第十五話 少女の思い~カミラ~
ちょっとちょっと!
それはいくらなんでもやりすぎなんじゃない!?
アーロンさんが腰から『赤の法剣アストレア』を抜き放ったとき、あたしは確かにそう思った。
そりゃ、ホクトにだって色々と思うところはあるけれど、模擬戦に法剣を持ち出すことないじゃないって。
別にあたしは、あいつが負けるところが見たくてここにいるんじゃないんだから。
けれど、そんな思いはすぐに消し飛ぶことになった。
「――はああああっ!」
「――参るっ!」
激突する二人。
正面から咬み合う、二振りの剣。
けれど、拮抗していたのなんてほんの一瞬だった。
一歩退がって均衡を崩し、ホクトはアーロンさんの鎧に無数の傷を刻んでいく。
信じられない技量だった。
いくら剣術技能のランクがSだからっていっても、この展開はさすがに予想できない。
現に、周囲の兵士たちも眼前で繰り広げられている光景には呆然としていた。
もちろん、頭では理解できる。
ホクトの『速』は実質、アーロンさんを上回っていた。
剣術技能のランクだって、あいつとアーロンさんではホクトのほうが上だ。
アーロンさんに避けようという意思がない限り――いや、あったとしても、あいつの剣をすべてかわしきることはできないに違いない。
けど、やっぱり思ってしまう。
ホクトはまだ、レベル2の子供なのに、と。
アーロンさんはレベル75で、法皇国にこの人ありと言われるほどの実力者なのに、と。
いや、違う。
あたしが本当に思ってるのは、そんなことじゃなくて。
どうして、レベル1のときからあんなにパラメーターが高かったの!?
どうして、レベル1のときからあんなに技能を多く保有できていて、そのどれもが高ランクだったの!?
どうして、どうして、どうして……!!
レベルだけなら、あたしのほうが上なのに!
努力なら、間違いなくあたしのほうが多くしてるのに!
それなのにどうして、あたしとあいつの間には、これほどの差があるの……!?
レベルっていうのは、いままでにしてきた努力が、創聖神の判断に基づいて数値化されたものだ。
だから、シャルやエアリィのことは納得できる。
悔しい気持ちがないって言ったら嘘になるけど、認めることはできる。
これがあたしの妹分たちだって、自慢すらできる。
だけど、ホクトは違う。
あいつの強さは、努力によって得たものじゃない。
だから、あたしには認められない。
ただ妬んでるだけだっていうのは、わかってる。
こんなのは醜い感情だって、自分でも思う。
あいつのは生まれたときから持っていた才能で、別にあいつ自身が望んで得たものじゃないってことも、ちゃんと理解はしてる。
あいつは、『救世主』って肩書きにあぐらをかく気はないって言ってた。
事実、偉そうに振舞ったりもしていない。
エアリィとの戦いのときに見せた言動からも、悪い奴じゃないってことは明らかだ。それくらいは、あたしにだってわかってる。
でも、なんの努力もせずにあれほどの力を持ってる奴がいるなんておかしい、あんな人間はいちゃいけないって、もうひとりのあたしが叫んでて……。
才能は、ときにあらゆる努力を超越してしまう。
そして、凡人の努力を根こそぎ否定してしまう。
あたしはシャルやエアリィを見て育ってきたから、才能を持って生まれてきた人間だって辛いんだってことも知ってるけど、だからって自分の努力を否定された辛さや悔しさが消えるわけじゃない。
