11.死んだ子供
ヴィルが出した書類の中に写真があった。写真には一つの小さな墓石が写されていた。
墓石にはこう記されている―――Hans Frankenstein。
ヴィルが手に入れた資料はフローエ夫人が以前言っていたハンス・フランケンシュタインはとうの昔に亡くなったというもの。
「ハンス・フランケンシュタインは生まれた時からとても病弱な子であったらしいですね。しかし、最後にできた子の為フランケンシュタイン男爵はとても彼を愛していた」
ヴィルの綴る言葉にクルーケンベルグ男爵は何も言わず耳を傾けていた。その表情はかなり焦燥としていて青ざめていた。
「そして、幼くして亡くなってしまわれた。それはひどい嘆きようだったでしょう。何しろ彼の死を拒絶し、葬式も碌にしなかったようですから」
亡きフランケンシュタイン男爵は元から人付き合いがほとんどない気難しい性格だったとのこと。その性格はさらに度を増し、彼は城から一歩も外へ出ることがなかったという。
「そこに仕えていた使用人の話によると研究室にずっと籠りっぱなしだったらしいですね。その中には死んでしまったハンスの遺体がずっと安置されていたらしいです」
そして、フランケンシュタイン家に仕える使用人たちの間で密かに語れる話題があった。死んだハンスを科学の力で蘇らせようとしているのだと。
「時折、あなたの父君も参加していたらしいですね」
「ふっ………あなたはサイエンス・ファンタジーがお好きなようですね。それはあくまで噂……ファンタジーとリアルの区別くらいわかるでしょう」
クルーケンベルグ男爵は向き直り、彼の提示した事実を認めた。
「ええ、勿論、あなたの言う通りです。ハンス・フランケンシュタインは三十年前に亡くなっています」
それにフローエ夫人がじっと写真を見つめて呟いた。
「では、今のハンス・フランケンシュタインは………研究により蘇ったということですか」
「おやおやフローエ夫人ともあろう方までファンタジーとリアルの区別がつかないのですか?」
まだ肩を揺らしながら笑い、言い続けた。
「そんなことはありえません。実のところハンスは失意のまま研究に没頭するフランケン男爵に同情した父が一時の慰みに連れてきた女性が生んだ子供なのですよ」
子が生まれ、フランケンシュタイン男爵は歓喜した。新たな子にハンスの名前をつけ、ようやく葬儀を拒絶していたハンスの遺体を埋葬したのだ。
クルーケンベルグ男爵はこのことをあまり公にしないで欲しいと三人に頼んだ。
「ハンスはもうすぐ男爵につく。売春婦の子供だという噂をたてられては困るのですよ」
ヴィルは彼の様子をじっと観察して何も言わない。ただ少し首を縦に揺らした程度であった。
「そろそろ宜しいでしょうか? パーティーにそろそろ戻らねば………」
クルーケンベルグ男爵がソファから立ちあがろうとしたのをヴィルが止めた。
「あと、一つ………」
あくまでこれは私用にすぎないのですがと付け加えた。
「私の連れである椿という女性を知りませんか?」
クルーケンベルグ男爵はああ、頷き知っていると応えた。
「あの東海の美しい少女。ええ、こちらに来た折伝えようとしていたのをすっかり忘れていましたよ」
クルーケンベルグ男爵はため息をつきながらツバキに同情の言葉を寄せた。
「いやぁかわいそうでしたよ。あのようにホール内で罵倒されて、かなり怯えていましたよ。彼女は泣きながら帰りたいと仰って当家で丁重にお帰ししました。馬車を手配しエーデルシュタイン家へお送りしてね」
「それは間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
男爵は首を縦に振り頷いた。ヴィルは笑って、礼を述べた。
「それはありがとうございました。ところで、その馬車は今ここに戻っているのですか? 御者と話がしたいのですが」
「いえ、まだ馬車は戻ってきていません。エーデルシュタイン家の館からは随分距離がありますしね」
その言葉にヴィルはじっと鋭く男爵を見つめた。
「もう一度聞きます。私の連れのツバキは確かにあなたの馬車で我が館に送られ、その馬車はまだこちらに戻っていないのですね」
ヴィルに突然見つめられ少したじろいだ男爵はこくりと頷いた。
「はい、間違いありません」
「では、おかしい」
はっきりと断定するヴィルに何のことだと男爵は首を傾げた。ヴィルは続けて言った。
「クルーケンベルグ家の馬車は全部で五台あります」
「………ええ、よく御存じで」
