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Kamelie  作者: ariya
::3 海岸の商人::

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33/56

5.おでかけ 

 朝いちばんに届けられた報告に椿は表情を曇らせた。

 ヴィルヘルムから仕事が長引いて今日の約束はキャンセルとなったというのを聞いたのだ。

 彼と馬に乗ってでかけるのは初めてでどきどきして楽しみにしていたのだが、仕事であるのであれば仕方ない。


 ただひとつ気がかりなのは。


「でも、キリルのことどうしましょう」

 昨日保護した少年のことで相談しようと思っていたのだ。

 テーブルに席をつき、朝の食事を食べる少年を見つめる。手慣れた手でナイフとフォークを扱いソーセージを綺麗に切り口に運ぶ姿は自分よりずっと綺麗な作業であった。

 身に着けているものはかつての雑用の少年だったもののお古だとカティが準備してくれたのだ。

「大丈夫です。それまでこの私がお二人のお世話をさせていただきます」

「え、でも………カティさんにも仕事あるでしょうし」

「よいのです。昨日椿さまから伺った件、私も許せないし何とか協力したいのです」

 このように幼い少年を誘拐し虐待するなど酷い行いにカティは憤慨していた。故郷に弟がいるため彼とキリルを重ね合わせているようである。

「ありがとうございます」

「ですがひとつ問題が」

「?」

「今日はおでかけなさるということでランチセットを作らせていただいたのですが、無駄になってしまいそうです」

 ヴィルヘルムに命じられて作った力作であったのにとカティは落胆していた。

「では、お庭の方で一緒に食べましょう」

「わ、私がですか?」

「はい。キリルとカティさんと私の3人でランチをするのです」

 きっと楽しいでしょうと椿はにこりと笑った。

「あ、ごめんなさい。カティさんの都合も考えず」

「いいえ、あの私のような使用人がご一緒するのは」

 身分の分別で遠慮しているようであった。

「その遠慮は不要です。私は貴族ではありませんし、ヴィル様に運よく庇護をいただいただけの身でしかありません」

 この国では身分もない。もしかするともっと卑しい奴隷の身であったかもしれない。

「私、若い女性と一緒にご飯を食べることは滅多になかったの。ご一緒にできないでしょうか」

 何百年も生きた身であるが、すでに異端の身に堕ちた頃には他者とは隔離されるようになった。年頃の女性と会話を楽しむというのも一切したことがなかった。

 この国ではじめて出会ったエヴァという女性ともあまり一緒になる機会はなかったし。

「では昼のお仕事も一気に片付けます。しばしお待ちを!」

 カティは腕をまくしたて本日の仕事に支障がきたさないように早めにとりかかろうとした。まずは掃除、洗濯である。ここの使用人の数はたった八人であり、二人は今休暇中、五人はヴィルヘルムの仕事の手伝いで不在となっていた。そのため留守を預かるのはカティである。それでも普段の仕事は変わりない。普段は八人の使用人で切り盛りしている館であるが一人で家事を行うとなると広く感じてしまう。明日には休暇中の者が帰宅してくるし、表立った場所の掃除を先にすませて後はランチ後にとりかかってしまおう。ああ、掃除の前に夕飯の下ごしらえも先にやってしまった方がいいか。

 そう考え、カティは厨房で鍋を出し必要な具材をとりだした。魚を捌きながら、カティは鼻歌を歌っていた。おでかけをして戻った後にすぐに夕餉の支度ができるようにある程度の下ごしらえはしておこう。

 作業をしながら昨日は小汚い傷だらけの子供をみて、服が汚れるのも躊躇わず子供を抱き上げた椿のことを思い出した。


 なんて優しい方なのだろう。

 ああ、私の弟にもあんな方がいればよかったのに。


 以前自分が仕えていた家はひどいものであった。使用人を犬としか思っておらず、少しでも床の汚れが残っていれば折檻される。おかげで一緒にお仕えしていた弟は肺をやられ死にかけたのだ。安静療養で一命をとりとめたが、死んでも不思議はなかったと医者から言われた。