あいつのステータスを見るまでは、まだ耐えられた。
そりゃ、あたしよりもいくらかは強いんだろう、くらいには思っていたけれど。
セイヴァーなんだから、まあ、レベル1でもそこそこのパラメーターではあるんだろうな、なんてふうに考えてもいたけれど。
それでも、どれだけ高くてもパラメーター全部がBランク、くらいにしか思っていなかったから。
でも、現実は違った。全然違った。
パラメーター全部がBランク、だなんてとんでもなかった。
最低でもBランク、の間違いだった。
さらに、あいつは数多くの技能と、『創聖神の加護』なんていうEX技能まで保有していた。
――EX技能。
滅多にいない……というか、あたしは見たことすらなかったんだけど、技能ランクがEXにまで到達した技能のことを、あたしたちはそう呼んでいる。
到達すること自体ほぼ不可能とされていて、保有しているというだけで尊敬の眼差しを向けられる。それがEX技能というものだ。
その証拠に、というとちょっと違うんだけど、あのアーロンさんだってEX技能を持っていた時期はないらしい。
けれど、ホクトはそれを持っていた。
セイヴァーとして、『創聖神の加護』をEX技能として有していた。
レベルは1でしかなかった、あいつが。
まるで、それこそが『創聖神に選ばれし者』の証明であるかのように。
それを知った瞬間、あたしは自分の人生のすべてを嘲笑われたような錯覚に陥った。
平静を装ってはいるし、シャルたちにも感づかれてはいないだろうけど、いまだってあたしの心は乱れに乱れている。
はらわたが煮えくり返るって、こういう感じなんだろうか。
とにかく、許せなかった。
あたしが努力に努力を重ねて身につけた実力を、生まれ持った才能ひとつで軽々と超えていったホクトのことが。
その才能だけで、アーロンさんと互角以上に戦えているという、その事実が。
……いや、許せないというのとは、ちょっと違うのかもしれない。
あたしは、あいつを許容できずにいるんだ。
天地がひっくり返ろうと、絶対に受け入れられない。
受け入れてしまえば、あたしは自分を、自分の歩んできた人生を、根こそぎ否定することになる。
だから、受け入れてはいけない。絶対に受け入れられない。
もちろん、だからといって『負けろ!』とまでは思わないけど……。
「……やはり、剣術のみに頼って戦っていては私に分が悪いですな」
不意に大きく跳び退り、アーロンさんが静かにそう呟いた。
それから、左の掌をホクトへと向けて、
「――ふっ!」
「……なっ!?」
放たれたのは<精神滅裂波>にも似た波動。
それをホクトは、上半身だけをひねって器用にかわした。
けれど、その表情は驚愕に歪んでいる。
「いまのは一体……。呪文の詠唱なんてしてなかったのに……」
「種明かしはいたしませんよ。そら、もう一度っ!」
再び、波動がホクトを襲う。
それを剣で斬り裂きながら、彼は小さく呟いた。
「『気功』の技能を用いての、『気』による攻撃? そんなのアリかよっ……!」
嘘!? なんで、こんなに早く見抜けるの!?
まさか、それも『創聖神の加護』の効果!?
もしそうだとしたら、『そんなのアリかよ』はあたしのほうこそが言いたかった。
だって、そんなの正々堂々と戦ってるなんていえない!
優秀なアドバイザーと組んでるようなものじゃない!
