14.ぬくもりに縋る
「あ………」
ヴィル様。
ヴィルは無言のまま椿を見つめ、しゃがみこみ彼女の顔を覗き込んだ。
「ツバキ、大丈夫か。」
椿はこくりと頷いた。身体が震え、声がうまく出なかった。
椿の姿を見たヴィルは何も言わず自分の上着を脱いだ。
「………とりあえずこれを着ろ」
ヴィルはそう言いながら上着を椿に着せた。
「あ、……ありがとうございます」
しっかりと上着を着た椿にヴィルは頷き抱きしめた。彼から感じ取るぬくもりに椿はひどく安堵した。
ふと目を開けるとヴィルの後ろにハンスがまわりこんでいた。酷く無表情で、恐ろしくヴィルを見つめている。椿は思わず青ざめた。
ヴィルが振り向くのが早いか、ハンスが腕を振り下ろすのが早いかと思う前に銃声が鳴り響いた。
「ヴィル、早く椿を連れて外へ」
出口に立っているのはクラウディオであった。ハンスに向け発砲したのは彼だったようだ。
銃弾は腕に命中し、ハンスは腕の痛みに打ち震えた。
ヴィルは椿を支えながら入り口へ近づいた。
クラウディオは何も言わずハンスの頭に命中させた。
「おいっ」
確かに助けられた身で何も言えなかったが、それでも今回の事件の主犯を殺すのはまずかった。銀十字でしかるべき場を設け調べなければならないからだ。
「心配する必要はないよ。ハンス・フランケンシュタインを見てみなよ」
ヴィルはハンスを見て驚きを隠せなかった。ハンスは目を充血させ、三人を睨みつけ右手の指を頭に突っ込む。確かあそこは銃痕があるところだ。
ぐちゃぐちゃと音を立て指で頭の中を抉っている音が部屋中に響いた。あまりの光景にヴィルは言葉を失った。必死に椿の顔を胸元へ押さえつけ見せないようにした。普通の人間には耐えがたい光景であった。
「銃弾を取り出そうとしているよ。普通、頭を打たれた人間がする行為じゃないよね?」
「何なんだ、あれは………」
「だから、さっきの話で聞いたでしょ? あれは死体を繋ぎ合わせて作られた化け物だって」
クラウディオはパーティーホール内でハンスから感じた違和感を思い出した。今ならわかる。彼の方から感じ取れるものは冷たい土の中でもがき苦しむ感覚に似ていた。ホール内では多くの香水と匂いで感じ取れなかったが、今ならよく匂いを感じられる。土と死の匂いであった。
「あれはフランケンシュタイン男爵が作ったつぎはぎの死体の化け物さ」
クラウディオは冷たく言い放った。そんな彼にクラウディオはあきれ果てた。
「何だよ、それ。そんなもの………」
「ありえない? でも、あんな人間もいないよね。しっかりしてよ、ヴィル。君は異端者の事件を解決することを義務つけられているだろう」
クラウディオは普段から想像できない冷たい視線をハンスに向け続けた。
「っふ………ははははははは」
ようやく銃弾を抉りだしたハンスは突然笑いだした。
「怒らないでよ……ああ、痛い。何これ……銀? 僕を吸血鬼か狼人か何かとでも思っているの?」
ハンスは取り出した銃弾を見つめてその成分を確認した。
「まぁ、やっていることは同じだろ? その鉄の処女で若い娘を三人も殺したんだから」
「そうだね、血は啜っていなし、浴びてもいないけど……そういうことになるね?」
クラウディオはかつて吸血鬼と呼ばれた伯爵夫人が己の美を維持するため若い娘の生き血を鉄の処女で搾り取ったことを揶揄して言い、ハンスはそれを解し返してきたのだ。
ヴィルは血がべっとり付着している鉄の処女を見つめ吐き捨てた。
「悪趣味な………それで椿も殺すつもりだったのか」
「とんでもない。僕は彼女が死ぬとは思っていない」
あっけらかんと言うハンスの言葉にヴィルは苛立ちを覚えた。