 そのときカティは主人を殺してやろうとさえ思った。しかし、目の前の弟がまだ生きていてここで自分が罪を犯してはならないと踏みとどまった。

 弟の看病のためお勤めを辞め、しばらく落ち着いたら再度勤め先を探した。前の主人に仕える気は起きなかった。

 しかし、前の主人が推薦状を書いてくれずそれどころか悪い噂を流されなかなか勤め先が見つけられなかった。途方にくれているとフローエ夫人がこの館での仕事を紹介してくれのだ。

 時々、館の使用人たちに特別な仕事で長期空ける時期があるためその間の留守番もお願いされている。不在の理由はフローエ家の領地の見廻りで何か不手際がないか、事件がないかの確認で空けるのだという。フローエ家も荘園をたくさん持つ貴族であり、いろいろ大変なんだなとカティは考えていた。

 留守番の仕事もだいぶ慣れており、主人からも一人でいるときは表立った場所、玄関や客間、食事処、厨房など最低限の場所を掃除してくれればよいとまで言ってくれる。

 前の勤め先に比べれば天国であり、カティは不満ひとつ溢さず遂行した。

 そして客人としてもてなすように言われたのがヴィルヘルム、クラウディオ、椿の3名であった。

 ヴィルヘルムのことはカティの耳にも入っている。フローエ夫人の甥であり教え子である御曹司で最近は都心で働いていると聞く。噂通り眉間に皺よせて神経質そうな方であった。だが若い貴族の令嬢の間で人気があるというのも頷けるだけの端正な顔立ちであった。

 クラウディオは南方の国の方で、フローエ夫人づてでヴィルヘルムの家に居候している男だという。学識深く有名な大学の学生だったのではないかと噂されている。女性に優しいが、手を出すのが早いと言われて少し苦手である。

 そして椿という名の少女をみてカティはその珍しい外見に目を奪われた。

 はじめて椿をみたときはお人形さんかと思った。

 この国で黒髪の方がいないわけではないがあのように艶やかで美しい黒髪はあまり見たことがない。肌の色も自分たちとは異なるバター色で黒髪と対象に白く輝きまるで動く宝石のようであった。

 はじめはなかなか喋ってくれず少し引っ込み思案な性格なようであった。困ったようにあたりを見回して、迷子の子供のように思えた。慣れない土地で苦労していたようである。

 なれるととても優しい方だとわかる。マナーはこの国の人間ではないのでぎこちないが、それでも物腰は柔らかく表情から育ちのよさがうかがえた。

 自分の仕事を気にかけてくれて、手伝おうとしてくれる。さすがに客人にそれはできないので丁重に断っているが。


「あら」


 厨房の中を覗く少年がいてカティは首を傾げる。

「どうしたの?」

 キリルはじっとカティを見つめて何も答えない。

「さてはお腹が空いたな。お菓子はダメよ。ご飯が入らなくなるから………その代わりうんと美味しいランチがまっているわ。デザートも作ってあるわよ」

 オーブンの中から甘い匂いがするのを確認しながらカティは言った。

「この館には椿と君以外はいないんだね」

「こら、椿さまと呼びなさい。仮にもあなたの恩人なんだからね」

 カティは目の前まできたキリルにかるく頭を抑えた。

「ええ、ここの方々はときどき主人の荘園の見回りで不在になることが多いの。それでもこのあたりでたくさん荘園をお持ちの方だしね。でも、私がいるからこの館の留守は問題ないわ」

