2.招待状
挨拶もお喋りもこの辺で終了にして、客間にいる四人はソファに腰をかけ話に移った。
「私が来たのは他でもないわ……」
フローエ夫人が出したのは一枚の封筒。手紙だ。
ヴィルがそれを受け取り、フローエ夫人に視線を送ると彼女は中を見るように頷いた。
許しを得て中のものをみる。上品な筆跡で書かれたパーティーの招待状であった。
「…………どこでもある貴族のパーティーの招待状だと思いますが」
「そうよ。ただのパーティーの招待状よ」
フローエ夫人はにっこりと言う。
「…………。これが一体何なんでしょう。パーティーの主催者のクルーケンベルグ家に何か問題でも?」
「クルーケンベルグ家は先日、事業に失敗して莫大な借金を背負っているわ。それなのに、こんな多くの貴族を招待する程の大きなパーティーを開く余裕があるかしら」
「パーティーで再起の為の資金集めをするために呼び寄せているのではないのでしょうか」
それにフローエ夫人はこくりと頷いた。
「私も資金援助をお願いする為のパーティーだと思っていたわ。最近色んな貴族を招待してパーティーを何度も開いているらしいの。同じ貴族を何度も呼んだり……でも、うちではこの手紙が初めて」
フローエ夫人は意味深な顔でヴィルを見つめた。
「でも、最近妙なことが起きているの」
「妙なこと………」
「最近貴族の娘が三人も消失したという話よ」
「……………ええ、その話は俺の耳にも届いています」
フローエ夫人は失踪した三人の娘について語った。
貴族の娘が失踪………その過程はさまざまだ。
二人は昼間友人の家に遊びに行くといってそのまま帰ってこなかったり、一人はパーティーから帰る途中に行方不明になったという。馬車ごと不明となったのだ。
友人の家に遊びに行った娘の場合、友人の下に連絡を出したがそんな約束はしていないと言う返事が返ってきたという。
娘に同情する者もいれば、どこぞの男の元へ行ったっきり帰ってこないのだと娘を人騒がせなと非難する者もいた。
娘の親たちは困り果てて、捜索願いを出していた。そして、かつて家庭教師をしたことがあったフローエ夫人にも協力を願い出ていた。その為、フローエ夫人はある程度の情報を仕入れているという。
「その娘たちの共通点はクルーケンベルグ家のパーティーに参加したということ。それぞれ別々の日にだけど」
「クルーケンベルグ家が彼女を誘拐したと?」
「そこまでは言えないわ。まぁ、否定する情報もないけど」
フローエ婦人はしばらく目を閉ざし、気になることをヴィルに伝えた。
「………気になることは、そのパーティーにはフランケンシュタイン家の当主も来ているそうよ」
「フランケンシュタイン家?」
「あのフランケンシュタイン男爵の?」
今まで聞く側だったクラウディオは身を乗り出して質問した。フローエ婦人はこくりと頷いた。
フランケンシュタイン男爵の話はヴィルも聞き及んでいた。
人間嫌いの科学者……毎日何を研究しているのやらじっと城の奥に引き籠っていると言う。噂では墓を荒らして死体を使って実験しているという話も珍しくない。まぁいわゆる変人である。変人がいればそうした噂が勝手に流れるものだ。
実際、国からの調査が入られたという話もあるが、証拠が全く見つからず結局ただの噂だと片付けられたと言う。
「ええ、あ………でもその噂の男爵はつい先日亡くなられて息子が後を継いだそうよ。だから来るのはその息子。このフランケンシュタイン男爵家はあまり良い噂は聞かないわ」
家を出た息子たちは闇商売に手を染めているとか。阿片の密売にも手を貸しているとか。
「今回来るのはずっとフランケンシュタイン男爵家に残っていた末っ子のハンスという男」
フローエ婦人は真剣な面持ちでヴィルに依頼した。
「ヴィル、ツバキと一緒にそのパーティーに参加しなさい。そしてハンスに近づいてある程度調べて欲しいの」
「その男が何です?今聞いたところ問題があるのは家を出た兄たち。末弟殿には関係ないかと思います。まさか例の娘の失踪に彼が絡んでいるとでも?」
ヴィルの言葉にフローエ夫人は口を閉ざした。
「…………。私の記憶違いじゃなければいいのだけど………」
「?」
「ハンス・フランケンシュタインはずっと昔に亡くなられていたと思うの」
「………それは……後から生まれた子にもハンスとつけたのでは?」
