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第一話 最強勇者の降臨

 壁も床も天井も、白一色で統一されている大きな一室。

 そこに、ひとりの少女の姿があった。

 頭につけている黄金のティアラが、この地における彼女の身分の高さを表している。


 部屋の中には、なにもない。

 ただ少女の息遣いだけが、かすかに空気を震わせている。

 背中まである髪は、淡い桃色。

 十七歳ほどにみえる彼女は、なにかに祈るかのように両手を胸の前で組み。

 不意にひざまずき、そっと静かに瞳を閉じた。


 そして、彼女の可憐な唇が開かれる。

 繊細ながらも堂々とした声が、広い室内に朗々ろうろうと響き渡る。


「――アストレアの皇女、シャルロットの名において召喚の儀をり行う」


 それは、呪文の詠唱。『召喚の儀』。

 この地に『救世主セイヴァー』を呼び招くための、神聖なる儀式であった。


「我が前にるは数多あまたの扉。我が前に在るは異界いかいへの門」


 その二節にせつを口にすると同時、彼女の前に現れる光がひとつ。


「オシリスを創造せしめし創聖神そうせいしんよ」


 その光は、瞬時に輝く『門』へと変わり、異界の空気を室内へと吹き込ませる。

 それに薄桃色の髪をそよがせながら、ささやくような声で詠唱を続けるシャルロット。


「我が、我がぎょうとするならば、ここに汝のしもべぶことをゆるしたまえ」


 指先が震える。

 体調が好調なら、魔力も万全。

 そんな状態でのぞんだ『召喚の儀』だというのに、彼女は、魔力ではない『別のなにか』が、恐ろしい勢いで消費されていくのを感じていた。


の者は救世きゅうせい。創聖神の加護を受けし、絶対の天上てんじょう存在」


 額に浮かぶは玉の汗。


「ゆえに、汝は我が僕とはなり得ず。我もまた、汝の主とはなり得ない」


 彼女が身にまとっている純白のドレスが、荒れ狂う風にあおられる。

 それは幾度も、ドレスの長い裾をはためかせた。

 呪力じゅりょくによって生まれた強風は、何度となく彼女に詠唱の中断を迫る。

 

 それでもなお、彼女は姿勢を崩さない。

 呪文を唱える、その口の動きを止めはしない。


「汝は我が国のけん。我が国の盾」


 ずっとずっと、待っていたのだ。

 祈るように、夢見るように、待っていたのだ。

 『召喚の儀』のことを初めて母に聞かされた、あの幼き日から。


「されど、汝は我がつるぎにあらず、我が盾にあらず」


 夢見がちな娘と思われても、かまわない。

 恋に恋しているだけだと言われても、受け入れよう。

 しかしそれでも、この身を『救世主セイヴァー』のかたわらにおいてほしいと思ったのは、真実だったから。


「汝は我が光、我が導き。大儀たいぎまっとうする、創聖神の代行者だいこうしゃ


 だから、偽りなく紡ぐことができる。

 だから、心の底から望むことができる。

 彼の者の召喚を。

 まだ見ぬ『救世主セイヴァー』の降臨を。


「ゆえに我は、汝に誓う」


 目を開き、顔を上げ、『門』を見据えるシャルロット。

 その先に想い人がいるかのように、強く、強く――。


「汝に仕え、汝に尽くし、汝と同じ未来ユメを見ると」


 この世界には、過去、幾度となく『救世主セイヴァー』が召喚された。

 その呼び声に応えて現れた異界の者は、過去に何人も存在していた。

 しかし、その降臨をここまで強く望まれた『救世主セイヴァー』など、果たしてどれだけいただろうか。


「それこそが、我が望み。それこそが、我が至福」


 まだ見ぬ勇者に抱いている感情。

 まだ見ぬ英雄に感じている憧憬どうけい

 彼女のそれは真実、まだ見ぬ『救世主セイヴァー』に向けられた思慕しぼの念だった。


「我こそは、まことに汝の傍らへとはべる者」


 偽りはない。

 形式だけの詠唱でもない。

 そこには、彼女の本心からの想いが込められている。


「この誓い、汝の耳に届きたまえ」


 疲労が、限界に達しようとしていた。

 しかし、それがなんだというのか。


「我が主と、仰ぐことを赦したまえ」


 風がうなりをあげ、彼女の身を床に押し倒そうとしていた。

 しかし、だからなんだというのか。


「叶うのならば、我が前に在りし『創聖の門』をくぐり抜け――」


 ずっとずっと、待っていたのだ。

 その瞬間がようやく、訪れようとしているのだ。

 それを目前にした彼女の心を折るなど、どのような困難にも不可能というもの。


 そして、彼女は声を張る。

 遠い異界にであろうと届くよう、強く、高く、声を張る。


「遥か彼方、異界より我が元へと――」


 それは、長い長い呪文の、最後の一節いっせつ

 『救世主セイヴァー』を、この地へと呼び招くための『解放言語トリガー・ワーズ』――!


