第三話 最強勇者の謁見
城の中を歩いて歩いて、俺たち三人は豪華かつ大きな造りになっている扉の前へと辿りついた。
うん、デカい。
ここに来るまで、いくつもの扉を見てはきたけれど、それらの二倍くらいのデカさがあるぞ、これ……。
もしも俺たちのほうに倒れてきたら、三人揃ってぺしゃんこになっちまうんじゃないか?
そんなどうでもいい思考を巡らせているうちに、その扉が奥へと向かって開き始めた。
そう、ここにいる誰も扉に触れてなんかいないのに、だ。
扉の向こう側には、なにやら得意げな表情を浮かべている赤毛の少女の姿があった。
そこで俺は、ようやくカミラがいなくなっていることに気づく。
あー、少し離れて歩くよう言われてたからなあ。気づけなかったのも無理はないというか、なんというか。
彼女は俺の右手のほうを目で指して、
「あっちにある小さめの扉から入って、あんたたちが向こう側にいるって知らせたのよ。突然入ってこられて困るのは、謁見の間でも私室でも同じってこと」
なるほど。分厚そうな扉だから、ノック程度じゃ聞こえないだろうしな。
「ほら、ぼーっとしてないで入った入った。それと、あんたはこの国に降臨したセイヴァーなんだからね。そのあたり、ちゃんと自覚して行動しなさいよ?」
「自覚して、と言われてもなあ……」
具体的な『自覚している振る舞い』というのが、さっぱりわからなかった。
これが兵士になったっていうんなら、女王の前にひざまずくとか、敬礼とかすればいいんだろうが、セイヴァーとしての行動となると……。
「では、参りましょう? ホクトさま」
まあ、とりあえずはシャルに促されるままに歩いていこう。そうしよう。
隣で彼女の仕草を真似していれば、たぶんなんとかなるさ。ああ、そうだとも。
謁見の間の中央には、緋色の絨毯が一列に敷かれていた。
それを踏みながら、俺はおっかなびっくり、前へ前へと歩を進めていく。
しかし、足を下ろしたときの感触があまりにも頼りない。
その事実が、俺の中から現実感というものをすごい勢いで奪っていった。
いや、現実感がなくなりつつあるのは、それだけが原因ではないのだろう。
俺の左隣にはシャル、右隣にはカミラ。
二人はタイプこそ違うが、どちらも掛け値なしの美少女だ。
そんな二人と、俺は並んで歩いている。しかも、割とぴったりと寄り添うように。
さらに、だ。
女王陛下の前まで敷かれている絨毯の両側を守るように位置しているのは、槍と鎧、兜で武装した十人を軽く超える兵士たち。
これに萎縮しない高校生男子なんて、果たしてこの世にいるものだろうか。いや、絶対にいないはずだ。
まあ、兵士たちは全員、強面の男ではなく、十代後半から三十代前半くらいの女性ばかり、というのが不幸中の幸いといえなくもないのだが。
いや、果たして本当にそうか?
女性ばかりに囲まれて萎縮している十七歳の男って、すごく格好悪いんじゃないか?
強面の男がズラッと並んでいたというほうが、まだ言い訳も利いたんじゃないか?
まあ、どちらにせよ、これで現実感が希薄にならない地球人なんて、絶対にいないと思うのだ。
そんなことを考えながら、きょろきょろと視線を動かしていると、直立したままの兵士と目が合った。
しかし、兜から長い緑色の髪が出ている彼女は、にこりともしない。
なんだよ、なんだよ。俺の緊張を解くためと思って、ちょっとくらい愛想よくしてくれてもいいじゃないかよ。
そう思うと同時、彼女に一体どんな心境の変化があったのか、年相応の――俺と同じ歳くらいの少女が浮かべるような笑顔を、本当に、ほんの一瞬だけみせてくれた。
それからすぐ怪訝そうな表情になり、緑髪の少女は首を傾げる。
まるで、なぜ、いま自分が微笑んだのか、その理由がわからない、とでもいうように。
その反応が気にはなったものの、腰を右から肘で小突かれ、思考の中断を余儀なくされた。おのれ、カミラめ。
『なんだよ』という気持ちを込めて彼女のほうを軽く睨む俺。
しかし、呆れたように細められた赤い瞳に迎え撃たれてしまった。
おそらくは、『前を向け』と言いたいのだろう。それくらいはわかってる。もう、女王陛下の座っている玉座は目の前に迫っているからな。
でも、もうちょっとやんわりと注意を促してくれたっていいだろうに……。
「シャルロットと、セイヴァーとして召喚された方をお連れいたしました」
玉座に腰をかけている女王陛下と――おそらくは、彼女の護衛を務めている兵士と思われる老人の前まで辿りつくやいなや、カミラは俺の無言の抗議を黙殺し、如才なく膝をついてみせる。
「お母さま、お待たせいたしました」
それにシャルも続いた。血の繋がった母と娘なのに、こんな構図で向き合わなきゃいけないだなんて、王族ってのは大変だな。
……っと、そんな呑気にしてていい場合じゃなかった。俺もシャルとカミラに倣わないと――
そう思い当たり、絨毯に膝をつこうとした、そのときだった。
「ご苦労さまでした、シャルロット。そしてセイヴァーさま、我が娘の呼びかけに応えてくださり、感謝の言葉もありません」
玉座から立ち上がり、俺の前にひざまずく女王陛下。
片膝を立て、頭を深く垂れた、一種の美しさすら感じられてしまう、その姿勢。
だが、それよりもなによりも恐縮の感情を先に覚えてしまうのが、日本人という人種なわけで。
「あ、えっと……! 頭を上げてください、女王さま! 俺なんて、ついさっきセイヴァーになったばかりの、十七歳の子供なんですから!
