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Kamelie(旧作)  作者: ariya
::3 海岸の商人::

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29/56

1.東のもの

 ブラウペルレ港の朝はたいへんにぎやかであった。朝の漁業を営むものたちは魚を得て港へ戻ってくる。

 町に入ると新鮮があちこちで売りさばかれていた。魚料理店も豊富であり良い香りについ頬がとろけそうになってしまう。

 それをクラウディオに指摘されては椿は顔を真っ赤にした。頬を染め後ろへ下がろうとするととんと男の胸があたり椿は慌てて振り返った。

「すみません」

「人通りが多いんだ。気を付けろ」

 ヴィルヘルムはただ注意しながら、人の多さ、賑わいをみてため息をもらす。

「全く。こんなところで迷子になられては敵わない。馬車で来ればよかっただろう」

「そうはいかないよ。店まで馬車で行くと全く先に進めなくなってしまう」

 狭い道が多いのだとクラウディオは言った。

 それに滅多にみない町の光景を楽しむのもよいではないか。

 あまり騒々しいのを好まないヴィルヘルムはむすりと口を結んだ。


「あの、よろしかったのでしょうか」


 椿は申し訳なさそうにヴィルヘルムに伺った。何がと聞くと椿は眉を寄せて答えた。

「折角の休暇なのに私たちにお付き合いしてくださって………」

 別荘でゆっくりしてもよかったのではと自分を気遣う言葉にヴィルヘルムは何度目になるかわからないため息をついた。

「特にすることはないしな。それにまた迷子になられたら困る」

 自分の為に時間を割いてくれるヴィルヘルムに椿は申し訳なさそうに俯いた。

「気にするな。クラウディオが信用できないだけだ」

「なにおー。ちゃんと手をつなぐから大丈夫だよ」

 むすりと頬を膨らませたクラウディオはぎゅっと椿の手を握って前に進んだ。

 店は大通りから小さな小道に入ってすぐにある場所であった。紅い傘が置かれ、提灯と呼ばれるものが小道を飾り立てる。

 中に入ってみると青を基調にした異民族の衣装を着た黒髪の男が椅子に座って煙管をふかしていた。客人をちらりとみてこれは珍しいと驚いた表情を浮かべた。


「ここで東海人に出会うとは」


 にこりと微笑んで椿の方へ近づく。

 ヴィルヘルムが止めようとするが男はするりとすり抜けて椿の目の前までやってきた。

「私はシェートン。君は名前は何というのかな、美しき婦人」

「あの、私………」

 椿は目の前に顔を赤くして後退した。その手をとろうとシェートンは腕を伸ばすが、その前をヴィルヘルムが遮った。

「すまない。彼女は人見知りが激しいんだ」

「おや、………」

 ようやくヴィルヘルムの存在に気づいたシェートンは目をぱちくりとさせた。しばらく考えこみここは名乗った方がよいと判断した。

「失礼。私は貿易商を生業とし、この店舗の主のシェートンと申します」

「ヴィルヘルム・エーデルシュタインだ」

 その名を聞きシェートンはほほうと驚きの声をあげた。

「これは、名家の旦那さまがわざわざこの店に訪れてくれるとは恐悦至極でございます」

 恭しく頭を下げ礼をつくす。

 異国人のシェートンでもこのベルランド帝国の名だたる貴族の名前は把握しているようである。

 シェートンはちらりと傍にいるクラウディオに視線を移すと応えるようにクラウディオが自己紹介を始めた。

「俺はその友人のクラウディオ・ベルモンドだよ」

「これはこれは」

 シェートンは再度礼をした。

「そしてそちらのご婦人は? あなた方のお連れさまのようですが」

「彼女は椿。叔母の縁で留学中の客人だ」

 ヴィルヘルムがそう簡単に説明すると椿は頭を下げた。

「椿………東金の者ですね」

 シェートンの言葉にヴィルヘルムは驚いたように目を開いた。

「呼ぶときの音でわかります。少しだけですが、東国に商いで滞在したことがありまして」

 わずかであるが、東金の言葉は知っているとのことである。

 椿はふと棚に飾られている扇子に惹かれた。話の途中であるのについそちらへ目が向いてしまう。

「ここは東金の品物も置いています。懐かしいでしょう」

 シェートンが棚からいくつかの扇子を取り出し椿に見せた。

