はじめてのくえすと、はじめてのふぃーるど。(3)
森の中は、東の方から反時計回りに探索を続けていたので、主なポイントを回ったところで西側の荒れ地に抜けることとなった。このあたりは、水にあまり恵まれず、加えて岩石地帯になることから植物に恵まれていない。他のプレイヤー曰く、かなり奥に行くと森とはまた違った鉱石の採掘ポイントがあるらしいが、今日まとめて行くにはさすがにゲーム内時間が足りない。森の外縁を回る感じで外から見かけた虫を捕る程度にして、町に帰ることとした。まだ日も高いので焦らず急がず、無理をしない程度の速度で。目的は十分に達し、最近リアルでは会ってないメンバーだったので、この先の予定を調整する議論など、道すがらの余計なお喋りのネタにも事欠かない。しょっぱなから採取の鬼になることもないので悪くない出足と言えよう。
異変を知らせてくれたのは、遠くに聞こえる剣戟と争いの音であった。断続的に聞こえる金属音と微かな唸り声。誰かが戦っているのだとすると、イノシシ相手では聞かなかった声なことから間違いなく異なるモンスターだとあたりをつける。
戦いの音は移動しながらも止むことが無い。ゲームを遊んでいる際に、下手な介入はトラブルの元になることから、判断は慎重にする必要がある。キャラが大変な場面にいるからといって、実際に遊んでいるユーザーは当たり前であるが命の危険にさらされている訳でもなんでもないのだ。勝つにせよ負けるにせよ、介入されること自体を好まないという人は決して少なくない。
止まない音を背景に二人に目配せする。返ってきたのは首を縦に振る動作。よし、最後の判断は当人たちに任せるとしてとりあえずは行ってみよう。面白いものが見れれば幸い。助けが必要で自分たちでこなせるものであれば助けの手を入れる。選択肢としてはそんなところか。荒れ地に出てから他のユーザーに会っていない。もし助けを必要としているのなら、求める相手に出会わないまま望まぬ結果となってしまうかもしれない。やられてしまったところでゲームなので特段深刻なことにはならないが、気分のいいものではない。しかし、この流れはなんていうかベタなフラグなのだろうか。お約束の神様でもみてるのだろうか。姉妹の契りとか発生するのだろうか。
音の出る方向に向かうと、狼型のモンスター、グレイウルフと戦ってるプレイヤー二人を見つけた。灰色じゃなかったら抗議の声を上げたかったところであるが、無難に灰色でありこれは逆に面白くない。戦っているのは造形からして女性キャラっぽい。見ているだけで一方的に押されているのが分かり、どうやら撤退戦をしているが逃げ切れない、という状況らしい。
「そこのお二人!助けはいりますか!」
男性キャラから声をかけられるよりも女性キャラの方が安心するだろうことから、我がパーティの形式上紅一点の涼音さんより声かけ代わりにメッセージチャットを飛ばしてもらう。入力の手間も省きたいのか、頼む、とごく短いメッセージが返ってきた。秒を置かずに動き始める大塚。さすが、こういうときの判断と反応の良さは速い。
混戦になると射撃チャンスは減るのでいまのうちに、ということでクリティカル強化をかけつつ、離れている方のグレイウルフを狙って数射する。うまい具合に本日でもベストに入るくらいいい形で決まり、前足を半ば貫通する部位ダメージを与えることが出来た。動きが鈍った一体は大塚が捌いて膠着状態を作ってくれているのにしばらく任せるとして、涼音さんともう一体の方に集中して入ることとする。4対1であれば多少格上でも対処出来るだろう。
助けに入った女性キャラ二人、片方が盾持ちの片手ロングソード装備と、もう片方はメイスを持って僧衣っぽいのを着てるから戦闘型の僧侶職か。傷を負いつつも二人がかりで一体をなんとか押さえるところに、近距離からの弓の速射とこちらに攻撃が流れてきた際のショートソードでのカウンターに後ろからの氷魔法を重ねることで相手の体力を削っていく。イノシシの時よりも見た感じ氷魔法の通りは悪いが、完全に無効化はされておらずダメージは与えている。急に速度が増した手持ちのポーションの減りに冷や汗を流しつつ、なるべく短期決戦で決着をつけるべく打撃強化のスキルを発動する。途中、まとまったダメージを受けてしまい前衛を維持出来なくなった僧侶職が回復補助として中衛に回ることで、戦線維持をサポートすべく、ショートソードでの前衛補助という軽い曲芸まで披露する羽目となった。純粋戦士職と異なり装甲弱いので軽く必死である。
