7.似つかわしくない場
「あ、ヴィル様」
ヴィルが近づいてきたのに気づいた椿は彼の元へ駆け寄った。
「楽しんでいるか?」
「はい、とっても………あちらにあった料理やお酒がとても美味しかったですよ。あ、あのパスタも良かったです」
「食べ物ばかりか」
ヴィルは笑いながらツバキの頭を軽く叩いた。それに椿は嬉しげに笑った。
「ヴィルにとってはツバキが食べ物に夢中で他の男に興味抱かなくて安心しているんだよね」
こそっと耳打ちして揶揄するクラウディオにヴィルはうるさいと舌うちした。
椿がじっとヴィルを見詰めているのに気づきヴィルは首を傾げた。
「どうした?」
「あの、ヴィル様。私と踊っていただけないでしょうか」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。椿は顔を真っ赤にして申し訳なさげに後ずさりした。
「あ、すみません。女の私から声をかけるなんてはしたないですよね」
「いや、元から俺はお前を誘う為に戻ってきたんだ。なのに、お前に先に言われるとはな」
苦笑いするヴィルにクラウディオは再びからかっていた。
「ヴィルがとろとろしているから椿から声をかけちゃったんだよ」
クラウディオの言葉にヴィルはうるさいと言った。
「あの、フランケンシュタイン男爵は?」
「ああ、軽く話をしてきたよ。向こうが女性とダンスしたいとか言うから丁度いいと思って戻ってきた」
その言葉にクラウディオはやれやれとため息をついた。
「何だ、ツバキのために自分から戻ってきたんじゃなくてハンス・フランケンシュタインに気を遣ってもらって来たのか。ヴィルがすっごい俺を睨んでいたから彼も困っていたんだな」
「………そんなに俺は睨んでいるように見えたか?」
「自覚無し? それでよく騎士が勤まるね」
「騎士?」
耳慣れない単語にツバキは首を傾げた。
そうしているうちに新たに曲が流れ始めた。ヴィルはそっと椿の方へ手を差し伸べる。
「椿……俺と一曲踊ってはくれないか」
それを聞き椿は嬉しそうにはにかみ、彼の手をとった。
「はい、喜んで」
それに満足げに笑ったクラウディオは二人を見送った。
「行っておいでよ。その間に俺がハンス・フランケンシュタインを見張っているから」
「ああ」
そう言いヴィルは椿とともにホールの中央へと歩んでいった。それをクラウディオは満足げに眺め、ようやく狙いの男の方へ視線を向けた。
向こうで女性と談笑しているハンスを見てクラウディオは首を傾げた。彼は確かに女性たちに囲まれ楽しげに話しているが何か違和感を感じた。
「あんなに女性に囲まれちゃって……なんて羨ましい奴」
クラウディオは冗談めかしに呟きながら内心首を傾げるままだった。
何か違和感を感じる。彼の持つ雰囲気に………。
先ほどフローエ夫人に示されたときは一瞬だけちら見した程度で何とも感じなかった。しかし、今こうして注意してみると違和感を感じていた。
◇ ◇ ◇
「ずいぶんうまくなったな」
ヴィルは椿のテンポに合わせる様に気を遣いながら動いた。練習の成果もあるが、椿の足取りは随分綺麗になっていた。
「はい、ヴィル様とクラウディオ様のおかげです」
彼女のその言葉にヴィルは少し照れた。
「ありがとうございます。仕事で忙しいというのに、私のダンスの練習に付き合ってくださって」
それを言われヴィルは何も言わずじっと椿の顔を見つめた。黙ったままであったため、また何か失言でもしたのかと椿は思った。
「あの、何か………」
「ああ、悪い。どうも俺は黙っていると怒っていると誤解されるようだ」
「す、すみま」
「謝るな。そうだな、口で言わないとわからないよな」
今さらながらそう感じた。ぶっきらぼうでいつも怒ったような表情のヴィルは椿にとって感情を読み取れないわからない存在であるはずだ。クラウディオは朗らかな性格でわかりやすいから一層際立って無愛想に見えただろう。
