6.ダンスパーティー
経済的に芳しくないと噂されるクルーケンベル家のホールはとてもそうとは思えないほどきらびやかで華やかであった。
そのホールにヴィルたち一行が入場した際、貴族たちはそれに注目した。特に若い貴族の娘たちが歓声をあげた。
「まぁ、エーデルシュタイン家のヴィルヘルム様よ。最近お忙しかったのか、パーティーでお見かけしたのは本当に久しぶりだわ」
「フローエ夫人がヴィルヘルム様を引っ張ってきてくださったのよ」
「クラウディオ様もご一緒よ。珍しいわね」
「夫人には感謝しないとっ!」
娘たちは密かに憧れている殿方のヴィルに、そしてクラウディオにきゃきゃっと声をあげていた。
そんな中ふと一人が見かけない少女・椿を見て少女たちは首を傾げた。
「………あら、あの娘はどなたかしら?」
「え……さぁ」
見ない顔だわね、と娘たちは首を傾げた。
「………ねぇ、あの娘の肌の色」
椿はさきほどから感じる視線に困惑し、尋ねてみた。
「あの………どこかおかしいところがあるんでしょうか」
「そんなことないよ。可愛いよ」
クラウディオは優しく微笑み返した。
ヴィルは視線の理由をぶっきらぼうに説明した。とても面白くなさげであった。
「ツバキが珍しいんだよ。その肌や髪・目の色はこの辺ではあまり見ないから」
確かに椿の肌の色は西海ではあまり見ないものであった。辰国との交流を持たなければ見ない肌の色であっただろう。
ヴィルの不機嫌さの原因が自分にあると椿は感じ取り申し訳なさげに言った。
「あ………すみません」
「ヴィル」
その様子にクラウディオは舌打ちした。言うにしてももう少し優しく安心させるように言えないのかと瞳で訴えるがヴィルは無視した。
ヴィルは周囲に内心不満そうに視線を配った。
椿に向ける稀有な物を見るような視線にいらいらしていた。
(あまりじろじろと見るな)
椿を異国から取り寄せた動物のように撫でまわすように見る者たちに嫌悪感すら覚えた。ここで椿から目を放し、一人にさせてはどうなるかと思うと安心できない。
ヴィルは貴族の良さも悪さも知っているため油断ができなかった。
「あまり、俺とクラウディオの傍を離れるなよ」
「あ………はい」
椿は一応気にかけてくれていると感じ取り、ほほ笑んだ。
「…………」
相変わらず不機嫌そうな顔のままのヴィルに椿はやはり不安を抱いた。それに、クラウディオは気にするなと囁いた。
「ヴィル!」
貴婦人が親しげにヴィルの方へ駆け寄ってくる。上品な青のドレスに身を包んだフローエ夫人であった。
「どうも」
ヴィルが挨拶し、椿もそれに倣い挨拶をする。それを見てフローエ夫人は満足げに笑った。
「椿さん、とてもよくお似合いよ。やはり、私の目に狂いはなかったわね」
自分のコーディネートを自負した。
「ええ、夫人のセンスはさすがです」
そう言いクラウディオが彼女を称賛した。
「それで叔母上、例の男は?」
「あちらよ」
そう言いフローエ夫人は扇子である青年を示した。金髪の美しい青年がそこで女性と楽しげに歓談していた。
年の頃はヴィルとあまり変わらなそうである。
外見は女を夢中にさせるほどの端麗な顔であった。クラウディオと良い勝負だなとヴィルは感じた。
「行ってくる」
そう言いヴィルはフローエ夫人に目配せした。
「では、椿さん。向こうでお喋りをしましょう。私の友人もあなたに興味を抱いておいでなのよ」
フローエ夫人は椿の手をとり、三人の貴婦人の方へと連れて行った。
「俺も行こうかな」
クラウディオはそう言いながら二人の後を追った。ちらりとヴィルの方へ視線を移す。
ヴィルの表情にわずかに心配している感情がみえた。それにクラウディオは任せてよと一言言った。ヴィルはそれでとりあえず安心したのか例の男の方へと近づいた。
