4 土人形の追手
猫の行き先を歩いていると少しずつ木々の濃度が薄くなったように思える。もう少しで外に出られるだろう。
あと少しですと椿がいうとマリアはこくりとうなずいた。
後ろから大きな音が出て、二人は同時に止まった。椿は急いでマリアを後ろへと向けた。今の音は銃声であった。
「マリア様、お怪我は」
ようやく椿がいうとないわとマリアが反応した。
今の銃声は彼女にはあたっていないと確認できて椿はほっとした。
後ろの木々から男が三人現れた。椿を館まで連れて行った男、そしてマリアが言う無表情の男二人。
「全く困ったお嬢様方だ。ほんの少し待つことができなかったのでしょうか」
男二人が自分たちの方へ近づく。椿はマリアを下ろした。
「マリア様だけは助けてください」
そういうと奥の男が盛大に笑った。
「さすがエーデルシュタイン家が購入した奴隷だ」
主人に忠実であるといわんばかりの言い方に椿は怒りを覚えた。自分が奴隷だからマリアを守ろうとしているわけではない。自分の意志で守ろうとしているのだ。
「私は奴隷ではありません」
はっきりという椿の凛とした姿に男は肩を揺らして笑い続けた。
「これは失礼。あなたのを高く買おうとするものがいますのでついつい商品としてみてしまいました」
「私を……」
「あなたはまだ覚えているでしょう。1年前、東海から集めた異形コレクションを詰め込んだ船にいたのですから」
その言葉に椿は顔を強張らせた。
忘れたくても忘れられない屈辱の日々、船に揺られながら船員に嬲られてきた。ヴィルヘルムに助けられなければいつまでもあの日々が待っていただろう。
「奴隷ではないのであればあなたの意志を聞きましょう。ここでマリア嬢のみ解放させます。ただし、あなたは私たちとともに来ていただきたい」
「私に……奴隷になれと」
「そうです。あなたの意志を尊重しましょう。あなたの意志次第でマリア嬢は父母の元へ帰して差し上げます」
「………」
椿は男たちの動作を確認した。主格である男は一切動く気配はない。左右に控える無表情の男たちが問題である。マリアから攫われた様子をうかがうにこの二人が指示を受けて動いている。主格の男が指示を出せば椿もマリアも捕らえられるだろう。ここで抵抗してもよくないだろうが、だがその為には椿が身を差し出す必要がある。
「およしなさい」
マリアは椿の手を握り言った。
「私が招いた災いです。あなたが犠牲になる必要なんてありません」
「これは意外です。東海の下女などいなくなってしまえばいいと言ったのはあなたでしょう」
そういいマリアは悲し気に眉をひそめた。先日までの自分の言動に後悔しているのだ。
「そうよ。この人なんていなくなればいい。ヴィルヘルムお兄様を誑かして、クラウディオ様までたらしこめたひどい女なんて……そう思ったわ。けど、あなたたちに捕えられて、あなたたちに捕えられた奴隷の娘たちをみて私は知らなかった……自分の言ったこと願ったことがどれだけ残酷だったかを」
あの地下牢にはマリアのみしかいなかったが少し前までは別の奴隷がいたようだ。
マリアは彼女がどのような目に遭っているかを牢屋越しで見て、あまりの残酷さに恐怖を覚えたのだ。すでにこの国には奴隷という存在はなくなった。エーデルシュタイン家も下男、下女に対しては非道な行いはしないためマリアには惨い行為というものを知らなかった。
「この方は私を罵倒せず私を助けようとしてくれました。この方をひどい目に遭わせるなどエーデルシュタイン家の後継として許しません」
「ああ、とても耳障りです。これだから汚いことを知らないご令嬢というものは」
今まで丁寧な口調の男はひどく苛立ち男二人に命じた。椿をとらえるように。マリアに関しては捕えてもいいし捨て置いてもよいと。
「マリア様は逃げて」
「だめです。逃げるならあなたと逃げます」
決して置いていかないとマリアは椿の手を握った。
ぎゃー!!
