第十七話 決着のとき
実力が完全に互角か、それ以上の相手と戦う。
それが、こんなに楽しいものだなんて思わなかった。
だってよ、まったく遠慮せずに全力でぶつかってけるんだぜ?
大怪我させちまうんじゃねえかって罪悪感を、微塵も抱かないでいいんだぜ?
むしろ、ちょっとでも油断したら、すぐさま足元すくわれて俺のほうがヤバくなるくらいなんだから。
特に、さっきのはキチかったなあ。
『旋風烈脚』っつったっけか?
ジャンプしてから回し蹴りって、アクロバティックすぎんだろ!
格ゲーの名前つき必殺技かっての!
当たりどころが悪かったら死んでたんじゃね!?
けど、あの一撃で確信した。
アーロンさん、やっぱり舐めてかかっちゃいけねえ相手だ。
瀕死の状態からでも勝っちまいそうな気迫ってもんが、あの緑色のオーラから嫌ってほど感じられる。
いや、もちろん一度だって油断はしてねえよ?
でも、剣で斬りあったときに思っちまったんだよな。
あれ? なんか余裕で勝てそうじゃね? ってさ。
まあ、それが油断なのかもしれねえが、それはそれだ。
ああ、もう気を緩めたりなんか、絶対にしねえよ。
一発逆転の技ってもんを、あといくつ隠し持ってるかもわからねえからな。
「――ホクト殿。お見せいたしましょう、我が奥義を」
ほらきた!
やっぱり他にも技を隠し持ってやがったよ!
しかもいま、『奥義』とか言ってなかったか!?
食らったら、痛てえのかな。
きっと痛てえんだろうなあ。さっきの蹴りなんかよりも、よっぽど。
なんてったって『奥義』だもんなあ。
……こればっかりは、まともに食らってやるわけにはいかねえぞ。『創聖神の加護』に頼ってでも、絶対にかわさなきゃだ。
そんな情けない決意を固めている俺を真正面から見据え、アーロンさんがかまえをとる。
おそらくは、『奥義』を使うためのかまえを。
いかに『奥義』とはいえ、やっぱり予備動作は必要ってことか。
よおし、『集中思考』と『創聖神の加護』を使って、絶対にかわす!
あまりにも速い攻撃だと『創聖神の加護』の効果が間に合わないってことも起こりそうだが、『集中思考』も一緒に使えば、そんな最悪の事態にはならないはずだからな!
「参ります。――奥義」
緑色のオーラをその身にまとったまま、アーロンさんの身体がぐぐっと沈み込んだ。
そして次の瞬間、弾けたように大きく跳躍し、俺の視界から消える!
いまだ! 『集中思考』発動っ!
「――裂空」
跳躍の軌跡を追うように、俺は目を滑らせるように動かしていく。
けどその速度は、思考のスピードに比べてあまりにも遅い……!
もっと上! もっと上! アーロンさんは天高く舞い上がってる!
それはわかってるのに、視界に彼の姿が一向に入ってこない!
「――轟」
頭上から声。
おいおいおいおい! もうそんなところまで来てやがるのかよ!!
マズい! このままじゃモロに食らう!
目だけで捉えようとしても駄目だ!!
「――衝」
くそっ! なんて速さだ!
こちとら『集中思考』使ってんだぞ!
体感時間が、めちゃくちゃ遅くなってんだぞ!
なのに……それなのに、なんで『轟』のあとにそんなに早く『衝』なんて言葉が耳に飛び込んでくんだよ!!
いや、いまはそんなことを考えてる場合じゃねえ!
『轟』は頭上から聞こえたのに対し、『衝』って声はほとんど耳元でしやがった!
このままじゃやられる! まともに食らう!
幸い、『集中思考』のおかげで頭上からの攻撃だってことはわかった。だから、いまは――!
「――斬っ!!」
左足に感じる、鈍い痛み。
でも、とっさに『集中思考』を解いて前に転がったおかげで、それ以上の怪我はしないで済んだ。
痛みを訴える左足のことは後回しだ。
いまは背後を振り返り、とんでもない速さと重さを誇る技――『奥義』を放ってきたアーロンさんに注意を払わねえと……!