それに……その、レベルだって1ですし……。あ、クラスとか表示させたほうがいいですか!?」
立ったまま慌てふためく俺に、女王陛下はそのままの姿勢で首を横に振る。
「年齢もレベルも関係ありません。パラメーターや保有スキルの数とて瑣末です。あなたにセイヴァーであるという自覚があり、そのように行動する意思がある限り、私たちにとってのあなたは、紛れもなく異界より降臨なされた『救世主』なのですから。
それに、異界から来た者であるという証は、その服装だけでこと足りております」
言われて初めて、俺は自分の格好に目を向けた。
学園指定の夏服。そうとしか言い表せない、平凡な服装。
けれど、それがオシリスに住む人間の目には、とても奇異なものとして映るのだろうか。
「ええと……と、とりあえず頭を上げてください! お願いですから! このままじゃ話しづらくて仕方がないです!」
主に、右側から向けられているカミラの視線が気になって仕方なかった。
女王陛下にすら膝をつかせるセイヴァーの影響力に驚いている一方で、その瞳にはどこか、俺を非難するような色もあるものだから……。
俺が『お願いですから!』と口にしたのがきいたのだろうか、女王陛下はようやく立ち上がり、玉座へと戻った。
……しかし、若いなあ、この人。
女王陛下って響きから、俺は勝手に五十代くらいの初老の女性をイメージしていたのだけれど、目の前の女性はどう見ても三十代後半ってところだった。
俺の母親と同年代か、それよりも少し下かってくらいの歳なのに一国の女王って……。
ちなみに女王さまの見た目は、シャルが美しく歳を重ねていけばこうなるだろうなって感じで、血の繋がりというものをとても濃く感じさせた。
物腰が丁寧なのも共通しているし。
まあ、シャルと比べると、ちょっと穏やかさに欠けているような気もするが、そこはそれ、こういう場合は『威厳がある』って評するべきなんだろうな。
「お互い、まだ名乗ってもいませんでしたね。私はシャーリーン・ディム・アストレア。このアストレア法皇国の女王を務めています」
「あ……っと。ほ、北斗です! 国崎北斗! 十七歳のセイヴァーです!」
……ああ、勢い任せになにを口走っているんだ、俺は。
身体も声もガチガチになっちゃって、格好悪ぅ。
実際、両側から抑えた笑い声が聞こえてきてるしさ……。
「ホクト・クニサキさま、そう固くならないでください。ある意味において、あなたはこの国の誰よりも高い地位にあるのですから。
ともあれ、今日は見聞きしたことすべてが未知のことばかりで、お疲れになっているでしょう? 慣れない世界に来たばかりということもありますし、部屋でゆっくりと休んでください。いま、客室に案内させますので」
「は、はあ……。えっと、ありがとうございます。案内、というと……シャルが?」
まだ固くなったそのままで、左隣で膝をついている少女のほうを見やる。
それに彼女は「はい」と立ち上がろうとし――
「――おっと!」
立ちくらみを起こしたかのようにふらつくシャルの身体。
それを俺は慌てて抱きとめた。
なんか、すっげえ既視感。
こんなこと、さっきもあったよな……。
まあ、それは置いておくとして。
「大丈夫か? シャル。俺なんかより、ずっと疲れてるんじゃ……」
「そ、そんなこと……」
「ないわけがないでしょう、シャルロットさま」
弱々しく口にされかかったシャルの言葉を、低くも穏やかな声がさえぎった。
見れば、先ほどまでは玉座の隣に無言で控えていた老人が、心配そうな表情もあらわに、こちらへ向かって歩いてくる。
年齢は間違いなく、六十を超えているだろう。髪だってほとんど白一色だ。
けれど体格はがっしりとしていて、ひ弱そうな印象はまったくなかった。
むしろ、『歴戦の兵』と評したほうがしっくりくる。
かなり上の立場にある兵士なのだろうということは、俺にも容易に察しがついた。
だって、女王陛下の隣に控えることを許されていたくらいなのだから。
機会があったら、パラメーターを見せてもらいたいな、なんて考えがふとよぎる。
さておき、この場で唯一とすら思える男性の兵士である彼は、シャルの前に膝をつき、
「シャルロットさまは『召喚の儀』を終えたばかりです。心身ともに相当疲労なされているはず。せめて、今日だけでもご自愛ください」
「アーロン……。わかりました。けれど、ホクトさまのことは……」
「私の孫娘に案内させましょう。いまの時間であれば、図書室にいるはずです。シャルロットさまを自室に送り届けたのち、声をかけておきますので」
「わかりました……。あの、ホクトさま。申し訳ありません……」