「フランケンシュタイン男爵」
呼ばれた青年は首を傾げヴィルの方へ視線を移した。間近でみれば本当に美しい青年であった。
「あなたは?」
「私はヴィルヘルム・エーデルシュタインと申します。私も会話に混ぜて欲しいのですが、よろしいですか?」
そういうと一緒に話している女性が勿論と応えた。
「ロートバッハ領の伯爵家の御子息ですよ」
女性はハンスにそうヴィルの説明をした。それにハンスはああと頷いた。
「では、いずれは伯爵になられる方ですか」
「いえ、伯爵家を継ぐのは兄です。私は傍系なので大したものではありません」
「ですが、ベルンハルト公爵の部下として優秀だという噂を聞いています」
ハンスはヴィルのことはある程度のことは知っているようであった。ヴィルは苦笑いして言った。
「それは公爵の指導がよいからです」
「ご謙遜を………僕はこの年になってもまだ立ち居振る舞いがよくわかっていなくてね。君のような同年代の人にあえて嬉しく思うよ。できたら色々教えて欲しいな」
ハンスの要望にヴィルは勿論と応えた。しばらくいろいろと二人は話しあった。ハンスはかなり陽気な性格で時折冗談を言っては同席している女性の笑いを誘った。
「いやぁ、ここであなたと出会えて良かったよ。クルーケンベルグ男爵に感謝しないと」
「ところでクルーケンベルグ男爵とはどのような付き合いで?」
ようやくヴィルは本題に乗り出した。今回ハンスに接近したのは彼の人柄とクルーケンベル男爵との関係を確認するためであった。
「昔、父が研究で助けていただいたのです。僕が幼い頃から彼の父親とも面識がありますよ」
「ほう」
ヴィルは興味深げに声をあげた。
記憶を辿ればかつてはクルーケンベルグ家もかつては科学者を多く輩出する学者の家系だったという。ヴィルが昔使っていた教材にもその名が刻まれていたことがあった。
「昔から病弱でろくに外に出られなかった若い僕を心配して下さって。他の貴族たちと少しでも馴染めるようにとパーティーに招待してくださったのです」
「そうですか」
しばらく聞く側に回っていた女性がヴィルに質問してきた。
「そういえばヴィルヘルム様もパーティーに来られるのは久々ですね」
「ええ、いつも館に閉じこもって書類とにらめっこの私を叔母が気遣ってか引っ張り出したのです」
ヴィルはにこりと微笑んで返した。
「まぁ、フローエ夫人とは仲がよろしいのですね」
「ええ、母を幼い頃になくした私にとって母のような存在であり、教師でありますので………尊敬しております」
最後に一言深く呟いた。それは上辺の言葉ではなく本心であったのだ。
「夫人に感謝しなければ、久々にヴィルヘルム様とクラウディオ様にお会いできて目の保養にさせていただきました」
「………それは私もです。お美しいお嬢さんに会えて嬉しく思います」
その言葉に若い娘はぽっと頬を朱に染めた。
「でしたら私の家でのパーティーにも是非参加してください。もうすぐ私の誕生日がありまして……」
「ええ、勿論。是非お呼び下さい」
「ハンス様も是非」
ハンスはにっこり笑って喜んでと返した。
「……………」
内心ヴィルはもやもやした気分であった。
本来自分はこんな社交辞令を使う性格ではない。いつもぶっきらぼうで女性にも思い遣りの言葉が欠けていた。
心配したフローエ夫人がクラウディオに頼み込んで、クラウディオによって何度か訓練された言葉をようやく振りだけでもできるようになった具合だ。
ヴィルははじめは嫌がっていたが、そうした方が情報が得やすいというのを知ってから社交界では何とか取り繕うようになった。しかし、いつもだと疲れるのであまりパーティーに参加する気力が起きなかった。