「はあ、はあ……。我が奥義、避けられましたか……。流石、といったところですな、ホクト殿。――ですが、その脚はもう満足には動かせますまい……」
確かに、痛くてたまらねえ。
『創聖神の加護』のおかげか血こそ流れてないものの、それでも立ちあがるので精一杯だ。
走るなんてことは、どう逆立ちしたってできっこねえだろう。
だけどよ……
「……そういうアーロンさんこそ。技を使った側だってのに、満身創痍って感じじゃないっすか」
「いやはや、お恥ずかしい……。『闘気』も『奥義』も、老いたるこの身には負担が大きいようでしてな。――その証拠に……」
そうアーロンさんが苦笑すると同時、彼から発せられていた緑色のオーラが消失した。
しかも、それだけじゃなく。
ランクダウンパラメーター
力:A
速:S
「早くも、この有様です……」
「じゃあ、これで終わり……っすか?」
そうなってくれたらいいな、という希望を込めて俺は問う。
しかしアーロンさんから返ってきたのは、否定の首振り。
「まさか。そも、ホクト殿。『奥義』の使用は一度まで、などという決まり事はありますまい?」
「ちょっ……!?」
「むろん、多くの者は一度使用しただけで疲弊しきってしまうようですがな。――では」
緑色のオーラはもう出てないのに。
パラメーターだって、元の状態に戻ってるのに。
それなのに、アーロンさんは再び腰を深く落とした。
「――空を裂け、我が剣。そして轟け、大気よ」
マジか!?
マジでくるのか!?
左足をやられちまってるいまの俺には、とてもじゃねえがかわせねえぞ!?
「――奥義」
『奥義』……。
くそっ、『奥義』か……!
そんなのが俺にもありゃあ、なんとか対抗できるかもしんねえのに……!
――待てよ?
それは、一瞬の閃き。
『集中思考』を使ったわけでもねえのに、一瞬だけ時間の流れが緩やかになったように感じられ。
その短くも長い刹那の間に、俺の中ですべての覚悟が決まった。
跳躍。
アーロンさんの『奥義』が放たれる。
けど、それを知覚することに意味はない。
だって、彼の声が聞こえたときには、もう『奥義』を食らってるに決まってるんだから。
アーロンさんの『奥義』をかわすなんてことは、まともな方法じゃできっこない。
だから、避けようと必死になる必要もない。
『集中思考』を使って徒にあがくことだって、しなくていい。
俺の勝機は、彼の『奥義』をどうにかできたあとにこそ得られるんだから――!
再び、俺は地面に身体を投げ出した。
そして、転がる。転がる。ひたすら転がる。
初めっから、無理に立ちあがる必要なんてなかったんだ。
無様でもいいから、地面を転がっていれば、それでよかった。
あとは、俺とアーロンさんのどちらに運があるかの勝負。
アーロンさんのパラメーターは、元の状態に戻ってる。
体力にしたって尽きかけてるはずだ。そう、運がなけりゃ、『奥義』を外しちまうくらいには。
それくらい彼は、無理を押して使ってるはずなんだ。本日、二度目となる『奥義』を。
だから、外しちまったって別におかしくはない。
俺に『奥義』が当たる確率は五分五分だ。
さあ、勝負だ。アーロンさん。
あんたの意志は、力は、俺の『創聖神の加護』を超えられるのか否か。
俺の『覚悟』は、もうできてるからよ……!
「裂空轟衝斬っ!!」
ほどなく、法剣が地面に叩きつけられる音がした。
だが、そこに俺の身体はない。
めちゃくちゃ近かったけど、あともうちょっとで俺にかすってたけど、それでも――外れた。
けど、俺に運があったんだ、それを勝ち取れたんだって思えねえのは……そう素直に喜べねえのは、やっぱり悔しいなあ……!
本当、『創聖神の加護』があるのも考えもんだぜ!