「来たれ! 『セイヴァー』ーーーーーッ!!」


 刹那、室内に光が満ちた。

 暴力的なまでの、光の奔流ほんりゅう

 シャルロットは思わず目を閉じ、身を固くする。

 身を強張こわばらせたまま、状況が落ち着くのを待つ。

 そして、数秒にも数分にも感じられた時間が過ぎたころ――


「あー……っと、一応、確かめておきたいんだが――」


 そんな、どこか呑気のんきとも思えるような少年の声が聞こえてきた。


「――お前が、アストレア法皇国の皇女さまか?」


 ◆  ◆  ◆


 視界がホワイトアウトしたとはいっても、別に俺の意識は途切れなかった。

 だから、目に映る景色が白一色の部屋になっても驚きはしなかったし、目の前に『お姫さま』って感じの女の子が瞳を閉じてひざまずいていても……いやまあ、これにはちょっとびっくりしたか。


 というか、なんでひざまずいてるんだよ、この娘。

 俺はただの一般人で、この女の子は皇女さまだろ? 頭にはティアラみたいなものもあるしさ。

 どう考えたって、目の前の少女のほうが身分は上じゃないか。


 ……って、ああ違う違う。いまの俺は『救世主セイヴァー』――勇者なんだった。

 だったら、立場は俺のほうが上ってことも……ありえるのか? なんてったって、勇者なんだし。

 ああでも、俺は皇女さまに召喚されたんだよな? なら、召喚した人間の『使い魔』的存在になってる可能性もあるわけで……。


 いや、そもそも。

 いま俺の前にひざまずいてるこの娘は、本当にアストレア法皇国の皇女さまなのか?

 違ってたら笑い話にもならないぞ。

 そうだそうだ、まずはそれをちゃんと確認しておかないと。


「あー……っと、一応、確かめておきたいんだが――お前が、アストレア法皇国の皇女さまか?」


 たぶん、この問いひとつで色々なことが判明するだろう。

 ここは本当にアストレア法皇国なのか。

 目の前の少女は、本当に俺を召喚した皇女さまなのか。


 そして、なにより。

 俺の立場は、この娘よりも上なのか、下なのか。

 もしも後者なら、彼女は『お前』っていう呼び方を改めるよう言ってくるはず。


 果たして、俺の問いに目を開いた少女は。


「――はい……。わたくしは、シャルロット・アディ・アストレアと申します。あなたを、この世界へと召喚させていただいた者……です」


 少しばかり荒い呼吸で、つぶやくようにそう答えた。


「シャルロット・アディ・アストレア……。そうか、どうやらここはアストレア法皇国で間違いないみたいだな」


 でもって、『無礼者!』的なことを言われなかったことからして、俺は彼女よりも上の立場にあるらしい。まあ、最低でも『対等』ってところだろう。

 そんなふうに思考を巡らせている俺をよそに、彼女は「ああ、わたくしの名前を呼んでいただけるなんて……!」と感極まったように漏らしながら立ち上がる。

 そして一歩、俺のほうへと足を踏みだ……そうとして。


「――あっ……!」


「……っと!」


 かくん、と身体から力が抜けたかのように皇女さまがよろけ、俺の胸元へと寄りかかってきた。


「す、すみません……! 『召喚の儀』の直後で疲れているとはいえ、殿方相手になんてはしたないことを……!」


「あ、や、気にするな! 俺も……その、気にしないことにするから……!」


 主に、彼女の髪のいい匂いとか、白いドレス越しにもわかる、しっとりと湿った汗の感じとか、抱きとめた瞬間に当たった柔らかな胸の感触とか……!

 皇女さま――シャルロットは「は、はい……」と頬を赤くしながら俺から離れ、いで正面から顔を覗き込んできた。

 当然ながら俺の目に入ってくる、彼女の可愛らしくも整った顔立ちと、サファイアのような青い瞳。


「あの……お名前を、うかがっても……?」


「へ? あ、ああ! 国崎くにさき北斗ほくとだ! 歳は十七歳! あ、国崎が苗字で、北斗が名前な!?」


「ホクトさま、ですか。わたくしと同い年なのですね」


 なぜか嬉しそうに微笑む皇女さま。

 それを見て俺は、心がわしづかみにされたかのような錯覚を覚えてしまった。

 そんな俺の心の内なんて知るよしもないシャルロットは、少し恥じらうように瞳を揺らし、俺からわずかに視線を逸らす。


「あ、あの……。もし、よろしければ……わたくしのことは、シャルと呼んでいただけると……」


「シャル、か? いや、仮にも一国の皇女であるお前を、俺がいきなり愛称あいしょうで呼ぶのはマズんじゃ……って、出会って早々に『お前』とか言ってる俺が、そんなことを気にするのも変な話か。……あ、でもさ」


