13.痛みの記憶
ハンスは椿の手をとり、別の部屋へと案内した。扉を開けると暗い回廊がみえた。とても暗く奥にはさらに階段があった。
「………」
あまりに深い闇に椿は怖くなり逃げようとした。しかし、ハンスはしっかりと彼女の手を握って逃がそうとしない。大丈夫とにっこりと笑って、ツバキを奥へと引きずるばかりであった。
ようやく辿り着いた奥の扉をハンスはゆっくりと開け、中へツバキを案内した。真っ暗な部屋に灯りがともされた。明るくなった中の様子を見てツバキは悲鳴をあげた。
部屋の中は黒く変色した血で汚れていた。しかし、ツバキが悲鳴をあげた原因はその血ではない。ツバキは青ざめながら部屋の中を見まわし、部屋の中央にあるものを見て大きな悲鳴をあげてしまった。
それは鉄の処女………古くから存在する拷問具であった。中の刃物はうまい具合に急所を外すように作られているので中に入った者はなかなか死ぬことができない。中で痛みにもがきまた刃物で抉られる残酷な道具である。
「今まで三人、この中に入れたよ。全員、そのまま大量出血で死んじゃった」
「…………」
椿は三人という言葉を聞き思いだした。確か例の失踪した貴族の娘の数も三人であったはずだ。では、フローエ夫人が言う通り彼が例の事件に関わっていた。いや、実行犯だったというわけか。
椿はおそるおそるハンスの顔を見つめた。
ハンスは相変わらず柔らかい笑みで鉄の処女を見つめた。そして、しばらくしてからツバキに振り向いた。その異様な表情に椿は恐怖を覚えた。
「でも、君なら大丈夫だよね。この中に入っても生き延びれるよね、本物の魔女だから」
「っ………!!」
なんということか。この男は今からツバキをこの中へ放りこもうとしているのだ。
椿は内心冗談ではないと叫びたかった。しかし、思うように声が出ず、足が震えその場にしゃがみこんでしまった。
「どうしたの?」
想像すればすぐわかるというのにハンスはわざわざ椿の反応の理由を尋ねた。ちらりと見ると覗きこむ彼の表情にはどうして椿が怖がっているか理解できていないようであった。
「いや………」
青ざめて震えた声で言う彼女にハンスは首を傾げた。椿は一生懸命今言いたい言葉を絞り出した。
「これは嫌………」
ようやくその言葉を出し、椿はその中に入れられるのを拒否した。
「これは嫌なの?」
ハンスの言葉に椿はこくこく頷いた。
確かにこれを見ておぞましく感じない女はいないだろう。先の三人の娘たちもそうだった。
しかし、彼女の小さく震えるその様は三人とは違った。
経験したことのある恐怖に怯えているという風に感じられた。
「ひょっとして中に入ったことあるの?」
「っ………」
ハンスが尋ねた瞬間、椿はさらに顔を青ざめた。その様子にハンスは嬉しそうに言う。そして、ぺたぺたとツバキの頬を髪を身体を触った。
「あは、………生き延びたんだ。あの中に入っても、全く傷ひとつ残さず治癒したんだぁ」
「あ………あぁ…」
思い出すおぞましき日にツバキは身を震わせた。
椿が異端者として、奴隷として捕え放り込まれた船の中で、何度か余興として鉄の処女の中に入れられたことがあった。椿は何時間もその中でもがき、さらに刃物で抉られる痛みに耐えねばならなかった。
許しを請うても誰もツバキの言葉に耳を傾けない。外から内へはいってくるのは男たちの笑い声のみであった。
どんな傷を受けてもたちまち治癒してしまうとはいえ、あの痛みは壮絶だった。しばらく恐怖と激痛で動くことができなかった。一晩高熱にうなされたこともあった。全て治癒するのもかなり時間がかかった。ようやく痛みが消えたのは三日程経った頃であった。
しばらくすると船の者は思い出したように椿を鉄の処女の中に放り込みそれを楽しんでいた。