 カティはどんと胸をはって言った。

「いつ他の人たちは来るんだい?」

「さぁ、仕事が急に増えたとか言っていたわ。荘園で何かあったのかしら」

「ふぅん」



 部屋で読書をしている椿の元にカティが現れた。もう仕事は終えたのだろうかと椿は彼女の方を見つめた。

「椿さまに少しご相談が」

「何かしら」

 カティからの相談で自分にできる内容であろうか。できるものであれば言ってほしいと答える。

「今から少し遠出をいたしませんか?」

 突然の提案に椿は動揺した。

「え、でも………」

 留守の間、館からでてはならないと言われているからだ。

「大丈夫です。私とキリルさまも一緒です。あれは椿さまだと絶対使用人に遠慮して一人ででかけるからという言いつけなのですよ」

「ですが」

 あまり心配かけるようなことはしたくない。この前もハンスに誘拐されヴィルヘルムは心配しているのだ。

「ヴィルヘルムさまは椿さまとの約束を破りました。椿さまは昨日は言いつけをしっかり守ったのに」

 ならばとカティは満面の笑みで付け加える。

「ちょっとおでかけするくらいで文句言われる筋合いはないと思いますよ」

「うーん」

 確かに少しくらいならとも思えるが引っかかる部分もある。なかなか行こうとしない椿にキリルは抱き着いた。

「いこうよ。椿。大丈夫だよ。この辺りに詳しいカティが一緒だし」

 ねと無垢な笑顔を向けられ椿はこくりと頷いた。

「さぁ、では早速身支度しなければ。お待ちください。すぐに衣装の準備をしますからね」

 椿が何か言う間もなく衣装を取りそろえ、それに着替えさせられる。

「一体どうしたの? 突然」

 髪を揃えてくれるカティに椿は首を傾げた。

「椿さまがせっかくランチにお誘いしてくださったのですから、とても見晴らしのよい場所へ案内したくなったのです」

「まあ、………」

 それを聞き椿は嬉しくなった。

「楽しみです」

「すでにお車の準備もしております」

 そういわれると確かに門の前に馬車が待っているようであった。

 手を引かれるままに椿は馬車に乗ろうとした。

 しかしその前に男に声をかけられたので足が止まる。


「おや、メイチン。おでかけですか?」


「あら、あなたはシェートンさん」

 先日伺った店の主に椿はあいさつした。急かすカティに少し待ってほしいとお願いして彼の方へ駆け寄る。

「名を覚えていただき恐悦です」

「そんな大仰な。ところでメイチンというのは」

「ああ、あなたの名前。椿というのでしょう。美しい椿と書いてメイチンと呼ばせていただきました」

 それを言われ椿は顔を真っ赤にした。

「わ、私………美しくは。シェートンさんからみれば、生まれは田舎だし」

「生まれなど関係ありませんよ。私は宝石にも花にも人への目は確かです。一目みてあなたは私の心を掴んでいった」

「そ、そんな。もったいない言葉です」

 椿は身を小さくして恐縮してしまった。

「ところで私に用事というのは」

「ああ、少し良いものが届きあなたに是非おすそ分けしたいと思いました」

 小さな紙袋を差し出し、椿に手渡す。

「伽羅の香木です」

 音でわからなかったので手の平に漢字で記され椿は目を丸くした。慌てて紙袋を返そうとする。

「そんな高価なものいただけません」

 海沿いの田舎豪族の娘では手に入らない代物である。

「ダメですよ。男の贈り物は喜んで受け取っていただかなければ」

「そ、そんな………それに見合うものを私は持っていません」

「構いません。お代は今度私の店でお茶をしにきてくだされば十分です」

「それだけというのも」

「受け取ってください。メイチン………これからも私という縁を持ってもらうために」

 男の目は真摯に椿を見つめてきた。自分と同じ黒曜石の瞳に見つめられ椿は顔を赤くしてこくりと頷いた。

「ほ、本当にいただいていいのですか?」

「ええ、それにそんな気負いなされないで。売り物にするのも悩む欠けた破片なのです」

 それでも熱すれば良い香りをくれるであろう。

「それよりどうしたのです。どこかへおでかけですか?」

「ええ、館の方と少し丘の方へ。見晴らしがよいとランチをしにいきます」

「そうですか。あまり遅くならないように。あそこは夜になると冷え込みますので」

「ありがとうございます」

 椿は頭を下げ、馬車へと乗り込んだ。

「例のお貴族さまはいないのですか」

 馬車に一緒に乗っているのは女の使用人と幼い少年のみ。三人で遠出するというのか。

「それにしても、なんて嫌な臭いか」

 車が去った後、シェートンの顔から笑顔は消えていた。深く嫌悪する、そんな顔であった。

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