4.留守番
夕暮れの頃になり手持無沙汰であった椿は用意されたりんごのひとつを取り出し剥き始めた。ナイフを扱い皮を剥いていく。一人で住んでいて、与えられた食物で一人自炊していたこともあり皮を剥く作業はそこまで苦ではない。
「ヴィル様、遅いなぁ」
仕事で今日一日不在であるというのは聞いていた。
可能であれば東海の品物をみにお店へ行きたかったが、外を出るのを厳重に止めらえている。大丈夫だと思うが、以前ハンスに誘拐されたこともあるため彼の指示に従うこととした。
一人一日で館を過ごすのはそこまで苦ではない。
館の中を見て回るだけでも楽しめてそれだけで時間は過ぎていった。
そして自分のベッドで寝息をたてている少年をみつめた。
「こんな傷だらけで今までどうしていたんだろう」
そう考えていると指に痛みが走った。
「いたぁ」
考えながら作業をするものではなかった。
思った以上にナイフが左のひとさし指を抉ってしまっていた。
「まぁ、すぐに治るしいいかな」
自分の特殊能力を思い出し、傷に特に何もすることなくじっと眺めていた。
急に腕に力が入れられた。そのまま動かされ何事だと動いた方を向くと少年が立っていた。
先ほどまでベッドで眠っていたはずだ。
「どうしたの?」
椿の問いを聞かず少年はじっと椿の指を見つめた。そこから紅い血が溢れている。
「大丈夫よ。すぐ治るわ」
心配してくれているのだと解釈した椿はにこりと微笑んで見せた。
ぱくりと少年は椿の指を口に加えこんだ。ああ、治療してくれているのだと椿は少年の少し癖のある金髪を撫でた。
「ありがとう」
指を放した後、青い瞳がじっとこちらを見つめてくる。怪我がなくなっているのを不思議に思っているようだ。
「あなたが治してくれたおかげよ」
実際は自分の特異能力によるものであるが、子供だしこういっておこうと椿は考えた。
「貴方の方が酷い怪我だけど、大丈夫」
自分よりよっぽど酷い怪我の少年の身をいたわった。体中の青あざが痛々しい。簡単に確認してみたが、骨が折れていないだけ幸いともとれる。明らかに骨折していれば、意地でも近くの医者の元へ連れて行っていた。
「お医者さんに診てもらいたいけど今忙しいみたいで応急処置しかできなかった。お薬あるから飲める?」
館にある常備薬の解熱剤の粉薬を差し出す。一瞬いやな表情をしていたが、少年はごくりと飲んでうえっと眉をしかめた。
「はい、よく飲めました。りんごよ」
そう言いながら先ほどまで剥いてた果物を持った皿を差し出した。
少年はその形をみて少し感心した声をあげた。
「うさぎのつもりよ」
皮でうさぎの耳をかたどったそれは少年の目を引き寄せた。少年はぱくと食べてほうと息を吐いた。
「ご飯食べれる? スープがあるから温めてもらうね」
「いらない。そばにいて」
上目遣いで袖を引っ張ってくる少年に思わず頬が緩む。
「ねぇ、あなた名前は? 私は椿というの」
「椿?」
「ええ、この花よ」
そう言いながら彼女は髪留めを見せた。普段はつけないがお守りがわりにいつめ持ち歩いていた。ヴィルヘルムからいただいた大事な品物。
「ああ、それか。それなら僕の庭にたくさん咲いてるよ」
「そうなの。あなたのお家は?」
「ずっと向こうの山奥にある」
一方を指すのは南の方面。
「遠い場所?」
「君の故郷に比べれば近いよ。でも遠いのは遠いかな」
「どうしてここへ」
「人さらいにあったんだ」
気づけば簀巻き状態、解放されては痛めつけられ、簀巻き、の繰り返し。
「ひどい」
誘拐犯が油断している時に逃げ出したんだ。
「我武者羅に逃げてたどり着いたのが貴族の館で、小さな抜け穴を見つけ潜入したのだ」
「辛かったね。痛かったね」
椿はポロポロ涙を流し少年を抱きしめた。
「君はとても優しい人だね。それに………」
少年はちらりと椿の喉元を見つめた。そっと手で触れるとうっとりと目を細めた。
「?」
「ううん、なんでもない。僕はキリル」
「そう、よろしくね」
その夜は椿はキリルという少年と一緒に寝た。はじめは椅子で寝ようとした椿にキリルがねだる形で一緒に寝ることになった。
