2.消えた傷
船の甲板上でこの世のものとは思えない獣たちが人に襲いかかっていた。ヴィルの部下であろうと船の闇商人たちであろうとおかまいなしに無差別に。
「このっ」
軍人の格好をした男は銃で一匹仕留めた。しかし、別の獣が男の首筋を狙い襲いかかってきた。
「はぁぁ!!」
銀色に輝く髪を振り分けヴィルは獣に一刀浴びせた。獣の急所に見事命中し、その場に倒れ込んでしまった。
「しまった。参考の為になるべく殺さないようにて施設に言われていた」
殺したあとにやってしまったなとヴィルは後悔した。しかし、そんなことを気にしている余裕は今はなかった。
この獣たちを人のいる町に放たない為に早く退治する必要があった。
ヴィルは狙いを定め、異端の獣たちを次々と倒していく。
「およよ、俺の出る幕ないなー」
クラウディオは予想通りのヴィルの活躍に満足して高見の見物を決め込もうとした。するとこちらにめがけ拳銃が飛んでくる。しかも顔面めがけて。
クラウディオはすんでのところでぱそれを受け止めた。
「さぼるな。働け!」
ヴィルは厳しくそう言い、クラウディオはやれやれと拳銃の中の弾があるかどうか確認した。
クラウディオは拳銃を構え、ヴィルにあたらないように異端の獣たちを仕留めていった。どれも外すことなく急所に命中し、異端の獣たちは次々と絶命していく。
最後の一匹を仕留めたヴィルは息を切らせながらようやく剣を鞘に戻した。
「きゃー、ヴィル。格好いい」
クラウディオは絶賛した。ヴィルはその白々しい台詞を相手にせず、部下たちに命じた。
「とりあえず捕縛できていない闇商人を捕えるぞ」
その時、ヴィルは気付かなかった。物陰に隠れている異端の獣の存在に。その者が鋭い爪でヴィルを狙っていることに。
「〔危ない!〕」
椿は飛び出してヴィルの前に飛び出した。
そして背中を大きく爪で割かれてしまった。
クラウディオは異端の獣の目を狙って銃を放った。それと同時にヴィルは獣の心臓を突き刺した。
同時の攻撃に異端の獣は呻きその場で倒れ絶命してしまった。
「おいっ、しっかりしろ!」
ヴィルは急いで椿を抱き起した。椿は気を失っており、痛みに眉を寄せていた。
「クラウディオ………止血するから手伝ってくれ」
そう言いヴィルは椿の背中を見た。鋭い大きな爪で割かれ切られた傷の中から筋と骨が見えた。そこから血がどくどくと流れていっている。
あまりの痛ましい姿にヴィルは青ざめた。
(助かるのか?)
とにかく止血をする他ない。急いで船を陸につけ、医者に診せなければ。
そう頭で考えながらヴィルはシャツを脱ぎ椿の傷にあてた。どくどくとしみだす血を肌で感じて眩暈を覚えた。
仕事柄、血には慣れていたつもりであったが、ここまで気分が落ち着かないのは初めてだった。
「おい、しっかりしろ!」
ヴィルが椿に呼び掛けひたすら圧迫止血を行った。
部下に命じて船の操作を行わせ陸につくと急いでヴィルは港で待機させていた別の部下に医者を呼ぶように言った。
(頼む! 間にあってくれ!)
そう願いながら少女の背中を抑える。
ようやく医者が息を切らせながら現れた。
「とにかく傷を見せてください」
そう言われようやくヴィルは手を放した。すると医者はおやと首を傾げた。
「傷なんてないですよ」
何を言っているのだとヴィルは叫びそうになった。
しかし、言われるまま椿の背中を確認するとあの痛ましい傷がなくなっていた。傷ひとつな綺麗な白い背中であった。
だが、ヴィルの手に握られた布にはたっぷりと血が染みついていた。