回復ポーションの減りは落ち着いたものの、単位時間の火力はどうしても落ちてしまうのと、補助とはいえ剣一本で獣の攻撃を捌くのはなかなかに体力と神経を使う。氷魔法がほぼ打ち止めになり、これ以上続くと女戦士の体力も無くなりかねないという頃で、最後まで暴れた一体がようやく地に伏してその動きを止めた。
もう一体は5対1だからもはや余裕、と言いたいところであるが、防御に優れた大塚が軸になるとはいえ、こちらも魔力切れで且つ一回戦線が崩壊しかけたことから余力は無い。手持ち少なくなったポーションを何本か素早く女戦士に手渡し、回復の上前線に復帰してもらう。あとは、中衛に下げた僧侶の固有能力である、ターン回復の魔法で前線を維持しつつ黙々と弓で削る作業に入る。これ以上前衛で曲芸は続けたくない。一体目で大活躍だった氷魔法は数発撃ったところで完全に打ち止め。魔法職に近距離戦は難事なため戦線離脱。あとは後ろで寝てるが良い。
ダメージソースが前衛のカウンターと弓一本というのは若干心許ないが、一撃でやられることがないとなると、あとはポーション在庫と相手の体力の勝負である。幸い、初手の前足への部位ダメージにより向こうの行動パターンが単純化したことで回避と防御の安定度は一体目よりも増している。両者決め手に欠くじりじりとした膠着的状況はカウンターの一撃が後ろ足にも入り、軽度ではあるものの行動阻害の二か所目が発生したことでいい方に崩れることとなった。
攻撃を捌くのは大塚に任せ、相手の動きの隙や体制を崩した瞬間を狙ってヒット&アウェイ的な立ち回りリズムに切り替える女戦士。攻防の流れがはっきりとしたことで弓としても、細かいタイミングを縫うのではない、引きのタイミングを狙って威力重視で射かけるスタイルにする。最後は、飛びかかってきたグレイウルフを盾受けではない戦斧での武器受けで大ダメージを与えることで長かった戦いも終わりを告げた。
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倒れた二匹目のグレイウルフの姿に、前衛陣を中心に思わずへたり込む。イノシシ狩りと合わせてレベルが上がったようであるが、ステータス振りとか今はやる気にとてもなれない。採取は、途中から応援担当になっていた涼音さんに任せてしまい、念のための最低限の索敵だけは行えるようにして休む。見晴らしがいいとはいえ、同クラスのモンスターと万が一連戦になると確実に負ける自信がある。デスペナルティの調査を今行うのは本望ではないことから、疲れていても索敵をゼロには出来ない。
「確かに、これは森の奥には行くなとの話になる訳だな。今のレベル帯と装備では間違いなく連戦は出来ないし、確実に勝てる保証もない。」
早くも落ち着いてきたのか大塚が話しかけてくる。こやつめ、罰ゲームだとばかりに涼音さんを手伝わないつもりだな。勝手に罰扱いをされた方も分け前あげないよ!などと声を上げているが、一体でガス欠した者に発言権はない。ほら、きりきり働け。
「それよりも、あのお姉さんたちどうしよう?まだ動けないみたいだけれど。長時間戦闘なり無理をするとスタミナ回復しないというのはああいう状態を言うんだろうね。」
途中から応援担当と化していた涼音さんはともかく、我々2人もしんどいなりに動けるまでは回復している。反面、無事助かった2名はまだへたりこんでいた。
「とりあえず、確認してからヘルプに入ったので揉めたりすることはないだろ。なんでこんなところであんなものと戦っていたかだけは知りたいが。」
確かに、町で聞いていた狼モンスターの生息範囲とは若干違うところで戦いになったように思える。逆の意味で穴場だったりするのなら、当面は近づくのは避けた方がいいし、もしかするとこの帰り道のルートも危なかったのかもしれない。装備の充実を図るにも町売りの武器は、交易が弱まっていることで品薄になっている。そこで素材調達系のクエストが出やすいことになっているのだが、生産職が機能するまでは森の奥は行きづらいエリアになりそうだ。
息が整ってきた僧侶職と涼音さんが女戦士を起こして身だしなみを整えている。それにしも、身だしなみ変数があるなんて、まったくもって開発元はどこに労力を割いているというのか。もう会話しても大丈夫そうなのと、涼音さんが一通りのアイスブレイクは終えてる様子なので話しかけてみることにした。
