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Kamelie  作者: ariya
::3 海岸の商人::

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6.吸血鬼

 福祉施設『ブラウの家』でヴィルヘルムは頭を抱えた。捕らえた密売人たちから聴取した内容を確認してからこの調子であった。


「よりによって逃げ出したのがそれだとは………クラウディオ、使い魔はまだ見つけれていないのか」


 厳しい視線で一匹の白い猫を睨みつける。威嚇された白猫はふーっと鳴き自身を膨張した。

「よしよし、お前はよくやってくれているよ」

 クラウディオは白猫を撫で労うが、白猫はなかなか膨張を解かない。

「怒りっぽいのは君の悪い癖だ。少し落ち着きなよ」

「これが落ち着いてられるかっ。今このあたりには厄介な者が徘徊しているのだぞ」

 相変わらず楽観的な態度で宥めてくる声にヴィルヘルムは苛立ちを覚えた。何度目かわからない事の重大さを改めて口にした。


「アルブシルヴィルス山脈の吸血鬼、お前もこれの凶悪さは知っているだろう」


 クラウディオは苦笑いした。勿論知らないわけがない。

 彼がユリウス国に滞在した頃からその異端者に関して良い話は聞かない。


 アルブシルヴィルス山脈は人が住むことができない高山連なる場所である。しかし、どういけばよいかは不明であるが彼らの集落が山間にあった。実際見たものはいない。行った人間がいたとしても無事に帰って来れる者はいない。そこにいるのは異端者の中でも凶悪と呼ばれる吸血鬼が住んでいるのだ。

 吸血鬼、血を糧に生きる者たち。彼らはいつからそこに棲みついているのかは不明である。

 古い時代、西国の至る場で彼らの存在は確認された。ふらりと村にやってきては美しい姿で人を魅了し警戒心を解く。彼らが現れた村や町では異状死が後を絶たず、彼が去った後異状死体たちは夜な夜な徘徊し生きている者の血をむさぼったという。

 どちらが先かは不明だが、北の国に彼ら似ている異端者はいる。人狼と呼ばれる者たちである。吸血鬼から派生したか、それとも祖を辿ると同じなのか犠牲内容は類似していた。

 異状死があまりに多く目に見えない者に怯え、銀十字のなかった昔は教会が作った異端審問会が事件解決にあたっていた。

 しかし、当時は異端者の知識は不明な部分がほとんどで異端者を見分ける方法などなかった。

 方法は単純で怪しいものを捕らえて尋問し自白させるという手段をとっていた。

 中には本物もいただろうが、多くは冤罪だったといわれている。

 そのため異端者からの被害よりも冤罪による処刑の方が被害が大きかったのではといわれている。

 異端審問会への怨嗟の方が深いとまで言われている。異端者ではなくこの異端審問会とそれをよしとした教会を憎悪している人は今も存在しているという。

 時が経過し異端審問会の方法に疑問を抱くものが集い異端者への知識を深め研究する『銀十字』が発祥した。彼らは異端者であっても害のないものを取り込み彼らから知識を得て整理する作業を繰り返した。同時に血や唾液などのサンプルを得てこれで研究を積み重ねていった。調べるための試験薬も多く改良されていった。

 この研究の成果でだいぶ異端者の姿はみえてきた。

 それでも吸血鬼に関する知識は謎に包まれている部分は多い。

 研究対象はあくまで吸血鬼にされた人であり、その元凶は姿を現すことが少なかった。何度か接触を試みたが、精鋭陣は無残な死に方をしたという。

 吸血鬼の原型たちは未だに姿を現すことがない。

 ときどき貴族や村人になりすましているという報告があり赴いたらすでに手遅れだった。接触を試みては拒絶され、姿を現したといえば惨劇を残し姿を消す。

 各地の『銀十字』も吸血鬼の原型にはおおいに頭を悩ませていた。

 その吸血鬼の原型ともいわれる者をこともあろうか捕縛した猛者がいるとは思いもよらなかったが。

 山のふもと付近で遊んでいるところを捕らえたという。子供の姿をしているので調教を重ねれば言うことを聞くだろうという楽観的な考えであの倉庫に閉じ込めていたという。そして隙をつかれて逃げられるという何とも間抜けな話だ。

