段をつけていた。

「言っておくが、その場所は俺たち西海人のみの場所で東海人は奴隷としかみなされないぞ」

 売人にそう言われてもシェートンの決意は固いようだ。

「バルス卿の助力を得る」

 そういえば彼はマジェンタ国の貴族アーロン・バルスとも繋がりを持っていた。彼と一緒であれば少しは動きやすくなるだろう。

 ヴィルヘルムは銀十字の地方支部から来てもらった馬車に売人を放り込み、連行した。本部にこの男の処遇について依頼する予定である。いろいろ手続きを済ませた後に実家へと戻った。クラウディオがいろいろ必要なものを用意してくれたためそこまで時間はかからなかった。

 帰りはクラウディオとともに馬車に揺られていた。

 その中でマリアが戻ってきた後の話を聞かされた。

 アルベルトはなおも椿のことをヴィルヘルムの許嫁としては認めていないようである。

「どうする?」

「どうするもこうするも……俺がエーデルシュタイン家を出ればいいだけだ」

「そう簡単にいうけどあの頭固いお兄さんはそれも認めないと思うけどな。椿も嫌がると思うよ」

「お前は俺にどうしたいんだ」

「別に、椿と幸せになってほしい」

 クラウディオのあっさりとした答えにヴィルヘルムは眉間に皺を寄せた。

「俺に椿を幸せにできるのだろうか」

 つい弱気になってしまう。

 彼女のおいたちを考えると自分の人生はあまりに短すぎる。相手は外見年齢相応の精神を持っているが、実年齢は何百もいきた女性である。あの業を果たして自分は理解して受け止められるだろうか。

「あ、自信ないの? じゃあ、僕がもらおうかな」

「譲る気はない」

 ヴィルヘルムはぷいっと窓の外をみた。屋敷の敷地がみえる。

 門をくぐり家の扉前まで馬車が向かおうとしているときにヴィルヘルムは思わず立ち上がった。馬車の扉が開き、ヴィルヘルムは急ぎ降りる。

「おかえりなさいませ」

 家の扉前に椿が待っていた。夜は冷え込むというのに上着を羽織らずに。

「何をしているのだ」

 ヴィルヘルムは叱責して彼女に上着を着せた。触れると冷たい肌でヴィルヘルムは屋敷の使用人に温かい飲み物を部屋に届けるように言い、さっさと椿を部屋へと連れ込んだ。椿の部屋では暖炉はくべられておらず、ヴィルヘルムは薪を確認して火をつけた。

「あの、私がします」

「良いからお前は座っていろ」

「ヴィル様のお部屋はきちんと温まっております。ここはよいので、ヴィル様はご自身のお部屋へ」

「では、お前も来るように」

 椿はこくりと頷きヴィルヘルムと共に彼の部屋へと入った。椿の言う通り彼が帰るころ合いを見計らって火がともされていたようである。随分と温かい。

 ヴィルヘルムは長椅子に腰をかけ椿に横に座るように言った。椿はちょんと横に座るとヴィルヘルムは彼女の肩をだき自身に引き寄せた。

「あの……」

「これからあの商人から聞いた話を話す。お前のことだからお前も知るべきだろう」

 椿は黙ってヴィルヘルムの説明を聞いた。商人は椿を高額な商品とみなしていた。アルブシルヴィウスの吸血鬼は昔から東洋人を奴隷として好んでいるものがいて、椿については高い関心を持っているという。

「私、そこまで大した価値があるとは思いませんが」

 彼女は苦笑いした。魔女と呼ばれていてもただ死ににくい体というだけである。魔法も使えない、薬も作れない。戦う能力にたけているというわけではない。ただ、どんな傷を受けても死ににくいというだけである。

「それでも奴らはそれだけの価値があるとみなしているようだ」

 ヴィルヘルムはじっと椿を見つめた。

「俺はお前に傍にいてほしい。だから、お前を狙う奴らが諦めない限り俺は奴らと戦うことにした」

 もう少し銀十字で情報を集めてみよう。改めてアルブシルヴィウスのことを学ぼうと思う。

「遠くへ、行かれるのですか?」

「いや、お前をどうしたら守れるか勉強していこうと思っているだけだ」

 シェートンが戻ってくれば、彼からいろいろと情報を聞き出す予定である。

「ヴィル様には危険な目に遭ってほしくありません。あなたが危ないのであれば私は……彼らの望み通りに」

「だめだ」

 ヴィルヘルムはぎゅっと椿を抱きしめた。

「俺の傍にいてくれ。どんなことがあっても離れないで……奴らの元へ行くな」

 椿は彼の胸元に耳をよせた。とくんと心臓の音がしてひどく落ち着いた。

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