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その日から、一か月が過ぎた。

アサクラの言った通り、サガミのまわりに現れる鬼は極端に少なくなった。


彼女の存在と引き換えに。


「なぁ、そろそろ元気出せよ~。女はあの子だけじゃないぞ。」

「おれはいつも通りだ。」


もう、何回も繰り返されたやり取りに佼牙は呆れたようにため息をつく。

佼牙から見れば、明らかにサガミは彼女を死なせたことを引きずっている。

それでも、サガミはいつもそう返してきた。

「いつも通りだよ。」

もう一度、サガミはそう言い聞かせるように言う。

それは、佼牙にか。それとも自分にか。


今、彼らは学校の屋上にいた。そう、アサクラの飛び降りた屋上に。

今でも立ち入り禁止になっているため、他に人はいない。

サガミは晴れ渡った空を見上げる。

「おまえのことは一生忘れてやらないよ。」

サガミは口の中で囁いた。

「のぞみどおりだろ?」


空は青く、澄んでいた。














「って、終わり方がいいのーっ!」

アサクラはそう叫んでジタバタと暴れた。

「ふざけんなっ! またバッドエンドかよ!」

そんなアサクラをサガミは必死につかむ。

「サガミには、不幸が似合うのよ!」

「なんて失礼なやつだ!」



手には届かなかった。


そう。


“手には”届かなかった。


だが。


“足”には届いた。



つまり、今の状況を要約すると。

アサクラはサガミに片足を掴まれ、逆さで宙ぶらりんになっている。


「こんなのぜんっぜん画にならない! さっさと放して!」


アサクラはつかんでいないもう一方の足でサガミをガスガスと蹴る。

だが、サガミはたいして気にしたふうもなく、

「というか、おまえ…。スカートの下に体操着って色気のねぇ…。」

と言った。

かちんっとアサクラの何かが切れる音がした。


「サイッテ―! 今この状況で、それ!?」


より一層アサクラの蹴りが強くなり、流石のサガミも「イタイ、イタイ。」とぼやく。

「そもそも、お前が死んでからおれがお前のことを覚えてる確証がどこにある?」

「いきなり話が戻るわね! でも、覚えてなくても良し! それはそれでバッドエンドだから!」

「…ほんとにバッドエンドにこだわるな…。」

「それを言うならサガミだって。 なんでわたしを助けようとするのよ!」


アサクラがそう言って、これまでより勢いをつけてサガミを蹴ろうとしたとき、

パシリっと、サガミがアサクラのもう一方の足も掴んだ。


「ちょっ…!」

「いやさ、ちょっと思ったんだけど…。」


そして、そう呟くと同時にアサクラの身体を引き上げた。

反動で二人とも床に倒れ込む。


「なにすんのよ…。」


アサクラが身体を起こしながら文句を言う。


「ずっと、バッドエンドばっかりなんだから、今回ぐらいハッピーエンドでもいいんじゃないかと思っただけだよ。」


そんなアサクラに上にのられながら、サガミは答えた。

この言葉にアサクラはぴたりと一時停止した。

少しの間そうして、はぁぁとため息をつくと突然笑い出した。


「ほんと、サガミはどこまでも…!」


しばらく、息も絶え絶えに笑うアサクラを、サガミは何故そんなに笑うのか不審に思いながら下から睨んでいたが、

「そろそろどいてくれ。重い。」

そう言うと、ゴッと殴られた。

だが、それをきっかけにアサクラは笑うことを止め、笑い疲れたように息を吐くと、

上から退くどころかサガミに寄り添うように身体を倒した。

これには流石のサガミもぎょっとして身を強張らせる。


「それって、なんともサガミらしい答えだよね。」


その声がかすかに震えていたのでサガミは更に息をつまらせた。

身体の上に重なる体温は人間のそれと同じで、その存在はふつうの女の子だった。