「そんな物に入れられたら出血多量で死ぬだろっ」
「彼女は魔女だから死なないさ」
「……………」
ハンスの言葉に椿は悲しげに俯いた。
「魔女だと?」
魔女という言葉にヴィルは首を傾げた。確か以前にも彼女はそう呼ばれていた気がする。
「こういう扱いを生業にしているなら知っているはずだよね。彼女は魔女………、彼女の能力はどんな怪我を負ってもすぐに治癒してしまう」
ヴィルは以前のことを思い出した。出会ったとき椿はヴィルを庇い、背中に大きな傷を負っていた。しかし、医者に見せる前にその傷は綺麗になくなってしまっていた。
ヴィルは椿を見つめるが、ツバキはびくっと震えヴィルから視線をそらした。それを確認したハンスはおかしげに笑って椿に手を差し出した。
「椿、こっちへおいで。この男は君をやっぱり拒絶する」
「………あ」
ハンスに差し出された手にツバキはどうすればいいのか困惑した。心の中ではヴィルに化け物と思われているのではないかという恐怖が込み上げてきた。
「僕の元へお嫁においでよ。ああ、そうか……鉄の処女に入れられるのは嫌だったね」
ちらりとハンスは鉄の処女を一瞥した。
「でも、これが一番君が本物だってわかる方法だったんだ。でも、君がどうしても嫌ならやめておこう」
諦めたようにハンスは目を閉ざし言った。そして、椿に笑いかけ身体の傷を見せた。
「君は僕と同じ化け物なんだよ。僕と一緒にいればいい。それが自然なんだ」
「ふざけるなっ!」
ヴィルは椿を強く抱きしめながら叫んだ。
「俺がいつこいつを拒絶した。勝手に決めるな! お前には渡せない。椿をここまでおびえさせ苦しめたお前になんかに渡せないっ」
「ヴィル様」
椿はどうしていいかわからなかった。しかし、今の言葉が本当なら自分は彼に拒絶されているわけではないと思った。おそるおそるヴィルの腕にしがみついた。
ヴィルはそれに反応して椿をさらに強く抱きしめた。もう離さないといっているようにも感じられた。
「……………」
ハンスはじっとその様子を眺め、ため息をついたと思ったらすぐにその場に座り込んだ。
クラウディオは拳銃のレバーをまわしながらハンスの方へ近づいた。ハンスはくすっと笑って、両手をあげた。
「ああ、いいよ。別に抵抗する気はないし、好きにすれば。でも僕はそんなんじゃ死ねないよ」
「ハンス・フランケンシュタイン………今ここに銀十字の関係者が来る。それまで拘束させてもらうよ」
クラウディオの言葉にハンスは皮肉気に笑った。
「僕を拘束してどうするんだい? 昔のように僕を火あぶりにして処刑するかい?」
百年以上前に行われた異端者への弾圧の手法をあげてきた。クラウディオはそれに眉ひとつ動かさなかった。
「そのことは上が考えるさ。俺たちは上からの指示に従うだけ」
「………くす、クラウディオ・ベルモンド。君の方が彼より騎士っぽいね」
「残念でした。騎士はヴィルなんだよね。俺はどっちかというと道化師さ」
クラウディオはくすりと笑って、ハンスの言葉を否定した。
◇ ◇ ◇
クラウディオが言っていた通り、城に数人の男が入って来た。ヴィルが所属する組織の要員だ。
彼らの調べによると城の研究室の棚の中に女性の原形を留めていない死体が三体見つかったとのことであった。これによりハンス・フランケンシュタインの容疑は明白なものとなった。
彼らは厳重にハンスを拘束し、それを見届けたヴィルはツバキを連れ馬車に乗り込んだ。二人が乗ったのを確認してクラウディオも馬車に乗り込んだ。
すでに夜は終わりをつげ、日の光があたりを照らしていた。先ほどまで不気味に見えた古城の壁がきらきらと輝いてみせた。