「なのに、クラウディオが今確認したところ館内の馬車は五台あるそうですよ」
しばらく無言のクルーケンベルグ男爵はようやく口を開き笑って言った。
「………ああ、今戻って来たのでしょう。では、御者をお呼びしましょう」
突然大きな衝撃音が出て男爵はびくりと震えた。ヴィルが突然テーブルを叩いたのだ。ヴィルはきっと男爵を睨みつけた。
「クルーケンベルグ男爵、あなたは嘘をついている」
「嘘……とは」
「クラウディオは馬車の御者に聞いたところ、馬車はパーティーが始まってから一台も館から出ていないようです」
「………」
「それに、あなたは椿がどんな女性を知らない。彼女はとても遠慮深い……余所の家に馬車をわざわざ手配してもらってまで俺に何も言わず帰ることなどありえない」
ヴィルはさらに目に力を入れ、男爵を逃がさないと目で射抜いた。射ぬかれた男爵はそのまま張り付けられたかのように動けなかった。
「彼女は四人目の失踪者になった、そしてあなたが何らかの形で関わっている」
しばらく沈黙が流れた。クルーケンベルグ男爵はしばらく考え込んだ。そして、ようやく口を開いた。
「………っふ、ここまでですか」
その顔は諦めたと言っていた。
「認めたな。で、ツバキはどこへ?」
「………ハンス・フランケンシュタインの城。だが、もう遅い。彼女はすでに生きてはいないだろう」
その言葉にヴィルはぴくりと眉を動かした。
「なんだと」
「ハンスの嫁試験で死ぬのさ」
クラウディオが横から入って男爵に詰め寄る。
「どういうことです」
クルーケンベルグ男爵は皮肉気に笑って応えた。
「ハンスはね。探しているのですよ、自分と同じ化け物を」
「化け物?」
「さっきあなたも言ったでしょう? ハンス・フランケンシュタインはすでに死んでいる。そして、あのハンスは売春婦に生ませた子ではない」
多くの死体と生体を使って生みだされた化け物なのだ。
どんな傷にも絶え、朽ちることのない肉体を持った化け物…………。
その為普通の人と一緒になっても、すぐに孤独になってしまう。それは先の創り主の死で彼はよく理解していた。
自分と一緒になっても先に逝ったりしない娘を、だがそんな娘存在しやしない。
魔女でもない限り。
「だから、彼は捜していた自分と同じ肉体を持つ化け物、魔女の娘を。そういう人間を探しては手ごろな娘を見つけてテストをしてみる。だが、あのテストに合格する者などいない。受かる前に普通は死んでしまう」
「さっきあなたはサイエンス・ファンタジーがどうのと言っていたではないですか?」
ヴィルの言葉にクルーケンベルグ男爵は鼻で笑った。
「ええ、信じられないでしょう」
ですが、いるんですよ、本物の化け物が。
「それを生みだしたのはフランケンシュタイン男爵と皮肉にも我が父………おかげで私はハンスに脅されましたよ」
父が生体実験で犯した罪を暴露する。それが嫌だったら嫁探しに協力しろと。
だから、クルーケンベルグ男爵は最近頻繁にパーティーを開いていたのだ。若い娘たちを集め、彼に自分と同じ存在・魔女なのではと思った娘を見つけ出させていた。
「まぁ、その分彼は依頼料として莫大な財産を私にまるまる譲ると言ってきました。そのパーティーの金も全てハンスが負担しているので悪い話ではないと思いました」
そして、クルーケンベルグ男爵はハンスの花嫁探しに協力し、その犠牲者として三人の娘が失踪したのだ。馬車ごと。
男爵の話によると馬車の御者はすでに処分されているという。
事件の真相がわかったので、一刻も早くツバキを助けにいこうヴィルは立ちあがる。そしてふと気になった疑問を男爵に投げかけた。
「その嫁試験とは何ですか? 受かる前に普通は死ぬとは………」
クルーケンベルグ男爵は皮肉気に笑って答えた。
ヴィルはクルーケンベルグ男爵が言う試験内容に眉根を寄せ嫌悪の念を抱いた。
そして、すぐに部屋を飛び出した。
「ヴィル!」
クラウディオが呼ぶ前に彼は消えてしまった。ずっと聞き手にまわっていたエヴァはクラウディオに振り向き依頼した。
「ベルモンド、行って。彼をよくサポートしてあげて」
「しかし、………」
「このクルーケンベルグ男爵のことは私に任せて。後で銀十字の者をそちらに送るから」
クラウディオはフローエ夫人の方にも視線を送る。彼女は即座に力強く頷いた。
クラウディオはすぐに部屋を出てヴィルを追いかけた。
ようやく追いついたところで彼は己の馬車にすでに乗って扉を閉じるところだったのでクラウディオは慌ててこじ開け中に入り込んだ。