ヴィルヘルムは施設内の確認をして仕事のスペースを作った。
密売品として捕らえられていた異端者の身柄を保護したあと彼らを人目つかない夜間に護送した。
いつまでも良い環境ともいえない倉庫に留まらせるわけにもいかないし、何人かの子供、何体の幼獣の中には怪我をしている者もいるし健康面のチェックもする必要があった。
彼らを護送した先はフローエ家の作った設備であった。表向きは福祉施設としているが、組織の者が管理していた。
医療関係に精通しており戦闘面ではなく援護面で活動している人たちである。
異端者の健康管理の方法に関してもある程度学習しており、護送された順に簡単なチェックをしていった。
「酷い怪我を負っているが、元々頑丈なので命に別状がないものばかりだ。だいたいは簡単な傷の処置でよいだろう。ああ、それでも縫う必要のある者たちもいるので麻酔が準備できたらとりかかるつもりだ」
施設の責任者である医師がヴィルヘルムに簡単に報告した。
「そうか。落ち着いたら各々の出自をまとめておきたい」
護送順に簡単な名簿を作らせていたのでヴィルヘルムはそれを受け取りひとりひとりの確認を行った。
「幸い彼らの中に凶悪なのはいなかったよ。こちらが危害を加えなければ大人しい連中だ。まだ警戒を解いていないが、今までの奴らよりはましだというのは認識してくれているようだ。傷の処置も大人しく協力してくれた」
長い監禁生活に疲弊しており、処置を施され食事を配られ食したあとは落ち着いたのかほとんどが眠ってしまった。
「そうか。あとは頼む」
ヴィルヘルムは施設であてがわられた書斎で、名簿の確認を続けた。簡単な経歴、出身土地、種族………ほとんどが人里から離れた秘境と呼ばれる場所に住んでいる者たちで、こちらが何もしなければ大人しい連中ばかりであった。幸いなことである。
狂暴な者がいれば、人里まで現れて災いをもたらしていただろう。
今までそれで関係のない村が誘拐犯と誤解され疫病をばらまかれたり、惨殺された件があった。
そのような悲劇は起きずにすみそうだ。
ひっかかるものを覚えながらもひとつ安心したと息を吐いた。
「ねぇ、もう日も暮れてしまったし帰ろうよ。明日は椿とお出掛けでしょ」
そういいながらクラウディオは見覚えのない書類を持ってきていた。それはと問うと倉庫で見つけた名簿録だという。途中で亡くなった者のデータも載っているかもしれない。
クラウディオはそれを奪うように手にとり中を確認した。
「ねぇ、それは他の人に任せればいいよ」
「せめてこれだけざっと目を通しておきたい」
指示出すのはそこからだ。
指示系統を任されている身であり、情報は簡単でも早めに頭に叩き込んでおきたかった。その方が指示を出しやすい。
仕事になるとてこでも動かなくなる性分であり、それにクラウディオははぁとため息をついた。
こんなもの明後日まで見せなければよかったと。
「そんなことしてみろ。減給にしてやる」
最後の一枚になり今のところ問題になるものは見つからない。少し安堵したヴィルヘルムはクラウディオの視線に対して言った。
「大丈夫だ。朝まで帰れば十分間に合う」
明日は彼女を連れていきたい場所があった。馬に乗って丘の方へかけあがるのだ。そこから見る景色は素晴らしいと聞いておりフローエ夫人から今回の旅行の提案を受けた時一度は連れていきたいと考えていた。きっと彼女は喜ぶだろう。
最後の一枚を最後目を通し、ヴィルヘルムは目を大きく見開いた。
「どうしたの?」
ヴィルヘルムは険しい表情で呟いた。
「椿には悪いが明日はキャンセルだ」
「えー。なんでなんで」
突然の手のひら返しにクラウディオは不平を漏らした。
「お前、これをみてみろ」
示された書面をみてクラウディオは眉間をしかめた。
「あー」
「あいつら。命知らずなことを。このことは早めに侯爵の耳に入れる必要がある」
すでに眠っている被保護者たちを起こして確認しなければならない。
クラウディオは管理人を呼び早急に新しい仕事にとりかかった。