でも、いいや。切り替えよう。
今日のところは、これで俺の勝ちだ。
エアリィにされた『お願い』のこともあったからな。
今回だけは、『創聖神の加護』に頼ってでも勝つ必要があったんだ。
そう、心に折り合いをつけるとしよう。
「……くっ、うっ……」
隣から聞こえたのは、うめく声。
まさか、まだ戦うってのか? アーロンさん。
もちろん俺だって、その予想はしてたけどよ。
いや、それだけじゃねえ。
俺が想定してたのは、それだけじゃねえ。
まだ戦おうっていうんなら、今度は俺が『奥義』をブチかます。
そこまで、『覚悟』を決めていたんだ。
なあに、アーロンさんは法皇国で一番強い騎士だ。
俺が中学生の頃に考えた『奥義』程度じゃ、死にはしねえよ。……きっと。
もちろん、一抹の不安は残るけどさ。
俺はそれを振り払うように立ちあがり、フィアー・イーターを地面へと突き立てる。
「いくぜ、アーロンさん! ――食らえ! これが俺の奥義っ! 氷陣風牙斬だあぁぁぁぁっっっっっ!!」
俺を中心に、文字通りの氷の陣が張り巡らされる。
「……なっ!?」
それはアーロンさんの足首をも呑み込み、彼の両足を地面へと磔た。
そんな彼めがけて、引き抜いた長剣を思いっきり振りかぶる俺。
避けられはしない。
いまのアーロンさんじゃ、満足に動くことすらできはしない。
だから、遠慮なく叩き込ませてもらう。
俺の渾身の力を込めた、横薙ぎの……一撃を――!!
「おおおおおおりゃあぁぁぁぁっ!!」
「――がはっ……!?」
アーロンさんの口から、少量とはいえ赤いものが飛び出る。
どうやら、鎧越しでも相当な威力になったようだ。
まあ、そりゃそうか。
足が氷で地面に縫い止められていたせいで、吹っ飛ぶことさえ許されなかったんだから。
その状態で衝撃を受け流すなんて、できっこない。
やがて、氷が溶ける。
アーロンさんの足の戒めが、解ける。
だが、いくら彼とて、もう足元から崩れ落ちるしかないはず。
なのに、アーロンさんは膝をつかなかった。
法剣を支えに立ち、苦悶の表情だけを俺のほうへと向けてきた。
息は荒くて、とても荒くて。
もう、立ってるだけでも苦しいはずなのに。
そりゃ、俺だってアーロンさんのことを言えねえくらい疲れきってるけどさ……。
「――なんで、倒れねえんすか……」
「……陛下への忠誠がこの胸にある限り、私は倒れませぬ。……いえ、倒れてはならないのです。どれほどの傷を、負おうとも……。
もし……倒れるようなことがあれば、それは……それは、陛下への重大な裏切りとなる。永遠の忠誠を捧げた、陛下への……」
……ったく。
エアリィといいアーロンさんといい、なんでこう……。
違うだろうによ、それは……。
「――別に、いいじゃないっすか。倒れたって」
「……っ!? ホクト殿、なにを……!?」
「倒れたっていいじゃねえっすかって、言ったんすよ。また立ちあがれば、たとえ何度倒れようと、それでいいじゃねえっすかって」
……なんだろう。
女王さん相手のときには、『違う!』としか言えなかったのに。
感情に任せて『違うだろ!』としか言えなかったってのに。
「何度負けようと、何度倒れようと、それでもなお立ちあがれる。そんな心の強さを持っている。そんな奴のほうが、一度も負けたことがないって奴よりも……」
いまは、頭の中がすげえクリアだ。
自分がなにを言いたいのか、どんな言葉ならそれを伝えられるのかが、すごくよくわかる。
頭の中に、次々と浮かんでくる。
「そういう、負けたことのない奴よりも、さ……。強いってことも、あるんじゃないっすかね。負けて立ちあがるって、きっと、大変なことなんだろうけど……だからこそ、すげえことでもあるんだって、俺は……思ってるんで」
それに俺、笑顔だ。
穏やかに、微笑んでる。
いまはアーロンさんの在り方を、真っ正面から否定してるってのに。
――これも全部、『創聖神の加護』の効果なんかな?
魔術を使ってるときと同じで、『創聖神の頭脳』から『いまもっとも必要としている言葉』が流れ込んできてんのかな?
……まあ、いいか。どっちでも。
俺が伝えたいって思ってることを、俺の伝えたいままに伝えられてるんだから。
「もちろん……なかなかできることじゃ、ないんでしょうけどね……。でも、アーロンさんにならできる。絶対にできる。俺は、そう思ってる……。
……だから、いまは負けてもいいじゃねえっすか。倒れても、いいじゃねえっすか。そうして、俺に見せてください。もう一度立ちあがった、この国最強の戦士の姿を……!」
「――ホクト殿……。そう、ですな。私は少々、背負い込みすぎていたのかもしれませんな。次代の戦士が育たぬ現状を、憂えるあまりに。育てることなどできぬ現実をどうにかせねばと、足掻くあまりに……。
ですが、ホクト殿。あなたがこの国に……いえ、エアリィの傍にいてくださるのならば、きっと……」
へっ!? ちょ、なんでそこでエアリィの名前が出てくんだ!?
