1.囚われ人
暗い部屋の中少女は身を丸めて動かないようにしていた。少しでも動くと重い手足の枷が響いて不快だった。
(もう、夜かな)
頭上にある小さな窓から日の光はなくなっていた。
(ここに閉じ込められてどのくらいかな)
随分長く感じられた。
少女は海辺の村の外れにある庵で過ごしていた。しかし、突然現れた見知らぬ男たちに袋に詰め込まれ誘拐され、気づけば船の上にいた。
家に帰して欲しいと訴えるも船の男たちは異国の者たちで言葉はうまく伝わらなかった。
(早く夜が終わらないかな)
ほぼ毎日夜になると暇つぶしに部屋から出され、余興として見世物にされていた。はじめは抵抗したが、その度にナイフで肌を切られたり脅されたりされた。
その為少女は抵抗せず惨めな夜を受け入れる他なかった。
(ああ、早く朝が来ないかな)
もはやこの部屋で放っておかれる日中の方が少女として楽であった。
早く終わってほしい。いっそ死ねたら楽なのにな。
そう思うと少女は自嘲した。
◇ ◇ ◇
いつの間にか眠っていたようである。
少女は重い瞼を開き、目をこすった。
(変ね。今日は何もないのかしら)
ない方がありがたかった。
しかし、いつもなら男が数人少女を部屋から連れ出してくるというのに何かあったのだろうか。
突然、ドアがどんと大きなぶつかるような音がした。
その大きな音に少女は思わず驚き身をはねた。
(なに?)
どんどんと何度もドアに衝撃を与える音がしていつもと違うことに少女は不安を隠せなかった。
そしてドアが開くと夜なのにすっと部屋の中に光が入ってきた。今日は月明かりで明るい夜のようである。
こつこつと黒い影が部屋の中に入ってきた。
「誰?」
少女は不安げに声をかけた。短い間だったが時折少女に言語を教えようとする者がいた。その男の言われるままに練習をし、簡単な言葉は何とかできるようになっていた。
「お前は誰だ?」
男の声がして少女は目を細め影の主を見た。目がようやく慣れ男の姿がはっきりとする。
銀色の髪と灰色の瞳をした美しい青年であった。
思わず少女はその美しさに目を奪われた。
銀色の髪を見たのもはじめてであった。
少女の国では銀色の毛は神の遣いと言われており、何か神聖なものを見たような気分であった。
(ダメ、奴らの味方かもしれない)
信用してはならないと少女はきっと男を睨んだ。
「お前は誰だ。何故ここにいた」
誰、何故としか聞き取れない。何故かなんてそんなのこちらが聞きたい。
少女はそう言い返したかった。
男は何も応えない少女に苛立ち、少女の腕を掴んだ。そして顎をとらえ顔を上にむかせた。
「………見たところ普通の東海の娘だな。辰国の者か?」
厳しい表情で言われ、何か責められているような気分になり少女は余所へ視線を向けた。
「こら、ヴィル。女の子には優しく!」
後ろから男の頭を叩く者が現れた。頭を叩かれヴィルと呼ばれた男はようやく少女を解放した。
「大丈夫? 全く、こいつはデリカシーというものがないんだから」
ヴィルの後ろからひょこりと現れた亜麻色の髪の青年は少女に手を差し伸べた。
「あ、………あの………」
「おや」
亜麻色の髪の青年は目をぱちくりさせ、少女をじっと眺めた。
「うーん、………〔君は東金の子かな?〕」
聞き覚えのある言語に少女は驚いた。
「〔なんで、それを〕」
「〔昔、その国について興味があってね。勉強したことがあったんだ。大丈夫、立てるかい?〕」
男は少女の手をとり優しく立つように促した。少女は立ち上がろうとするがその度に重い鎖の音が鳴り少女の表情に影が落ちた。
「………」
それを見た男は不快そうに眉を寄せ、少女の手足に向け小さく囁いた。何を言っていたのかは少女に聞きとることはできなかった。
ぱりん
突然少女の手足の枷が壊れた。突然手足が自由になり少女は驚いてしまった。
「〔こんなもの君には似合わないよ。可愛いお花や首飾りの方がずっと似合う〕」
男はそう言ってほほ笑んだ。
「〔俺はクラウディオ・ベルモンド。言いにくいと思うからベルって呼んで。で、こっちのむっつりは俺の親友のヴィルヘルム・エーデルシュタイン。ヴィルでいいよ〕」
突然の自己紹介に少女は自分も名乗らなければならないのかと感じた。
「〔わ、私は椿です〕」
「〔椿か、すてきな名前だね〕」
クラウディオは椿の頬にちゅっと口づけをした。椿は顔を赤くして後ずさった。
「おお、初々しい反応だ。可愛いな」
クラウディオはくすくすとほほ笑んだ。
「お前は女を口説く為についてきたのか?」
ヴィルは呆れて話に入ってきた。
「俺はちゃんと仕事していますよ。船の下の方は予測していた通りたくさんの獣型の異端者が牢屋の中に放り込まれていたよ。どれも人に害獣だよ」
「成程、公爵の読みは当たっていたか」
二人は上司に命じられ、港に近づきつつある船の調査にあたっていた。この船が危険な異端者を捕え売買している闇商人のものというのは既に判明していた。
あとは悪用されないように異端者を保護することと闇商人を捕えることである。
既に部下たちが闇商人たちを捕縛していることだろう。
(しかし、これは一体)
ヴィルは椿をじっと見た。
そこからどう見ても小柄な少女である。一体、何故彼女はこの異端者収集用の船に捕えられていたのだろうか。
東金出身の奴隷が隣国では流行っているというのは耳にしたことがあったが。
「ヴィルヘルム様!」
部下が部屋に転がり込んできた。見ると肩を負傷している。
「どうした?」
ヴィルは部下に駆け寄り尋ねた。
「あいつら、追い詰められて牢屋に閉じ込めていた異端者は外に放り出してしまいました。中には強力なのがいて俺たちが束になっても敵いません」
「くそっ………」
馬鹿なことをしやがって。
ヴィルは船の闇商人たちにいらだちを覚えた。こんな大きな港町付近で凶暴な異端者を世に放ってしまったら混乱してしまう。
「急いで俺はそいつらを仕留める!」
ヴィルはそう言い外に出ようとした。一瞬、ちらりと椿をみる。
ぼろぼろの衣を巻くというだけの寒々しい格好をしていた。
ヴィルは上着を脱ぎ椿にそれを投げつける。
「お前はここにいろ」
そう椿に言い聞かせ部屋を飛び出した。
「〔寒いから着ろってさ〕」
上着をどうすればいいのかわからなかった椿にクラウディオが教える。
「〔え、と………何があったのですか?〕」
少女は不安そうにクラウディオを見つめた。クラウディオはにこりと笑い椿の頭を撫でた。
「〔心配することはないよ。ちょっと仕事の後片付けをしにね。君はここにいるんだよ〕」
そう言いクラウディオもヴィルの後を追い部屋を飛び出した。