近づいていくと、ゲームなのに折り目正しく深々と頭を下げられる。開発元の無駄作り込みにはもう驚かないことに決めているが、それにしても育ちの良さそうな感じを受ける。
「危ないところをどうもありがとうございました。二人だと逃げ切れなかっただろうことから助かりました。」
「それはそうと、なんであんなものと戦う羽目に?」
再度頭を下げようとするのを手で制して問いかける。ゲーム内で、こちらの過度の負担にならない範囲で手助けするのはどうということはない。それよりも情報の方が我々には重要である。
「はい。森に入って西の方に進んだのですが、森が切れたので元来た道をまた戻るのも面白くないし、すぐ戻るにもまだ時間があるので、だったら少し荒れ地を行ってみようと。珍しいものを採れそうな採掘ポイントを見つけはしたのですが、初期装備では採掘も難しそうだったのと、何より採掘しようとしたところでグレイウルフに見つかってしまって。数が多かったので逃げようとしたのですが、2頭が諦めてくれずにここまで引きながら戦うことになってしまいました。」
うわ、2頭でもしんどかったところ、群れは更に大きいのか。これはあわよくば無理して攻略とかは考えない方が良さそうだな。フルメンバーのパーティでもまだまだ厳しそうだ。
「それはそうと、ポーションももう無くなりそうだし、動けるなら早めに町に帰らない?疲れたし何か食べたい。それとも、ここでフラグでも立てたい?」
さきほどから一方的におもちゃにされているのを根にもってか涼音さんが舌戦を仕掛けてくる。
「涼姉ぇ、一見まっとうに見えつつ自らの欲望に忠実な提言をありがとう。それから、町に戻るのは賛成だが、ベタは許すがテンプレなフラグは立てないのである!そんなことで魔都大阪返りを名乗るなど笑止千万!笑いの神の前髪でも煎じてくるがよい!」
いや、ぶっちゃけ大阪の何がどうなっているのかそこまで詳しい訳ではないが。ぐぬぬ、と悔しそうにする自称大阪経験者は別にどうでもいいとして、ほらみろ、いろんな意味でお二人が分かってないではないか。やりとりの意味が掴めなかったのか、首を傾げて不思議そうにしている。とりあえず、リアルにケーキを貰ったお礼もあるのでリアルの体におやつという名の餌を与えつつ、ゲーム内の体も何か食べるべく町に戻ることとした。助けた二人にはアホ相手に難しく考えても無駄なのであまり気にしないように伝えておく。どこかから、こらー、年上捕まえてアホ言うなアホ―、と聞こえてきているが気にしない。換金したりクエスト評価したりしたいではないか。さっさと帰るぞ。
ゲーム内のキャラクターの動きは、スタミナと疲労の主に2パラメータで管理されており、戦闘や高速移動といった動きをするにはスタミナを消費することになる。また、スタミナの下限を超えて無理して動くと、疲労値が溜まり、徐々に動き全体が鈍くなると同時にスタミナが回復しなくなる。食事及び食物アイテムはこのスタミナ値を維持するのに必要とされ、何も食べないと回復上限値が落ちてくる作りになっている。要すれば腹が減ると元気がなくなって動けなくなるのだ。戦闘の行動速度は、基本となる素早さの変数に、このスタミナと疲労状況を組み合わせることで決まる。素早さは短距離走的な能力、スタミナの高さは長距離走的な能力と理解すると分かり良いだろうか。結論として、スタミナの上限を削り、疲労が溜まるようなレベルまでだらだらと戦闘を続けてもあまり益は無いと解釈される。グレイウルフの2体目に手間取ったのは、こちらの火力不足もあるが、このスタミナバランスのおいても膠着状態に入ったのも理由として挙げられる。初手で部位ダメージを与えられていなかったら、もしかすると押し切られていたのはこっちだったかもしれない。
このパラメータ設定は、ダンジョンなどの連続的な戦闘が想定されるフィールドや、あるとすればであるが都市防衛戦のような継続戦闘状態をどう差配するかに関わってくるのだろう。こうなんとなく、このゲームは長い時間軸を意識したリソース管理や戦力配分面での戦略眼の組み立てが一定程度必要なようである。前にも感じたが、本作は要所要所でタクティクス性が高い。いわゆる古典的な成長型RPGとだけ思って遊ぶといい意味で裏切られそうである。この手の裏切りは、ユーザーが面白いと受け止められる限り、通常はゲームにプラスになる。複雑性煩雑性を感じさせないまま飲みこませられればゲームのいいアクセントとなるだろう。事前プロモーションで伝えるには難しい項目になるが、βユーザーの評判などで上手くセールスポイントになることを期待したい。