 今まで姿を掴めなかった異端を捕らえられるかもしれないという高揚感はある。

 しかし、同時にこれから起きるかもしれない惨劇に頭を抱えた。

 尋問してえた情報によるとかなり衰弱しているというのも気がかりであった。

 彼らは通常の人の食事を必要としない。彼らが必要とするのは生命の塊ともいわれる血なのだ。吸血鬼にされた者たちの研究によるとたくさんの血を飲み、体の腐敗をとどめているという。そして、自我のある一部の者の証言によると血を飲むことで自身の怪我を治癒することができるというのだ。

 治癒のためにそこいらの人間を襲っている可能性はある。現在、被害者がないか調査しているが、今のところ報告はあがってない。

 しかし、見つかっていないだけかもしれない。


「最悪だ………」


 ヴィルヘルムは髪をき出し、町と周辺の地図を見つめた。捕らえられた場所、人目のつかない場所を重点的にチェックしそこへ派遣させる。

 のんきにピクニックをしている暇などなかった。

「椿には悪いが遠出はまたの機会にしよう」

 吸血鬼がどこに潜んでいるかわからないため彼女のために外出は控えさせた方がよいだろう。

「あれ」

 クラウディオは思い出したように声をあげた。

 なんだ、とクラウディオを見つめると彼は困ったように笑った。

「今、館にいるのは椿とカティの二人だっけ」

 それを聞きヴィルヘルムは館の現状を再確認した。

 確かにフローエ夫人の館には魔除けの仕掛けを行っている。しかし、アルブシルヴィウス山脈の吸血鬼に効果はあるのだろうか。

 今館にいるのは椿と女使用人だけである。女使用人は組織の人間ではないふつうの村娘だという。戦闘要員がいない状況であり、むしろこの施設で過ごさせた方が安全なのではなかろうか。

