4.語らい
夕飯の時間になり、椿はヴィルに配膳を行っていた。だいぶスムーズに物を運んでいけるようになり、そのことをヴィルに言われると椿は嬉しそうに笑った。そしてちらりと椿はある席の方を気になってみやった。
クラウディオの席である。普段は時間になる前にお腹空いたとダイニングに現れて、食器を並べている椿にちょっかい出していたりしている。しかし、今はどこかへでかけているようであった。
「クラウディオのことは気にするな。帰ったときに適当に出すのだから」
そうヴィルが言うと椿は畏まって頷いた。
だいぶ彼女は使用人の領分を学んできているようだ。客として迎え入れたというのに彼女は自分のできることを捜し、ヨーゼフにいろいろと学んでいた。
「椿は」
「はい?」
何か尋ねられるのかと椿は身構えた。ヴィルは途中で聞くのをやめてしまった。
「何でもない」
「………はい」
椿はそれだけ言い追求することはなかった。来た当初はおどおどしており、聞きたそうな仕草をしていたが今では随分落ち着いている。
◇ ◇ ◇
ヴィルの館より少し離れた通りにクラウディオはいた。夜は深まり、都市部であるが人の通りが少なかった。その並ぶ家の屋根にクラウディオが腰を据えていた。
じっと通りの方をみるとショールをつけた若い女性が歩いていた。手には果物籠がかかげられていた。お遣いに出されていたが遅れてしまって暗闇の中急いで家へ帰る途中のようであった。
クラウディオはじっとそれを見て、昼にフローエ夫人と交わした会話を思い出していた。
買い物から戻ってきた椿がしばらくして疲れて眠ってしまった後、フローエ夫人はクラウディオのいる部屋へと入った。
そこは小さな図書館のように本棚がずらりと並んでおり、古い書物が並んでいた。ほとんどがフローエ夫人がヴィルにあげたものであったり、クラウディオが集めたものであった。はじめはヴィルの私用のものもあったが、あまりに量が増えてしまい仕事に必要な資料なものはヴィルの書斎へ移動してしまっていた。その為、この部屋を使うのはほぼクラウディオだけだといっていい。
「何を考えているの?」
部屋の中で本を読んでいたクラウディオにフローエ夫人が近付き尋ねた。
「ヴィルはあのパーティーに椿を行かせるのをよしとしていないようだったよ」
「そうね。でも、ベルンハルト公爵の提案なのよ」
そう言われればヴィルは何も言えない。しかし、まだ異国に慣れていない椿を社交界へ連れて行くのはやはり抵抗がある。
「東海の不老不死の魔女となればハンス・フランケンシュタインは興味を持つかもしれない」
クラウディオはそう言うとフローエ夫人はこくりと頷いた。
ハンス・フランケンシュタインの父はかなり変質な科学者であった。死体を漁って人体の実験を行うこともよくあった。また、不死の話に対して深い興味を持っていたとされていた。
それを父に持ち、末っ子でありながら遺産の全てを与えられる程可愛がられていたハンスが興味を抱かないはずがなかろう。
つまり、ハンスを釣り上げる為に椿を利用しようとしているのだ。
それを知ればヴィルは嫌がるだろう。だから、フローエ夫人に振り回された形で椿を連れて行こうと考えたのだ。
「ベルンハルト公爵がヴィルに嫌われない為の取り計らいだね。でも、提案したのは夫人じゃないね」
クラウディオの言葉にフローエ夫人は肩を竦めた。この亜麻色の髪の美青年にはだいたいのことはすでに検討がつけられていたようである。
「エヴァに頼まれたのよ」
「やっぱりね。公爵はヴィルに包み隠さず椿を利用することも伝えようとしたけど、それで確執が生まれるかもしれないと感じたエヴァはフローエ夫人に今回のようにことを運んでもらうように頼み込んだ」
フローエ夫人を信頼しているヴィルはいつも通り叔母に振り回されてしまったと感じ、それ以上のことは考えないだろう。
「しかし、エヴァも大したものだ。あの一回きりしか椿に会っていないのにもうヴィルが彼女に傾倒しているのに気づくなんて」
「一応、幼馴染だからね」
エヴァは椿が組織に運びこまれたときのヴィルの様子と時折椿の件で報告するヴィルの表情をみて察知したのである。