同じ名前を何度もつけるのはそう珍しいことでもない。親と子が同じ名前というのも珍しいことでもない。
「そうかと考えたんだけど、どうもね………こう頭のどこかで引っかかるのよね」
そう言いながらフローエ夫人は自分の頭を指差した。
「まぁ、私の思いすごしだと思うのだけど」
フローエ夫人は困ったように眉を下げ、ヴィルにもう一度お願いをする。
「一応彼に近づいて話とかしてみて欲しいのよ。聞いたところ年はあなたと同じくらいだそうだし。これは公爵からのお願いでもあるのよ」
公爵という単語にヴィルはぴくりと反応した。仕方なさそうに肩を竦めた。上司である公爵の願いならば断れない。
どうやらフローエ夫人は事件についてベルンハルト公爵に個人的に相談をしていたのだろう。そして、ベルンハルト公爵はこれを異変とみなしヴィルに事件解明の指令を出したのだ。
「………つまり公爵も伯母様と同じ不審感を抱いておいでなのですね」
フローエ夫人はこくりと頷いた。
「杞憂であればいいとも彼はおっしゃっていたわ」
「………………そう、ですね」
確かにフランケンシュタイン家は叩けば何かしら埃が出てきそうである。
今までパーティーに上がることがなかったのに、若き当主の代になってからひょっこり出てくる。
いつまでも城に閉じこもらず社交関係もしっかりしなければという考えかもしれない。それなら別に良い。
しかし、娘の消失事件とほぼ同時に現れたとなると何かあるかもしれない。
まぁ、関係がなくとも探りを入れてもいいかもしれない。
事件と関係なかったら悪かったと思えばいい。
「わかりました。ハンス・フランケンシュタインに関しては任せて下さい」
「頼んだわよ、ヴィル」
「………で、ツバキは? 何故、一緒に?」
「勿論、友達に見せびらかすのよ。可愛い東金国の娘が甥っ子の家にいるって………そしたらみんな、見たい見たいって」
目の周りをきらきらと光らせてフローエ夫人は言った。それを聞きヴィルは呆れてしまった。
「ツバキはとても人見知りしやすいので、仮に小さなパーティーだったとしても……」
心配だと言いたかったが、ヴィルには他にツバキにパーティーに行ってほしくない理由もあった。
無論、東海人であるツバキを毛色の変わった猫のように見る者も当然いるだろう。それはヴィルにとってあまり楽しいものではない。
この世界の人間は東洋の者を同じ人として見ていない者が多いのが現実である。
現に隣国では東海の人間を奴隷として売買することが公然とされている。
「大丈夫よ」
何が大丈夫なんだとヴィルは夫人を見つめたが、夫人はほほっと笑う。
「椿も折角我が国にいらしたのよ。この国のパーティーに参加するのもいいわよ」
全ての会話を理解できずにいた椿は不安そうにヴィルを見つめた。
ヴィルは簡単な言葉を使いゆっくりと説明した。それを理解した途端椿は顔を真っ赤にして無理ですと叫んだ。
「大丈夫よ。とっても楽しいから。いろんな人との交流、美味しい料理やダンスとか」
「私、この国の踊りは知りません」
椿は困ったように俯いた。
「あらぁ、まだ教えてなかったの?」
フローエ夫人はちらりとヴィルとクラウディオを見詰める。クラウディオはにこりと笑ってその視線に答えた。
「そろそろ教えたいなぁと思っていました」
「ならいいわ。まだ一週間あるのだからその間に集中的に教えてあげなさい。基本だけでもいいから」
「でもっ」
「椿、私ははい以外の返事は聞きたくないの。来てくれるわね?」
「………」
「あなたに一目見たときからパーティーでみんなにどう自慢してやろうかとそればかり考えていたのよ」
沈黙する椿にフローエ夫人はたたみかけるように喋りかけ悲しげな素振りを見せた。
「私には娘はいないし、息子は異国へ留学したまま帰ってこないし寂しいわ。娘を持つ気分を味わいたいの」
「…………………」
「来て欲しいわ………あなたと一緒にパーティーへ行きたいわ」
フローエ夫人はずいっと身を乗り出して、ツバキの両手を握り締め捕らえた。
「来てくれるわよね、椿?」
きらきらの視線に耐えかねて椿は反射的に声を出した。
「はい」
最後はごり押しでツバキはパーティーに参加させられる羽目になった。
どうやら彼女はごり押しに弱い性格のようであった。
ヴィルは改めてそう感じた。