予想していなかった女子二人の一時加入で、すっかり打ち解けた感のある女性三人組は、楽しそうにガールズトークを繰り広げていた。おいこら、そこ。索敵放り投げていると報酬配分割り引くぞ。とはいえ、ギスギスした空気で帰ることになるのも嫌なのと女性ニーズのリサーチが進むのはありがたい。妹パーティがその任を果たしているとも言えるが、ゴリゴリの攻略組の意見は必ずしも全体を代表しているとの保証はない。サンプルは適度に多い方が良いのだ。
話を聞いていると、二人は姉妹で参加しており姉が鈴と書いて「りん」、妹が蘭と書いてこちらは素直に「らん」。パンダかよ、と心の中で突っ込んでしまったのは失礼にあたりそうなので口に出さないでおこう。なんとなく応募してみたら偶然当たったのでこうして姉妹で参加しているとのこと。礼儀の正しい普通人の感じから、正式リリースしたら変人の巣窟になりかねない同社ゲームにおいては貴重な清涼剤になるかもしれない。願わくば、β以降も続けてくださいますよう。
二人組ということで、元から無理をするつもりはなかった様子であるが、戦力的に攻略をするには不利な二人なので無理な攻略はあまりしない方がよいかとの旨を伝えると、すいません、おっしゃる通りです、と再び謝られる。いやいや、別に謝るところではないですよ、そこ。所詮ゲームなのです。
なお、フラグ云々の話であるが実は少なくとも大塚には立ちようがない。知っている人は皆無に近いのだが、奴には高校3年生の彼女がいるのである。確認したことはないが涼音さんもおそらく知らない。他校であり、少し離れた距離にいることもあって、中学時代の友人はともかく、高校のクラスの連中も察知していないはずである。そういう訳で、隣クラスの受付嬢よ。残念だったな。脈がないのはそのせいでもあるのだ。傷があまり深くならないうちに、この辺もケアしておいた方がいいかもしれない。
などと余計なことを考えられるくらい、何もトラブルは無く荒れ地地帯は抜けることとなった。1度か2度、森の方にイノシシの気配があったが無理にこちらに出てくることはないようだ。これ以上負荷のかかる戦闘は得策ではないと判断し、そのまま手を振ってシシ鍋素材と別れる。それにしても、肉のドロップが無かったのは狩人じゃないと駄目とか制限でもあるのだろうか。スタミナ以外のエンチャントがあるのか、知りたいではないか。
草原地帯に入ると、射程延長のスキルをかけて、行きと同じように索敵範囲に入ったシカを長弓の餌食としていく。レベルが上がったせいか、2射以上を必要とする回が3割ほどに減っている。良く分からないうちに戦闘が始まり、始まったと思ったらもう終わっている光景を見て、目を丸くしている姉妹にも、何度かは剥ぎ取りを手伝ってもらう。このプレイスタイル、強いモンスターには通じないが、採取目的のレベルであれば下手に追い込み漁のごとく走り回るよりもやっぱり効率いいかもしれん。索敵と精密射撃能力はスキルも含めてもうちょっと高めてみよう。最終的に、行きと異なり、帰りはさっさと帰ることを心がけたとはいえ、シカの毛皮は16枚となった。大猟である。
なお、グレイウルフからの成果は、助けたお礼として譲ってもらえることになった。初日だとまだ狩ったパーティは少ないだろう。市場に流すのももったいないので、誰か皮職人捕まえて小さくドヤ顔の機会を作ろう。
無事、町まで着く。何事もなく二人を送り届けられたので、何かあったらお互い連絡出来るようにお互い一応フレンドリストには入れておく。姉妹の知り合いはゲーム内には他にいないらしく、素直に喜ばれる。
「なんだ、結局連絡先交換だけで送り狼にはならなかったの。つまんないの。」
狼を狩って帰ったからといって上手いこと言っているつもりなのか涼姉よ。
「君、我々の目的はなんだ。このゲームの調査だ。貴重な一般女性ニーズのリサーチが出来るじゃないですか!」
「あんたねぇ……。いや、同感ではあるのだけれど。というか私に喧嘩売ってる?w」
「おおっと、すいません。すっかり性別とかいうファクターを忘れてました。あんまり変にキャラ立ちし過ぎるのもいけませんよ、姉さん。」
むろん、姉呼ばわりしてるからといって、血が繋がっているなどということは微塵もない。一家に一台いるといじるのに事欠かなさそうであるし、実はそうだった、とかなると妹なんかは喜びそうにも思うが無いのである。