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第八話 模擬戦の始まり

 模擬戦は王城の中庭で行われる。

 エアリィからそう聞かされながら、俺たち四人はその中庭へと急いだ。

 なんでも、もうかなり女王さまを待たせてしまっているらしいのだ。

 でもまあ、しびれを切らしているってほどではなかったようで、女王さまは中庭に足を踏み入れた俺たちを微笑と共に迎え入れてくれた。


「この度は、失礼を承知の上でこのような場を設けさせていただきました。ホクトさま、どうかご容赦ください」


「べ、別に失礼ってことはないですよ! 本当に!」


 相変わらず、必要以上に低姿勢な態度で接してくる人だなあ、女王さま。

 本当、慣れない。謁見の間で話をしたあの日から五日ほどが経ってはいるけれど、女王さまと話す機会はあれから今日までなかったから、まだ恐縮の感情が先にくる。


 シャルの『ホクトさま』は、まあ、毎日顔を合わせてたせいもあって、だいぶ慣れつつあるんだけど。……いや待て、慣れていいのか? これは本当に慣れていいことなのか?

 地球に帰れば、俺はまた、ただの高校生に戻るんだぞ? そのときに『さま』づけに慣れちゃってるってのは、色々とマズくはないか!?


 いやまあ、帰る方法なんて全然聞けちゃいないんだけどさあ。『帰る必要なんてあるんですか?』とか言われちゃいそうで。それが怖くて。

 あと、帰る方法なんてない、とか言われたら最悪だし。


 ともあれ、そのことは別の日に考えればいいだろう。

 いまは模擬戦のことだけに集中するべきだ。

 そう考えながら視線を巡らすと、何十人もいる女兵士たちの中に、六十を過ぎているというのに弱々しさをまるで感じさせない老人――アーロンさんの姿を見つけられた。


 エアリィの祖父にして、アストレア法皇国における最強の騎士。

 おそらくは今日、俺が刃を交えることになるであろうパラディン。

 そして五日前、エアリィに『圧勝してほしい』とお願いされた相手。


 彼は眼光を鋭くすることもなく俺に微笑し、いでエアリィ――愛しの孫にもそれを向ける。

 その表情は、どこからどう見ても『優しいお爺ちゃん』って感じで、最強の騎士なんて単語とはどうしたって結びつかなかった。

 それでも、彼に敵う人間なんていないんだよな、この国には……。

 うん、気を引き締めてかからなくっちゃ、だ。


「――では、これよりホクトさまの実力を測るための模擬戦を行います。準備はよろしいでしょうか? ホクトさま」


「……はい」


 女王さまの宣言と問いかけ、その両方にうなずいて。

 俺はシャルとエアリィの隣から一歩踏みだし、人垣ひとがきの中心に歩みでる。

 ……あ、いまのいままで気づいてなかったけど、俺、ずっとシャルとエアリィを両隣にはべらせてたのか? 両手に花状態だったのか?


 片や女王さまとはいえ母親、片やこの国最強の騎士である祖父、そんな『保護者』が同じ場にいたというのに、よくなにも言われなかったな。……もしかして、これも俺がセイヴァーだから?

 ……まあ、いいや。いまはそんなこと考えてる場合じゃない。


「では、アリシア。前に」


「――はい」


 アリシア……?

 俺の前に進み出てきた少女を目にした俺の表情は、さぞかし怪訝なものになっていたに違いない。

 だって、俺はてっきりアーロンさんと戦うものだとばかり思っていたから……。

 いや、待てよ。この娘もこの娘で、見覚えがあるような……?


「――アリシア・ベレスフォード、十八歳です。これでも一般兵士の中では一番の使い手ですので、余計な気遣いや遠慮はなさらぬよう」


 淡々とした口調。

 愛想なんてものとは無縁な表情。

 手にした武器は柄の部分だけが木でできている槍で、彼女の全身は黒色こくしょく全身鎧フル・アーマーで覆われている。

 そして頭には同じく黒いかぶとをつけており、そこからは緑色の長い髪が――


「――ああっ!」


「な、なんですか……?」


「あ、いや、なんでもない。驚かせて悪かった」


 ――思いだした!

 この世界に始めて来たあの日、謁見の間でちょっとだけ目が合って、俺に微笑を向けてくれた娘だ!

 しかし、俺よりもひとつ年上だったのか……。

 と、そんなことを考えるでもなく思っていると、中庭に再度、女王さまの声が響き渡った。


「では、戦いの前に両者、ステータスの開示を」


 それを受け、速やかにステータスを表示させる緑髪りょくはつの少女、アリシア。



ネーム:アリシア・ベレスフォード

マジック・ポテンシャル:闇、守護

クラス:ソルジャー

レベル:23


力:C

耐:C

速:B

魔:E

運:A


スキル

体術:C

槍術そうじゅつ:B

強運:C

忠誠心ちゅうせいしん:S

暗殺術あんさつじゅつ:B

隠密行動:A

気配察知:B

不屈の精神:B



 ちょっ……!