「あ、ありがとうございます」

 椿は扇子をとりだしそれを見つめた。

「お花の絵だね」

 後ろからクラウディオが覗き込んで、扇子の絵柄に興味を示した。

「はい。菊の絵です。こちらは桜で」

 椿はひとつひとつの絵柄を説明していく。

「これは女性用の扇子です。これで顔を隠すんです」

「顔を隠すのかい?」

「はい。成人した女性は夫以外の殿方に顔を見せてはいけませんので。こう顔を隠すんです」

 扇子を広げ、それで椿は自身の顔を隠した。しばらくそれを見つめたクラウディオはそっと扇子をずらし椿の方をじっと見つめた。

「東海の婦人は固いんだね。でも、こうして椿の顔をみないと不安になっちゃうなぁ」

 満面の笑顔で言うクラウディオに椿は顔を赤くした。

 奥の方の丸型の陶器製のテーブルに案内されたヴィルヘルムはそこでお茶をごちそうになっていた。お茶を淹れるシェートンはじっと椿たちを見つめた。

「仲がよいのですね。二人は恋仲ですか?」

「違うと思うが」

 確かに二人の姿は一見仲睦まじい男女にみえるだろう。だが、クラウディオは女性に対してはいつもあんな感じである。

「では、あなたと」

「いや、違う」

 何故そのようなことを聞かれるのかヴィルヘルムには理解できなかった。

「失礼。先ほど、ひどく大事になさっている様子と思いましたので」

 先ほどというのは初対面の際シェートンが椿に近づくとヴィルヘルムが守るように前に出たときのことだ。

「まるで自分の所有物を守ろうとしているようにもみえました」

 その言葉にヴィルヘルムはじろりとシェートンを見つめた。先ほどまで見られた笑顔がシェートンから消えていた。その視線には軽蔑の感情がみえていた。

「彼女はどこで購入したのです」

 その言葉にヴィルヘルムは嫌悪した。

「東金では最近は西海の者の人さらい、奴隷転売の行動に警戒して一部の国以外の国交は断絶しています。その一部の交易国はこのベルラントではありません。あの国が適齢期の淑女をこの国へ留学に出すでしょうか。彼女は人さらいに遭い奴隷転売された女性ですね」

 東海の最近の情勢には疎かったが、そうした内情があるのか。

「………ああ。彼女は違法船に捕らえられていた。俺はそれを取り締まり、彼女を保護したんだ」

「そうでしたか」

 シェートンはあっさりとヴィルヘルムを信じ、彼に向けてた冷たい視線を消し去った。

「失礼しました。西海の諸国の一部の者たちは東海人を家畜のように売買しているため警戒していました」

「あっさり信じるんだな。俺が嘘言っているかもしれないのに」

 先ほどの冷たい視線が嘘のようである。

「ええ、あなたがフローエ夫人の甥でなければ信じていませんよ」

「叔母上を知っているのか」

「知っているも何も上客ですよ。それにたいへん勉強熱心で、交流して数年で私の母国の言葉を覚えてしまいました。今では古典にまで手を出す始末………頭が上がりません」

 大学の講師の夫に持ち彼女自身も家庭教師をしていた経緯もあり勤勉な方であった。ヴィルヘルムの勉学をみている片手間で自分も新しいことを勉強している人で尋ねれると部屋にはずらりといろんな書物が並んでいた。石板やら木の札なんかもあったような気がする。

「彼女からあなたの話はよく聞いています。仕事優先に動いてなかなか身を固めようとしてくれなくて悩んでいると」

「ほう」

 異国商人に何をぶっちゃけているのだ。あの叔母は。

 内心そうひとりごちるが表情を出さない。

「あとはそうですね。私の支援者であるバルス卿からもあなたのことは伺っています」

 久しく聞いていない名前を聞きヴィルヘルムは顔をしかめた。

「あいつは今どこで何をいているのだか」

「この前までは天楽にいたそうでうが、最近はマジェンタ国に戻られたといいます」

 バルス卿というのは貿易商も営んでいる貴族アーロン・バルスのことである。父親はマジェンタ国の貴族で母親はベルラント帝国の貴族というハーフであり、父親が婿養子になるという形で婚姻を結んだという。ベルラント帝国とマジェンタ国の橋渡し的な役割を持つ貴族であるが、放浪趣味があり貿易船に乗り込んではあちこちの海を渡り歩いているという。そのためその代わりを果たしているのは彼の姉であり1年前会ったときは弟への愚痴を少し聞いてしまった。