見抜かれることは織り込みずみだったのか、アーロンさんは驚いた様子もなく『気』による遠距離からの攻撃を続ける。
その表情を見る限り、彼には『創聖神の加護』に頼って戦っているホクトへの憤りなんてないようだ。これが年の功ってやつなのかもしれない。
もちろん、表面上は冷静さを保てているあたしと同じで、実際はどう思ってるのかなんてわからないわけだけど。
なんにせよ、これで戦況はまたしてもアーロンさん有利に。
それを打開しようとホクトが間合いを詰めようとするけれど、そんな簡単にいくわけもない。
そもそも、ほんのわずかな間とはいえ、あいつがアーロンさんを圧倒できていたことのほうが奇跡だったんだ。
だからこれは、当たり前の光景。理に適った戦況。
それでもなんとか食らいつき、ホクトは再びアーロンさんに一撃を浴びせる。
そしてしばし響く、剣戟の音。
けれど、あのアーロンさんがなんの対策も立てずに斬り合いに応じるわけがない。
不覚をとって圧倒されるのなんて一度きり。同じ轍は決して踏まないのがあの人だ。
ホクトの剣が、再度アーロンさんの鎧をかすめる。
それにあいつの表情が緩んだけれど、それも一瞬。
「――うおっ!?」
ホクトの斬撃なんて意に介したふうもなく、アーロンさんは身体を深く沈み込ませ、次の瞬間には彼に足払いをかけていた。
剣こそ手放さなかったものの、派手にすっ転ぶホクト。
そこに、体勢を戻したアーロンさんの剣が迫る。
そうして響いたのは――剣と剣が咬み合う音。
仰向けに転がされながらも、彼はなんとかアーロンさんの一撃を防いでいた。
けれど、それも長くは保たないだろう。
体勢を立て直さない限り、すぐに限界は訪れる。
たぶん、ホクト自身は気づいてなくて、アーロンさんはとうに見抜いてることなんだろうけど。
あいつの最大の弱点は、ひとつのことに『集中しすぎる』ところにある。
もしかしたら、それは『集中思考』を使えることの弊害なのかもしれない。
あるいは、単にホクトの性格のせいなのかもしれない。
どちらにしても、あいつには攻撃手段を『ひとつ』だと思い込んでしまうきらいがある。
現にさっき、魔術での攻撃を選択すると同時、ホクトは剣を振るうのを放棄していた。
アーロンさんと剣を合わせていたときだって、あいつは容易くすっ転ばされてしまっていた。アーロンさんからの牽制なんて、これといってなかったのに。
同じように、魔術戦の最中に間合いを詰められれば、あいつはあっさりと懐に入るのを許してしまうことだろう。
ホクトの技能ランクは高い。それは事実だ。
だけど、いかにたくさんの技能を保有していても、それらのランクがどれだけ高くても、組み合わせて戦えないようじゃ駄目。
戦術の幅ってものが狭まっちゃう。
あたしみたいな駆け出しは別だけど、技能を多く有している人間にとっては、技能を組み合わせるのなんて基本中の基本。
むしろ、技能の真価はそこにこそあるとすらいえる。
だから修行だって、相手が複数の技能を有していることを想定して行うのが普通だ。
だって、技能を組み合わせて戦うのは基本なんだから。
基本に対応できない修行法なんて、なんの役にも立ちはしないんだから。
けど、ホクトはレベルが1だった。
修行をした経験なんてあるはずがなく、当然、実戦経験を積んでいるわけもない。
だから、初歩的な不意打ちであっても引っかかってしまう。
剣術と体術の組み合わせ、剣術と魔術の組み合わせ、そんな当たり前のものであっても対処できない。
はっきり言って、これは致命的すぎる弱点だ。
だから、これで決着。
でも、だからってあたしには、その敗北を笑う気なんてない。
ホクトは基本中の基本すら知らなかったんだ。
その状態で模擬戦に二回も勝ち、あのアーロンさんに法剣を抜かせまでした。
そんな彼を指して嘲笑うだなんて、一体誰にできるだろう。
そもそも、相手はあのアーロンさんなんだから。
法皇国最強の騎士である、アーロンさんなんだから。
その彼を、一度だけとはいえホクトは圧倒してみせた。
アーロンさんとまともに戦える人間なんて、この国にはひとりもいないっていうのに。
だから、賞賛されるのには、それだけでこと足りる。
だと、いうのに。
「まだ、終われるかあぁぁぁぁっ!!」
「――ぬぅっ!?」
一体どんな偶然が働けばそうなるのか、彼はひたすらに剣を振るって、アーロンさんの手の中から法剣を弾き飛ばした。
それは、敗北を認めない意志の具現。
まだ終わらない、勝ってみせるという念いの顕現。
なんで、あんなどうしようもない状況に陥っても諦めないのよ、あんたは……!