そんなの、まるで祖父公認の関係になったみたいな、そんな感じがしちまうっていうか……!
そもそも、当のエアリィからは嫌われてるんだぞ、俺!?
彼の発言の意図がつかめず、混乱している俺をよそに、アーロンさんは深く息をつく。
そして法剣を自ら手放し、地面に片膝をついた。
倒れ込まなかったのは、彼のせめてもの意地だったんだろうか。
「――私の負けです、ホクト殿。どうか、私に代わってこの国を、孫娘を守っていただきたい……」
すごく、真剣な口調だった。
茶化したりなんて、とてもじゃないけどできっこない。
だから俺は、微笑みのままにアーロンさんに手を伸ばし、こう答える。
「わかりました。……つっても、俺にできる限りのことしかできねえんですけどね、俺には」
『救世主』だ『勇者』だと持ち上げられても、やっぱり俺はただの人間だから。
シャルやカミラ、エアリィとなんら変わるところのない、ひとりの人間でしかないから。
だから、『絶対』を約束することなんて、俺にはとてもできない。
けれど、そんな俺の返事に、アーロンさんは穏やかに微笑んだ。
「気負ったところのない、良い返事で安心しました。私には、飾り気のない本心からの言葉のほうが、やはり一番心地よく感じられる」
底意ない笑みを浮かべながら、差しだした俺の手を握るアーロンさん。
そして、そのときを待っていたかのように、俺の頭上に光の粒が集まり始めた。
それが形成するのは、もちろん俺の――
レベルアップ!
クラス:セイヴァー
レベル:4
ランクアップパラメーター
力:S
魔:A
ランクアップスキル
鋼の意志:S
ニュー マスタースキル
根性:C
――それに驚くことはないだろうと、思っていた。
だって、法皇国最強と名高いアーロンさんと激闘を繰り広げ、勝利したんだ。
レベルが上がらないほうがおかしいってもんだろう。
けど、一度にレベルが二つも上がったとなれば、さすがに話は別なわけで。
「おいおい、マジかよ……!」
「ほほう……。これはこれは珍しいものを見させていただきましたな。しかし、それ以上に……このような老いぼれでも若者の――ホクト殿の糧となれた。それが私にはなによりも嬉しく、また、誇らしい……」
しみじみと呟き、それからアーロンさんは破顔した。
それを見て、俺もまた笑う。
ボロボロになった身で、けれど清々しい心持ちで、笑う。
それが、決着。
俺とアーロンさんの戦いの、本当の決着。
エアリィの傍にいてやってほしい、守ってやってほしいと言った彼の真意は、結局わからないままだけど。
それでも、アーロンさんがそれを願い、エアリィもそれを望んでくれるというのなら、俺はその約束をいつまでも守りたいと思う。
だって、危なっかしい生き方してんだもんよ、二人ともさ。
ぶっちゃけ、こうして頼まれなくても、放ってなんておけなかったって。
しかし、あれだ。これはもう、遺伝っていうやつなんかねえ。
だとすると、プレスコット家の人間は子孫代々、全員こんな感じだったのか?
……うわあ、想像しただけなのに背筋がブルってしたよ、ブルっと!
「――では、これにて模擬戦を終わりたいと思います。アリシア、エアリィ、アーロン。そしてもちろん、ホクトさま。今日は誠にお疲れさまでした」
そして、女王さんのそんな閉幕の挨拶をどこか遠くに聞きながら、俺は。
エアリィが俺のことを受け入れてくれるかな、なんてことを思い。
ああ、これはカミラと仲良くなる以上の難題かもしれないぞ、と小さく頭を抱えたのだった――。
アーロン戦、ようやく決着です。
しかし、やはりガチバトルはあまり望まれていないご様子。
まあ、バトル展開は会話が極端に減りますからねえ(苦笑)。
次回はシャルやエアリィとの会話をメインに、『女王さまの実力テスト』のエピローグめいたことをやろうと思っています。
会話、会話、また会話みたいな感じになると思いますので、そちら側を楽しみにしてくださっている方には、乞うご期待!
それでは。