「………」

 ヴィルヘルムはおもむろに立ち上がり、館に戻ると告げた。

「椿をここに連れてくる」

 今更ながら気づく内容に呆れながらクラウディオはこくりと頷いた。

「ああ、それがいいかもね」

 そして館に戻ると椿の姿も使用人の姿もおらずヴィルヘルムは動揺を隠しきれなくなった。



 ヨアヒム丘の上には廃墟になった城壁があった。

 昔は何かの戦に使用される砦だったのだろうか。

 もう誰も使用されることのない砦の石階段をあがり、展望からの見晴らしをみてうっとりとした。

 丘の上からみえる海と港町の風景は格別に美しかった。

「これを見せたかったのね。ありがとう」

 視界いっぱいに見渡せる海の光景に椿は幼女のようにはしゃいだ。

 あまり遠出はする方でなかったのでこのように良い風景に巡り会えて素直に喜んだ。

「椿さま、こちらへ。ランチの準備ができました」

「ええ、あなたの手作りのランチですよね」

 椿は喜んで石床に敷かれた敷物の上に座った。

「美味しいです」

 ハムと野菜をパンで挟んだものを頬張り椿はにこりと微笑んだ。

「それはよろしゅうございました」

「キリルも食べましょう」

 椿は少年の分の食事を前に出した。キリルはにこりと笑って首を横に振った。

「僕はいいよ」

 キリルは首を横に振って椿の申し出を断った。

「お腹空いていないの?」

「空いているよ。すごく」

「食べたいものがこの中にないの?」

 キリルは答えない。

「折角カティさんが作ってくれたものなのに」

 おかしいなと椿は首を傾げた。

 先ほどから料理に手をつけているのは自分だけのような気がする。

 カティは使用人だからしばらく落ち着いてから食べるのだろうか。

 キリルはどうして食べないのだろうか。

「僕はそれより食べたいものが目の前にあるんだ」

「なに?」

 無防備な彼女をみながらおかしそうにキリルは口の端を歪めた。

「君だよ。椿」


 とても美味しそうだ。


 少年のものとは思えない程の冷たい笑みに椿はぞっとした。後ずさり逃げようとするが、後ろから押さえつけられてしまう。

「カティ、放して」

 女の力とは思えない程強く拘束される。

「いけません。キリルさまがあなたをお召しなのです」

 暴れている最中彼女の腕に触れた瞬間、椿は青ざめた。彼女の手があまりの冷たかったのだ。決して外の空気で冷えたというものではない。それとは異なると椿は理解した。

「ああ、血を舐めたときからどんなに我慢したことか」

 キリルはにこりと笑い椿の頬を触れた。そこには青い瞳はなく金色に輝く爬虫類のように鋭く冷たい瞳があった。

「いやっ、放して!!」

 高い声で叫ぶ女性の声にキリルは眉を潜めた。

「うるさいなぁ」

 別に女性の悲鳴は嫌いではないが、今は食事に集中したいのだ。

 キリルがそういうとカティは椿の口を手で覆った。

 静かになったことでキリルは椿の首筋に触れる。どこがいいかを吟味し一点を探りそこへ口を近づけた。口から覗くのは尖った牙で椿はかたかたと震えた。


「んう」


 噛まれ、牙をあてられそこから血が溢れる。どくどくと首元の拍動が強くなるのを感じた。キリルはごくりと椿の血を飲み込む。

 しばらくしてから椿の首筋をみてキリルはくすりと笑った。

「ああ、なんて美味しいんだ。くせになりそうだ」

 それに、と椿の頬に触れる。その感触に椿はぞくりとした。

「この顔は実にいい。東海人はみんな同じ顔にみえるけどうん君は今までとは違う。僕の好きな顔だ」

 もう一口と思うと首筋の傷が消えた。

「ああ、そういえばこんな話を聞いたことがある。傷をつけても癒える東の不老不死の魔女。君だったか」

 何故そのようなことを少年が知っているのだろうか。疑問に思いながらも口にする余裕がなく椿は身を震わせた。

 自分の首筋に近づいたキリルは椿の匂いを嗅いだ。

「東海では人魚を食べると不老不死になるという伝承があったな………確かに人魚の交わった匂いがする」

 西海の人であるキリルが何故椿のことをこんなに知っているのだろうか。

「君は自分が思った以上に有名だと自覚すべきだよ。一部の人間じゃ君が競売にかけられるのを楽しみにしていた奴らがいたんだ。例えば僕の家族とか」

 少年のいうことが理解できなかった。自分はこれからどうなるのだろうか。

 脳裏にヴィルヘルムの姿が浮かぶ。

 ああ、そうだ。彼の留守中遠出は避けるようにいわれていた。破ってしまったからこうなってしまったのだろうか。

 それとも怪我した少年の報告を早めにしておけばこうはならなかったのかもしれない。

「ああ、いいね。いくら傷をつけても君は回復する。それにこのそそる表情。僕の家畜として大事にしよう」

 物のように言う言葉に椿は衝撃を覚えた。

 何度耳にした言葉か。

 久しく聞いていないが、最後に聞いたのはあの船の上。

 自分を誘拐したものたちが名前を呼ばれず家畜と罵ってきて以来だ。 