「それよりも彼女………いずれどうするのですか?」


 ちらりとシェートンは椿を見つめて質問した。

「ああ、上司の命令でしばらく俺の家で保護している」

「国に返してあげないのですか」

「それは………この国では難しいことだ」

 椿もはじめはそれを望んでいたが、ベルラント帝国から東金へ届けるのはかなり至難の業であった。

「私ならできますよ」

 シェートンはにやりと笑い方法を述べる。

「まずは私の母国に入ってもらい、その上で母国の使節や貿易を受け入れる時期がありますのでその期間までに彼女を国へ送り届けます」

 口では簡単に言うが、そのためにはいくつもの準備が必要になる。

「それか私の母国で過ごすのもよいですね。ここで周囲から珍しい目で見られる日々を過ごすよりは似たような外見の国でいた方がまだ気が楽だと思いますね」

「それは………」

 シェートンの言い分にヴィルヘルムは応ともいえない。確かに今よりは気が楽になるだろう。珍しい肌珍しい黒髪と黒い瞳は何か人目を惹いてしまう。そして一部の者は差別的な認識をもっているのも事実であった。社交界でもそれで彼女が嫌な目にあっている。

「ま、気が向いたらいつでも私に話をください。ただし、お代は旦那さま持ちですよ」

 シェートンはただでは動く気はないと言った。

 店のものを眺めるだけでも時間が過ぎてしまい、気づけば夕暮れになっていた。

 帰りはヴィルヘルムが椿の手を握り町の中を歩いていた。

 少しだけ椿の足が鈍くなるのを感じヴィルヘルムはどうしたと声をかけた。


「いえ、綺麗だなと………」


 そういい海の方を眺めた。夕日が沈む前の赤く染まる海の面は美しく輝いていた。波の音に耳を傾け椿はほうっとその海を懐かし気に見つめていた。

 そういえば以前、彼女の過ごしていた場所は海に面していたと言っていたな。

「母国が恋しいか?」

「え、………」

 突然の質問に椿はきょとんとした。しばらく考えるようなそぶりをして椿はこくりと頷いた。

「ええ、恋しくないといえばウソになります」

 やはり帰りたいという気持ちはあるのか。それを感じ取りヴィルヘルムは心の中で考え込んだ。

 多少の代金くらいは自分は出せないことはない。ここで見知らぬ国で過ごすよりは母国に帰る方がずっといいはずだろう。

「もし帰れる方法があるとすれば、すぐにそれに乗るか?」

「いいえ」

 予想しない返答にヴィルヘルムは首を傾げた。

 帰りたくないのかと問うと彼女は帰りたいですと答えた。

 では何故………。

「ヴィル様に御恩があります。それをお返しするまでは帰りません」

 はっきりという言葉にヴィルヘルムはどこか安堵を覚えた。彼女は自分の傍にいてくれるのだ。

「そうか。不便はないのか? 心細さは」

「いいえ。こうしてヴィル様が手を握ってくださるだけで安心します」

「そうか」

 表情を崩すまいとヴィルヘルムはそれだけいうと椿の手を引き館の方へと歩を進めた。

「ああ、そこはハグでしょ」

 後ろからみていたクラウディオはぼそっとそれを呟いた。相変わらず二人の関係をみてはやきもきした気分になる。


 にゃー。


 猫の声が聞こえクラウディオはくるりと振り返る。白い猫がクラウディオの方へ近づいてきた。

「おかえり。うん、情報は手に入れたんだね。良い子」

 そういいクラウディオは白い猫を抱き寄せ頭を撫でた。あとでミルクとちょっと贅沢に魚をごちそうしてあげよう。

 白い猫は上機嫌にごろごろと鳴いた。

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