お喋りを続けていると、優雅な音楽が流れてきた。
「……あら、ダンスの始まりね」
女性の言葉にヴィルはちらりとホールの中央をみた。目の端にツバキの姿が入り、内心動揺した。彼女はクラウディオに手をとってもらい、ホールの中央へと移動していた。
クラウディオの背中に手を回し、ツバキは楽しそうにダンスを始めた。練習の成果なのか、とても美しい足取りであった。
ヴィルは目でそれを追いかけており、女性もそれに気がついた。
「あちらで踊っている東海の女性はヴィルヘルム様と御同行なさっていた方でしたね」
「ええ、我が館に滞在している友人の椿です。遊学の為東海から来たのですよ。今回、折角だからと連れてきた次第です」
「まぁ、そうでしたの………とても可愛い娘ね。赤いドレスがよく似合っています」
「彼女が聞けば喜びますよ」
女性と椿について会話を続けているとハンスが揶揄する口調で言った。
「クラウディオさんに先を越されたね」
その言葉にヴィルはぴくりと眉を動かした。じっとハンスを見詰めると彼はやんわりと微笑んだ。
「君も彼女と踊りたかったんでしょう?あの二人を見ている目がちょっと悔しげに見えた」
ハンスの言葉に若い娘は驚いてヴィルに振り返った。
「まぁ、では彼女はヴィルヘルム様の恋人?」
「はは………友人ですよ」
「ふーん」
ハンスはくすりと意味深げに笑った。
「でも、君たちがこのホールに入るとき、君はずっと彼女の隣で周りを睨んでいたね。まるで牽制かけているようだった」
わざとなのかハンスはヴィルの神経を逆撫でするように言っていた。
ヴィルはハンスを睨みつけた。ハンスはそれに動じずくすくすと楽しげに笑うのみだった。
二人の流れる空気に女性は居づらくなり、喉が渇いたと適当なことを言い退場してしまった。
しばらくしてすぐにハンスが謝罪を述べた。
「ちょっとからかってしまったかな。どうか、怒らないで欲しい」
「………いえ、怒ってなどは、少し驚いただけです。まさか、ホールに入ったときしっかりと観られていたとは」
「君は淑女たちに人気があるからね、目立っていたよ。後、あの娘………僕のいるところでは珍しい肌の色だったから。僕らとは違うバター色の肌、とても美味しそう」
ちらりと白い歯をのぞかせて言うハンスにヴィルはぞっとした。ハンスは冗談だよとすぐに笑った。
「行ってあげなよ。彼女、たまに君の方を見ているよ。君と踊りたいんだと思う」
「いえ、しかし………」
「僕のことは気にしなくて良いよ。僕もあちらのお嬢さんにダンスにお誘いしたいし」
ちらりとハンスが視線を移した先にワインを飲む美しい娘がいた。
「嬉しかったな。エーデルシュタイン家の御子息が僕に声をかけてくれて」
なかなか動こうとしないヴィルにハンスは急かすように言った。
「ほら、もうすぐ一曲終わるよ。今がチャンス。それとも僕が彼女をお誘いしようかな?」
「では、失礼致します」
「あと、僕に敬語は必要ないよ。同じ年頃だし、君の方が家格は上なんだし」
「………また」
「うん、今度はあの子も連れてきてよ。あの子と話がしたいな。あ、………大丈夫。変な意味はないから」
ヴィルはこくりと頷きハンスから離れた。丁度曲が終わる頃合いであった。
そんなヴィルの後姿を見送りながらハンスは楽しげに笑った。
「………ふふ、噂と違って面白い男だったな。思った以上に感情が出やすいみたいだし、それでよく銀の騎士に選ばれたね」
そして先ほどの話題の東海人の娘に視線を移した。
「本当に不思議な肌の色だなぁ………バター色で、だけど、結構白い」
ヴィルがやってきて、嬉しげに彼に駆け寄るその姿を見てハンスは笑った。




