15.不老不死の魔女
馬車の中で椿はちらりとヴィルを見つめた。椿は悲しげに古城を眺めていた。
それにヴィルはどう話しかけていいのかわからずにいた。
「ありがとうございます」
椿はヴィルにようやく感謝の言葉を出した。
「また、ヴィル様に助けてもらいました」
はじめて出会ったときに一度、そして先ほどで二度目であった。
「この恩は決して忘れません」
「忘れていい」
ヴィルはそう言い椿の髪に触れた。そして、髪飾りをとりつけた。赤い椿の花の飾りを。
椿はガラスにうつるそれを見て悲しげに笑った。
「こんな魔女の私にここまで優しくして………本当にヴィル様はお優しい方です」
「俺はお前を魔女と思っていない」
「いいえ、私は………人ではありません」
椿は二人に真剣な面持ちで向き直り、自身のことを説明し始める。
「はじめて会ったときにも知らされたことでしょうが、私は800年以上の時を過ごした不老不死の者です」
「不思議だよね」
クラウディオはじっと椿を見つめた。
「どこをどうみても普通の少女なのに、どうしてそんな業を背負っているんだい?」
それに椿は困ったように笑った。
「大した話ではありません。私は随分昔に人魚の肉を食べてしまいました」
彼女が言うには人魚の肉は不老不死の妙薬でもあるといわれている。
「あの日から私の時間は止まってしまいました。一度は夫を持ちましたが、夫も年をとらない私に気味悪さを覚え妾を作ってよりつかなくなりました。相手の家も私の扱いに困っていたようでしたので、私は人里離れた場所に庵を儲けそこで父の弔いをしたいと申し出て家を出ました。それから何百年もの間そこで過ごし外に出ることはありませんでした」
「それで何をしたの?」
「特に………何も。ただお経を唱え、父を想い、山菜をとって過ごすだけの日々です。私は魔女ですが、本で読んだ魔法も使えませんし、薬の作り方も知りません。ただ死なない、老いない身しか持ちえません」
それでもそれは多くの権力者が求めてやまなかった不老不死には変わりなかった。椿は不老不死に憧れを持つ人々に狙われ、祖国を離れた遠い地まで運ばれ売買されそうになった。
「………それで?」
ヴィルは極めて冷静な声で椿に続きを求めた。
「え………それで、と申されますと?」
「俺が椿に優しくしてはならない理由はあるのか?」
そう言われ椿は困ったように俯いた。
「私は人じゃないですし、不気味な異端者です」
「そうか。特に害をなすわけでもない奴に何故俺は優しくしてはおかしいのか?」
「え………」
椿は頭を抱え混乱した。
「俺はお前を化け物だなんて思ってもいないし、お前が変に気負う必要もないと思っている」
「でも」
「俺がこうしたいからこうする。それでいいだろう」
ヴィルははっきりと言い放った。それに椿はどういえばいいのかわからなかった。
それにクラウディオがおかしげに笑った。
「ヴィルは椿のことが大好きなんだよ。だから、椿は気にせず彼に甘えればいい」
「お前は………」
変な解釈を入れてきてヴィルはきっとクラウディオをにらんだ。
「え? それじゃ嫌いなの。うわ、ひどい。なら椿は俺がもらおうかな」
クラウディオはそう言いながら椿の腕を引っ張った。
揺れる車の中立ちあがった椿はバランスを崩しそうになった。それをヴィルが支え、椿を腕の中に収めてしまった。
「あの………」
椿は困ったようにヴィルを見上げた。
「別に嫌いではない」
ヴィルはそう言いながらクラウディオをにらんだ。それにクラウディオはさらにおかしげに笑った。
椿はヴィルの腕に手を添えた。
「ありがとうございます」
そう笑う彼女を見てヴィルは目を合わせないように窓の外を見つめた。
◇ ◇ ◇
王都にあるヴィルの館にはフローエ夫人とエヴァが待機していた。すでに早馬でヴィルが無事椿を保護できたことと、例の事件の主犯を捕えられたことを知っていた。
窓から馬車が来るのを確認したエヴァはフローエ夫人にそれを告げた。
「無事帰って来たようだわ」
「そう、良かったわ」
お茶を飲みながら、フローエ夫人は安心したように微笑みお茶を飲んでいた。
エヴァはふうっとため息をついた。
「………椿さんには悪いことをしたわ」
さすがに罪悪感はあった。今回の事件解決に椿を利用したのは公爵の提案であったが、それを止めることなくエヴァとフローエ夫人はそのように仕向けたのだ。
「ええ、彼女にはうんとお詫びをしないと」
一緒に謝りましょうね。
そうフローエ夫人はエヴァに笑いかけた。それは教え子に向ける教師のものであり、エヴァは懐かしく感じながら頷いた。