白い猫が横を遮り、男二人に襲い掛かった。猫、確かに猫の姿であるが妙に大きい。白い毛並みの人と同じ大きさの巨体を持つ獣であった。
「椿、マリア……こっちだ」
後ろから引っ張られ椿とマリアはヴィルヘルムに保護された。
「お兄様っ」
マリアは涙を流しヴィルヘルムを呼んだ。
「全く、……クラウディオ」
「さぁ、こちらへお嬢さんがた」
そういいクラウディオはマリアを抱き上げた。
「え、ちょっと……クラウディオ様」
「しょうがないでしょう。マリア嬢の足がまめだらけでうまく走れないだろうし……椿は大丈夫かな」
「はい」
椿は誘拐犯たちをみつめた。
「あの、獣は」
「ああ、僕の相棒さ。名前はビアンカという」
例の白い猫だといわれて椿は驚いた。
「普段は愛くるしい愛猫の姿だけど、戦闘隊形になると獰猛な獣の姿になるのさ。巻き込まれたら大変だからああいうときは黙って避難がいいよ」
クラウディオは二人を馬車の方へと案内させた。
「ヴィル様は?」
「ヴィルはお仕事さ」
仕事というと、つまり銀十字関係の仕事ということになる。
「これはエーデルシュタイン家の御曹司ではないですか」
ごきげんようという男の声にヴィルヘルムは眉を動かさず冷然と彼らを見つめた。
「お前たち……椿を東海から誘拐した奴らの仲間か」
「おや、ばれていましたか。先日はどうも……あなたに商品のほとんどを押収されてこちらは随分と損をこうむりました。できれば一番の目玉だった不老不死の魔女さえ得られればいいかと思いエーデルシュタイン家本家に顔を出しておりましたが」
情報ではエーデルシュタイン家の御曹司が社交界に椿という名の東海の民を連れているとあった。それを聞き、例の不老不死の魔女であろうとわかり何とか取り戻せないかと活動をしていた。
「なぜそこまで椿を……」
「アルブシルヴィウスの民」
その名前を聞いてヴィルヘルムは震えた。
「銀十字の者であれば存じているでしょう。未だに閉ざされた雪山の吸血鬼の集落、そこの一族の者は時に己の欲を満たす為に奴隷を購入しています。中でも東海人がお気に入りで高額で売れます。あの娘は不老不死の魔女と呼ばれ強い関心を集めております」
「椿をアルブシルヴィウスの吸血鬼に売りさばくのか」
「簡単にいえばそうです。彼ら異端者はとてつもなく凶悪な一族です。ですがビジネス相手としては申し分ない。お好みの民、異端者を確保できれば高額で購入していただけるのです。必要に合わせて戦力も補充してくれる」
このようにねと男がぱちんと指を鳴らすと、白い獣が大きく嘶いた。
「どうした? ……っ!!」
今まで無表情の男たちはめきめきと音を立て巨体をさらに大きくさせた。その皮膚は岩のようにごつごつとして、男たちは冷たい視線を示した。
「っひ……」
馬車に乗ろうとした椿は後ろを確認して悲鳴をあげた。そこにいるのは人間ではなく化け物であった。岩肌からのぞく口らしく場所にはするどいとげがある。あんなものに噛まれればひとたまりもない。岩のようにごつごつとした巨躯、太い腕、あれで殴られれば生きていられるであろうか。
「ヴィル様っ」
椿は車から降り、ヴィルヘルムの方へ向かおうとした。
「だめだよ。今は危ない」
「ですが、あれは……」
「そうだね。ヴィルの手にはちょっと余る。君たちはここでおとなしくして」
参戦するからとクラウディオは椿を車に乗せ、ヴィルヘルムの元へ走った。
「くそっ」
拳銃を鳴らす。確かに化け物にあたるが全く歯が立たなかった。
売人はこういう異端者も手足として扱っているということか。今の言いぶりではアルブシルヴィウスの民が準備したような言い方であった。
捕まえていろいろと調べる必要があるな。
「せっかくの里帰りで、プライベートなのにまた仕事か」