それほどまでに大切な、果たしたいことでもあるっていうの!?
『心・技・体』の三つが揃って初めて『最強』足りうるというのなら。
ホクトには、致命的なまでに『心』が欠けていた。
技能の数は多いし、ランクも高い。
パラメーターだって、アーロンさんと互角かそれ以上ってくらいのものを持っている。
でも、いまのホクトは『心』がなってない。
そう見たからこそ、あたしはあいつにフィアー・イーターを見繕った。
『心の弱さ』を補うために、使い手の恐怖を喰らう剣を勧めた。
それは、『心』の強さに欠けているホクトに最適な判断であったはずだ。
けれど、いまのあいつにはどうだろう。
ホクトの手にしているフィアー・イーターは、恐怖を吸収する度に刀身が輝く。そういうふうに、できている。
なのに、アーロンさんとの戦いが始まってからというもの。
あの刀身は、まだ一度も紫色の光を発してはいなかった。
それが意味するところは、極めて単純。
信じがたいことだけれど。
認めがたいことだけれど。
ホクトは、法皇国最強の騎士と戦っているというのに、まだ一度も恐怖を感じていない。
槍で突き入れられようと。
剣と剣を咬み合わせようと。
不意打ち気味に気功波を放たれようと。
そして、足払いを食らって地面に転がされ、そこに剣を振り下ろされようと。
あいつは、一度も恐怖を感じなかったんだ。
闘争心か、それに代わるなにかが『恐れ』を上回っているんだ。吹き飛ばしてるんだ。
ホクトには、致命的なまでに『心』が欠けていた。
模擬戦が始まる直前までは、間違いなくそうだった。
そのはずなのに、いまのあいつはそうじゃない。
この模擬戦を通じて、恐ろしい勢いで『心』の要素を身につけていってる。
ホクトのパラメーターの高さは、いまも受け入れられないままだ。
技能の数とランクの高さだって、許容なんてできそうにない。
けれど、この模擬戦を通じてのあいつの成長っぷりは、認めるしかなかった。
だって、他でもないあたし自身が、この目で見ていたんだから。
あいつの成長は、紛れもなく、あいつの努力の上に成り立っているんだから。
それを否定するだなんて、あたしには絶対できないし、したくもなかった。
立ち上がり、ホクトが体勢を立て直す。
手にしている剣の切っ先は、丸腰になったアーロンさんへと向けられていた。
法剣アストレアは、まだ地面にその身を横たえたまま。
なんてことだろう。
この戦いは、槍と剣という、間合いだけならアーロンさんが圧倒的に有利な状態から始まったというのに。
こと、ここに至って、ついに間合いの面でもホクトは逆転してしまった。
この戦況を形作るのに、『創聖神の加護』がどのくらい効果を及ぼしたのかはわからない。
けれど、間違いなくいえるのは、『創聖神の加護』のみによってホクトが逆転したわけじゃないってことだ。
あいつの努力、あいつの意志、そしてなにより、あいつの『心』の強さ。
それらがあったからこそ、いまのこの状況は生まれた。
あたしはそれを否定したくないし、否定する奴には殴りかかりすらするかもしれない。
人間の意志は、努力は、それくらい貴いものだって、あたしは思っているから。
中庭に、一陣の風が吹いた。
それが、二人の戦士の髪を揺らす。
この戦いはまだ、終わりそうにもなかった――。
今回はカミラ視点です。
シャルロット視点同様、バトルよりも心情描写のほうが多めですね(笑)。
カミラは、『心のどこかではホクトを信頼しきれていない』シャルロットとは逆で、『否定したいのに否定しきれない』感じになっています。
肯定と否定は表裏一体なんですねえ。いや、それもなんか違うかな?
次回はエアリィ視点。
最強の聖騎士と呼ばれているだけあって、アーロンとのバトルは長引きます(笑)。
それでは、また次回。