「アサクラ…。」


サガミが雰囲気につられて、思わずアサクラの背に手を回そうとした時、


「お二人さん。取り込み中わりぃが、来客だ。」

今まで、存在を忘れるほどおとなしくしていた佼牙が割り込んだ。

彼は、なかなかに空気の読める呪具だ。

その言葉に二人は跳ね起きた。

だがそれは照れて、というわけではなかった。

それどころではない。

気付いた時には、鬼の…それもかなりの高位の鬼の気配が彼らを取り囲んだ。

サガミはアサクラを自分の後ろに庇い、ゆっくりと佼牙の刀身を抜いた。


「まったく、野暮な奴らだなぁ! せっかくいい雰囲気だったのによぉ。」

佼牙の軽口に鬼たちはわずかな反応も見せない。

ただ、代わりに淡々と告げる。

「裏切り者よ、何か弁解の言葉はあるか。」


その言葉にアサクラはピクリと反応するも、何も答えなかった。


「ならば、打ち払え。鬼狩りともどもな。」


それを合図に鬼たちの気配が揺らいだ。

それを感じ取ったサガミが戦闘態勢に入った時だ。



ぶつりっと。

皮の裂ける音が耳元でした。



次いで、サガミの身体を酷い倦怠感が支配する。

首をひねることすらできない。

ただ、何が起こったのかという事実だけはわかっていた。


「アサクラ…、」


彼女が、後ろからサガミの首筋に咬みついていた。


ずるりと、血液が身体から抜き取られていく感覚と同時に、身体の力も抜け、

サガミはその場に崩れ落ちる。

ゆっくりと、まるで眠りにつくように意識が薄れていく。

その中で、

「ごめんね。でもこれは、わたしのけじめだから。」

彼女がそう言ったのを聞いた。


「大丈夫。ちゃんと、ハッピーエンドにするからさ。」






サガミが完全に意識を失ったのを確認したアサクラは、彼をそっと横たえさせた。

そしてゆっくりと立ち上がり、鬼たちに向き合い唐突に話し始めた。


「なぜ、成長した混血が幻と言われるほどに珍しいのか。

 それは、サガミも本当のところは知らないでしょうね。」


だが、鬼たちは彼女が寝返ったかもしれないのにも関わらずに、攻撃の体勢を緩めなかった。むしろ、いっそう強める。


「確かに、混血が生まれにくいのは事実。

 だけど、生まれることは稀にある、きっとサガミが思っている以上に。

 そして、生まれてしまえば大抵は死ぬことはない。

 ならば、なぜ。成長した混血が珍しいのか。」


だが、アサクラもまた、そのことに動揺の一つも見せない。

緩慢な動作で髪をかきあげた。



「それは、混血は、成長する前に鬼たちの手によって始末されてしまうから。」



アサクラの舌が口端についた血を舐めた、それは酷く魅惑的で。

それと同時に、彼女の瞳が赤く色を変えた。

常人には気付けないその変化も、夜目の効く鬼たちにははっきりと見えていた。

その変化に一人の鬼が舌打ちをして、アサクラに斬りかかった。


瞬く間もなく距離をつめられ、切っ先がアサクラの眉間に吸い寄せられる。

刹那。

だが、その鬼はあるはずの感覚、アサクラを突き刺す感覚を感じることはできなかった。

代わりに目の前が突如反転する。

同時にゴキンッと鈍い音を立ててどこかの関節が外された。

次いで、激しい痛みが全身を支配する。


「うわあああああぁあぁああぁああああぁぁあああ!」


人間よりも遥かに痛みに強いはずの鬼が叫び声をあげる。

関節を外されただけではない。一瞬にして身体のあらゆる場所の骨がへし折られていた。

その隣で、アサクラは先ほどの位置から一歩も動かずに、何もなかったかのように立っている。


「鬼たちは、自分たちより遥かに優れた存在を許さない。」


ふっと、アサクラは笑った。

その笑みは酷く残忍な嘲笑だった。


「今回の任務は“きっかけ“に過ぎなかった。わたしを殺す理由に。

初めから、どんな結果になろうともわたしを殺すつもりだった。」