軽口をたたくが、化け物の拳が自分に降りかかろうとして身を翻し逃げる。地面は拳によってかなり深くまでめりこんでいる。あんなものがあたれば無事では済まないだろう。
「ヴィル、化け物の注意を向けて。ビアンカも」
後ろから声をかけられヴィルヘルムはこくりとうなずいた。何か手があるのだろう。こういったものはクラウディオの方が強いのかもしれない。
ヴィルヘルムとビアンカは言われるまま巨体の注意を向けた。なるべく二体を引き離す。
「……よし、久々にと」
クラウディオは足に触れて、軽く言葉を発した。それはこの国の言葉ではない。言葉とともに手で触れられた足は光り輝き、動きが迅速になった。クラウディオはビアンカが相手している巨体の化け物の後ろへ回り、ぐるりと向きを変え、ぴょんと飛んだ。
「うん、思った通りだ」
巨体の首筋には文字が刻まれていた。
”EMETH”と。
「ちょっとデザインが古いな。アルブシルヴィウスの民のことだから改良していると思ったけど」
まぁ、楽だしいいかとクラウディオは文字のひとつEを消した。
すると巨体はぴんと体が動かなくなり、土くれとなり崩れ落ちた。
「よし、次ぃ」
足をぱんと叩き、今度はヴィルヘルムが相手している巨体の方へ向かう。同じように首筋にある文字をひとつ消す。先ほどと同様に巨体は土くれと変貌した。
「ひっ……くそ」
商人の男は舌打ちしてわたわたと館の方へ走り出した。
「逃がすな」
ヴィルヘルムは男を追いかけた。ここで逃すわけにはいかない。
「あいよー」
館への道のりの途中に黒髪の男が現れ男の道を阻んだ。
「なんだ、貴様はっ」
「ちょっとした同業ですよ、旦那」
それを聞くと男は目の色を変えた。
「では私を安全なところへ運べ。金なら払う。いくらでも」
「そりゃ残念ですね」
黒髪の男は飄々と商人の男に近づいた。思いの他速く近づいてきて商人の男は驚いた。警戒する間もなく、鳩尾に黒髪の男の拳が入る。
「私はすでにあちらの旦那に取引をさせていただっているので」
良い儲け話だと思うけど蹴りますよと笑った。
「身柄確保、感謝する」
ヴィルヘルムは黒髪の男、シェートンに礼を述べた。
「いえいえ、こういった商人に会いたくてもなかなか会えなくて今回は感謝してますよ」
シェートンは商人の男の襟首を掴み、ヴィルヘルムに見せつけた。
「代金は後で払おう」
「いえ、お代は結構。ただし、ちょっと銀十字の手に渡る前に確認とらせていただけませんかね」
「何?」
「こいつは末端と思いますが、東海に奴隷狩りをしている商人団体なんでちょいと確認したいのですよ。今の話ではアルブシルヴィウスの民とも繋がっているようですし」
「民間人の尋問は許可できない」
「そこをお願いしますよ。今回犯人確保したお手柄に免じて」
ヴィルヘルムは眉間に皺を寄せた。
「わかった。ただし、俺も同席する」
「うーん、あんたみたいな真面目なお坊ちゃんが傍にいるとやりづらいのですが、まぁいいでしょ」
シェートンは感謝を述べ男を引きずり別に準備していた馬車へ放り込んだ。中にはシェートンの部下と思われる東海人がおり、商人の男を縄で拘束していった。
「じゃ、どうぞ。旦那」
シェートンは馬車の中へヴィルヘルムを案内した。
「クラウディオ、椿とマリアを」
「わかっているよ」
必ずエーデルシュタイン邸へ送り届けるとクラウディオの笑顔をみてヴィルヘルムはシェートンの馬車へと乗り込んだ。
「あとでお坊ちゃんは送りますので」
「いや、言ってくれれば僕が迎えにいく。銀十字の地方部にも連絡しておくので、五時間後には犯人が受け渡しできるようにしてくれるとありがたいな」
「えー、五時間……せめて1日は欲しいところ。いや、わかりましたよ。ええ、この国で活動するには政府の銀十字を敵にまわしたくないからね」
半分不満であるが仕方ないとシェートンはうなずいた。




