序.古城での思い出
暗い寝室の中、ベッドに横たわる老人は子の名を呼んだ。
「ハンス……いるか」
老人はやせ細った手で我が子の姿を求めた。その手を傍らにいた青年は優しく握り締めた。
「ここにいるよ。父さん」
「おお、ハンス」
ハンスの存在を確かめ老人は嬉しそうな声をあげた。
その声は弱弱しくか細いものだった。まだ元気だった父の姿を思い出してはハンスは悲しげに笑った。
「ハンスよ、私の最後の息子よ。お前に私のこの家と膨大な書物……そして研究資料を全てお前に譲ろう」
「でも……僕は……兄さんたちが」
ハンスは兄たちに遠慮した。父の莫大な遺産を自分一人が継ぐなど兄たちに申し訳なかった。
「あいつらなど……老いぼれたこの私を捨てた白状物だ」
老人は腕に弱いながらも力をこめ、ぎゅっとハンスの手を握った。
「私にはハンスだけが残ってくれた。そして私の唯一にして最後の友人であってくれた」
「父さん」
「すでに弁護士にも話を通してある。この城も財産も全てお前の物だ。私の死後、男爵位も得られるように手配してある。この家の興亡はお前に任せよう。あの馬鹿どもに決して明け渡さないでおくれ」
「………」
「頼む。頷いてくれ……」
「………………」
ハンスはなかなか頷こうとしなかった。老人は少し急かして声をあげた。
「ハンス」
その悲しげな声にハンスはちりっと心が痛みようやく頷いた。
「わかったよ。この城は僕が譲り受ける」
「…………ありがとう、ハンス。…………………そしてすまない。許してくれ」
お前を一人残していくこの父を………。
「ああ、せめてお前と同じ者がいたらいいのに。お前を決して孤独にしないお前と同じ永劫の時を生きることができる者」
「………そんなの魔女しかいないよ」
ハンスは苦笑いして言う。老人は残念そうに呟いた。
「そうだな………いや、お前を孤独にしないのなら魔女でもいいかもしれん」
「わかった。僕がお嫁さんを見つけたら一番はじめに父さんに見せてあげるよ」
それを聞いて老人はにこやかに微笑んだ。
「とびきりの魔女を連れてきてあげるからびっくりしてね」
「……ふふ、連れてくる前に宣言しては驚きも半減だ」
ようやく笑った老人にハンスは嬉しそうに笑った。
「………そうだね。…………」
老人の手から力が落ちて行った。その笑顔が最後となり、老人は全く動かなくなった。
ハンスはしばらく何も喋らず老人の手を握った。
これから何をすればいいのだろうか。
それすらも思い浮かばない。だって何をしてももう父は笑ってはくれないのだ。
「ああ、そうだ。お嫁さんを見つけないとね」
ハンスを決して一人にしないハンスと同じく人間の常識を逸脱した存在――――魔女を。
父の死後、遺産は全てハンスのものとなった。老父が死ぬ前に全ての相続に必要なことは全て準備してもらっていたからハンスの手を患う程のことではなかった。
他の兄たちが不満そうな反応を示していたが、この城を敬遠していたため特に何も言ってこなかった。
父が死んでから一か月が経過した。城の中の膨大な書物を漁りながらハンスは考えを巡らした。
「うーん。お嫁さんかぁ……たくさんパーティーの招待状でもばら撒けば父さんの言うような魔女が来るかな?」
しかし、パーティーを開くにも何をどうすればいいのか思いつかない。
そうだ、あの男に頼んでみよう。父さんと一緒に研究をしたあの男に………いや、確か彼もすでに亡くなっていたはずだ。
確か彼には息子がいて、………ではその男に頼んでみよう。




