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ゴリラスタッフの一日

作者: 風白狼

 凍える大気にまだ低い朝日が差し込む。暖色の日差しも、閑散とした朝靄の中では寒さを強調してしまう。そんな日を遮る、一人の影が歩いていた。年は二十代後半のまだ若い男性で、体格はがっしりとした筋肉質だ。男は息を白くする寒気にも負けず、胸を張って歩いていた。

 男は豪華な建物の裏に入りこむ。そこには隠れるように佇む小屋があった。男はアルミの戸を開け、小屋の中に入る。

「おはようございます」

「おお、おはよう」

 すでに小屋にいた先輩に頭を下げ、男は戸を閉めた。ストーブの焚かれた小屋内は、それでもまだ寒かった。男は自分にあてがわれたロッカーを開け、上着を脱ぐ。化繊のコートから出ると、男の鍛えられた筋肉がよりはっきり見えるようになった。特に腕は、薄い袖の上からでも力こぶがわかるほど盛り上がっている。男はそれを見せびらかすでもなく、淡々と着替えを進めていた。

 上着を脱ぎ終わると、小屋の奥にある“仕事着”を引っ張り出す。もこもこと温かそうなそれのチャックを開け、足からすっぽりと着込む。腕を通し、チャックを閉めれば、黒と灰色の毛皮を纏っているようであった。最後に専用のかぶり物で頭を覆う。長い毛に覆われた体と露出した黒い胸板。顔はリアルさよりも可愛らしさを強めたデフォルメ。男はゴリラをモチーフとしたマスコットキャラクターへと変身を遂げたのだ。

「着替えは終わったか?」

 くぐもった声で先輩が尋ねる。彼もすでに黄橙色の猿のキャラクターになっていた。男は先輩の言葉に頷く。

「はい、終わりました」

「よし、では行くぞ」

 先輩が言うと、男は小屋の戸を開けて外に出た。



 男達が働いているのは遊園地だ。ジェットコースターや観覧車など、様々なアトラクションを備えたそこそこ大きな遊園地。しかしデザインは可愛らしいものが多く、どちらかというと家族連れに親しまれている。現に、着ぐるみを着た彼らが歩くと小さな子供達が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ねーねー、ウホウホやってー」

 子供達の中には無邪気にそうねだってくる子もいる。ねだられれば、マスコットキャラクターとして応えてあげない訳にはいかない。男は着ぐるみ姿で両腕を掲げた。毛皮に覆われた両腕で胸を叩く動作――ドラミングをやってみせる。そうすると、子供達は手を叩いてはしゃぐのだ。中には真似をする子もいる。そんな子供達を見ていると、男も着ぐるみの中でそっと顔をほころばせる。

 親の方はと言えば、せっかくだから写真を撮ってもらおうと並んでいるものだ。自分の子供がゴリラの傍まで行くと、スマフォのカメラを向けて撮影する。男はカメラを向けられると、子供達の方を軽く抱いてカメラを見る。時には子供を抱きかかえて撮影に臨むこともあった。鍛えている男にとって、子供の一人や二人抱きかかえるくらいなんてことはない。

 一家族の撮影が終わって、次の家族。7歳くらいの女の子が待ちきれないとばかりにゴリラに扮した男に駆け寄った。男は優しく女の子の頭を撫で、親の方を見る。カメラを準備する母親の足下に、女の子の弟らしき男の子がいた。男の子は親の足に隠れながら、ゴリラ姿の男を凝視している。恥ずかしいのか怖いのか、なかなか足の影から出てこようとしない。撮影待ちの列はまだある。困った母親はなんとか男の子をゴリラと撮ろうと必死だった。それでも男の子はいやいやと首を振るばかり。それを察した女の子が手招きした。

「早く来りん。全然怖くないに!」

 女の子はやはり待ちきれないようだ。小さく跳ねながら男の子を呼ぶ。男も彼女に合わせて手招きする。姉である女の子に呼ばれると、男の子は少しだけ表情を和らげた。けれど、やはり来ようとはしない。と、男に付き添っていた係の女性が母親の元に歩み寄った。

「よければお母さんも一緒にどうですか? その方がお子さんも怖がらないでしょう」

 母親はわずかに驚いた顔をしたが、すぐにカメラを女性に渡した。男の子を伴ってゴリラの横に行き、カメラを見る。母親が隣にいるためか、男の子は安心した顔をしていた。スタッフの女性のかけ声をかける。そうして、その家族の撮影は無事終わった。



 やがて日は暮れ、人の姿も減ってくる。閉園時間になると、男は控え室となっている小屋に戻った。ゴリラの着ぐるみを脱ぎ、汗臭さから解放される。着ぐるみを戻していると、パチッと火の爆ぜる音が聞こえた。男は首を傾げ、音の元をたどる。そこでは先輩が餅を焼いていた。その餅を焼く道具を見たことがなかった男はそばに寄った。

「先輩、なんですか、これ?」

「うん? お前は火鉢を見たことがなかったか?」

 先輩は餅を焼きながら、陶器の鉢を軽くつついた。艶のある茶色の火鉢の中は灰が詰まっており、灰の上に乗った炭が赤く燃えている。手をかざすと優しい温かさが触れた。

 餅は網の上でぷうっと膨らむ。焦げ目が付いたところで醤油に浸し、皿に載せた。男は先輩から焼けた餅を受け取り、口に運ぶ。熱く伸びる餅は醤油の香ばしさがよく合った。

「海苔があるとよかったな」

「いや、醤油だけでも十分美味しいですよ」

 男と先輩はもぐもぐとそんなことを笑い合った。無言になると、燃える炭がコトリと倒れる。寒い小屋の中、火鉢の周りは暖かかった。

「#フォロワーさんの好きな要素を詰め込んだ短編を書く」のタグにて、「筋肉(腕橈骨筋:腕の屈曲と回転をする筋肉)」「焦げゆく暖房」「ゴリラ」「遊園地」でした。


 新年初投稿がこれって……

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