「いや、気にすんな。変に無理して倒れられたら、俺だって嫌だし」
意識して軽い口調で言う俺。
シャルを気遣ってか、カミラも立ち上がって俺の言葉に同調する。
「そうそう。こいつのことはエアリィに任せておけばいいから」
そういえばこいつ、『あたしが案内するから』とは言わないのな。
そりゃ、カミラと二人っきりになるなんてごめんっちゃあごめんだから助かるけどさ、でも、な~んか釈然としないものも感じるぞ、おい……。
「……それではホクトさま、お母さま、カミラ、ごきげんよう……」
「あ、ああ。ごきげんよう。早く、よくなれよな?」
「はい、ありがとうございます、ホクトさま……。では、参りましょう? アーロン」
「御意に。――ではホクト殿、しばし、お待ちいただけますよう」
シャルと老戦士は揃って俺に頭を下げ、謁見の間から出て行った。
途端に心配になり、俺は彼女の母親に向く。
ひとつの言葉をかけることもしなかった、この国の女王に。
「……あの、女王さま。シャルは大丈夫なんでしょうか?」
「問題ありません。『召喚の儀』で消耗するものは、体力でも魔力でもないですから。気力、というのが一番近いでしょうか。ゆえに、一晩休めば完全に回復するはずです」
「そう、ですか……」
……まあ、言葉をかけないことと心配してないことは、必ずしもイコールじゃないしな。
『召喚の儀』のことをよく知りもしない俺が心配することでもない……のか。
と、そうこうしているうちに、ひとりの少女が謁見の間に姿を現した。
「お待たせいたしました。祖父から、異界よりいらっしゃったセイヴァーの方を客室にご案内するように、と申しつけられたのですが」
年齢は確か、俺よりもひとつ下――十六歳とカミラが言ってたっけか。
カミラのものとは形状の違うローブに身を包み、長い栗色の髪が揺れている。
頭には、なんか……ふっくらとした帽子。中に小物とかを入れて持ち運びすることもできそうなデザインだ。
ローブと帽子の色はどちらも青で、なるほど、確かにシスターっぽいイメージを受けた。
おしとやかそうだし、言葉遣いもシャル同様に丁寧だし――
「ああ、あなたがセイヴァーさんですね。変わった衣服をお召しになっていましたから、すぐにわかりました。では、こちらへどうぞ」
……あれ? にこにこと屈託なく笑ってはいるけれど、もしかして、微妙に失礼な物言いをする娘だったりしますか?
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いや、別になにも。じゃあ、案内よろしく頼む。――あ、失礼します、女王さま」
「はい。また明日に」
「あと、カミラ。……じゃあな」
「待った。なんでいま言いよどんだのよ? 普通に『また明日』って言えばいいじゃない」
「……いいのか?」
「は? なにが?」
心底、不思議そうな表情をするカミラ。
いや、だって、なあ……。
「いや、『また明日』とかお前に言ったらさ、絶対に『あんたの顔なんて、もう二度と見たくない』とか返ってくると思ったから……」
「ちょっ! そこまで性格悪く思われてたの!? あたし!」
「まあ、そりゃあ……」
「『そりゃあ……』って! あんた、それは失礼にもほどがあるっていうものよ!?」
「あー、いや。言ってもいいんなら、それでいいんだ。えっと……じゃあ、また明日な、カミラ」
「くっ……、ここで憎まれ口叩いたら、あたしの性格がものすごくひねくれてるってことになっちゃうじゃない……!」
「もう叩いてるから。憎まれ口、叩いてるから」
「……ああもう、わかったわよ! また明日ね、ホクト! いい夢を!」
ぷりぷりと怒ってはいるが、なんか予想以上に好意的な返しをしてくれたな、カミラ。
なんか、思ってたよりも仲良くなれる日は近そう……かな?
「あの、もういいですか? カミラさん。わたし、そろそろセイヴァーさんを客室に案内しないとなので」
むしろ、このエアリィって娘のほうが、ガード自体は固そうだったりする? や、変な意味ではなしに。
見た目的には一番日本人っぽくて、親しみやすそうだと感じたんだけどなあ……。
お楽しみいただけてますでしょうか?
今回で一応、三人娘の最後のひとり――エアリィも登場しましたが……どうしてこうなったのやら。
今回はエアリィ回ではなく謁見回、もしくは女王回となってしまいましたね。
エアリィがメインを張る話は、次回となってしまいそうです。
本当、どうしてこうなったのか……。
ともあれ、次回こそはエアリィ回。
楽しみにしていただければ、と思います。