 あの日に戻ってしまうのだろうか。


 椿はぎゅっと目を瞑った。折角、ヴィルヘルムが救い出してくれたというのに。


 いやだ。


「メイチン、そのまま動かないで」

 聞き覚えのある声がした。

 同時に口元に覆われた手の力が緩まれている気がする。

 目を開くとキリルが驚いた表情を浮かべた。ごとりと重いものが落ちる音がした。

 下をみて椿は目を見開いてそれを凝視してしまった。

 女性の首が落ちていた。

 カティの首が落ち、カティの体が崩れ落ちる。

 カティの顔が無表情でこちらを見つめていた。

「ああああああああっ」

「目を閉ざしなさい」

 冷たい男の声に椿は反応して瞼を閉ざした。

「………」

「さてのろまな狩人の代わりに捕らえさせてもらおうか」

 キリルを冷たく見下ろす男がいた。

 椿と同じ特徴の肌と黒髪を持つ東海人であった。

 先ほど椿に伽羅の香木を贈った東海人の商人、シェートンであった。

 彼は鋭い刀剣をキリルの首筋に向けた。

 キリルは無言でシェートンを見つめ何も言おうとしない。珍しい容貌に驚いているというわけではなさそうである。

「どうした。お前たちが大量に買い取った東海人の奴隷でも思い出したか?」

「別に東海人なんてみんな同じ顔だし」

「そうか。それは残念だ」

 空を切る音と共に刃がキリルに向かいおそいかかる。キリルはそれをかわしながら後退した。

「すごい殺気。僕を捕縛するんじゃないの」

 今にも殺そうと息巻いているようにもみえる。

「お前たちを殺すつもりでなければこちらが死ぬ」

 剣戟を与えるが、羽の生えた鳥のようにキリルは宙を舞い避けた。どの剣戟にもあたろうとする気配はなかった。

 シェートンの動きはこの国では見たことのないものであった。仕草は舞に近く、戦う当事者ではなければよい見物になっていただろうとキリルは感じた。

「あはは、すごいすごい。演舞というやつかな。城で何度かみたことがある」

「その演舞を披露した者たちはどうしている?」

 その質問をどうしてするのか理解できないとキリルは首を傾げた。だが、珍しい余興をみて心が躍りシェートンの問いに自然と応えた。

「その晩のご馳走だったけどあまり美味しくなかったな」

 ぺろりと舌をなめる少年にシェートンは吐き気を催すほどの嫌悪感を示した。

「この食人鬼め。殺してやる!」

「あれ、なに? もしかして知り合い?」

 質問に答えただけなのに、悪鬼のように襲い掛かってくる男にキリルは呆れたように呟いた。壁際に立ち地に足をつけた瞬間、くらりと意識が揺らぐ。


「おっと」


 酷い怪我をした後で血もかなり失ったせいでこの程度の運動でたちくらみを引き起こしてしまった。椿の血で恐ろしい速さで回復していたが、全快には至っていないのだ。このまま戦えば自分の方が不利になる。

「今までの中の一番のごちそうがまだ残っているけど」

 本当はここですべて終わらせるつもりであった。

 椿をここで血のすべてを飲み干し回復して帰郷するつもりであった。

 しかし、彼女の血は思った以上に芳醇で美味でくせになるものであった。

 ここで終わりにせず少し楽しんだら家に連れて帰ろりたかった。

 しかし、目の前の東海人の攻撃をかわしながら女性一人抱えて逃げる程の余裕は今はない。

「残念だけど、いったん帰ろうかな。お迎えもきているし」

 少年は別れの挨拶を告げ、砦の壁をつたい塀を飛び越え下へと落ちていった。

 シェートンはあわてて外を見下ろしたが、下は真っ暗で何もみえなかった。


「くそっ」


 忌々し気に舌打ちし、刀剣はしまわれた。

「メイチン、大丈夫か?」

「私………カティさんが」

 ちらりとカティの遺体をみる。首がこちらを浮いてじっと見つめているようであった。

「あまりみるな」

 死体でも目は念がこもっておりみれば酔ってしまう。

「あの、何故シェートンさんがここに?」

「あの馬車から酷い血の匂いがした。死臭もして……死人が乗っているのがわかった。この使用人の匂いだったとすぐにわかった」

 まだ新しい匂いであり、今日のいずれかに亡くなったのだろうとシェートンは解釈した。

「すでにあいつの餌食に遭い人ではないものになってしまった。自我もなくただ指示を与えられて動くだけの人形。私が来た時には助からなかった。それだけだ」

 淡々と伝えられる情報に椿は目頭が熱くなるのを感じた。

 自分の不注意さのせいだ。自分が災いをもたらしてしまったのだ。

「うぅ………」

「立てるか」

 シェートンは椿を支え立たせて砦を後にした。

「カティは」

「後で回収して弔ってもらおう。まずはお前の身の安全を知らせる必要がある」

「知らせる?」

「この国でお前を一番心配している男の元へだ」

 ここまで連れてきた馬があり、それに椿を乗せた。

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