彼女にはきちんと言わなければ伝わりにくいだろう。
「俺は嬉しいんだ………お前が嬉しそうで」
あと、お前とダンスができて嬉しい。
その言葉を言ってしまってヴィルの顔が赤くなった。同時にツバキの顔も赤くなった。しばらくして、ようやくツバキは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、私、すごくうれ…」
その言葉が最後まで綴られることはなかった。
「きゃっ」
ツバキは突然横からの衝撃に体制を崩し、ヴィルの腕を擦り抜けその場に倒れてしまった。
「ツバキ、大丈夫か、すまない」
もっとちゃんと掴んでおくんだった。
「いえ、私……」
「ちょっとあなた!」
ヴィルの差し出した手を掴もうとした椿に上から高い怒りの声が降りかかった。
「なんてことしてくれるのっ! 私のドレスを踏んでくれて!」
ツバキは下を見ると曲がって床についた膝の下に少し貴族の娘の青のドレスの裾が挟まっていた。
ツバキは慌てて、膝を直して頭を下げた。
「申し訳ありませんっ」
「謝ればすむと思っているの? すっごく気に入っていたのにっ。台無しだわ」
娘の金きり声に内心いらっとしたヴィルであったが、極めて冷静な声で娘に言った。
「ああ、すみません。クリーニング代は私が出しましょう」
娘はヴィルの方へ振り向き上品に笑った。
「これはヴィルヘルム様。ありがとうございます。でも、私はこの子に言っているのです」
娘はきっと椿に振り返り、もう一度例の高い怒りの声をあげた。その声の大きさに椿はびくりと震えた。
「もう、あなたに踏まれてこのドレス着れないわ」
「すみません。弁償しますので」
ツバキはその場で小さくなり、そういうしかなかった。その言葉に娘ははっと小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あなたが弁償? できるの? これがいくらしたかもわからない東海の田舎娘のくせに」
「…………」
「出てってくださる。あなたのその肌の色、目の色……不気味で仕方ないわ」
ヴィルはツバキと娘との間に割り込み言った。最後の言葉は明らかに椿に非はないものであった。
「あなたはドレスを台無しにされて怒っているはずだ。でしたら私がそれ相応の弁償をさせていただきます。どうか怒りを収めてください」
「ヴィルヘルム様も大変ねぇ。こんな田舎娘の面倒を任されてこんなところで恥をかかれるなんて」
娘の言葉に椿の胸にぐさりと鋭いものが突き刺さる感覚を覚えた。自分のせいでヴィルに迷惑がかかってしまったのだと痛感し、青ざめた。
「っ、いい加減に……」
ヴィルの怒りは我慢できないまでに達し、娘の方に平手打ちをしよと手を構えた。しかし、椿の声でその手が払われることはなかった。
「申し訳ありません。確かに私には分不相応な場所でした」
椿は立ち上がり、改めて娘に頭を下げた。そして、ゆっくり顔をあげ言い続けた。
「出て行きます。ですから、怒りを収めてくださいっ」
「椿、そんなことをする必要はない」
椿はじっと悲しげにヴィルを見詰め、申し訳なさそうに呟いた。
「すみません……っ」
ツバキはそのままホールの出口に向かって走った。
「ツバキ!!」
ヴィルがツバキの手を掴もうとしたが遅かった。するりと彼女の腕はすり抜けて行き、彼女を捕らえることができなかった。
「くそっ」
彼女の後を追おうと自身も走るが、人が邪魔でうまく前に進めなかった。次から次へと人にぶつかりながらヴィルは椿の後姿を目で追った。
「ツバキ! 待て!!」
しかし、椿は振り向くこともなくするりするりと人の間をうまく避けきり出口に到し、外へと消えてしまった。




