9.待たされる者
用意してもらったクルーケンベルグ家の控えの部屋にてヴィルとクラウディオとフローエ夫人は待機していた。
ヴィルはソファに座ってじっと黙っていらいらしていた。目の前のテーブルには例の赤い花の髪飾りが置かれていた。
クラウディオは窓の方へ行き外を眺めていた。たまにちらちらとヴィルの様子を垣間見していた。
そんな二人の様子にフローエ夫人はため息をつき、お茶を啜る。
とても静かな空気が流れていた。
つい先ほどまでヴィルとクラウディオが口論していたとは思えない。
パーティーホールから消えたヴィルが真っ青な顔になってホールへ戻ったのはつい2時間ほど前。
椿を敷地内隈なく探したが見つけ切れなかったヴィルはパーティーホールへ戻り、クラウディオに問い詰めた。ハンス・フランケンシュタインはどこだと。
血相を変え、混乱しきっている彼は例の少女失踪事件に関わりがあると思わしきハンスを疑ったのだ。
ツバキが失踪したのはハンスが何かやったのではないかと。
クラウディオはヴィルを落ち着かせ、クルーケンベルグ男爵に特別に用意してもらった控室へ連れて行った。そこで自分が得た情報を話すと言いながら。
そして、この控室にはすでにフローエ夫人がいて、顔色を真っ青にしている甥を迎えた。心配する夫人にヴィルは大丈夫だと言いながら、クラウディオが手に入れた情報を聞くことにした。
―――ヴィルが椿とダンスを始めたばかりの時、ハンスはヴィルが慌てる様はどんな感じだろうと話していた。話しかけられた貴族の娘は首を傾げ想像できないと応えた。
「ヴィルヘルム様が慌てた姿? 想像できないわ」
いつも毅然とした態度をしているところしか見たことがなかった。
「いつもクールであの厳格な眼差しが素敵なのよねぇ」
うっとりと呟く娘にハンスはおかしげに笑った。さっきの会話を交わしたヴィルの感想を述べた。
「でも彼、結構怒りっぽいよね」
「それは寡黙だからそう見えるのですわ」
「そうかなぁ。あ、ねぇ。あの東海人の女の子を君たちはどう思う?」
ハンスに質問され娘たちはお互い曖昧な表情で頷き合った。
「え……どうって……ねぇ?」
このあたりでは珍しい彼女の肌の色………白いようでいてうっすらバター色が合わさって彩られた肌の色は娘たちの真っ白な肌とは違う魅力を放っていた。
黒い絹のように艶やかな髪に黒曜石の瞳。その上あの美しい貌はこのパーティーでのヴィル・クラウディオ・ハンスと共に注目の的となっていた。
彼女に興味を抱かない紳士はいないが、ヴィルがちらりと睨みつけ追い払ってしまうのだ。ヴィルが席を外している時も、クラウディオがあっちのデザートすごく美味しいんだよ、と言いながら彼女を遠くへ誘導してしまいなかなか近付ける好機がなかったという。
フローエ夫人に東海の娘は何と言う名前か何とか話せないかと相談してみたのだが
「あら、私たちを差し置いて若い蝶がお目当てなのね」
とくすくす笑って拗ねた素振りを見せはぐらかされる始末であった。
とても魅力的な謎の異邦の美少女と言われると同時に、良からぬことを言う影も当然あった。
東海の女が何故パーティーに参加しているのだと。
この国では、周辺の国もそうであるが、彼女のような人種の地位はとても低かった。奴隷として売買されることも珍しくなかった。
「彼女とお話がしたいなぁ。どうすればいいと思う」
ハンスの質問に娘たちは困ったようにまたお互いの顔を見合わせ言った。
「どう、と言われても………」
「ハンス様、あまりあの娘に近づかない方が……他の方に見られれば何て言われるか」
「おや、でも、エーデルシュタイン殿はどうなるのだい?」
ハンスの言葉に娘たちは口を閉ざした。
「ねぇ、許せないと思わない?」
「許せないとは何でしょうか?」
娘たちはわからないといった具合に首を傾げた。
「彼女が二人の男を独り占めしているのに」
「……………」
娘たちは再び何も言わなくなかった。何も言わないのはハンスの言うとおりの感情があったからだ。
東海娘の分際でヴィルヘルム様だけでなくクラウディオ様を独り占めなんて図々しい奴だ。
しかし、どうしろというのだ。
椿の背後にはエーデルシュタイン家がついているのだ。傍系とはいえ、ヴィルの出身家は国内ではかなりの力を有していた。敵に回すとあとあと面倒なことになることくらい娘たちは重々知っていた。
見たところ、フローエ夫人にも気に入られている。兄弟が彼女の推薦により名門学校に通っているという者も少なくないのだ。
邪魔しようといえど、後のことを考えると何もできなかった。こうして妬みの視線を送るのみである。
ふと娘はある一人の娘に声をかけた。
「ねぇ……あなた、あなたならあの娘を追いだせるのではなくて」
「え……私」
「そうよ、あなたの家はエーデルシュタイン家とほぼ同格のはずだし……ちょっと東海娘に言っても大丈夫じゃないかしら」
突然、指名された娘は困惑した。確かに自分の家はエーデルシュタイン家に劣らない。その自負があった。しかし、憧れのヴィルヘルムの怒りを買うのではないかという思いから何もできずにいたのだ。
「大丈夫よ。だって相手はヴィルヘルム様じゃなくて東海の娘よ」
「あなたがきつく言えばヴィルヘルム様もあの娘を贔屓にしていたことに気付くはず」
なかなか乗り気しない娘にハンスが背中を押した。
「大丈夫だよ、いざとなったら僕がエーデルシュタイン伯爵をなだめるから」
「………そうね」
こうして作戦は実行に移されたのだ。
◇ ◇ ◇
それを聞いたヴィルが鬼の形相で怒りだした。やはり、今回の主犯はハンスだったのだ。彼の元へ飛び出そうとしたがそれをクラウディオが押さえつけた。
「ハンス・フランケンシュタインはすでに帰ってしまったよ」
「………じゃぁ」
ヴィルにクラウディオは頷いた。
「館中どこを探してもハンス・フランケンシュタインも椿もいないよ」
「…………」
「今、フランケンシュタイン家へ乗り込もうとか考えるなよ。今からお前は大事な仕事に取り掛からなければならない。今、クルーケンベルグ家に話を持ちかけているところだ。エーデルシュタイン家の当主として……騎士としてお前は冷静に対処しなければならない」
無言のままのヴィルにフローエ夫人は言い聞かせた。
「ヴィル、これは公爵の指示でもあるのよ。」
公爵という名詞を聞き、ヴィルはぐっと唇を噛んだ。
娘一人よりも公爵の指示を優先せねばならない自分に歯がゆさを覚えた。
「………くそっ」
ヴィルはようやく部屋を飛び出すのを諦め、ソファに座り込むじっとしていた。怒り、焦り、苛立ちといった感情を押さえ込んでいく。