 パラメーターがやけに高くないか!? この娘!

 確かに『一般兵士の中では一番の使い手』とは言ってたけど、それにしたって『速』がBってのは脅威だろう!


 『力』も『耐』も、シャルやカミラと比べてかなり高いし、そもそもランクがEのパラメーターが『魔』しかないってのが……!

 おまけに、技能スキルのほうも八つと多い。技能スキルランクだってAとかSとかいってるものがあるし。

 これが、レベル20台の兵士の力量だってのか……!


「強敵、かもな……」


 思わず、そんな呟きをもらしてしまう。

 魔術の技能スキルは持ってないようだが、彼女は体術と槍術を修得している。接近戦ではそのあたりに気をつける必要があるだろう。槍って、特にリーチが長い武器だし。


 あとは……そうだな、『強運』と『暗殺術』の技能スキルも無視はできない。特に後者は、どんな方法で攻撃してくるのかが読めないし。

 けど、まるで暗殺者を目指しているかのような技能スキルばかり持っているな、この娘は。

 『隠密行動』や『気配察知』なんて修得する必要ないだろ、本当に兵士としてのみ大成していくつもりなら。


 まあ、そこはいいや。

 他の技能スキルも、これといってヤバそうなのはなし、と。

 あと気をつけるべきところは……マジック・ポテンシャルか。


 アリシアのは、闇と守護。シャルとは間逆で闇属性の魔術が得意なんだな。あとは……自分の防御力を上げるような術でも使えるんだろうか?

 あ、けど彼女の『魔』のランクはEだし、そもそもアリシアは魔術の技能スキル自体持ってないんだった。

 ということは、マジック・ポテンシャルに関しては考える必要なんてないのか?


「ホクトさま? ホクトさまもステータスの開示をお願いします」


「あっ! す、すいません!」


 女王さまに促され、慌てて頭を下げる俺。

 いけねえ、いけねえ。アリシアの戦力を分析するのでいっぱいいっぱいになっちまってた。

 ひとつ深呼吸をして気を取り直し、俺もまたステータスを表示させる。



ネーム:ホクト・クニサキ

マジック・ポテンシャル:風、氷、魅了

クラス:セイヴァー

レベル:1


力:A

耐:B

速:S

魔:B

運:EX


スキル

剣術:S

体術:A

魔術:A

威圧:B

鋼の意志:A

集中思考:A

隠密行動:B

気配察知:A

カリスマ:A

筋力増強:S

耐久強化:S

速度上昇:S

魔力増幅:S

創聖神の加護:EX



「――なっ!? なに!? あのパラメーター!?」


 最初にそんな声をあげたのは、果たして誰だっただろうか。


「レベルは1なのに、パラメーターの高さはアーロン兵士長に匹敵するわよ!」


「それよりも、あの『運』の高さを見なさいよ!」


「私、パラメーターのランクがEXいってる人なんて、初めて見ました……!」


 おそらくは、俺の実力を見るようにと女王さまによって集められたのだろう。

 アリシアと同じ『ソルジャー』だと思われる女性たちは、俺のパラメーターを見て口々にそんなことを言っていた。


 そしてその内容は、俺の技能スキルのことにも及んでいく。


「剣術に体術、魔術、そのどれもがAランク以上。レベル1なのに、どうやったらあそこまで高いランクに……」


「あれが天性の才能、というやつなのでしょうか……」


「保有している技能スキルは、そのどれもがBランク以上というのも脅威ね……」


「『威圧』に『鋼の意思』、『隠密行動』に『気配察知』、さらに『カリスマ』……。なんか、隙が見当たりませんよ? 先輩……」


「それ以上に驚くべきは、Aランクの『集中思考』技能スキルね。あれは先天的にしか得られないものだから、保有している者はごくごくわずかであったはず……!」


「馬鹿者! 真に驚愕きょうがくすべきはそこではないだろう! 『創聖神の加護』の文字が見えんのか!?」


「『創聖神の加護』は生きとし生けるものすべてにあると言われていますが、技能スキルとして保有するのを許されるのは『セイヴァー』のクラスに成ったもののみ……。それをランクEXまで到達させているだなんて……!」