彼女は隣で叫び続けているにも関わらず、平然と話し続ける。

ぐっと、鬼たちは一瞬ひるんだように見えた。


「でも、それでもいいと思ってた。」



だが、それも一瞬。

次の瞬間には、アサクラが話している途中にも関わらず、攻撃を仕掛けた。

今度は単発ではない、連携をとって、彼女に襲いかかる。

まずはアサクラの背後にいた鬼が彼女の動きを封じようとナイフを投げつける。

間髪いれずに正面の鬼が彼女の心臓をねらい走り出す。

攻撃は一直線上ではなく、かわされたとしても互いを攻撃しあうことはない。

はずだった。

だが、気付いた時には、互いの攻撃は互いに命中していた。

ナイフの軌道は途中で変えられ、刃の切っ先はへし曲げられて鬼たちに食い込む。


「何をするにも、小さくて崩れやすい砂糖菓子を掴むような生活にはうんざりしていたから。」


圧倒的な強さに残りの鬼たちは思わず唾を飲む。

アサクラの言うとおり、ただでさえ混血の能力は鬼を上回る。

さらに加えて、人間の血を摂取した混血は手に負えない。


「でも、気が変わった。」


アサクラは嗜虐的に微笑みかけた。


「まとめてかかってきなさい、見せてあげるわ。混血の力を。」








この夜、ひとつの混沌が生まれた。







例の夜から一週間が経った。


サガミはあの夜、気付くと自分の部屋で寝ていて、もう夜が明けようとしていた。

すぐに起き上がり、学校の屋上へ向かったが、そこにはアサクラの姿はおろか、鬼たちの姿もなかった。

アサクラの無事を確かめることも出来なかった。

夢かと疑うような、キツネにつままれたような感覚を抱えて、それでもサガミは日常に戻る術しかなかった。

だが、ここ最近はロクに眠れていない。

これでは、本当にアサクラの小説通りじゃないか。

サガミはそんな悪態を心の中でつきながら、短い休み時間を睡眠に費やそうとしていた時だった。

ざわりっと、教室がどよめいた。

だが、サガミは特に興味もなく、それよりも眠気が勝っていたので無視して机に突っ伏す。

そんなサガミの背中にあたたかく、やわらかいモノが覆いかぶさった。


「睡眠不足かな? サガミ。 もしかしてわたしの心配してくれた?」


背中に掛けられた声に、とっさに、飛び起きそうになって、

サガミはとりあえず取り乱さないように深呼吸をした。


「アサクラ…、おまえ、今までどこに行ってた?」

ゆっくりと起き上がり、彼女をふりかえった。

そして、ため息をつく。


「なんで、そっちの格好なんだ…。」


アサクラは、サガミのその反応に楽しそうに笑った。

彼女は、以前のような文学少女の様相ではなく、鬼に似た秀麗な顔を大いに晒した様相だった。

教室のざわめきはこれが原因だ。

それもそうだ、こんな美少女が突然教室に現れたら騒ぎもするだろう。

加えて、彼女が抱きついているのは、クラスで一番冴えないといわれているサガミなのだから、騒ぎは収まるどころか悪化する。


「どこに、行ってたかというとねぇ。

 とりあえず、襲ってきた鬼たちをひねり潰して、

 そのあと、鬼たちの本部に縁切りに行ってた。

 見て~、指を一本持ってかれちゃった。」

べったりと、サガミに張り付いたままアサクラは両手をサガミに見せた。

だが、その手には指が十本、ちゃんと健在していた。


「おい…。」

「ま、そういうわけで。わたしも晴れて、鬼に追われる側となったわけで。」


アサクラはいったん、サガミから離れて言った。


「わたしを守ってね、佐上。ハッピーエンドにするんでしょう?」

ウインク付きで。


それでも様になる彼女を佐上はうんざりした目で眺めた。


「ふざけるなよ…、朝倉。」





波乱万丈な日々がありありと見えるようだった。




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