「ま、普段は女性に優しくないヴィルには良いことだし、今回のパーティーで少しはましな対応になってくれたらいいなぁ」
ヴィルはかなりの武骨な性格であり、女性に対しぶっきらぼうな態度であった。成人して恋人の一人でも作りなさいとフローエ夫人に窘めれても仕事の方を優先していた。造形は決して悪くなく女性に人気は高い方であるのだが、とフローエ夫人は残念に感じていた。
それが最近は異国からやってきた女性の椿に対しては気にかけている様子であると聞き、フローエ夫人はたいそう喜んだ。
「夫人から見て椿はどう映りましたか?」
クラウディオは本を閉じ脇に置いた。彼の問いかけにフローエ夫人は目をきらきらして語った。
「とてもかわいらしい娘だったわ。自信がなさそうな雰囲気だったけど、それは外の空気になれていないから。いずれ慣れてどこに出ても立派な女性になるわ」
でも、とすぐにフローエ夫人は悲しげに声を落とした。
「でも、時折見せる表情がとても儚げ………まるで幼い頃に読んだ物語のように泡となって消えてしまいそうなあやうさがあるわ」
クラウディオはそれを否定するように言った。
「あの物語は泡になったヒロインの恋が叶わなかったからさ。でも、この物語の王子様はヒロインに夢中さ」
「ふふ、そのようね」
フローエ夫人は改まってクラウディオに向き直った。穏やかな声でお願いをし頭を下げる。
「クラウディオ、あの子をお願いね。これからどんな物語になろうと、あなたが傍にいれば私は安心よ」
「それは俺を買いすぎですよ。夫人………」
二人はお互い見つめあって笑い合った。
しばらく、仲の良い旧知の友として気兼ねなく話し、フローエ夫人は館を去った。ヴィルにも一言挨拶をしてから、ヴィルとクラウディオに見送られながら。
◇ ◇ ◇
「放して!」
少女が夜の街中で叫んだ。クラウディオは屋根から下の光景をみる。少女が男に手を引かれているところであった。男は暗い外套と帽子で顔を見せない。だが、あまり好ましくない顔だというのはすぐにわかった。
「とても良い職場があるのだよ。おいで」
男はそう少女に優しく声をかけた。しかし、それは猫撫で声で男の声に似つかわしくなくぞっとするものだった。
「いやっ、放して」
にゃー
突然猫の声がした。二人はそちらの方へ目をやった。わき道の暗闇の中白猫がいた。猫は人の怯えることなく二人に近づいた。
「なんだ、この猫は」
男がそう呟き、猫をまじまじと見る。暗闇の中でも美しい白い毛並みであり、売ればそこそこ売れると考えた。猫に手を出そうとすると、突然目の前が真っ白になった。猫の顔が人一人の大きさになってしまったのだ。大きくなった白猫はにやりと笑い鋭い牙をちらつかせる。大きな青い瞳をぎょろぎょろさせ男を見つめていた。
「ぎゃー」
男は叫んでその場を走り去った。少女は腰を抜かしその場にへたりとしゃがみこんでしまった。白い猫はしゅっと元の大きさになり甘えるような声をあげ闇の中へ消えてしまった。
「大丈夫?」
後ろから声がした。少女はびくりと震え怯えた目で声の主を見つめた。そこに立っていたのはクラウディイオであった。
美しい青年が立ってて少女は思わずほうっとため息をついた。
クラウディオは優しい声で言った。
「若い娘がこんな夜中に出歩くのは感心しないよ。最近は人攫いや化け物が出ると噂になってて危ない」
クラウディオはそっと少女に手を差し伸べた。
「家まで送ろう」
そう言い少女はクラウディオに手を引かれる形で無事家に辿りついた。
「あの、ありがとうございました」
「早くおはいり。家の者が心配しているよ」
そう言い少女は急いで家の中に入った。思った以上に遅かった少女の帰宅に家の者が心配したという声が聞こえてきた。それを聞きクラウディオは笑い、その場を立ち去った。
脇に寄り添うように白猫が現れた。猫は甘えるようにごろごろさせてクラウディオの裾に頭をこすりつけた。
「良い子」
クラウディオが時計を取り出しそれを開ける。すると白猫は姿を消した。時計に飾られた猫の絵がすっと浮き上がってきた。それを確認してクラウディオは時計を懐に入れた。