「『EX技能スキル』……! 聞いたことはありましたが、この目で見るのは初めてですぅ……!」


「おまけに『筋力増強』を始めとしたSランクの四つの技能スキル。あんなの、見たことも聞いたことも……」


「『創聖神の加護』同様、『セイヴァー』のみが持つことを許された技能スキルということなのでしょうか? だとしたら、その効果は一体……?」


「意味をそのままに受けとるのならば、やはり、ただでさえ高いパラメーターを一時的ながらもさらにランクアップさせることができる、とかなのでしょうか?」


「すごい! 『救世主セイヴァー』というのは、私たちなど足元にも及ばない戦闘力を有する存在なのですね!」


 なんか、すごい騒がれようだった。

 どうやら俺のパラメーターと技能スキルは、『救世主セイヴァー』の肩書きに恥じることのない、ものすごいものだったようだ。

 けど、最後の人、残念。『筋力増強』を始めとした四つの技能スキルは、『さらにパラメーターを上げる』なんて便利なものじゃないんだ。


 これは『創聖神の加護』の効果の一部らしいんだけど、ここ数日で俺は『創聖神の頭脳』――『アーカーシャー』と呼ばれるモノから、必要に応じて知識を得られるようになっていた。

 いや、得られるというよりは、勝手に流れ込んでくるといったほうが正しいか。

 で、それによるとこの四つの技能スキル、どうも俺のパラメーターを底上げするためだけに与えられたもののようで、それ以上の効果はこれといってないらしい。


 まあ、そのことは別にいい。不満なんてあるわけない。

 俺が自分のステータスを見て一番注目したのは、自分のマジック・ポテンシャルだった。


 風に氷、そして魅了。

 魅了はさておき、風と氷には妙な納得があった。

 地球にいた頃のことを――典子と馬鹿をやっていた中学時代の自分を、ふと思いだしてしまったのだ。


 ――食らえ! これが俺の奥義っ! 氷陣風牙斬ひょうじんふうがざんだあぁぁぁぁっっっっっ!!


 そんなイタいことを叫びながら木の枝を振り回していた、少年時代。

 自称の奥義に、そんな名前をつけた俺。

 それはただの思いつきで、名づけの元になったものなんて、特にない。

 いま、この瞬間までは、そう思っていたのだけれど。


「なん、だかなあ……」


 そうかあ。俺のマジック・ポテンシャルは、風に氷かあ。

 もしかしたらマジック・ポテンシャルって、魔術に限ったものじゃないんじゃないだろうか。

 もっとこう、本能的なものというか、なんというか。


 かすかに苦笑を浮かべながら、俺はシャルたちのほうに目をやった。

 それぞれが観客ギャラリーのひとりとなっている彼女たち。


 シャルは、なんかものすごく目を輝かせていた。

 『それでこそセイヴァー!』って感じのオーラを全身から発してるっていうんだろうか。

 まあ、俺のステータスのことで彼女を失望させるなんて事態にはならなかったようだし、それはなによりだ。


 カミラはといえば、なんか目を白黒させていた。

 かと思えば、俺と視線が合うやいなや頬を膨らませてそっぽを向く。

 まあ、気持ちはわからなくもない。レベル1なのに高いパラメーターやたくさんの技能スキルを持ってるだなんてズルい、というところだろう。


 エアリィはというと、なんだか深刻そうというか、少し険しい表情を浮かべていた。

 ここまで彼女がわかりやすく感情を表に出すのは、俺の知る限りではかなり珍しい。

 きっと、『俺』っていう存在がこの国にとって『害』となることがあったら、みたいなことを考えてるんだろうなあ、あの表情から察するに。


 最後に、彼女の祖父のほうにも顔を向けてみる。

 そうして俺は、彼の鋭い眼光に迎え撃たれることとなった。

 アーロンさんの瞳には、当然、敵意の色なんてない。けれど警戒されてるってふうでもなかった。


 じゃあ、あの瞳の色は一体なにを表しているのだろう。

 しばしそう考えて、気づいた。

 あれは、見定めようとする目だ。

 俺という人間を恐れず、敵視もせず、本当に『救世主セイヴァー』の器にふさわしい人間性を持っているのか、あるいは、自分が全力で戦うに値する相手なのか、そういうふうに、俺という人間の価値を見極めようとしている目だ。


 それを受けて初めて、俺は彼の目に適う人間でありたいと思った。

 シャル、カミラ、エアリィ、そしてアーロンさん。

 その四人に、認められる自分になりたいと思えた。


 今日、この老騎士と戦うことは、叶わないだろう。

 それでも、いつかは訪れるだろう、その日のために。

 この模擬戦には絶対に勝とう、と。

 心の底から、そう、思えたんだ――。

またしてもバトルシーンまでいけませんでした……。

しかし、次回こそは!

ここまできた以上、次回こそは必ず!!

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