「はい、なんでしょう?」


「それなら、俺の名前も呼び捨ててもらえないか? 『さま』づけってさ、思ってた以上に……その、こそばゆくって」


「それは……ええ、その感覚はわからなくもないのですが、あなたはわたくしが呼び招いた『救世主セイヴァー』ですので。それはすなわち、あなたはわたくしの主であるということ。である以上、ぞんざいな呼び方はできません。どうか、慣れていただけますようお願いします」


 う~ん、しかし、慣れろって言われてもなあ……。

 ……って、待った。いま、シャルはなんて言っていた?


「なあ、シャル。お前いま、俺のことを『主』とか言ってなかったか?」


「はい。ホクトさまは、わたくしの主ですよ?」


 ごくごく自然な調子で口にされた言葉に、俺は思わず眉間みけんに指をあててしまう。


「救世主だの勇者だのっていうのは……まあ、かろうじて受け入れられるけどよ。でも……主?」


「はい。いつ、いかなるときであろうとも、わたくしが仕え、尽くし、共にあるお方。それがあなた――セイヴァーであるホクトさまです」


「でも、俺を召喚したのはお前なんだよな?」


「ええ。ですからわたくしには、あなたのめい遵守じゅんしゅする義務があるんです」


 ええと……それって、逆じゃね?

 召びだされた奴が、召喚した側の命令を聞く。

 召喚者には絶対服従で、召喚された奴の自由意志なんてものは認められない。

 召喚した側とされた側の関係性って、普通は、そういうもんじゃね?


「そんなに不思議ですか?」


「不思議っていうか……違和感あるなって。俺に対して下手したてに出すぎだって思わないのか? シャルは」


「いえ、特には。セイヴァーとは、創聖神の遣わしてくださった者のことですから。つまりホクトさまは、わたくしたち人間よりも上に位置する存在であるということなのです」


 上に位置する、ね。

 召喚される前の俺は、ただの平凡な高校生だったってのに。

 まだに落ちていない俺に、彼女は微笑を絶やすことなく説明を続けてくれる。


「でしたら、わたくしたち人間がセイヴァーに仕えるのは、至極当然のことでしょう?」


「そういうもんかね……?」


「そういうものなのです。それはしんが王に仕えるのと、なんら違いはありません。……なによりわたくしにとっては、あなたに仕え、尽くすことこそが至福なのです。その幸福を、どうか、わたくしから奪わないでください」


 穏やかながらも、そうと信じきっている声だった。

 だから、理屈抜きに理解させられた。彼女の言葉は、どれも心からのものなのだ、と。

 なにより、ここまで言わせておいて応えないようじゃ、勇者の名が――いや、男がすたるってなものだろう。


「わかった。上から目線で命令されるわ、拒否権はないわ、な立場になるのに比べれば、ずっといい待遇たいぐうだしな。『さま』づけはこそばゆいけど、慣れるように努力する」


「はい! わたくしも、誠心誠意尽くさせていただきます!」


 掛け値なしの美少女にそう言われて、俺は思わず言葉に詰まってしまった。

 いや、俺じゃなくたってそうなるはずだ。

 こんな可愛い女の子に『誠心誠意尽くす』なんて言われたら、誰だって妄想をたくましくさせてしまうに決まってる。

 そう、たとえば……夜、自室に連れ込んで、とか……。


 しかし、そういう意味じゃないのなんて百も承知。

 事実、シャルは黙り込んでしまった俺を心配そうに見つめているし。

 ……それにしても、従順じゅうじゅんそうな娘だな。強く命令すれば、そういう展開にも持ち込めそうな気が……って、いやいや。


 居心地の悪い空気が、しばし流れる。おそらくは、俺にとってのみの。

 しかしそれは、ほんのわずかな間のこと。

 突然部屋の扉が外側から開け放たれたことで、その空気は跡形もなく霧散むさんしてくれた。

 ちなみに、俺がこのとき『――た、助かった……』なんて思っていたことは……もちろん、ここだけの秘密である。

ようやく本編スタートです!

といっても、内容的にはまだ『プロローグ』の域を出ていませんが(苦笑)。

それでもホクトはオシリスに降り立ち、物語が動き始めました。


あ、そうそう、今回はヒロインの中でもメイン格にあるシャルロットの当番回でもあります。

前半部分は彼女の視点による三人称で描きましたが、これがどれだけプラスに働いたか……。


『どこまでもホクトに従順』、シャルロットのイメージはそんな感じです。

では、残る二人のイメージは……?

そのあたりは、また次回!

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