傷を受けても全て完治してしまうとわかっていたから。
椿がどんなに苦しんでいるのに、誰も彼女を助けない。むしろ彼女の苦しむ様を酒のつまみのように彼らはにやにやして酒を飲んでいた。
ようやく解放された椿は近づいてきた男に助けを求め縋りついた。男は何かを言い、そして椿の身体に酒をかけた。その時全身に走る痛みと苦痛にツバキは絶叫した。
「いや!!」
椿は髪を振り乱し、ハンスの袖を掴んで縋りついた。
「やめて、あれは嫌ぁ! 何でもします。何でもしますからあれだけは嫌!」
「うん、そう? 嫌なの?」
椿は必死に頷いた。思いだす恐怖の日々、ようやく解放されたと思っていた。ヴィルに出会いようやく恐れる必要はないと思った。それなのにまたあの恐怖を経験しなければならないとは。
「ふーん……そうだね、僕も実験であれ入れられた時は本当に辛かった。今もあの時の傷が瘢痕として残っているよ」
そう言いハンスはシャツをめくった。腹と胸に瘢痕化しもりあがった傷が見えた。死なないとはいっても彼の場合は椿程の治癒能力は持っていないようであった。
「本当に君には傷が残っていないのかな?」
ハンスは疑問を抱き、椿のドレスを破って脱がせた。
「っ………」
突然のことでツバキは逃げようと思ったが、すぐに動かないようにした。びりびりと破られたドレスが無残に床に落ちる。そして、下着も何もかも剥がされてしまった。
ハンスにじろじろと裸体を見られ身体のあちこちを撫でられツバキは身じろいだ。とても苦痛だったのだが、あの鉄の処女に入れられないならばと恥に耐え抜いた。
「へぇ、全然傷ひとつないね。綺麗だ」
「………」
「でも、これじゃ本当に鉄の処女に入っても大丈夫だったのかわからないや。もう一度入ってよ」
その言葉に椿は首を横に振った。
「どんな風に治癒するか見てみたいな。君なら、あの中に入ってもまた綺麗に治癒するよね」
「いやぁっ!やめて、やめてお願いっ」
逃げ出そうと暴れるツバキをハンスは抱きしめて抑えつける。そして、少しずつ鉄の処女の方へ近づけさせた。
近づく度にツバキは叫び声をあげた。
「僕は見たいんだ、君が僕と同じく長くそしてどんな目にあっても生きられるかどうか。僕を孤独にしないかどうか」
「やだぁ! やだぁぁっ!! ヴィル様ぁ………」
ハンスはその名を聞いて苛立ちを覚えた。思わず椿の頬をひっぱたいてしまった。
どうしてこんなことをしてしまったのかハンスはすぐに理解できなかった。椿がヴィルの名を呼んだのが余程不愉快だったのだろう。
椿は頬を抑え痛みに震えた。
「ヴィルヘルム………か。君はすごく彼に懐いているね」
「むぐっ」
ハンスはぐっとツバキの顎を捕え、ゆっくりと口の端の血をなぞって拭いた。
「ねぇ? 何であんな人間を頼るのかな? 優しくしてくれたから? でも、どうせすぐ君を置いて死んじゃうよ」
「……………」
椿は目を横に逸らした。ハンスはそっと彼女の耳に囁きかけた。
「ねぇ、彼は君をどう思っているの? こんな化け物じみた能力持って何も思わないのかな?」
「やめてくださいっ」
ツバキは両手で耳を抑え震えた。ハンスはツバキの肩を撫でながら笑いかけた。
「怪我してもすぐ治癒しちゃう化け物の君は薄気味悪いって思うかも。ああ、外面だけはよくして、裏でどうやって遠ざけようとか考えているのかな」
「やめてくださいっ」
「君を殺すかもね、いや……死なないとわかってどこかに閉じ込めちゃうかも、だって彼は……っ」
ハンスは後ろから肩を掴まれ反射的に後ろを振り向いた。
その瞬間、ハンスは殴り飛ばされ横に転がり込んだ。突然解放された椿はわけがわからず、ハンスが振り向いた方へ顔を向けた。




